令和の女子小学生が熱中する「平成ギャル風小説」の意外な中身
プレジデントオンライン / 2020年3月31日 11時15分
■2014年から新刊を出していないのに……
全30巻で累計351万部を売り上げた女子小学生向け小説シリーズがある。学研プラス刊行の『一期一会』だ。2007年から刊行され、2014年に完結した今も根強い人気を集めている。
「学校読書調査」を見ると、2019年の最新データでも小5、小6女子の「読んだ本」ランキング上位に複数タイトルが食い込んでいる。同様に「朝の読書」で読まれた本ランキングでも2017年の小学生部門で7位、2018年は18位と、シリーズ終了後も支持されていることが確認できる。
この作品が異例な点は2つある。1つ目は文具を手がけるメーカー「マインドウェイブ」が展開する同名の「文具から生まれた小説」であること。2つ目は2014年以来、新刊が出ていないにもかかわらず、いまだ読まれ続けていることだ。
なぜこの小説シリーズが異色のロングセラーとなったのだろうか。
■物語のない文具から、生まれた物語
「一期一会」は、マインドウェイブが2004年からメモ帳や便せん、ペンケースなどで展開している文具シリーズだ。まず中高生を中心にヒットし、流行が進むにつれて小学生にも下りてきた。そのタイミングで小説版『一期一会』はスタートしている。
マインドウェイブと学研は『一期一会』以前から他のキャラクターでも絵本を作るなどの付き合いがあった。それが小説版『一期一会』が生まれるきっかけだ。
と言っても、文具の時点で細かなキャラクター設定やストーリーがあったわけではない。小説の元になる材料は、文具に描かれた女の子たちのイラストやポエムだけだった。
「ポエム」というのは、例えばこういうものだ。
どうしてだろう。みんなといた時はいっぱい話してたのに2人になると急にコトバがでなくなっちゃうんだ。
二人同じ場所でうまれたこと。二人同じ気持ちになれたこと。二人同じ道を歩けること。それが二人の幸せ。
![『お話10コつめあわせ。』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/670/img_cd109ae16b642e5c8c66a4ae136628cc331268.jpg)
![『お話10コつめあわせ。』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/a/670/img_3a53a73b8e397f7eea9a71662192f4821269616.jpg)
こういった言葉と、女子の友だち同士や男女の恋人同士のイラスト――その数少ない素材から、編集部は物語を想像して作っていった。
■恋や友情を「カジュアルで本音に近い感覚」で描く
マインドウェイブの文具は「恋」と「友」が2大テーマだ。小説の内容もこれを踏襲した。ただ小説で断然人気なのは「恋」の方だ。
企画を立ち上げた担当編集者が中学生の頃、少女向け小説の「コバルト文庫」(集英社)を読んでいた世代だったこともあり、「小学生向けでもカジュアルで本音に近い感覚を採り入れられないか?」という切り口で『一期一会』の小説版を作ろう、と決めた。
執筆は学研の編集者や社外のライターなどが担当し、従来の児童書を手がけてきたような小説家には頼まなかった。それは普通の小説とは構成が大きく異なるからだ。たとえば小説版『一期一会』シリーズの本文には、ページのめくりをまたいで続く文章がない。
左ページの最後の文章が「なんだよ、びっくりさせる作戦かよと、ニヤけながら顔をあげると……。」で終わり、ページをめくると「ケーキをかかえてたのはユリカ。きのう、転校してきたばかりのおじょうさまだ。」と始まる(『一期一会 ありがとうフィナーレ。』学研プラス、2014年、65p,66p)。
文と絵の葉一、ページめくりのタイミングを全ページにわたって調整していく構成のため、いわゆるプロ作家に文章を頼むよりも、編集者主導のほうがやりやすい、というわけだ。
「それまでの児童書は『文が続いて、ときどき参考程度に挿絵がある』ように見えるものが一般的で、文の途中でページをめくっていくものが多かったんです。でも『一期一会』では、見開きごとに、次のシーンが気になるようなところで文が終わるようにしています。ページをめくったら読者が聞きたいと思っていたセリフや見たかった絵が出てくる、といった『絵本』のような展開にこだわりました」(学研プラス 幼児・児童事業部 コンテンツ戦略室 北川美映氏)
■本が苦手な子どもたちを惹きつける編集者のワザ
さらに『一期一会』には小説と挿絵だけでなく、「記事ページ」がある。「ネイルの塗り方」といったおしゃれ関連のハウツーや「四つ葉のクローバーの言い伝え」といったジンクス、さらには「占い」や「おまじない」「性格診断」といったコンテンツを盛り込んだページだ。
それらはストーリー中に登場する架空の雑誌やテレビ番組、もしくは登場人物の誰かが教えてくれたことという設定になっている。
![『お話10コつめあわせ。』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/670/img_67d99cafbdb677dd8d2b38ed8391b965378858.jpg)
![『お話10コつめあわせ。』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/6/670/img_268e4370c170991fd9e96d8f06fc2a89884548.jpg)
![粟生こずえ『一期一会―ちょっとの勇気。』(学研マーケティング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/6/200/img_e6467ece7cce0a1a1cf3ffba05df7654222569.jpg)
そうなった理由は2つある。ひとつは、「これまで本を読む習慣があまりないとか、文章と挿絵だけだと『読む気になれない』という子たちにも読んでみてほしかったので、本をパラパラめくっただけで『興味がある情報が載っている』と伝わるようにしました」(北川氏)。
もうひとつは制作上の事情だ。
「『一期一会』は文具のキャラクター発ですが、文具のイラストレーターさんは文具の仕事もあるため、本のスケジュールに合わせて新規に描き下ろすのは難しかった。そこで、違うイラストレーターさんによる別の絵柄でも違和感なくまとまる企画ということで、ストーリーの中で『テレビをつけたらやっていた占い』『雑誌に載っていたおまじない』などの形式を採ることにしました」(北川氏)
当初は苦肉の策だったが、誌面ビジュアルに新しさとメリハリが生まれ、読者からすると、物語と自分との接点もできて親近感が湧いた。読者の感想に出てくるのはストーリーのことより、そういった実用情報についてのほうが多いくらいだという。
カジュアルな恋の話という題材、ページの「めくり」や挿絵の配置にこだわった編集、自分でやってみたくなる占いなどの実用情報が相まって「今まで自分から進んで本を読んだことがなかったけど、初めて最後まで読めた」という声がたくさん寄せられた。
『一期一会』は30巻を刊行し、小学生が読む作品としては十分な量に達したとして、2014年に完結した。全盛期と比べれば動きは落ちたものの、今も売れ続けている。
当初は学校や公立の図書館には置かれなかったが、子どもたちが熱心にリクエストしたため、あっという間に並ぶようになった。今では図書館で借りて読まれることも多い。
■小学生女子の「茶髪」への憧れ
ところで、イラストで描かれる女の子たちは髪の毛の色が明るく、茶髪が多い。実は文具では黒髪の女の子もいたが、明るい髪色の子が人気だったために、小説版では茶髪を多く採用した。
学研の北川氏は「編集部へ読者はがきやお手紙をいただいた方には、新刊発売のタイミングや学校がお休みになるタイミングに、商品のご案内のDMを送付しておりました。最盛期には約20,000人の登録者がいましたが、送付の際にアンケートを同送して、編集部と会って話してもいいという方を募集していました。年に4~5回、1回に2~3人程度の読者に会って話を聞かせていただきました。読者はがきやアンケートなどでお母さんの年齢をたずねると、『一期一会』の読者のお母さんには20代前半で子どもを産んだ方が多く、読者に会った際に母子でいっしょに写ったプリ(プリクラ)を見せてもらうとお母さんが茶髪だったりして。茶髪は憧れだったのかな」と話す。
■送り手の思い込みではなく顧客の好みや憧れに寄り添う
初期の読者はすでに20代前半となり、結婚・出産が始まっている。そう考えれば、早ければ10年後にはその子どもたちが『一期一会』を手に取ることになるだろう。
![チーム151E☆『お話10コつめあわせ。』(学研プラス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/200/img_21ca05b584897212787af83d61b341a6530958.jpg)
送り手の思い込みではなく顧客の好みや憧れに寄り添うことが重要だ――とはビジネスの世界では飽きるほど言われている。
小説版『一期一会』シリーズは「児童書の恋愛ものは『こういうもの』」「児童書の文章や挿絵、コラムの入れ方は『こういうもの』」という送り手の思い込みにとらわれず、徹底的に顧客の好みや憧れに寄り添うことで、当初の想定以上に長く愛されるものになった。
子ども向けの商品だからといって、ビジネスの原則は変わらない。そのことを象徴するケースではないだろうか。
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ライター
マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃─ネット発ヒットコンテンツのしくみ』(筑摩書房)など。グロービスMBA。
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(ライター 飯田 一史)
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