京都で起きている新型コロナ「観光崩壊」の悪夢
プレジデントオンライン / 2020年3月26日 11時15分
■「コロナショック」で京都観光が大ピンチ!
世界各国を覆う新型コロナウイルス・ショック(以下、コロナショック)による経済の減退には大変なものがある。なかでも最も大きな影響を受けているのは、観光産業だろう。
2003年以来、日本は国策として観光政策に力点を置き、とりわけ国際観光(インバウンド)の振興を本格化させてきた。数値目標を次々と達成し、2016年に発表した「インバウンド4000万人」「8兆円消費」に向けて爆走中だったが、ここにきて急激にブレーキがかかった。
とりわけ「観光バブル」と呼ぶにふさわしい状況だった京都の観光産業の凋落は著しい。3月10日に発表された京都市観光協会データ月報によれば、1月は平均客室単価、稼働率ともに前年を上回る好調な数字だったものの、2月以降の落ち込みに強い懸念が示されている。
■宿泊激減、宴会皆無、ホテル経営の危機
コロナショック前から供給過多になり、年々稼働率と宿泊単価の下落が目立っていた京都市内のホテルには現在、倒産の危機を迎えている先が続出している。
市内唯一の宿泊系の上場企業である京都ホテルは3月10日、前年5月発表の2020年3月期(非連結)の業績予想について、純利益1億1100万円から純損失1億9200万円(前期は純利益1億7400万円)に下方修正。新型コロナウイルスの感染リスク拡大の影響で、4期ぶりに最終赤字に転落する見通しを示した。
2月に入り、宿泊はざっと4割減。宴会に至ってはキャンセルに次ぐキャンセルだ。
2月後半からの宴会自粛に伴い、ホテルにとって安定的な固定収入になるロータリークラブやライオンズクラブをはじめとする団体の定例会がほぼ全面的に中止。数少ない宴会もキャンセル続出だがキャンセル料も取れない。
筆者も3月2週目に、日航系のホテルで小さな会合を開催したが、通常は当日の欠席者が発生した場合に取られる「料理代」もまったく取らないという異例の対応ぶりだった。むしろ、こんな時に中止にせず開催してくれたお客様には感謝しかない、と声をかけられた。
ビュッフェ形式で料理を提供しているレストランも、当面休業にしたり、テーブルまで料理を運んでくれるオーダーバイキング形式にして提供したりするなど対策に追われている。
収益構造からみれば、まったく割に合わないはずだ。ただ、従業員が暇を持て余しているので、苦肉の策というか、「遊ばせておくよりまし」といった論理で営業が続いている。が、長くは続けられないだろう。
■京都の旅館は「収入ゼロ」が続出
中小や新興のビジネスホテルはさらに深刻で、稼働率6割減、7割減というのもざらだ。それも宿泊単価を大幅に下げたうえでだから、売上ベースでみれば目も当てられない。
なかでも最も壊滅的な打撃を受けているのは、修学旅行生向けの団体専門旅館だ。
京都のホテルの業態は、観光客やミドルアッパーのビジネスマンを対象にしたシティホテル、宿泊特化型のビジネスホテル、さらに安価なホステルなどの簡易宿泊所、観光向け旅館、そして、観光客等団体専門の旅館に分けられる。いうまでもなく修学旅行のメッカ、京都では、年間100万人を超える安定した需要があり、特定の老舗旅館がこれを受け持ち、年間の大半を全館貸し切り状態にして運営している。
これらの旅館は、基本的に年間のごく一部の時期以外は一般客を取らず、売り上げの大半を修学旅行に頼っている。これらの旅館は何割減というレベルではなく、文字通り「売り上げゼロ」が続く。とくに安全性が重視される修学旅行は、新型コロナ問題が完全に収束するまで売り上げは見込めない。
悲劇はさらに続く。基本的にこれらの旅行は延期となるのだが、その時期が重なれば、予約をすべて捌ききれず、他のホテルに客が流れてしまう。たいへんな機会損失になるばかりか、リカバリーもできないのだ。
内部留保が潤沢にある会社はともかく、融資をうまく引き出せなかったり、必ずしも財務体質が強くない規模の小さなホテルや旅館はいよいよ行き詰まる。売り上げがゼロになった知り合いの旅館では、正社員の従業員に毎日掃除をさせているらしいが、ついに掃除させるところがなくなり、翌日から何をさせたらいいかと頭を抱えている。
■買いから一転、売りが続く「投資案件のホテル」
もう1つの課題は、近年乱立した投資案件のホテルだ。
もともと京都では、ホテルバブルにより高騰した土地を高値で仕込み、ホテルや簡易宿泊所を建設する流れが続いていた。一昨年あたりに参入した後発組など、利回りもギリギリの水準で回してきた。それでも京都なら稼働率が高く、2020年は東京オリンピックもあって1年目から収益が見込めるという前提で建設されたところも多いのだ。
しかし実際には、総客室数は2014年から右肩上がりで増え続け、5万室に迫っているのに対し、客室稼働率は2015年の89.3%をピークに下落傾向にあり、2018年には14年とほぼ同じ水準の86.4%にまで落ち込んでいる(京都市調べ。2019年11月27日付京都新聞より)。
結果、この1、2年で収益率が大幅にダウン。収益狙いの民泊が問題視されていた簡易宿泊所に至っては、京都市の条例改正により、突如として管理者の24時間365日の常駐が義務付けられ、利益率が劇的に下がっていたところに、コロナショックが襲ってきた。
現在、京都市内のM&A案件にはホテル事業が続々登場し、不動産市場にはホテルの売却案件が急増している。マンションに転用できる物件は用途変更し、それができないホテルは体力が続く限り耐え凌ぐ。どちらもできない事業者は、早々に市場からの退場を余儀なくされる。そうした事態が目下進行中だ。
■観光産業、過去最大級の危機
京都でホテルの客室数が急増する中、観光産業への過度の依存は危険だと感じてきた私は、1冊の書籍にまとめ警鐘を鳴らした(『京都が観光で滅びる日』ワニブックス、2019年)。
今となっては、みなさん身に染みて感じているだろうが、観光産業は風評に影響されやすい。為替リスクや政情不安(日本の場合は中韓関係)、自然災害、噂・デマといったさまざまな風評の影響を、いい意味でも悪い意味でももろに受ける産業で、企業の自助努力では天変地異並みにリスクヘッジが難しいという課題を抱えている。
しかし、これは今に始まった話ではない。関係者はよくわかっているはずだが、時間が経つと忘れ去られ、目先のイベント(オリンピックなど)に目を奪われ、翻弄されてきただけである。その結果がこれだ。
■過去最大となる観光産業の減速
過去30年で見ても、京都の観光産業は3度にわたり大幅な減少局面を経験してきた。最初は1995(平成7)年の阪神・淡路大震災、2度目は2009(平成21)年に京都で新型インフルエンザが発生したことと、リーマン・ショック(2008年)を受けての世界的景気低迷だ。そして3度目は、2011(平成23)年の東日本大震災である。
京都市は、2008年には初めて観光客5021万人を達成し、宿泊客も過去最高の1306万人を記録した。しかし翌2009年、観光客は4690万人へと330万人減、宿泊客は1231万人と80万人減となった。2010年には再び宿泊者を1300万人台に戻したものの、2011年の東日本大震災でインバウンドが大幅に下振れして、宿泊客は1087万人と200万人以上減少した。
いずれも1割程度のダウンで済んだが、今回は間違いなくそれを大きく上回る。
東日本大震災の時は海外需要が下がったが、国内観光客はそれほど落ち込まなかったし、鳥インフルエンザの時も比較的早期に収束した。しかし、今回は局地的な問題でなく、世界的な観光客の減少によるもので、リカバリーできるパイがない。その影響は、戦後過去最大級の落ち込みになる可能性が高い(そもそも昭和の時代は今ほど観光産業が大きくはなかったが)。
■京都の「観光依存」が被害を拡大する
とくに日本のインバウンドは、中国人観光客への依存が高まっており、戻るまで相当な時間を要するとみるべきだ。飲食関係などは自粛ムード全面解禁となれば戻りは早いだろうが、旅行の場合(とくに海外旅行は)、予定を決めてから行動するまでのタイムラグが長くあり、その分だけ回復に時間がかかる。
ホテルはもちろん、リネン業者、飲食店、土産物製造業者に至るまで、裾野の広い観光産業が受けるコロナショックの影響は大きい。資金繰り支援措置や緊急融資による対策が矢継ぎ早に打ち出されているものの、それにも限界がある。
改めて、観光産業に対する過度の依存に警鐘を鳴らしつつ、投資と同じで、都市の産業構造はいくつかの分野に分散して誘致誘導すべきことを付け加えておきたい。
■「観光崩壊」京都市民の意外な肯定の声
その一方で、観光産業へのコロナショックをマイナスと捉えない京都市民もいる。
「やっと、静かないつもの京都が戻ってきた」
「こんなに空いてる錦市場は久しぶり」
観光客の急増による「観光公害(オーバーツーリズム)」の悪影響や交通混雑に辟易としていた市民の言だ。
皮肉なことに、観光公害で苦しんでいた京都は一変して、閑古鳥が鳴くといってもいいガラガラの状態を迎えている。経済的にはたいへんな打撃だが、一般市民にとってはようやく過ごしやすい日常が戻ってきたともいえるのだ。
京都の観光シーズンといえば、身動きが取れない、どこに行っても大行列というのが近年のイメージで、非常に印象が悪くなっていた。だが、今ならどこへ行くにもスイスイ。有名な寺社仏閣もスムーズに入場でき、ゆっくり楽しめる状態が続いている。
50年に1度ともいわれる清水寺の大規模改修・修繕も終わり、待望の檜皮葺屋根が吹き替えられた本堂もお披露目された。しかも、今なら京都市内のどこへ行っても歓迎され、宿泊料金は破格だ。
通常、春の観光シーズンの3月、4月は大混雑で大幅に値上がりするが、簡易宿所1500円、ビジネスホテル5000円、大手シティホテルでも1万円以下で宿泊できる。なにより静寂な空気の中、余人に邪魔されることなく京都の寺院に身を置くといった貴重な経験ができる。
「コロナショック」が落ち着いたら、真っ先に訪れてみてほしい。京都の喧騒が戻る前に。
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前京都市議会議員
1978年、京都府に生まれる。15歳のとき、政治に命をかけず保身に走る政治家の姿に憤りを覚え、政治家を志す。衆議院議員秘書、リクルート(現リクルートホールディングス)勤務を経て、25歳の最年少で京都市議に初当選。唯一の無所属議員として、同和問題をはじめ京都のタブーに切り込む。変わらない市政を前に義憤に駆られ、市議を辞職。30歳で市長選へ挑戦するも惜敗。大学講師など浪人時代を経て、地域政党・京都党結党。党代表を経て、2020年に再び市長選へ挑むも敗れる。主な著書には『京都・同和「裏」行政』『地方を食いつぶす「税金フリーライダー」の正体』(以上、講談社+α新書)、『京都が観光で滅びる日』(ワニブックスPLUS新書)などがある。
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(前京都市議会議員 村山 祥栄)
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