1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

医療崩壊寸前の日本を救う手は「オンライン診療」にある

プレジデントオンライン / 2020年3月25日 9時15分

諸外国でオンラインを活用した医療が急速に進む。(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/AJ_Watt

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐにはなにが有効なのか。一橋大学教授で医療経済学が専門の佐藤主光氏は「感染拡大を防ぐにはオンライン診療の促進が有効だ。対面診療の補完という位置付けはもう古い」と指摘する――。

新型コロナウイルスが猛威を振るっている。国内感染者数(クルーズ船の乗客・乗員の感染者を除く)は、3月23日現在で、1000人を超える。検査体制が整っていないことから実際の感染者はさらに多いことが見込まれる。

新型コロナウイルス対策の専門家会議は国内の感染状況について「爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度持ちこたえている」(3月9日)との見解をまとめた。しかし、今後、感染者が医療機関に殺到すれば、わが国の医療体制が機能不全に陥ることが懸念される。医療機関が集団感染(クラスター)となって大流行を引き起こしかねない。こうした医療機関における感染拡大を避ける方策に成り得るのが「オンライン診療」の促進だ。

オンライン診療とは、スマホやパソコンなどの情報通信機器を通して患者の診察を行い、診断結果を伝えたり、薬の処方箋を出したりする診療行為を指す。しかし、医師法第20条によりは「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付してはならない」とされてきた。このため診療は対面(患者に直に会う)でなければいけなかった。

■あくまで「対面診療の補完」と位置づけられてきたが…

しかし、「遠隔診療に関する厚生労働事務連絡」(2015年8月)において「遠隔診療についても、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものであれば、医師法第20条等に抵触するものではない」との判断から本格的な導入は始まった。例えば、高血圧等の生活習慣病については、医師がオンラインを介して血圧コントロールの確認等を行うことができる。2018年4月の診療報酬改定では「オンライン診療科」が新設されている。ただし、オンライン診療はあくまで「対面診療の補完」と位置づけであった。

診療報酬に算定される(医療機関に対して対価が支払われる)疾病は前述の高血圧の他、糖尿病や喘息、認知症、てんかんなどに限定的である。診察は「目で見て触ってナンボ」、「十分な診療が不可能である」、「有効性に関する十分なエビデンスがない」などオンライン診療に対する医師の反対は根強い。東京都医師会が実施した「平成29年度 医療IT化に関する調査」によれば、オンライン診療に「どちらかといえば賛成」が38.9%、「どちらかといえば反対」が38.4%と医師の間で意見が拮抗している。

現場=医師の反対もあってか、オンライン診療には厳しい要件が課されてきた。僻地など一部の地域を除いて初診は対面が必須である上、「直近3カ月の間、オンライン診療を行う医師と同一の医師により、毎月対面診療を行う」こと、「緊急時には概ね30分以内に対面による診療が可能な体制」が整ってなくてはならないこととされる。そのためオンライン診療は遅々として普及していない。

オンライン診療料等を届け出ている施設は病院65、診療所905(2018年7月現在)にとどまるという(※1)。医療機関から保険者への請求書であるレセプトでみても、全体の件数が毎月1億枚であるのに対して、オンライン診療に係るレセプトは100枚に過ぎない。

他方、世界では、医療分野におけるデジタル技術の活用が進展してきた。米国はオンライン診療に早い段階から取り組んでいる他、中国や欧州でもオンラインを利用した医療が急速に進んでいる(※2)。新規の制度を創設する一方、要件を厳格にするあまり、結果として普及が妨げられることは医療以外の分野でもしばしば見受けられる。特に医療においては対面診療等による安全性の徹底が、錦の御旗のごとく掲げられることが多い。

しかし、非常時=感染拡大においては、対面診療を強制することがかえって、患者を院内感染のリスクにさらし、安全性を損ねていることは看過すべきではない。対面に代えたオンラインによる診療が、こうした感染リスクを軽減する上で有用だろう。

(※1)m3.com
(※2)経済同友会「オンラインによる診療から服薬指導までの一気通貫の実現を」(2019年4月23日)

■診療が有効かどうか質を測る仕組みすらない日本

オンライン診療は、その「有効性について一定レベルのエビデンスが確認されていることが必要」とされる。ここでいう有効性は、対面診療と比較されるべきであろうが、対面診療の有効性に係るエビデンスもないのが現状だ。オンライン診療の質(症状の改善といったアウトカム)云々といっても、そもそも対面診療の質自体が測られてきたわけでもない。

同様のことは上下水道・図書館など公共インフラ・施設の民間委託にもいえる。「運営を民間に任せると公共サービスの質が低下する」という批判があるが、現行(=直営)の施設等の質自体、測ってきたわけではない。対面診療であれ、施設等の直営であれ、既存の制度に対する評価は、オンライン診療や民間委託など新たな取り組みに比べて甘くなりがちだ。

そのため有効性の有無は客観的な「データ」ではなく、現場の「感覚」で判断されかねない。新たな政策に対しては有効性や質の向上など本来は同じ疾患(例えば高血圧)を持った患者等を、オンライン診療と(その比較対象である)対面診療のグループに分けて、有効性やアウトカムを比較すべきだろう。政府は「証拠(エビデンス)に基づく政策形成(EBPM)」の促進を掲げているが、オンライン診療を含む新たな政策の効果を検証するには、適切な比較対象が必要である。比較できなければエビデンスも集めようがない。

加えて、診療報酬(医療機関への対価)上、オンライン診療と対面診療の差が大きいことが医療機関にオンライン診療を促進する誘因を阻害している。患者に問診して処方箋を出すなど同じような診療行為であっても、対面診療に比べてオンライン診療への報酬は千円以上低くなるという。収益の観点からすれば、IT投資やシステムの構築などオンライン診療に係るコストに見合わないことになる。

わが国の診療報酬制度は出来高払いといって投薬、検査、画像診断などの医師や医療機関の手間暇を補填するものとなっている。ここで、患者の容体の改善など成果(アウトカム)は問われていない。本来は診療の手段が対面診療であれ、オンライン診療であれ、成果が同じであれば、同じ報酬を出すべきだろう。わが国の診療報酬制度にはこうした「成果払い」になっていない。前述の通り、そもそも成果=質を測る仕組みがない。

■コロナショックは「オンライン診療」を促進させるか

しかし、潮目は変わるかもしれない。オンライン診療はコロナウイルスの感染拡大を抑えるのに有効とされるからだ。政府は「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」(2020年2月25日)において「感染防止の観点から、電話による診療等により処方箋を発行するなど、極力、医療機関を受診しなくてもよい体制をあらかじめ構築する」としている。

実際、血圧などの症状を確認して薬を処方する慢性疾患等であれば、オンライン診療を促進する余地は大きい。コロナウイルスで重度化のリスクが高い高齢者を守ることにもなろう。厚生労働省は2月28日、慢性疾患等の患者に対するオンライン診療および服薬指導を認める事務連絡を出している。

医師が電話や情報通信機器等を用いて診療を行い、医薬品の処方箋を薬局にファクシミリ等で送付した場合、「電話等再診料・処方箋料」として診療報酬を請求できるものとした。慢性疾患の患者に限らず、コロナウイルスへの感染が疑われても、保健所で検査が受けられない者や軽度の感染患者についてもオンラインで経過を観察するようにすれば、感染リスクを抑えられる。風邪など緊急性の低い病気についてもオンラインでの対応は可能だろう。規制改革推進会議(2018年5月11日)も病気によっては「初診は対面診療」という縛りを除くべきとしていた。

他方、オンライン診療で気軽に受診できるようになれば、安易な受診が助長されることを懸念する向きもある。無論、対面診療であっても感染を不安視する患者が病院などに殺到するかもしれない。その背景には患者が病院・診療所を自由に選べるフリーアクセスがある。フリーアクセスは平時においてもコンビニ受診や重複受診など無駄な医療の温床になっているとの批判がある。

■「かかりつけ医」の制度を拡充も感染防止に役立つ

一方、非常時には感染拡大というリスクを伴うことになる。ではどうするか。オンライン診療を含めて「かかりつけ医」の制度を拡充させる。かかりつけ医とは「健康に関することを何でも相談でき、必要な時は専門の医療機関を紹介」(日本医師会)する医師を指す。専門医の診察を受ける前にかかりつけ医が診察するようにする。

患者の症状から軽症であれば、自身で治療を施し、高度な治療が必要と判断すれば、専門の病院を紹介する「ゲートキーパー」の役割を担う。専門医・病院は重度の感染者を含む入院患者の治療に専念できるようにする。また、かかりつけ医を通して軽症患者の容体の経過をモニターする。

新型コロナウイルスの感染の疑いのある、あるいは症状のない個人についてもかかりつけ医がスマホやパソコンなどでもって感染予防に向けた指導をしたり、検温の結果など報告を求めて早期発見に繋げたりすることができる。これまで医療提供体制は患者=病気になった人だけを対象としてきた。医療機関は人々が病気になるのを待って、事後的に治療を施してきたともいえる。これを改めて、診療に加えオンライン等を通じた健康管理もかかりつけ医が担うようにすべきだろう。

わが国では①対面による診療や②医療機関へのフリーアクセスが平時の「常識」とされてきた。しかし、これらは非常時においてパンデミックのリスクを高めかねない。むしろ、オンライン診療の普及とかかりつけ医の活用は平時において患者の利便性を高める一方、非常時には彼等の安全を確保、患者の流れをコントロールすることで医療崩壊を防ぐものとなろう。

----------

佐藤 主光(さとう・もとひろ)
一橋大学経済学研究科・政策大学院教授
1992年一橋大学経済学部卒業、98年クイーンズ大学(カナダ)経済学部 Ph. D取得。専門は財政学。政府税制調査会委員、財務省財政制度等審議会委員などを歴任。2019年日本経済学会石川賞受賞。主な著書に『地方税改革の経済学』など。

----------

(一橋大学経済学研究科・政策大学院教授 佐藤 主光)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください