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30分以内に無料配送「巣ごもり消費」を支える中国版"成城石井"のすごさ

プレジデントオンライン / 2020年3月30日 11時15分

撮影=筆者

中国人の買い物様式が大きく変わりつつある。ノンフィクションライターの西谷格氏は「ネット融合型スーパー『盒馬鮮生』は一見すると日本のスーパーと変わらない。しかし、最新ITがフル活用されており中身は全く異なっている」という――。

※本稿は、西谷格『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

■専用アプリで注文後30分で到着、中国の最先端ネット型スーパー

猛烈な勢いでデジタル化が進む中国社会で、とくに未来を感じさせたのが、ネット融合型スーパー「盒馬鮮生」だ。中国を代表する巨大IT企業アリババが2016年1月から運営を開始し、現在は中国全土に170店舗を構える。

店名の「盒馬」は「河馬(=カバ)」、「鮮生」は「先生(=~さん)」と同音で新鮮さを表している。日本語にするなら“カバさんスーパー”といったところ。イメージキャラクターとして水色のカバを使っており、最先端技術とは裏腹に親しみやすい雰囲気だ。

専用のアプリから注文すると、店舗から3キロ以内であれば最短30分で配達が可能、というのが最大の売り。当初は完全に配送無料だったが、2019年夏からは、同日に2回以上注文した場合のみ5元(80円)の配送料をとるようになった。

日本でもアマゾンやイトーヨーカドーなどがネットスーパーを運営しているが、まだまだ浸透率が低い。ページを開いたが、結局買わなかったという人も多いのではないだろうか。

では、中国最先端のネットスーパーはどうなっているのか。

アリババが提唱する“ニューリテール”の典型事例としても知られており、次世代の流通システムを考えるヒントにもなりそうだ。さっそく乗り込んでみることにした。

■「まるで倉庫」頭上を通過するベルトコンベア

上海市内のショッピングスーパーのフロアで“カバさんスーパー”を訪れると、まずは店内の清潔感に気づかされた。いや、中国の既存のスーパーがとくに不潔というわけではないのだが、それでも日本のスーパーに比べると薄暗さや雑然とした雰囲気が強かった。

しかし、“カバさんスーパー”は商品が整然と並び、既存店舗の一歩先を行っている感があった。一見すると日本のスーパーとそれほど変わらない雰囲気だが、少し歩いてみると、頭上のベルトコンベアがすぐさま目に入った。

頭上のベルトコンベア
撮影=筆者

店内の天井にモノレールの線路のようなものが縦横無尽に張りめぐらされており、いくつかの保冷バッグがレールにぶら下がったままバックヤードへと運ばれていた。

■「店員」であると同時に「作業員」

コンベアの下には、落下防止用のネットも張られている。店内には保冷バッグ置き場とベルトコンベアへの輸送ポイントが何箇所かあり、スタッフが忙しく動き回っている。保冷バッグにはハンガーが取り付けられ、コンベアに引っ掛けられる仕組みだ。

男性店員を観察していたら、スマホのようなマシンを器用に操りながら保冷バッグを一つ取り、そこへ豚肉や野菜などの商品を詰め込みコンベアへと引っ掛けた。こうして見ると、店舗の「店員」であると同時に、ネット注文の商品をピックアップする「作業員」ともいえる。

保冷バッグに詰め込んでいる最中は話し掛けられるような雰囲気ではない。保冷バッグの行方を追いかけ、バックヤードの扉が開いた瞬間に部屋の中を覗いたら、大量の保冷バッグから発泡スチロールの箱へと梱包する作業が行なわれていた。

店内は清潔感がある一方、ベルトコンベアのゴゴゴゴゴという作動音がつねにBGMとして聞こえ、倉庫のような寒々しさも感じる。店舗のような倉庫のような、どことなくスウェーデン発の家具販売店「IKEA」の売り場を連想した。

既存のスーパーに比べると殺風景で、日本人が使うには“割り切り”が必要かもしれない。

■「昨日のものは売りません!」

“カバさんスーパー”は「盒馬鮮生」という店名の通り、“鮮度の良さ”を大きなウリにしている。

売り場に陳列されている肉や野菜はパッケージに「水曜日」「土曜日」などと曜日が大きく印字され、古いものは一目で区別可能。「昨日のものは売りません!」という文言がパッケージに書いてあるのも特徴的だ。

売り場に陳列されている野菜
撮影=筆者

曜日表示のない野菜が割安で売られていたので、「これは昨日の野菜を詰め替えたのでは?」と意地悪く店員に聞いてみたが「そんなことはしていません。当日出した商品は売り切っています」と自信満々の回答。鮮度重視のものと安さ重視のものを、分けて販売しているようだ。

日本人の目から見ると、中国のスーパーで売られている野菜や果物は“傷み気味”の商品が多いが、ここでは一目で鮮度の良さが感じられた。

中国では、スーパーよりも対面販売の市場で買うほうが鮮度が良いという印象が強かったが、“カバさんスーパー”は、そうした先入観の払拭をめざしているようだ。

価格は既存のスーパーや市場に比べるとおよそ1.5倍と割高で、“アッパー層”にターゲットを合わせている。

たとえば、青梗菜1袋4.2元(約67円)、豚バラ肉450グラム26.8元(約429円)、豆乳750ミリリットル12.9元(約206円)など。品質は良いが、他店ではもっと安く買えると思うと、お金に余裕のある人向けだ。

■客層は「爆買い」に来るホワイトカラー

デパートの食品コーナーや「成城石井」のようなイメージに近く、客層の中心はホワイトカラー。日本へ“爆買い”に行くような人びとだろう。

お得すぎる優待割引もう一つのウリは、店舗内にフードコートを併設し、食事ができる点。鮮魚コーナーの生簀で魚介類を購入し、その場で調理してもらうこともできる。

惣菜類も豊富に並んでおり、家族連れやカップルで賑わっていた。フードコートはそこまで画期的とは思えないが、買い物客が店内に滞留する時間が長くなるのは、メリットがありそうだ。中国には「外食はどんな食材を使っているかわからないから不安」という考えが根強く、その場で食材を買って調理してもらえるなら、安心感も大きい。

店内を歩いていると、スタッフの着ている制服に、さまざまなメッセージが書かれていることに気がついた。

スタッフの着ている制服
撮影=筆者

「野菜を買うことは、その先にある料理やテーブル、人生の幸福を買うことと同じです」(写真)「新鮮さのない生活は、本当の生活ではありません」「食を知るものは英雄だ」

なかなか意識が高いというか、やたらと志が高いのである。このあたりも、ロハスやシンプルライフの考えに近い現代的なセンスを感じる。

 

■支払いはすべてセルフレジ、アリペイと連動の専用アプリで

支払いはすべてセルフレジで自動化されており、アリペイと連動しているスーパーの専用アプリで行なう。まごついているような人は見当たらず、スムーズに会計を済ませている。客もかなり慣れているようだ。

会計時のスクリーンはタテ50センチほどの大型サイズのため、年配者でも使いやすい。

「ポイントカードはありますか?」「支払い方法をお選びください」「バーコードのない商品はこちらを押してください」などと余計なことをゴチャゴチャ聞かれることがなく、手順は非常にシンプル。

セルフレジ導入のポイントは、できるかぎり手順をシンプルにして、誰でも頭を使わずに使えるようにすることだ。そんなことを気づかされた。

店内には有料会員募集のポスターが貼られており、年間218元(3488円)を支払うと、毎週火曜日は全商品12%オフ、毎日来店時に野菜プレゼント、牛乳5元(80円)値引きなどの優待がある。

特筆すべきは、優待で得られた金額が218元以下の場合、年会費がその分割り引かれ、差し引きゼロになるという点。少なくとも、絶対に損はしない計算になる。なんとも良心的ではないか。

消費者はリスクゼロの“お得感”に惹かれ、とりあえず入会してしまう。人間の心理をついたこうしたマーケティング戦略は、日本も真似していいだろう。

■買い物データを販促にとことん活用

さらに歩いていると、商品棚のところどころにスクリーンが設置されていることに気づいた。「お買い得商品をご案内します」と表示されたスクリーンをタッチすると、次々と画面が切り替わる。内容は次のようなものだ。

表示されたスクリーン
撮影=筆者

「90年代生まれ(=20代)によく飲まれている洋酒はこちら過去1カ月間の購入者の11.5%が90年代生まれ ベイリーズ・オリジナル アイルランド産」
「炭酸飲料のベストセラートップ3 ①コカ・コーラ②炭酸ライチ③ペプシコーラ」
「こちらの商品はレビュー評価が高いです 梨ドリンク」

これまでは店員が手書きで「よく売れています!」などのポップや販促ツールを使うことはあったが、世代や時間単位で区切って売れ筋の商品をデジタル提示するのは、ネットスーパーならではだ。

そのうち顔認証機能で本人を識別し、より明確にターゲットを絞ってオススメ商品を提示するようになるかもしれない。

先述したセルフレジはたんにレジ打ちの手間を省くだけでなく、性別や世代といった属性をデータとして記録し、誰に何が売れているかを明らかにするためのものでもあるのだ。

使えるデータはとことん活用する。この商魂には目を瞠るものがある。

■店裏には電動バイクにまたがった多数の配達員

その後、店の外に出て店舗全体をぐるりと回ってみると、店の裏手に電動バイクにまたがった多数の配達員が待機していた。荷台には、灰色の発泡スチロールの箱を載せている。時折、スマホで呼ばれるや地下駐車場へと向かっていき、荷物を載せて出発していた。

電動バイクにまたがった多数の配達員
撮影=筆者

筆者も買ってみようとホテルに戻ってからスマホで注文を試みたが、徒歩圏内に店舗があるにもかかわらず「配達範囲外」と表示されて購入できず。が、後日北京を訪れた際に再度試してみたら、「配達可能」と表示された。時間が経ってサービスが向上したのかもしれない。

さて、操作具合はどうか。肉類、魚介類、野菜類、冷凍食品など、イラストとともに分類されているので、欲しいものが選びやすい。闇雲に商品点数を増やすのではなく、あえて点数を絞ることで使い勝手を良くしている。

日本のスーパーで買い物をしていると、たとえば卵1パックがほとんど同じ値段で10種類以上棚に並んでいて、かえって選びにくいと感じる。“選択肢が多い”ということは、必ずしも便利さとイコールではないはずだ。

肉類は調理ができないので見送り、ヨーグルトと豆乳、ライチを選んでカートに入れた。アマゾンで買い物をするのと同じ要領だ。

操作を進めていくと配達時間を選ぶ画面になり、30分刻みで到着時刻を選択。このときは午前11時6分だったが、表示されたのは最速で11時半~12時の時間帯だった。少々タイミングが悪かったのかもしれない。

■昼の時間帯でも1時間で到着する早さ

支払いを終えると、しばらくは「配送準備中」との表示が続き、11時32分に「パッケージ作業開始」、34分に「パッケージ完了」36分に「配送中」と進行していった。

『ルポ デジタルチャイナ体験記』
西谷格『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)

これは早い。

店員さんが、保冷バッグから商品を詰めている姿が眼に浮かぶ。同時にアプリ上に地図が表示され、バイクにまたがったカバのアイコンが動き始めた。一昔前の中国と比べたら、丁寧すぎるくらい行き届いたサービスである。

「ウーバーイーツ」もそうだが、アプリ上で配達員の現在地がわかると、到着時間の見当がつくので非常に楽だ。「ちょうどいま出ました」と、昔のそば屋の出前のようなウソをつかれることもないし、いつまで待たせるのかとヤキモキもしない。

画面上のカバの動きを見ていたら、予定時間ギリギリの12時直前、ホテルのドアをコンコンとノックする音が聞こえた。ドアを開けるとヘルメットをかぶった配達員が、ビニール袋を片手に立っていた。

「西谷格さんですか?」と聞かれて「はい」と答えると、無言で袋を手渡され、配達員は早足で去っていった。このときは1時間近くかかってしまったが、タイミング次第では30~40分程度で到着する場合もあるようだ。

近所のスーパーに行って買い物をすると、最低でも往復20分ぐらいかかる。よほど急いでいなければ、“カバさんスーパー”を使ったほうが時間の節約になりそうだ。

筆者註:3月24日現在、北京や上海などの大都市圏でもサービスを行っている。

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西谷 格(にしたに・ただす)
フリーライター
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。

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(フリーライター 西谷 格)

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