萩原健一が「太陽にほえろ!」に出ることを嫌がっていたワケ
プレジデントオンライン / 2020年4月14日 15時15分
※本稿は岡田晋吉『ショーケンと優作、そして裕次郎 「太陽にほえろ!」レジェンドの素顔』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「坊や」のあだ名に激怒していた
「坊や!? 冗談じゃねえよ!」
萩原健一の第一声だった。彼がそう言っている、というのだ。しかも、よく聞くと、烈火のごとく怒っている、と。こちらとしては、刑事に全員、あだ名をつけることにしていて、彼には「坊や」と決めていたのだが……。
彼は自著『ショーケン』(講談社)の中で、こう語っている。
“「太陽にほえろ!」……このタイトルからして、自分のセンスとはかけ離れていました。何だか田舎臭く感じられて、(こんなの、出たかねえや!)……(中略)当時はこういう感覚が主流だったのです。ぼくの役名も、最初は可愛(かわい)らしく「坊や」だった。おいおい、坊やはねえだろう”
そもそも、彼はこの番組に出たくなかったのではないだろうか。そう考えると、納得できることがいくつもある。彼の言い分は「俺は坊やじゃない」の一点張り。こちらも、こんなことでは引き下がれない。
「早見刑事という役のあだ名が『坊や』であって、お前さんを“坊や”だと言っているわけじゃないんだよ」
「そのあだ名は、あくまでもドラマの中の人物につけられているんだから」
■ノータイの三つ揃いで打ち合わせにやってきた
いくら説得しても、まったく聞き入れてくれない。彼にしてみれば、早見刑事は彼自身なのだ。ショーケンはあくまでも、こうこだわる。
![岡田晋吉『ショーケンと優作、そして裕次郎 「太陽にほえろ!」レジェンドの素顔』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/9/250/img_19628948ff8f3c9821b4a6a4bc4b0cfb592656.jpg)
「俺は歌手だから、役に化けることはできない。俺自身でやりたい。俺そのものじゃなきゃ嫌なんだ!」
こういう考え方をする俳優など、前代未聞であった。それまで10年以上ドラマを作ってきて、こちらから持っていった企画に「嫌だ」という俳優など一人もいなかった。萩原健一だけだ。これは大変なことになるぞ、と思う一方で、これは面白いかもしれない、とも感じていた。
それでも出演を降りるまでにはいたらず、ショーケンは衣装合わせにやって来た。その時の格好が際立っていた。ノーネクタイで、三つ揃(ぞろ)いの背広。
私たちから見ると、まるでマカロニウエスタンに出てくるような恰好だった。よし「マカロニ」でいこう、と決めた。ショーケンも渋々だが、了解してくれた。なにしろ、クランクインが間近に迫っていたからだ。この衣装は、彼が前出の自著で「ブティック『ベビードール』でつくったスリーピース」と言っている。自分で決めた、とも。
■一時期は「ショーケン」も嫌がっていた
それにしても、あだ名というのは難しいものだ。
私たちはみんな最初から、彼のことを「ショーケン」と呼んでいた。それがニックネームだと思っていたから、疑いもなくそう呼んでいた。彼も、別に嫌な顔はしない。なんでも、10代のころについたものらしい。
当時、彼は22歳。ニックネームの「ショーケン」に違和感はなかったのだろう。ところが、一時期、彼は「ショーケン」と呼ばれることを嫌がるようになったという。もちろん、「太陽にほえろ!」が終わって、ずっと後のことだ。
大人になったのだろう。だが、そのぶん、彼は丸くなったように思う。人間も、演技も。それが良かったのかどうか──。だが、それも含めて「萩原健一」ということだけは、確かである。
■なんでもやるヤンチャなやつを探していた
この「太陽にほえろ!」は、若い新人刑事を登場させ、彼の成長物語を描いていくことを縦軸とするドラマである。だから、新人刑事は企画上の主演である。この役の若者を誰にするか、悩みに悩んだ。
企画書を書いた時点では、警察学校出立ての規則一辺倒の刑事が、仕事をしていくうちにまわりのベテラン刑事に感化され、融通の利く一人前の刑事になっていく、という成長物語であった。アメリカ映画ではよくあった人物像だったが、脚本家の小川英は違う意見だった。
「それじゃつまらない。若者なんだから、飛び跳ねたい。若さにまかせて、自分の感情のおもむくままデタラメをやってしまう。やっぱり、思いっ切り暴れてもらわないと面白くならない。そんな新米刑事が、自分を抑えることのできる一人前の刑事へと成長するまでの話にしたい」
彼の主張には、説得力がある。なるほどと思い、私も考えを変えた。なんでもやるような、ちょっとヤンチャなやつがいい。しかも、自分に誇りを持っていて、一生懸命にやる人だ。普通ならばブレーキをかけてしまうようなことでも、自分が納得するまでとことんやってしまう、そういう人じゃないとうまくいかない。そう思った。
■萩原健一に会えたのはまさに僥倖だった
ところが、当時よく起用していた俳優座や文学座の出身者にはあまり弾けた俳優がいなかった。まして、反骨精神を持った者などいない。芝居ができても、それでは役のイメージとは違いすぎる。ほとほと困っている時に、渡辺プロダクションのマネージャーから提案があった。
「うちの萩原健一はどうですか?」
萩原健一は、渡辺プロダクションに所属していて、グループサウンズの人気者であったが、最近ドラマ出演に非常に興味を持っているという。これは願ったり叶ったりだった。念のために、東宝の梅浦プロデューサーと共に彼の出演している『約束』(1972)という映画を見に行った。そこに登場するショーケンは、我々が考えていた主人公の若手刑事そのものだった。
■ショーケンの音楽へのこだわりは強かった
「もう一つ、どうしても譲れないのは音楽だ。これもおれがやる」
ショーケンが自著『ショーケン』で、こう語っているのを読んだ。これを読むと、音楽へのこだわりの強さがよくわかる。引用してみよう。
“1972年にPYGを解散してから、自分では歌っていない。歌にかける気持ちにおいては、沢田研二に一歩も二歩も譲らざるを得ない。まだ、そんな思いを引きずっていたから。自分では歌わない代わりに、映画やドラマの音楽と、グループサウンズで知り合った仲間につくってもらおうと思った。“
ショーケンが推薦してくれたのは、PYGというバンドで一緒にやっていた大野克夫だった。
「大野さんは素晴らしいメロディラインをたくさん持っているから、きっと斬新なBG音楽ができるよ」
最後には、こうまで言ってきた。
「だまされたと思って、大野克夫を使ってみてよ」
■本人の段取りもスピーディだった
だまされるつもりは毛頭なかったが、私はそれほど音楽に明るくない。直属の上司の津田昭制作局長に相談した。彼は後に、系列会社であるレコード会社・バップの社長、会長を歴任された方である。
今でも感謝しているが、そもそも「太陽にほえろ!」が時代劇よりよい、と番組を決めてくれた人でもある。おまけに、第40話まで、プロデューサーとして私とともに名を連ねてくれた。もし番組がうまくいかなかった時、私が困った立場に追い込まれないようにするためである。
音楽に詳しい局長は即座に「それは面白いよ」と太鼓判を押してくれた。ショーケンの段取りは、とてもスピーディだった。
「大野さんがやってくれるって言ってるから、会って」
そして、すぐに会うことになる。
■ラッシュ・フィルムを見てつくられたメロディ
その日、私は「飛び出せ!青春」の現場にいたので、近くの喫茶店で待ち合わせをした。そこにショーケンは来なかったが、大野克夫と梅浦プロデューサーと3人で会ったまだ完成していない「太陽にほえろ!」の2時間ほどのラッシュ・フィルムを見て、彼はすでにメロディを作ってきてくれていた。
「こんなメロディでどうでしょうか……」
そう言って、その場で披露してくれた。この時の経緯を、大野はその後のインタビューで、こう話していたということを聞いた。
“その(企画の)話があってから、たまたま5日間位親戚の家に遊びに行っていて、ピアノで確か5曲位作ったと思うんですよ。それを、オールラッシュを見た後の打合せで、笛か何か持っていって……「こんなメロディーができているんですが?」って、聴かせたんです。そしたら岡田さんや梅浦さんが「ああ、いいじゃない!」って言ってくれたんです。でも一番最初の打合せの時、岡田さんに「これは何クールですか?」と聞いたら、「半永久的だ」と言われて、初めて覚えたての業界用語使って恥をかいた記憶がありますけど(笑)”
■「ショーケンにだまされてみようか」と思った瞬間
私が「半永久的だ」と言ったかどうか、まったく覚えていない。だが、その当時の「長期番組にしたい」という思いが、そう言わせたとしても不思議ではない。音楽については、正直よくわからなかったが、もう腹を決めていたので、とにかくお願いすることにした。
早速、タイトルバックの寸法、これだけの長さの音楽が必要、頭(イントロ)もくっつけてほしい、などと注文したことを覚えている。
もう一つ、大野克夫にお願いした。
「そのメロディを売りたいので、いろいろな形に編曲して録音してください」と。
彼は、自信ありげに応えた。
「この曲なら、いろいろな感じの曲に編曲できます」
この時かもしれない。ショーケンにだまされてみようか、と思ったのは……。
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川喜多記念映画文化財団理事
1935年2月22日生まれ。1957年慶應義塾大学文学部を卒業後、日本テレビに入社。海外ドラマの吹き替え版制作を担当。1963年より、テレビ映画の企画・制作に携わる。以降、「青春とはなんだ」「これが青春だ」「飛び出せ!青春」などの“青春シリーズ”をはじめ、「太陽にほえろ!」「俺たちの旅」「大都会―闘いの日々―」「あぶない刑事」など、日本テレビを代表する名作ドラマを数多く制作。中京テレビ副社長を経て現職。
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(川喜多記念映画文化財団理事 岡田 晋吉)
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