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60年ぶりの営業赤字に転落したとき、トヨタの経営者が話していたこと

プレジデントオンライン / 2020年3月30日 11時15分

記者会見をするトヨタ自動車の豊田章男社長、内山田竹志副会長、張富士夫会長(左から、肩書きはいずれも当時)=2013年3月6日、東京都江東区 - 写真=AFP/時事通信フォト

新型コロナウイルスの感染拡大が企業経営にダメージを与えている。こうした危機への対応は歴史に学ぶべきだ。トヨタ自動車は2008年のリーマンショックのとき60年ぶりの営業赤字に転落した。しかし当時会長だった張富士夫氏は「需要の減少は絶好のチャンス」と言い切った。神戸大学大学院の栗木契教授が、その真意を読み解く――。

■オリンピックイヤーが一転パンデミックの年に

新型コロナウイルスが世界経済を揺るがしている。このような危機に日本企業の先人はどのように対応してきたか。目先の対策に終始せず、時間の幅を少し広げて考えると、危機のなかにおいてするべきことが見えてくる。今回、そうした観点からトヨタ自動車をケーススタディーとして取り上げたい。

年の初めに皆さんは、2020(令和2)年という年を、どう予想しただろうか。夏には東京オリンピックが行われ、数多くの外国人が訪れる華やかな一年となるとみていた人も多いのではないか。

だが、この予想はほどなくして暗転する。国内外で中国武漢発の新型コロナウイルス感染症拡大の影響が社会、そして経済へと果てしなく広がっていく。国内外の人の動きが止まり、観光などの人の交流に関わる産業をはじめ、あらゆる産業に縮小の影が忍び寄っている。にもかかわらず、この感染症のグローバルな終息の見通しは、現時点ではたっていない。

■需要の減少は天の与えてくれた絶好のチャンス

歴史を振り返れば、経済は成長と停滞を繰り返すものである。感染症だけではない。日本の産業は、これまでにもさまざまな外生的なショックに見舞われては、それを乗り越えてきた。

そのひとつが2008年に起きたリーマンショック後の世界不況だった。わが国でも倒産する企業が相次いだ。自動車産業もこの大波にのみ込まれ2000年代の後半には極度の販売不振に陥る。巨大グローバル企業が次々と破綻に追い込まれるなかで、トヨタも60年ぶりという営業赤字に転落する。

この危機をトヨタはどのように受け止めていたか。当時の会長だった張富士夫氏のインタビュー記事がある(『文藝春秋』2009年3月号)。そこで張氏は、この金融危機に端を発する需要の減少に慌てず、流されず、この販売不振が自社にもたらす影響のポジティブな側面を見すえていた。冷静な理詰めの思考を語るなかで張氏は、「需要の減少はある意味で天の与えてくれた絶好のチャンス」と述べる。

販売不振が、なぜチャンスとなるのか。なぜ危機がチャンスなのか。

張氏は、受注が減っているときには、工場のラインを止めても、営業などの部門との軋轢が生じにくいことを挙げる。受注が相次ぎ、ひっきりなしに車をつくり続ける必要があったときには、できなかった生産工程の見直しや、設備の手直し、工場間のラインの移設、あるいは調達する原材料の変更などを行うチャンスとなる。

生産の現場だけではない。マーケティングにおいても同じことがいえる。世界各国で現地のニーズにこたえたきめ細かい製品やサービスの開発や提供を行う必要性は感じていても、ひっきりなしの注文に必死にこたえていく状況のなかでは、量産型の画一対応を根本的に見直すことは難しい。需要がダウンサイズしたときこそが、こうした方向性を見直すチャンスなのだという。

あわせて張氏は、その成果はすぐに出るわけではない、とも述べている。実際にこの2009年度にトヨタは黒字転換は果たすものの、営業利益率は0.8%にとどまる(売上18兆9509億円、営業利益1475億円)。財務上は厳しい状況にあったなかで張氏は、以上の発言を行っている。しかしここで改善を積み重ねておくと、「次の好況時に一気に成果が現れて、利益が出る」のだと張氏は述べている。

■張氏が「危機はチャンス」といい切れた理由

強い企業に求められる条件は、事業の将来性、収益力の高さ、保有資産の潤沢さ、意思決定の迅速性など多くあるが、「危機にチャンスを見いだすことができる」ことも、そのひとつといえるだろう。

しかし、現在の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の渦中にあって、かつてのリーマンショック後の張氏のように、「これは絶好のチャンス」と大胆にいい切ることができる企業人がどれだけいるだろうか。なぜ張氏はあのとき、危機はチャンスと語ることができたのか。この問題を重ねて検討していこう。

なぜ、あの発言ができたのか。

第1に注目しておきたいのは、張氏がこの記事において、中長期の市場展望を踏まえての発言を行っていることである。このときトヨタの販売不振が特に顕著だったのは北米市場だったが、危機の直前には自動車市場の全体として1700万台ほどだった年間販売が、4割減の1000万台ほどにまで落ち込んでいた。

だが張氏はいう。当時の北米における保有自動車台数は2億5000万台である。年間1000万台という販売数が続けば、平均して1台の車を25年間にわたって使い続ける計算になる。

そのような自動車の使用サイクルの展望は考えにくい、というのであれば、リーマンショック後の販売不振は中長期トレンドではないことになる。この前提をおさえることで、短期の危機を前にしながら、より強靱な企業体質をつくりあげておくために、今何をしておくべきかという発想が生まれる。

第2に、トヨタが高い財務の健全性を保つことに注力してきた企業であることも忘れてはならない。危機にあっても中長期の展望を失わない思考ができるのは、財務の支えがあるからである。

「治に居て乱を忘れず」という。平時にあっても、資金ショートのリスクを低減しておくことが、危機をチャンスととらえることにつながる。

■「不具合があればラインを止めろ」という常識外れの指示の先

第3に、トヨタという企業は「今さえよければ」という近視眼的な発想では経営されていない。この強靱な製造企業の足腰を支えてきたトヨタ生産方式は、日常のオペレーンションにおいて、目先の効率ではなく、その先に広がる未来を考える姿勢を生産現場に定着させる工夫を組み込んでいる。そこから生まれる企業文化が、危機において重要なのではないかと思う。

1980年代にトヨタは単独では初の米国工場の運営に乗り出す。ケンタッキー工場である。張富士夫氏がトップをつとめたこの工場の生産ラインでは、次のような指示が行われていたという。当時の米国の自動車製造現場では異色の方式だったが、それまでのトヨタの国内工場において脈々と引き継がれてきたやり方である(野地鉄喜『トヨタ物語』日経BP社、2018年、338‐340頁)。

「不具合があれば、ひもを引いてラインを止めろ」

トヨタの工場では作業者が、ひもを引けば、ラインを止めることができた。そしてケンタッキー工場では、止まったラインを早く動かすことよりも、数時間あるいは十数時間をかけてでも徹底的に原因を追及し、何をどう変えればよいかを検討するようにしていた。

ライン全体で何も作業をしない重苦しい時間が続く。しかしこの時間は一方で、ラインにおける全作業者が、なぜラインが止まったか、何のために止めるかに思いをめぐらす機会となったという。こうして目先の効率に汲々としていた作業者が、より全体的な問題を考えはじめる。この変化をうながし、変化するのを静かに待つのがトヨタのやり方だった。

止めたラインを早く再稼働させることよりも、不具合の原因の追及を優先する。これは、責任の所在を問うためではなく、なぜ、トラブルが起きたか、何をどう直すかを考え、改善を絶やさないようにするための姿勢である。

このようにトヨタにおける「カイゼン」とは、目先の効率を高めるための取り組みではない。今日の生産性のために、未来につながる根本的な問題から目をそらしていると、いずれは組織の致命傷となって返ってくる。そのような事態を防ぐための方法なのである。

とはいえ、需要が伸びている時期には、スピードをあげてものづくりやサービス提供を進めていく必要はトヨタも変わりはない。先のインタビューのなかで張氏は、2000年代のグローバルな需要の拡大のなかで、工場を越えたラインの移設には踏み込めなかったり、製品バリエーションのあるべき姿よりも、効率的に大量につくることを優先していたりしていたと述べている。

■「なぜ」を5回繰り返すことの意義

日々の課題をこなしていくことも挑戦である。しかし、忙しい毎日のなかにあって、その先の課題認識を怠らない。トヨタで語り継がれてきた言葉に「『なぜ』を5回繰り返せ」というものがあるという(若松義人『トヨタの上司は現場で何を伝えているか』PHP新書、2007年、154-155頁)。

なぜを繰り返すことの意義は、近視眼を脱することにつながることである。そこで広げた視野から、順調に見える事業状況においても問題は山積みであることが組織に共有されていく。だからトヨタは、危機をすばやくチャンスと受け止めることができるのだろう。

注文が激減する。顧客の姿が消える。しかし、この状況が未来永劫続くわけではない。当面の財務上の備えに怠りはない。未来のために今やっておくべきことは多くある。不安がないわけではないが、やるべきことを切り替えて、今を活かせば、危機はチャンスとなる。この備えを平時から行っておくことに、トヨタという日本企業が培ってきた経営の知恵を見ることができる。

自動車産業は2000年代に入る頃から、グローバルな需要の急増に直面する。それまでは日米欧の先進国が中心だった市場が、勃興する新興国へと広がり、成熟期を迎えたかと思われていた自動車産業は成長対応へと舵を切ることを迫られる。振り返るとリーマンショックは、このグローバル成長の時代の踊り場だった。そこでトヨタはギアを切り替え、素早く体勢を整え直そうとしていた。

現在の自動車産業の課題は10年前とは異なる。自動車製造の枠組みを超えた、移動にかかわるビジネス・エコシステムの一大転換が迫っている。平時にはできなかった実験的な活動を前倒しで行うには今はチャンスなのかもしれない。

私たちもそうだ。問題意識に片隅には感じていても、取り組めていなかったことは多くなる。日本企業の先人から学ぶべきことは少なくない。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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