インド人もびっくり「11歳で古典舞踊のプロ」になった小6女子の奇跡
プレジデントオンライン / 2020年3月28日 9時15分
■インド4大古典舞踊で小6にしてプロダンサーになった日本人少女
きらびやかな衣装をまとった小学生の少女が、ステージで歯切れよく伸びやかに舞うと、インド人の司会者は「すごい、これほんとにすごいです」と興奮を隠せない様子だった。
2019年11月、神戸港で開催された日本有数のインドフェス「インディアメーラー」。その特設ステージで、インド4大古典舞踊のひとつ「バラタナティヤム」を披露していたのが、埼玉県在住の小学6年生・富安カナメ(とみやす・かなめ)さん(12歳)だ。カナメさんは「バラタナティヤム」のプロダンサー。11歳のとき、インドでもプロとして認められたレアなケースだ。
■インドの“文化勲章”82歳の師匠に認められた逸材
カナメさんは父の仕事にともない、4歳から10歳までインドのデリーで過ごした。治安や気候上、自由な外出がままならないため、運動不足を心配した母の薦めで、4歳からバラタナティヤムを始めた。そしてすぐに夢中になった。
「バラタナティヤム」とは、ヒンドゥー教の神に捧げる巫女の踊りだ。南インドのチェンナイで発祥し、3000年を超える歴史を持つ。足を床に打ちつけるステップが特徴で、手足の指先まで、全身を使って踊る。動きにヨガの要素が多く含まれることから「踊るヨガ」とも呼ばれ、日本でも都市部を中心に教室がある。体幹と足腰が鍛えられ、足を踏みならすステップは骨粗しょう症予防にもよいそうだ。
カナメさんが師事するのは、インド・バラタナティヤム界の権威である、グル・サロンジャ・ヴァイディヤナタン氏だ。彼女は北インド最大の舞踊学校の創設者であり、日本の文化勲章にあたるパドマ・ブーシャン賞を受賞。インド国内だけでなく、海外からの出演依頼も相次ぎ、コレオグラファー(振付師)としても活躍している。なお、82歳の今も現役のダンサーだ。
現在は父の帰任により、埼玉の小学校に通う6年生のカナメさん。インドにいる師匠からは、オンラインアプリのZOOMを通じてレッスンを受けている。
■インドの神話や叙事詩がベース「バラタナティヤム」に魅せられて
バラタナティヤムは、インドの女の子の習い事として人気があるという。日本でいうところのピアノを習うような感覚で、8歳から舞踊学校に入るのが一般的だ。4歳から始めたカナメさんは、スタートが早かった。デリー在住の日本人から手ほどきを受けた後、8歳で、師匠の舞踊学校の門を叩いた。
舞踊学校では、先生も生徒たちも、カナメさん以外は全員がインド人。レッスンは英語で行われ、少し込み入った話になると、別室で待機している母が通訳した。
日々の練習は反復が続き、とても地味だ。基本姿勢の「アラマンディ」は、両足のかかとをつけたまま膝を180度開いて中腰になる状態で、体幹の強さが求められる。そこから硬軟さまざまなステップを踏んでいくのだ。そしてステップや手の動きだけではなく、目の動きや顔の表情を使った、感情表現も求められた。
また、演目はインドの神話や叙事詩がベースになっており、ストーリーの内容理解が必須となる。曲も複雑だ。インドには紙幣に17カ国語が表記されるほどの多様な言語があり、演目の歌詞も、サンスクリット語やタミル語、ヒンディー語やテルグ語のものがある。それらを覚えることも求められた。
■10歳で帰国後、両親のサポートを受け「プロを目指す」
カナメさんは、「キラキラした衣装を着て、メイクをして、アクセサリーをたくさん付けてステージに立つ」ことを目標に、その練習にコツコツと励んだ。途中、父の勤務先のパーティーで練習の成果を披露する機会があり、インド人スタッフから大喝采を浴びたことが大きな喜びになった。
そんな中、父の帰任が決まった。2018年、カナメさんが10歳の時だ。会社から派遣された駐在員である以上は必ず帰任があり、その時期は会社が決める。それはカナメさんにとっても母にとっても同じだった。
「日本に戻ってもバラタナティヤムを続ける」と無邪気に話すカナメさんに対して、母は、やる気が減速するのは目に見えていると感じていた。カナメさんのモチベーションは、「ステージで踊る」ことだが、日本では踊るステージがまずない。バラタナティヤムの知名度はきわめて低い。さらに、バラタナティヤムの決まりで「『アマチュアダンサー』は、師匠の許可なしに人前で踊りを披露することはできない」のである。
母は考えた。「そうだ、カナメが早くプロになればいいんだ!」
プロデビューすれば、日本で堂々とステージに立つことができ、カナメさんはそれを目指して頑張れる。そして「小学生のプロダンサー」というインパクトで、インド文化やバラタナティヤムそのものも注目されるのではないかと考えたのだ。
■師匠立ち会いのもと、一人で1時間半を超える演目を踊れるか
バラタナティヤムで「プロになる」というのは、デビュー公演「アランゲトラム」を行うことを指す。これは「プロへの登竜門」であり、師匠立ち会いのもと、一人で1時間半を超える演目を踊りきらなければならない。この公演を無事行うと、バラタナティヤムのプロとして活動することができ、また、指導者として人に教えることもできる。
日本への帰国が近づく中、母は師匠に相談した。
「カナメには、アランゲトラムを行う力はついていますでしょうか」
「まだ早い」
当時カナメさんは10歳。4歳から始めたとはいえ、インドでは、8歳から始めて、技術・表現・体力的に、早くても14歳を過ぎてからアランゲトラムを行うのが一般的なのだ。
しかし、母は諦めなかった。カナメさんの才能は師匠も認めていた。そしてカナメさんも、先輩ダンサーたちの姿を見て、「いつかは自分も」とアランゲトラムを意識していた。そこで、「早くデビューするには具体的にどうすればいいのか」と師匠に相談したのだ。
その熱意が師匠の心を動かした。帰国後オンラインで師匠のレッスンを受け、夏休みに渡印して毎日特訓し、きちんと水準に達していれば、8月末にアランゲトラムを行うという特別プログラムが組まれることになったのだ。14歳以下でのアランゲトラムは、舞踊学校開校44年の歴史の中で、初めてだった。
■11歳の誕生日「小学生のプロダンサー」が誕生した
アランゲトラムでは、8演目を踊りきる必要があった。当時カナメさんはそのうち3つをマスターしていた。オンラインレッスンでさらに2つを習得し、夏休みにインドで残り3つを追加して全てを仕上げるという、ハードなプログラムになった。
夏休み、カナメさんは毎日厳しい特訓を受け、母はアランゲトラムの準備に奔走した。公演会場の手配、招待状の作成と発送、衣装やヘアメイクの手配、撮影、会場設営、ケータリング、演奏家や司会者の手配など、「まるで結婚式の準備のようで大変だった」と母は思い出して笑う。インドの女性にとっても、アランゲトラムは一生に一度の大イベントで、親戚総出で準備を行うそうだ。
そして迎えたアランゲトラム当日。「師匠の都合で日取りが決まり、全くの偶然だった」というが、その日はカナメさんの11歳の誕生日だった。会場には、舞踏学校の先輩ダンサーたちや、デリー在住の日本人など、定員150人を超えて立ち見が出るほどの観客が詰めかけた。そして師匠の立ち会いと祝福のもとで、「小学生のプロダンサー」が誕生した。
師匠は「カナメはとても才能に恵まれている。日本だけでなく、世界中で活躍してほしい」と語る。また普段から「バラタナティヤムも、インドで、インド人だけで閉鎖的に活動していては、いずれ廃れるのではないか」と考え、海外での活動や、外国人であるカナメさんを弟子として受け入れるなど、権威でありながらオープンな対応をしているそうだ。
カナメさんもバラタナティヤムを通じて、師匠や先輩たちとの師弟関係や、神様や師匠や道具などに敬意を示す作法など、「礼に始まり礼に終わる」という姿勢が身についたという。一見、異文化を強く感じるインド古典舞踊だが、日本の武道や芸道に通じるものもありそうだ。
■日本国内のインドフェスで引く手あまた
デビュー後のカナメさんは、全国各地で開かれるインドフェスやイベントなどのステージに立った。自分でエントリーするものもあれば、招待されるものもあり、その半分ほどから出演料や交通費などが出た。
お馴染みのイベントもできた。毎年10月、「群馬県民の日」に行われる、光恩寺奉納舞のステージに立つのは2度目だ。祖父母世代のファンからは「カナメちゃん!」「大きくなったね!」と歓声が飛ぶ。また「ブログを読んで興味を持って見に来ました」という同世代の少女にも出会った。
2019年に立ったステージは20を超えた。そして今後も毎年、夏休みはインドで研鑽を積んでいく。
小学校も楽しいそうだ。母は、帰国子女となるカナメさんが、日本の学校に馴染めるか心配したというが、杞憂だった。クラスには外国ルーツの生徒もいて、「多様性を認める」という雰囲気が自然にあったという。インド帰りのカナメさんもすぐに溶け込むことができた。
「これからもバラタナティヤムを通じて、インド文化をもっと伝えていきたいです」と語るカナメさん。母と父はそれを支えつつ「何の道を選んだとしても、自立した人間になれるよう、学校の勉強もしっかりやっていろんなことを吸収してほしい」と見守る。
5年後、10年後、カナメさんはどんな活躍をしているのだろうか。成長を追いかけたくなるプロダンサーだ。
ブログ:https://www.kaname-bharatanatyam.jp/
FBページ:https://www.facebook.com/kanameTomiyasu/
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日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。
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(水野 さちえ)
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