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あのスティーブ・ジョブズが「KPI」よりも重視していたこと

プレジデントオンライン / 2020年4月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Peshkova

イノベーションを起こすにはなにが必要なのか。アップルでブランド戦略を担当した河南順一氏は「スティーブ・ジョブズが率いるチームでは、数値では解析したり測定したりできないものをとらえる“霊感”が求められていた。KPIを目標値としていても、イノベーションは起こせない」と説く——。

※本稿は河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■五感から霊感まで総動員して創造する

破壊的イノベーションを起こす企業では、KPI以上にカルチャーが実行をドライブします。かつて、ピーター・ドラッカーは「カルチャーは戦略をも凌駕がする(Culture eats strategy for breakfast)」と言いました。カルチャーは変革の過程でポジティブに底力を発揮すると、修羅場を乗り切るときには予測された数値目標を超える成果を生み出します。

そもそも自分たちの確立したい本質的価値は何なのか、本来目標としていたあるべき姿に向かって前進しているのかと、原点に立ち返って検証することを怠ってはなりません。形骸化した数値の目標は何の意味もありません。ほとんどの企業では、SMARTモデルを使って目標を設定します。つまり、Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Realistic(現実的)、Timely(期限付き)な目標値です。しかし、そういった目標をKPIとする限り、破壊的イノベーションが起きることはないと知るべきです。

■五感の枠を取り払って創造の摂理を探求する

河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)
河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)

スティーブ・ジョブズが率いるチームの議論や意思決定では常に、数値では解析したり測定したりできないものをとらえる感性や能力が求められました。アップルのディスラプションの展開における思考に、しばしば霊感や啓示が、大きな役割を果たしていたのです。

破壊的イノベーションでは、さまざまな部署・知識・バックグラウンド・考え・経験を持った多様な人たちが一緒に問題を考え、解決策を議論することが重要であることが指摘され、それはデザイン思考のアプローチの核にもなっています。

従来の枠組みにとらわれることなく、左脳を使って論理的に分析すること以上に、右脳を使って創造的に考えなければなりません。人間の五感だけでなく第六感から霊感までも総動員するのです。霊感や啓示と聞くと違和感を覚えるかもしれませんが、五感の枠を取り払って創造の摂理を探求し、人間が持つ可能性や資質を深く掘り下げるところに、科学や論理では超えにくい「閾値」を破るディスラプター思考のヒントと本質があるのです。

■ジョブズは禅を思考と感性の基軸とした

スティーブはプライベートを会社で語ることがないので、直接本人に確認したことはありませんが、スティーブ自身は仏教に傾倒し、曹洞宗の僧侶である乙川弘文氏から、禅について、またデザインのコンセプトとは何かということについても手ほどきを受けたと言います。信仰の対象であったかどうかは別にして、禅の心を信奉し、それがスティーブの思考と感性の基軸となっていたことは確かです。

スティーブは何度も京都を訪れていますが、石庭や禅寺で彼が見せる表情は、映像や書籍には一切残されていません。しかし、あるとき、これがスティーブの感性が膨らむときに現れる表情に違いないと思った出来事がありました。日本がホストとなり、箱根の強羅花壇でアジアパシフィック地域のビジネスレビュー会議を開催したときのこと。Think differentでアップルのブランドが力を取り戻し、iMacも軌道に乗った状況で、参加者の表情は穏やかでした。

■雪化粧の箱根に感嘆したジョブズ

2月という時期で道路の凍結を危ぶんだのですが、気候にも恵まれ周りの景色をしっかり堪能しました。会議を行う会場に皆が集まったとき、ガラス張りの部屋の外に見えたのはうっすらと雪化粧をまとった箱根の山並みでした。そのときのスティーブの景色を見やる顔に、静かな深い感動に浸る目と、穏やかな喜びに感じ入る笑みが浮かび上がりました。

スティーブが感嘆して「素晴らしい」とアップル日本法人の原田泳幸社長に声をかけると、「さっきスティーブのために雪化粧のスイッチを押したんだよ」と言う原田社長の言葉に笑いながら、スティーブは満足げにまた景色を眺めました。そのとき、スティーブが持つ、静かな美を受け止める繊細さと豊かな感性を間近に感じることができました。

宇宙にへこみを残すディスラプターの感性に、日本の心と文化が陰ながら大きな力をもたらしたと考えると、自分が日本に生まれ生活していることをありがたく、誇らしく感じます。

■商品について語らない、史上に残る傑作広告

広告史に残る最高傑作の1つとして讃(たた)えられるThink differentの原案は、広告代理店シャイアット・デイのアートディレクター、当時33歳のクレイグ・タニモトによって作られました。それをケン・シーガルとリー・クロウが磨きをかけて完成させ、スティーブが世に送り出したのです。クレイグは、Think differentの言葉とコンセプトがひらめいたときの状況を「啓示が降りた」と言い、そのときの様子について、2015年12月に掲載された「フォーブス」誌のインタビューで語っています。

彼のアイデアの発散はアップルのロゴを描いてみることから始まりました。そして、アメリカの画家のキース・ヘリングやシュルレアリスムの画家、ルネ・マグリットのオマージュのようなものをロゴに添えてみましたが、どれも不満が残ります。次の方向性はアメリカの絵本作家で詩人でもあるドクター・スース風の詩で始めました。個が確立し、反骨精神を持ち、自分の土俵に立っているさまを詩で表すとどうなるか。そのときに思い浮かんだのが「Think different」でした。

それを紙に書いて口に出して読んでみると、心が高鳴りました。さっそくアップルのロゴの下にこの言葉を置いてみました。当時のIBMが掲げていたスローガンが「Think」だったこともあり、アップルらしさが際立つコピーであると確信したのです。

■一度は却下されかけた「Think different」

本当の奇跡が起きたのはこの後です。彼は日頃から頭に浮かぶアイデアをスケッチブックにまとめていましたが、Think differentと書き込んだページの裏に、たまたま、彼が以前に描いたトーマス・エジソンと、頭の上で電球が光を放射している絵がありました。そこでエジソンとThink differentのコピーを合わせてみると、単なる1+1=2ではなく、それ以上の力がみなぎりました。その後はアインシュタインやマハトマ・ガンディーなどをどんどん組み合わせていきました。方向性がはっきり見えた瞬間でした。

彼はその晩、どういうストーリーでこのアイデアを固めるかを考えました。この提案はコンピュータについては何も語りません。登場する偉人もアップルユーザではありません。しかし、アップルの理念を共有している人たちです。すなわち、新しいことを起こし、自分が信じることを突き詰めることに恐れを抱かない人たちでした。

シャイアット・デイの社内では4つのチームから提案が上がり、クレイグの案は明らかに浮いていましたが、結果的に彼の案が採用されアップルに提案されました。当初、スティーブはこの提案を見送ろうとしています。世界の偉人を讃える内容のコピーがスティーブ自身を自画自賛しているように受け止められ、傲慢だと批判されると考えたからです。しかし、すぐに彼は思い直して、暗黒の淵に深く沈んでいたアップルに一条の光をもたらすインパクトのある広告が誕生しました。

■「思い」や「ひらめき」は人間を前進させる

広告は、企業が自社の提供する商品やサービスについての情報を伝達するコミュニケーション手法の1つ。私たちがコミュニケーションをするのは、単に情報を伝達すること以上に、人の感性や心に訴え、行動を起こさせることが重要です。

ここで言う行動は、具体的には広告に接する「顧客」が、商品やサービスを購買することを指します。ただ、ブランド広告はブランドに対するイメージの向上や愛着を強化することを目指すので、Think differentがそうであったように、商品・サービス・価格・機能といったものはコミュニケーションされません。そして、そこで伝達されるのは、理念であったり、信条であったり、物事に対する想いであったりと、五感では知覚できないものになります。そこには感性やエモーション(感情)が関係します。

■自分が何者で、何を信じて生きるのか

インスピレーションは、日本語では「思いつき」とか「ひらめき」となりますが、もともとは神の存在や宇宙エネルギーを身近に感じるという意味合いがあり、そういう意味で「霊感」と訳されることがあります。霊感という言葉は、宗教的な精神活動に関連して使われることが多いのですが、私がインスピレーションでなく、霊感という言葉をあえて使うのは、その霊感の源が自分自身の肉体や精神以外に存在しているという意識があるためです。

宗教を信じているか信じていないかにかかわらず、すべての人は霊感を受ける力が備わっていると私は考えます。そして、それは、宇宙の摂理に真理を見いだすように導き、人が創造をし、前進する力として作用します。人は、成長するために生まれ、さまざまな経験をして前進します。試練や苦難に遭って後退することもありますが、霊感で受け止める「促し」は、人がそれらを克服して成長するきっかけに気づかせてくれます。

弱さを持つ自身の枠組みを外し、自分にない強みを持つほかの人や、自分を超えた大きな力から霊感を受けることは、破壊的イノベーションを進めるディスラプターが培うべき重要な資質です。私たちが霊感を研ぎ澄ますには、自分が何者で、何を信じて生きるのかに思いを馳せることが大切です。そうするときに、霊感を通して示唆される「思い」や「ひらめき」は、自分の中で起きる精神活動にとどまらず、人間を前進させる力となります。もっと私たちはそういう力を信頼すべきです。

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河南 順一(かわみなみ・じゅんいち)
同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
マーコムシナジー源 代表取締役。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパン、すかいらーく、サン・マイクロシステムズ、モービル石油等に勤務。アップルで“Think different”を掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に勤しんできた。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科 教授 河南 順一)

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