マレーシアで「ジョギングで日本人逮捕」が起こった現地事情
プレジデントオンライン / 2020年4月2日 15時15分
■強化される罰則、醸成される国民の危機意識
現在、世界各国は続々とロックダウン(都市封鎖)を宣言し、厳しい罰則や禁錮刑などを科す国も出てきた。私が住んでいるマレーシアでも、アジア初の「事実上の国境封鎖」と「活動制限令」が発動され、当初2週間(3月18日から31日まで)としていた外出制限が、さらに2週間延長された。
![クアラルンプール市内のスーパーマーケットでは、入店前に必ず体温チェック](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/670/img_da8c1296283d96534ad631285800efdd438142.jpg)
医療や金融、薬局や食料品店など、生活に必要とされる業種以外の企業は休業し続けることになる。3月25日、マレーシアのムヒディン首相は「国民は負担に感じているだろうが、他に選択肢はない。延長はわれわれ自身の安全を守るためだ」と呼びかけた。27日には、新型コロナによる経済への悪影響を緩和する追加の経済政策を打ち出している。
事実上の国境封鎖および、外出禁止令が出た当初、数日間は各地でパニック買いが発生し、スーパーは混乱した。また、会社や学校が休みになったのをこれ幸いと、「田舎に里帰り」する人々が州をまたいで越境する許可証を求めて警察に駆けつけて長蛇の列ができるなど、普段は見られない異様な光景が繰り広げられた。
■「ジョギングしただけで逮捕」の理由
22日からは政府が警察に加えて、軍隊を導入して取り締まりを厳格化。国民が「不要不急以外の理由」で外出していないか、監視を強めている。
![首都クアラルンプールでは至るところで検問が行われ、行き交う車の通行理由などが細かく問われている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/a/670/img_3a3af3b700fcdc2e0e5498c77cb5a1f6735514.jpg)
そんな中、飛び込んできたのが、首都クアラルンプールにおける日本人拘束のニュースだ。
27日朝、クアラルンプール中心部から車で15分ほどの高級住宅街モントキアラで、警察の注意を無視してジョギングを続けたとして、日本人4人とアメリカ人、イギリス人、韓国人などあわせて11人が逮捕された。地元警察によるとジョギングをしていた11人は「警察の警告を聞き入れず、逮捕を避けようと不合理な言い訳をした」としている。
![日本人4人を含む11人が活動制限令下でジョギングを続けたとして一時拘束されたニュースは、マレーシア国内で大きく報じられた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/7/670/img_b70ef3c4118c0a95b03b6a215d7d9dc9501921.jpg)
■「30メートル歩くことさえ我慢しているのに」
実は、この拘束劇の発端の一因となったのは、ツイッターなどSNSへのいわゆる“ネット民”の投稿であると、地元紙で報じられている。
経緯はこうだ。
①あるツイッターユーザーが、モントキアラ地区でジョギングをする外国人駐在員と思われる男性や親子の写真を、「モントキアラに警察はいないのか?」というコメントを付けて投稿
②その写真があっという間に拡散
③マレーシア国民が、「なんと!? 外出禁止を忠実に私は守っていて、30メートル歩くことさえ我慢しているのに、この人たちはまるで休暇のように出歩いているわけなのでしょうか?」「この困難なときに、皆がお互いに敬意を払い合って行動する必要があることを信じています」「この人たちに自分勝手な行動をしないでほしいと言えないものか?」などとコメント
国民が一丸となってウイルス拡散のリスクを抑えようと外出禁止令を遵守している中で、憤りが渦巻いたかたちだ。モントキアラは外国人駐在員が多く暮らすエリアということもあり、「マレーシアの法律を守れないならば、国へ帰ってほしい」といった強いメッセージも散見された。
ジョギングをしていた11人はいずれも即日釈放されている。ただし、裁判で有罪判断を下された場合、約2万5000円の罰金か6カ月以内の禁錮刑、もしくはその両方が科される可能性があるという。
![クアラルンプールの高級住宅街でジョギングをする外国人駐在員と思われる人々の写真が、市民によりツイッターに投稿された?](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/c/670/img_2cd6bdd30db4053b9810f04f182f5a63556698.jpg)
■「エクササイズの制限は行き過ぎ」に反論続出
個人が特定されかねない写真がSNSに上げられ、非難があっという間に集中したのは行き過ぎだろう。しかし、それだけこの緊急事態下でウイルスのさらなる拡散を国民が協力して必死に食い止めるべき段階にあるという意識が高まっているのだ。
SNSなどで流れた写真や動画により、非難を浴びることとなったこのエリアを管轄する組合は、即座に地元メディアの取材に応じ、「組合も最大限の努力をしている。モントキアラの住民のほとんどが、生活必需品の買い物以外、自宅を出ないでいる」と訴えた。
また、ほとんどのマンションで、ジムやプール、プレイグラウンドなどの設備は閉鎖しており、エリア内で活動するランニングクラブも自宅でエクササイズをするよう呼びかけていると主張、火消しに追われている。
![ジョギングをしている外国人の写真がツイッターに投稿されると、活動制限令下にある国民らから非難の声が相次いだ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/670/img_dda291e029e654857faa25cfc716dcb3454852.jpg)
ちなみに、ジョギングをした11人が拘束された当日、地元紙「マレーシア・キニ」のオンライン版には、「人々が単独で出かけることやエクササイズに行くことは許そうではないか」と題する記事が掲載された。エクササイズやジョギングまで制限するのは行き過ぎではないか、という内容だったが、コメント欄にはこんな反論がずらりと並んだ。
「もし一人がジョギングに出ることを許すならば、結果としてそれは何人もが自宅を出てジョギングに向かうことになり歯止めが利かなくなるだろう。今は自らを犠牲にして耐え忍ぶときである」
「医療関係者などが最前線で寝る間も惜しみ必死に働いている中で、このような悠長なことを言っている場合なのか」
「このような記事を掲載するメディア自体もどうかしている」
■公園の利用もすべて禁止
また、感染者数が日々100人以上更新され続ける中で、身近なところで感染者が出はじめていることも、マレーシア国内で危機意識が急速に高まっている要因の一つだ。
クアラルンプール市内中心部にほど近いエリアで暮らす、マレーシア人男性モハメド氏(65歳・仮名)もつい数日前まで自宅周りのジョギングをしていた。自宅があるエリアはセキュリティガードが常駐、小さな公園もあり、清掃や消毒も管理組合により行き届いている。そのため活動制限令が敷かれて以降も、そのエリア内に住む住民らは朝や夕方になるとごくわずかな距離だが気晴らし程度にジョギングしていたという。
しかし、数日前になって管理組合から緊急の伝達メールがあった。モハメド氏の自宅からほんの数メートル離れたなじみの知人一家の祖母が、新型コロナウイルスの検査の結果、陽性反応が出たというのだ。管理組合からはエリア内の住民に対し、「陽性患者の出た一家は、公園内の遊具に触れたりベンチに座ったりなどはしていないことを確認済みだが、今後公園の利用やジョギングなどもすべて禁止する」などと、SNSを通じて通達がなされた。
■この未知のウイルスはどこまで人間的な生活をむしばむのか
つい前日までジョギングする住民らで穏やかな時間が流れ、安全だと思われていたエリアも“閉鎖”されることとなり、「もう自宅の庭以外出ることも不安だ。どこにウイルスが存在するか分からない、もはや身近に迫ってきている感じがする」とSNSを通じて筆者に語った。妻と大学生になる娘には、外出しないよう言い聞かせ、食料などの買い出しは今後すべて自分一人で行うことにする、という。
![マレーシア国内では至るところに電光掲示板で「Covid-19に共に立ち向かおう」など、国民の団結を求める告知が見られる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/e/670/img_3efdf4b951b767e082f17e95c2609313481670.jpg)
マレーシア国内では今、道路の至る所に電光掲示板で「Covid‐19に共に立ち向かおう」「Stay Home, Stay Safe」というコメントが大きく、首相の写真と共に掲げられている。
この未知のウイルスはどこまで人間的な生活をむしばむのか。個人が最低限の危機意識を持つべきことは確かだが、対応策の“正解”はみえない。
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記者/映像ディレクター
東京都生まれ。2003年慶應義塾大学卒業、国際ジャーナリズム専攻。”ニュースの国際流通の規定要因分析”などを手がける。03年民放テレビ局入社。報道局社会部記者を経たのち、報道情報番組などでディレクターを務める。福島第一原発作業員を長期取材した、FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『1F作業員~福島第一原発を追った900日』を制作。16年退社。現在は東南アジアを拠点に海外でルポ取材を続け、デジカムで撮影・編集まで単独で手がける。取材や旅行で訪れた国は東南アジアやヨーロッパ、中東、アフリカ、南米など約40カ国。
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(記者/映像ディレクター 海野 麻実)
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