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名優の「死の5時間前入籍」から始まった泥沼相続を読み解く

プレジデントオンライン / 2020年4月2日 9時15分

人気刑事ドラマシリーズ「相棒」の劇場版第2弾の製作会見に出席した俳優の宇津井健さん=2010年8月9日、東京都練馬区 - 写真=時事通信フォト

2014年に俳優の宇津井健さんが亡くなった後、一人息子と後妻の女性の間で相続をめぐるトラブルが起きた。トラブルの発端は、宇津井さんが亡くなる5時間前に女性と結婚したこと。「泥沼相続」となりかけた背景を、税理士の井口麻里子氏が解説する――。

■「男のケジメ」美談として受け止められた入籍

2014年3月14日、俳優の宇津井健さんが亡くなりました。亡くなる1年ほど前から肺気腫を患っていたそうです。ドラマ「赤い」シリーズや『渡る世間は鬼ばかり』など人気作品に出演し、「日本のお父さん」として広くお茶の間に親しまれる名優でした。

死去から間もなくして、宇津井さんが亡くなるわずか5時間前に、7年ほど内縁関係を続けてきた一般女性と入籍していたことが報じられます。このニュースは「男のケジメ」と、美談として受け止められたように思います。

宇津井さんは、2006年4月、45年間連れ添った妻・友里恵さんを肝臓がんで亡くしました。それから1年後、名古屋の有名クラブ「なつめ」のママ・文恵さんと、ハワイで結婚式を挙げています。式は挙げたものの籍は入れず、二人はいわゆる内縁関係を続けていましたが、亡くなる2週間前に宇津井さんがプロポーズしたそうです(「女性セブン」2014年4月3日号)。

■「お別れ会」をきっかけに事態が一変

宇津井さんの希望で、葬儀は名古屋で開かれ、喪主は文恵さんが務めました。当初、文恵さんが「相続は放棄する」と言ったこともあり、感動的な純愛話としてとらえられていました。文恵さんの経営する「なつめ」は、中部電力、JR東海、トヨタなど名古屋を代表する企業の幹部たちが集い、「夜の商工会議所」と呼ばれるほどの名門クラブ。「遺産狙いでは?」という世間のうがった見方に対し、当時「私のほうが財産があると思います」と返していたほどです。

そのため、前妻との間の一人息子、隆さんと相続争いになる気配はないように思われていました。ところが、宇津井さんが亡くなってから2カ月後に開かれた「お別れの会」で事態は一変します。

主催したのは、一人息子の隆さん。文恵さんは、その案内状に自分の名前がなかったことに気分を害し、カヤの外に置かれた悔しさからか、「相続を放棄しない」と切り替えたのです。

さらに、納骨でも二人は対立。文恵さんは隆さんに無断で名古屋のお墓に納骨。それから約2年かけ、ようやく隆さんの希望がかない、宇津井さんの両親や前妻の友里恵さんが眠るお墓に宇津井さんのお骨を分骨できたそうです。

■豪邸をめぐって相続トラブルが続く

こうしてどうにか遺骨の問題は片付いても、遺産の問題はまだ続いていたようで、隆さん家族が生前の宇津井さんと同居していた、2億円と言われる豪邸をめぐって相続トラブルが続いていたというのです(「NEWSポストセブン」2016年2月17日掲載「宇津井健さんの遺骨めぐる息子と後妻の対立解決 遺産はまだ」)。

その後、2016年4月、文恵さんが代表を務めるスポーツクラブ運営会社が33億円超の負債を抱え、倒産する展開を迎えました。これほどの負債が2年やそこらでできるはずはなく、「入籍前から経済的に行き詰まっていたのではないか」との見方を示す報道もありました。

こんな「争族」ですが、2020年1月の「週刊新潮」の報道によれば、文恵さんが手を引くことで解決したとのこと。2014年の宇津井さん死去から6年、いったん相続人の感情がこじれると、一生ぬぐえない傷として長く尾を引くものです。

■内縁の妻と戸籍上の妻との決定的違い

今回の文恵さんを例に、相続における内縁の妻と戸籍上の妻の違いを見てみましょう。

共に相手を支え合う関係として差異はありませんし、例えば社会保険の扶養などにおいて、内縁関係であっても戸籍上の夫婦と同等の扱いをする部分が増えてきました。しかし法律上は、戸籍を入れていないと「配偶者」にはなれず、つまりは相続においては「法定相続人」になれないのです。厳しい言い方をしますと、「全く無関係の人」という扱いになってしまいます。たとえ何十年連れ添っていたとしても、です。

裏を返せば、たとえ亡くなる1日前でも婚姻届を出して法律上婚姻関係が生じれば、立派に配偶者であり、法定相続人になれるのです。法律上の夫婦と内縁の夫婦との決定的な違いは、実は相続において出てくるのです。

内縁の妻には相続権はありませんから、故人が遺言書で書き残さない限り何も取得する権利はありません。一方、宇津井さんのケースのように、亡くなるほんの数時間前でも意識があって意思能力があれば、婚姻は有効です。戸籍を入れれば正式な配偶者であり、法定相続人です。

■病の床にふせったら遺言書を書くべき

宇津井さんの場合で言えば、5時間前の入籍がなければ、法定相続人は隆さん一人、相続財産は全て隆さんが相続するはずでした。それが入籍によって、法定相続人は文恵さんと隆さんの二人となり、法定相続分は等しく1/2ずつになりました。

文恵さんは、相続財産である2億円と言われる豪邸をめぐって隆さんと争いました。文恵さんが自分の法定相続分1/2を主張するならば、隆さんは自分の手持ちのお金で1億円を文恵さんに支払うか、または豪邸を売却してそのお金で1億円を文恵さんに支払うこととなります。

宇津井さんは最初の奥さんを亡くした後、自宅を二世帯住宅に改築して隆さん家族と同居していました。したがって、ここで豪邸を売却すれば、隆さんは自分の住む家を失ってしまいます。(「週刊新潮」2020年1月16日掲載「宇津井健の遺産争いは決着していた! クラブママの未亡人が明かす真相」)

残された相続人にこうした混乱や苦悩を残さないためには、自分が病の床にふせったならば、遺言書を書くべきでしょう。特に後妻や内縁の妻と前妻の子は揉めやすいものです。遺言書がなければ、相続人全員で遺産の分け方を決めるべく、遺産分割協議を行うこととなります。これが、最も相続人が感情的にぶつかり合いやすい場なのです。法的に有効な遺言書があれば、この遺産分割協議をせずに済みますから、かなりのリスクが低減できるでしょう。

各人に配慮し、バランスのとれた遺言書を書いておいてあげることで、残された人々が果てしない争いへ突入することをかなり高い確率で防ぐことができるのです。

■相続税の負担における違い

内縁の妻と戸籍上の妻との違いは、相続税の負担においても出てきます。

戸籍上の配偶者は、「配偶者の税額軽減」を使うことによって、相続税を支払うことはあまりありません。「配偶者の税額軽減」とは、配偶者が取得した財産額が法定相続分か1億6,000万円か、いずれか多い金額まで配偶者には相続税をかけない、という大特例です。また、故人の自宅を配偶者が取得する場合には、小規模宅地等の特例という大きな減額制度も認められます。

かたや内縁の妻は、故人の遺言によって何がしかの財産を取得した場合には、相続税が2割増しになる「2割加算」という制度の対象となりますし、故人の自宅を取得した場合には、被相続人の親族でもありませんので、小規模宅地等の特例も適用できませんから、配偶者と比べ大変大きな相続税を負担することとなります。

■口頭で言っただけではなんの法的効果もない

ところで、入籍当初、文恵さんが宣言した「相続放棄」。これは、記者会見などで公言しただけでは何の効果もありません。相続を放棄するには、相続開始から3カ月以内に家庭裁判所に相続放棄申述書を提出する必要があるのです。

相続を放棄すると、初めから相続人でなかったものとみなされるため、思わぬ財産が出てきてももう相続することはできません。相続放棄とは、そうした法的効果を生ずる行為です。

文恵さんは、こうした手続きをせず、単に「遺産は受け取らないわ」と言っただけにすぎないため、翻すことができたというわけです。

遺言も同じです。「みんなにずっと言い聞かせてあるから大丈夫」という方がいますが、何一つ大丈夫ではありません。

放棄にしても遺言にしても、口で言っただけでは、何の法的効果もありません。複雑な家族関係である場合は特に、法的に有効な遺言書をのこすことが、トラブル回避の最高の対策となります。

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井口 麻里子(いぐち・まりこ)
税理士
辻・本郷税理士法人所属。メガバンクのプライベートバンキング部門への出向経験を持ち、富裕層から一般層までさまざまな相続のケースを手掛ける。現在は同社の相続部にて相続のスペシャリストとして活動。井口麻里子のブログ

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(税理士 井口 麻里子)

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