外出自粛中に楽しめる「歴史入門書」104タイトル
プレジデントオンライン / 2020年4月18日 11時15分
■「歴史愛好家」への第一歩は物語から
優れた歴史小説の作者たちは、徹底的に史実を調べ上げたうえで、上質なエンターテインメントに仕上げる。
それまで常識と思われていた史実を覆すような物語もあれば、史実そのものを辿ることでドラマチックな物語を紡ぎ出すこともある。徹底した時代考証の土台のうえに、架空の主人公が活躍する作品もある。
「歴史愛好家」への第一歩は、まず歴史小説、時代小説を読むことから始めよう。ストーリーに引き込まれるままに読み進めていくと、知らず知らずのうちに、歴史への興味が強くなる。だが、それだけではない。
歴史を知ることは、現代を知ることでもある。
小説、漫画から映画、テレビドラマまで、歴史物語を読みつくし、観つくしている文芸評論家細谷正充氏と、縄田一男氏に、「歴史を学べる大定番」というお題で、珠玉の104作品をあげていただいた。
「歴史小説は作者の解釈を通じて読者がどう受け取るか」というのは、細谷氏。「歴史小説は、それが書かれた世相を映し出す合わせ鏡」だというのは、縄田氏。
どれもこれも読みたくなる2人のレビューに耳を傾けてみよう。
■作者の解釈を読み手がどう受け取るか
細谷正充「歴史小説を読むとはどういう行為なのかというと、まず基本的には、史実を知ることができます。
しかし単に歴史を知るだけであれば、小説などではなく史書を読んでいればいいわけですよ。ではなぜ物語でそれを知りたいのかといえば、作者が歴史をどう解釈しているかという関心であり、さらに作者の解釈を通じて、私たち読み手が歴史をどう受け取るかの楽しみがあるからだと思うんです。
例えば歴史小説の定番とされる吉川英治の『宮本武蔵』、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』、どちらかというと時代小説ですけど池波正太郎の『鬼平犯科帳』、これらの主人公は全員実在したわけですが、かなり創作が入っている。でも日本人って生真面目だから、人物像をある時期まですっかり事実だと信じ込んでいたんです。物語はそれだけすごい力があるという意味でリストに入れました。ただ、作品的な価値が非常に高く、読んで面白いからといって、何も疑わずに本当の歴史だと受け入れてしまうのは少々危険でもあります。
実際の歴史関係では、新しい資料がどんどん見つかり、歴史研究がすごい勢いで進んでいます。それに呼応する形で、もっと新しい資料を活用した歴史小説を書こうという動きが出てきています。今回は、そうした流れの中にある作品を中心に選んでみました。
斎藤道三といえば、一代で油売りから成り上がったと言われてきましたね。でも様々な研究によって、親子二代で天下を取ったのではないか、その可能性のほうが高いということになってきたんです。その説を踏まえた宮本昌孝の『ふたり道三』は、親子二代の国盗り物語として新しい道三像を立ち上げたところが素晴らしい。
永井路子の『姫の戦国』の主人公は、戦国時代の公家の娘。戦国武将の娘や公家の娘は政略の道具として嫁入りさせられたと考えられてきたんですが、実はちゃんと自身の意志を持ち、一種の外交官としての役割を果たしていたんじゃないかという視点で組み立てられています。
津本陽の『下天は夢か』では、織田信長が三河弁でみゃーみゃー喋る(笑)。ホントかウソかわからないけれども、とにかく新しかった。今に続く織田信長ブームをつくってしまいました。史実は常にひとつで変わらないけれど、時代とともにアップデートされている。それが歴史小説の力であり、役割だと思っています。
■今まで注目されなかった人物や史実に光を当てる
近年の歴史小説のもうひとつの傾向として、今まであまり注目されてこなかった人物や史実に光を当てるというものがあります。例えば高橋克彦の『火怨(かえん)』は、坂上田村麻呂と東北地方の阿弖流為(あてるい)の戦い。田村麻呂は有名ですが、じゃあ誰と戦ったのかと聞かれて答えられる人はそういなかったのが、この作品によって阿弖流為という相手が知られるようになりました。
澤田瞳子の『火定(かじょう)』は、奈良時代の都で起きた天然痘のパンデミックの話。これも史実ですが、患者たちを収容する施設で頑張っている主人公が絶望的な気持ちとなり、自分たちの無力を嘆きます。作者はあえて書いていないけれど、実は天然痘は人類が一番最初に撲滅した感染症で、それを知識として持っていれば、より深く感動的に読めるんです。私たち読者は物語を一方的に受け止めるだけではなく、こちらからフィードバックすることも可能なんだと思わせてくれる作品です。
一方、綱淵謙錠の『乱』は戊辰戦争を描いた作品ですが、フランス軍人のブリュネが重要人物として登場します。当時、幕府の西洋式陸軍の訓練をフランス軍事顧問団が教えていた。その後、ブリュネはなぜか戊辰戦争の最後のあたりまで付き合っちゃった。史実に忠実に書いているんですが、史実そのものがドラマチックだから、読んでいるだけで面白い。
また、最新の直木賞受賞作である川越宗一の『熱源』は、樺太に生まれた実在のアイヌ人と、ロシア皇帝暗殺計画に巻き込まれて樺太に流刑になった実在のポーランド人の交流が軸になっています。アイヌが日本から受けた一種の文化侵略を語るのに、同じような境遇のポーランド人の視点も入るところが新しいんです。歴史小説は、アジアの中の日本とか、世界の中の日本といった視点も取り入れるようになってきました。グローバル化の中で、そういう姿勢が求められているのではないでしょうか。
梶よう子の『ヨイ豊』と谷津矢車の『おもちゃ絵芳藤』も触れないわけにはいきません。いずれも絵師ものですが、このところ絵師だとか芸人だとか、武将などではない“文化系”の人たちを主人公にした歴史小説がすごく増えている。実は漫画では前から軽音楽部とか俳句甲子園とか書道とか、文科系のクラブを題材にしたものが増えています。
昔ならスポーツ、いわゆる体育会系を題材にすることが多かったけれども、文科系の活動に対する評価や興味の高まりがまず漫画界で起こり、続いて歴史小説にも伝播しているのではないか。国盗りみたいな大きなことじゃなくて、文化的なことのほうに憧れる人たちが多くなり、そうした現代人の気持ちに応えているのだと思います。
私の趣味で入れたのが、植松三十里の『帝国ホテル建築物語』と辻村深月の『東京會舘とわたし』。前者はフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル2代目本館がいかに造られたかという話で、後者は東京會舘が建てられた大正時代から現代までの中で、東京會舘を舞台に起きた物語で構成されている。歴史を描くとき基本的には人物で語るけれど、建物で語るという両作のユニークさに感心させられました。
■歴史小説を書きたい人は、歴史漫画で勉強せよ
最後に漫画作品に目を向けてみましょう。ゆうきまさみの『新九郎、奔る!』は、北条早雲の名で知られる戦国大名の嚆矢、伊勢新九郎の一代記です。
現在連載中で応仁の乱に入っているのですが、応仁の乱ってとにかくわかりづらいのに、この漫画を読むとすっと頭に入ってくる。ものすごく展開が整理されているうえ、絵からの情報量が多いんです。しっかり描かれた漫画は小説以上にわかりやすいという好例ですね。一ノ関圭の『鼻紙写楽』、谷口ジローの『ふらり』、岡田屋鉄蔵の『MUZIN 無尽』、この辺の作品はものすごく絵としての考証がしっかりしているので、「歴史小説とか時代小説を書きたい人は、こういうのを見て勉強したほうがいいよ」と言いたくなるぐらいです。
香日ゆらの『先生と僕 ~夏目漱石を囲む人々~』は、作者があまりに夏目漱石を好きすぎて、漱石と周囲の友人や弟子たちの話を四コマ漫画にしてしまったという愉快な作品。この人物をこう描くんだとか、漱石に関する知識があればあるほど楽しめます。
漫画にせよ小説にせよ、特に歴史ものは、少なくともある程度有名な事件とか人物については、自分の中で「あれはああだよね」という物差しがあったほうがいいでしょうね。
そうすると自分の物差しと違った作品と出会ったとき、どれだけすごいことが描かれているか、通説をいかにひねっているかがわかって、より面白く読めるんですよ」
■作品が描かれた歴史と描かれた時代は合わせ鏡
縄田一男「今回のリストは、いくつかの基準に基づいて選定しています。
小説ではまず、作品に描かれた歴史と、作品が世に出た時代の世相が合わせ鏡になっているもの。
大佛次郎の『赤穂浪士』が出版された昭和3年前後は、空前の就職難を表す「大学は出たけれど」という言葉が流行ったぐらいの大恐慌期。そんなとき、赤穂義士と称されてきた四十七士を、大佛が初めて“浪士”と名付けました。明らかに、昭和初期の時代背景を意識しています。
海音寺潮五郎の『茶道太閤記』は、昭和16年の刊行。千利休が秀吉から切腹を命じられたのは、朝鮮出兵について意見をしたからだと、日本軍が大陸に進行している真っ最中に書いた。当時の利休の評価は非常に低かったので、天下の太閤と茶坊主を対等に扱うのかと批判も多く、新聞での連載期間も縮められてしまうんですが、海音寺の時局を恐れない豪胆さは、記憶されるべきものだと思います。
中里介山の大長編『大菩薩峠』は、時代小説の主人公のひとつの形をつくった作品です。盲目のニヒリストの剣士が理由のない殺人を重ねていくというストーリーですが、中里は幸徳秋水らと親しくしていた人で、大逆事件の後、『大菩薩峠』を書き始めます。そこには死という絶対的なものが非常に屈折した形で漂っていて、やはり書かれた時代が入り込んでいるんです。
杉本苑子の『孤愁の岸』は、徳川幕府が薩摩藩つぶしのために負わせた木曽川の護岸工事を描いたもので、途中で多くの死人が出て、完成後に責任者も腹を切って死にます。これは杉本の少女時代、まだ何の思想も持っていなかった頃に、学徒出陣の学生たちを見送った際の感慨が込められていると言われています。工事の途中でばたばた倒れていく薩摩藩士の姿に、学徒出陣から帰らなかった若者たちを重ねて描いたわけです。
最近の作品では、2019年に出たばかりの伊東潤『真実の航跡』でしょうか。太平洋戦争下の日本海軍最大の汚点、ビハール号事件を扱っています。日本の重巡洋艦がイギリス商戦を撃沈して、1度は多くの乗組員を助けながら、のちに一部を除いて69名を虐殺してしまったというもの。作者はこの事件を、軍隊という硬直した組織に下達された命令に対し、それぞれの立場での忖度が加わった結果による悲劇だと考えていて、昨今の各省庁やスポーツ界の不祥事にも通じる問題が横たわっている。決して過去の話にはしていないんです。
■歴史に新しい意義が盛り込まれた作品
次の選定基準は、歴史を見ていくうえで新しい意義が盛り込まれたもの。
これも19年の刊行ですが、今村翔吾の『八本目の槍』は、週刊朝日の「2019年 歴史・時代小説ベスト10」で1位になっています。石田三成といえば、非常に鋭利な分析力を持った官吏のイメージが強く、武闘派である加藤清正や福島正則と対立していたと考えられがちですが、これを読むとそうした先入観が吹っ飛んでしまう。
八本目の槍というのは、豊臣秀吉と柴田勝家が戦って勝家が大敗を喫した賤ヶ岳の戦いで功名を挙げた豊臣方の7人衆「七本槍」をもじったものですが、作者は最新の史料まで非常によく読み込んでおり、七本というのは一種の語呂合わせであって、ほかにも秀吉から非常に高く評価された武将はいて、石田三成もその1人だったと。最後、福島正則が裸城になってしまった大坂城で淀君に言うセリフっていうのがちょっと堪えられなくて、もう号泣ものなんです。史料がどんどん出てくると歴史の書き方も変わってくるという好例ですね。
永井路子の『岩倉具視』では、天皇に対する一種の解釈を試みています。岩倉具視が主人公ですから幕末の小説なんですが、幕末という言葉を作中で1度も使っていないんです。それは幕末が終わりではなく、始まりだから。何の始まりかっていうと、象徴天皇の始まりだと。明治天皇がサーベルを構えて立った写真がありますけども、あれで軍神というイメージがつくられ、以降、日本が軍国国家になっていくときに象徴天皇になったわけで、第二次世界大戦後に象徴天皇になったわけではないという思いが込められた作品です。
そして司馬遼太郎の『翔ぶが如く』。正直なことを言いますとね、司馬作品の中でこれは苦手なの(笑)。まったく面白くない。小説としての芯がないんですよ。話があっちに飛んだりこっちに飛んだりするわ、エッセイのようなものも入ってくるわ、例の「余談だが」っていう語り口も入ってくるわで、なんで小説の作法を放棄してこんなものを書いたんだろうと散々考えたんです。それが最近やっとわかったんですけれども、これは司馬遼太郎流の史伝なんじゃないか。
史伝というと普通、司馬遷のものなど編年体で時系列に書かれていますけれども、そういうくびきを取ったとすると、話をあっちに行ったりこっちに行ったりさせて思うがままに書ける。一番歴史を書きやすい方法を、司馬はこの作品で見つけちゃったんだと思う。司馬遼太郎の読者は、この作品が好きかどうかで二派に分かれますよね。その前の『坂の上の雲』まで読み通してきたのに、『翔ぶが如く』で挫折する司馬ファンがすごく多いんです。
■捕物帳小説の第1号『半七捕物帳』
以上ふたつの基準で選んだほかは、私の好みで入れさせてもらいました。
国枝史郎『神州纐纈(しんしゅうこうけつ)城』、角田喜久雄『髑髏銭(どくろせん)』、半村良『妖星伝』は、歴史伝奇ものの傑作。
岡本綺堂『半七捕物帳』は、英語が堪能だった作者がシャーロック・ホームズに範を採って書いたもので、捕物帳小説の第1号です。作者の記憶に残っている江戸の風景や風俗が非常にリアルに再現されている点でも、価値があります。
白井喬二の『富士に立つ影』は『大菩薩峠』と並んで時代小説の主人公の典型をつくったとされる大長編。ですが『大菩薩峠』とは対照的に、主人公が陽性なんです。その系譜につながるのが山手樹一郎の『桃太郎侍』ですね。テレビで高橋英樹がやった桃さんは敵をバッタバッタと斬っちゃいますが、原作ではなるべく人は斬らないんですよ、陽性のヒーローだから。
■時代劇の神髄は斬って斬られる修羅場にあり
映画、テレビからは、その時代で画期的だったものとか、シリーズものの中で特別な意味を持った作品を挙げました。阪東妻三郎主演の『雄呂血』は、珍しく完璧な形で残っている無声映画なんですよ。主人公が善人であるにもかかわらず、誤解が誤解を生んで無頼漢だとみんなに言われ、最後に大捕物になるんですが、これがすさまじい。
時代劇の神髄とは、斬って斬られる修羅場の中にこそ表れて本当だろうと思うんですが、最後に20分ほどあの手この手の斬り合いが続くんです。カメラワークだって、現代よりむしろすごいぐらいに動きがある。名画『モロッコ』のスタンバーグ監督がこの作品を見終わったあと、スクリーンに向かって一礼したという伝説が残っているくらいです。
市川雷蔵の『ひとり狼』は、渡世人の主人公がラスト、生き別れていた息子の見ている前で斬り合いをしなければならなくなるんですが、「よーく見ておけ。これは人間のすることじゃねえんだぞ」と言う。その厳しさが、ちょっとハッとするぐらいの迫力なんです。中村錦之助の『関の彌太ッぺ』と併せ、戦後の股旅映画の傑作です。
テレビドラマでは杉良太郎主演の『右門捕物帖・第1部』。なにしろ脚本がともに後年、歴史小説家に転身する隆慶一郎と池宮彰一郎ですから。右門はむっつり右門というあだ名なんですが、NET(現・テレビ朝日)版のこれは、むっつりを“強面のハードボイルド”と解釈したんです。見ていて毎週背筋がピンとなるような作品で、とても見ごたえがありましたね」
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文芸評論家
1963年、埼玉県生まれ。著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』など多数。2018年より文学賞「細谷正充賞」を選出。
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文芸評論家
1958年、東京都生まれ。95年『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞。著書に『「宮本武蔵」とは何か』『大江戸ぶらり切絵図散歩―時代小説を歩く』など。
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(文芸評論家 細谷 正充、文芸評論家 縄田 一男 構成=河崎三行)
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