コロナに楽観的だった米国が一変「国家非常事態宣言」に転じたワケ
プレジデントオンライン / 2020年3月25日 11時15分
■同じ自治体の住人が感染
ニューヨークなど米国・東部の雰囲気が、3月中旬に入り一変した。猛威を振るう新型コロナウイルスの感染者が右肩上がりで増え、スーパーや量販店にはトイレットペーパーや食料品の「買いだめ」に走る客が殺到。NYエリア近隣各州では外出禁止令が出され、一部の業種を除くすべての人に在宅勤務が義務付けられた。NYの観光名所は軒並み閉鎖され、周辺各州を含めてレストランやバー、カフェでの店内飲食を禁じた。学校はすべて休校となり、昼夜問わず街はゴーストタウンと化している。東海岸はもとより、全米が緊迫した空気に包まれている。
3月1日にNY州で初めてとなる感染者が確認されたのを皮切りに、NY州のお隣、筆者が暮らすニュージャージー(NJ)州でも、初の患者が4日夜に確認、公表された。この感染者は、まさに私の自宅がある自治体の住人。翌日朝から「町はこれから、封鎖されるのではないか」「子どもの学校は休みになるのか」などのやり取りがあちこちで交わされ、私だけでなく、どこか遠い国の出来事と捉えていた周囲の米国人も、にわかにそわそわし始めた。
自宅近くのスーパーは開店直後から人であふれ、カートに山積みの商品を積み上げた客が、レジ前に長蛇の列をつくった。この時点で既に、マスクをはじめ、トイレットペーパーやハンドサニタイザー、消毒液、ティッシュは入手が困難になっていた。とは言え、自治体当局のトップが「通常通りの生活を求めるよう」訴えた動画が配信され、学校の休校も否定したことから、パニックには至らず、ひとまず沈静化したかに見えた。
■楽観的対応から一変
それが一気に変わったのが、感染者が急増し続けていたNY州の知事が「非常事態宣言」を発令した7日土曜日だった。世の中が動き始めた週明けから、NY、NJ両州とも感染者がさらに拡大し、NJ州知事も9日に非常事態を宣言。その後、大規模イベントの中止を求められたNY市では、ブロードウェーのミュージカル劇場の全館閉鎖、メトロポリタン美術館の閉館などが次々と打ち出され、コロンビア大などの大学は軒並み、オンライン授業に切り替えた。
筆者が所用でNY・マンハッタンを訪れた10日。ドラックストア数店舗を回ってみたが、マスクもサニタイザーも売り切れで、店員は入荷時期を問いただす客への対応で追われていた。米国では、マスクを着用することが予防の観点ではなく、完全に病人扱いされるため、医療従事者を除けば、それほど取り扱われていない。マスク姿のアジア住民がマンハッタンで突然殴打される動画が拡散したこともあり、ほとんどの在住日本人はマスク着用を控える傾向にある。
![手袋を着けて、購入個数が限定されたトイレットペーパーを買い求める客](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/300/img_1780eeaec23c9d95a60e369932c1fe31248998.jpg)
NYに拠点を置くニューヨークタイムズなど米国メディアが2月まで取り上げていたウィルス禍関連のニュースは、アジア発のものが大半で、横浜港に留め置かれ続けた「ダイヤモンド・プリンセス」をめぐる検疫体制の不備など日本政府を批判する報道などが目立っていた。米国でも死者が出始めた3月に入って、自国に深刻な影響を及ぼしかねないと捉えてからは、報道番組は朝から夜までコロナ一色に染まっている。空気が様変わりした要因は、報道にもある。
トランプ大統領は当初「米国民のリスクは低い」「この騒動は民主党の仕業だ」などと極めて事態を楽観視し、一部報道をフェイクニュースとも断罪していた。それが11日の記者会見で「欧州からの渡航30日間の禁止」を突如表明。13日には「国家非常事態宣言」を出した。
■飲食店から悲痛のメール
さらに、外食や10人以上の集会、旅行の自粛を呼びかけた16日の会見が決定打となり、NY、NJなどの3州ではレストランや映画館、スポーツジムなどが無期限で閉鎖されることになった。飲食店は当面、宅配か持ち帰りのみの営業を余儀なくされている。
![冷?凍食品がすべて売り切れたスーパーの棚](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/3/300/img_93cd758af48a5f1cd9f2d61d8fbc3500326846.jpg)
NJ州では、16日から午後8時から朝5時までの夜間外出禁止となった後、NYなどと足並みを揃え、不要不急の外出は一切禁じられた。筆者の元には、飲食店から来店を促す携帯電話のテキストメッセージやメールが寄せられる。店の存続、店員の給与に直接響くため、中には悲痛な文面も見受けられる。
大量の荷物を扱う郵便配達員、宅配便の配達員に加え、飲食店やスーパーなどの店員も手袋を着け始めた。買い物客も手袋を着ける人が目立ち、米国人も含めてマスク姿の人はまったく珍しくなくなった。物資が買いだめされたスーパーや量販店の棚が「すっからかん」の光景もすっかり見慣れたものになっている。
■休校は夏休みまで……先が見えない不安
在米日本人の間にも、終わりがまったく見えない現状生活に不安の声が拡大している。学校の休校が夏休みまで続くとの見方もあり、日本で隔離されることを覚悟しながらも家族を一時帰国させるケースが出始めた。4月の転勤シーズンを控え、新規駐在員の渡米時期が見通せないとの話も聞く。SNS上には、勤務先をレイオフ(解雇)されたとの投稿も目にする。
終息時期が見いだせない状況がこの先も続くようだと、市民のやり場のない怒りやストレスが思わぬ行動として表れることが十分に予想される。その矛先が「ウィルス震源地」とされるアジア系の一員である、米国在住日本人に向かってくることを想定しながら、日々の生活を送ることを余儀なくされることにもなりかねない。
24日未明時点で、NJ州の感染者は2844人、NY州の感染者は21689人で、うち半分以上がNY市在住だ。感染者の広がりはとどまるところを知らず、言い知れぬ恐怖が忍び寄っている。NY市長らが「戦時中」との言葉を繰り返し用いる、この未曽有の事態が、外国人を含めた市民生活に巻き起こしている影響を引き続き注視し、レポートしていく。
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米国在住・駐夫 コロンビア大大学院客員研究員 共同通信社政治部記者
1972年生まれ。7歳の長女、5歳の長男の父。埼玉県出身。2017年12月、妻の転勤に伴い、家族全員で米国・ニュージャージー州に転居。96年慶應義塾大学商学部卒業後、共同通信社入社。3カ所の地方勤務を経て、05年より東京本社政治部記者。小泉純一郎元首相の番記者を皮切りに、首相官邸や自民党、外務省、国会などを担当。15年、米国政府が招聘する「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム」(IVLP)に参加。会社の「配偶者海外転勤同行休職制度」を男子として初めて活用し休職、現在主夫。米・コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員。研究テーマは「米国におけるキャリア形成の多様性」。ブログでは、駐妻をもじって、駐夫(ちゅうおっと)と名乗る。
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(米国在住・駐夫 コロンビア大大学院客員研究員 共同通信社政治部記者 小西 一禎)
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