まだ周囲には何もない「高輪ゲートウェイ駅前」はどう呼ぶのがいいか
プレジデントオンライン / 2020年4月4日 11時15分
■現段階では都心の「秘境駅」のような存在
3月14日、JR山手線・京浜東北線の田町~品川駅間に高輪ゲートウェイ駅が開業した。これは1971年に地下鉄千代田線との乗換駅として開業した西日暮里駅以来、山手線では49年ぶりの新駅となる。
山手線で最も駅間の長かった田町~品川駅間には、かねてから新駅設置構想が存在したが、計画が正式に発表されたのは2014年のことである。この場所にはJR東日本の車両基地が存在していたが、上野東京ラインの開業など直通運転の拡大により、車両基地を集約したことで、約13ヘクタールの広大な用地が捻出された。そこで田町駅から約1.3km、品川駅から約0.9kmの位置に新駅を設置し、再開発される街の玄関口としたものだ。
駅周辺の開発はこれから本格的に始まり、“まちびらき”は2024年ごろを予定している。現時点では駅周辺には何もなく、駅は国道15号線から奥に入った場所にあるため、従来の市街地とは隔絶された都心の「秘境駅」のような存在である。実際に現地に行ってみれば、抱いていた「新駅」のイメージと全く違うことに驚くはずだ。
■「高輪駅」では紛らわしくて使えなかった
高輪ゲートウェイといえば、想起されるのが駅名決定をめぐる「騒動」だ。JR東日本は2018年6月に同社では初めてとなる駅名の公募を実施。応募案を元に、同年12月新駅の名称を「高輪ゲートウェイ」に決定したと発表した。
ところが応募数でみると、1位は「高輪」が8000件超、2位は「芝浦」が4000件超、3位が「芝浜」で3000件超だったのに対し、「高輪ゲートウェイ」はわずか36件に過ぎなかった。これでは公募の意味がないとして、駅名撤回を求める署名活動まで行われたほどだった。
もちろんJR東日本にも言い分はある。駅名公募のプレスリリースには、「応募された駅名は応募数による決定ではなく、ご応募いただいたすべての駅名を参考にさせていただき、新しい駅にふさわしい名前を選考します」と明記されているし、地域名としては公募で1位となった「高輪」を採用している。
単体で「高輪」や、駅の所在地である「港南」を駅名に使用すると、品川駅の「高輪口」「港南口」と紛らわしいし、「芝浦」は再開発するエリアからは外れた田町寄りの地名である。公募上位の駅名がそのままでは使えない理由はいくらでも挙げられる。
■実は新駅エリアの名称はまだ決まっていない
駅名ばかり目立ってしまっているが、実は高輪ゲートウェイ駅周辺の開発予定地にはまだ街の名前が付けられていない状態だ。今回の騒動の本質的なすれ違いは、JR東日本が「再開発される街の玄関口となる駅」の名称を求めていたのに対し、利用者や地域は「品川~田町間にできる新駅」の名称として受け止めていたことにあるのだろう。実はこれも当初からJR東日本は明確にしており、プレスリリースには次のように記されている。
しかし、利用者の考える「まち」とは既存の街であり、新たにできる「えき」は既存の街の玄関口であると受け止められた。ここに新しい街が開発されることや、それがJR東日本の手によって開発されることはほとんど知られていなかった。その状況は、おそらく駅が開業した今も変わっていないはずだ。
■インパクトが先行し、開発計画は広く伝わっていなかった
新駅の概要が発表されたのは2016年9月。建築家の隈研吾氏が駅デザインを担当すること、日本の魅力を発信していくために、伝統的な折り紙をモチーフにした「和」を感じられる駅にすることと、駅の完成イメージ図が発表された。実はこのプレスリリースでも、「新しい街の中核となる新駅」との位置づけは明確にされているものの、新駅のインパクトが前面に出てしまい、まちづくりの計画は広く伝わらなかった。
その後の経緯をたどると、2017年にJR東日本と独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)などが「品川駅北周辺地区まちづくりガイドライン」を策定。同事業が国家戦略特区の都市再生プロジェクトに認定されたのは駅名公募直前の2018年5月。都市計画手続きに着手したのは公募中の同年9月のことであったが、この段階まで再開発プロジェクトによって誕生する街の全体像や完成イメージが示されることはなかった。
■「虎ノ門ヒルズ駅」は違和感がないのに…
そして肝心の街の名前は未だに発表されていない。JR東日本のまちづくりを認知していても「グローバルゲートウェイ品川」が街の名前であるかと勘違いしている人は少なくないが、これはあくまでも開発コンセプトであり、「六本木ヒルズ」や「日比谷ミッドタウン」のような、再開発エリアの正式な名称は決定していない。
ここで対比したいのは今年6月6日に地下鉄日比谷線に誕生する新駅「虎ノ門ヒルズ駅」だ。同駅の駅名が発表されたのは、高輪ゲートウェイ駅の名称が発表された翌日(2018年12月5日)だったが、高輪ゲートウェイに対して批判的な声が相次いだのに対して、虎ノ門ヒルズ駅は自然と受け入れられ、賛否の声すら上がらなかった。これは、虎ノ門ヒルズという再開発プロジェクトが広く周知されているため、新駅が虎ノ門ヒルズに直結する玄関口であると受け止められたためであろう。虎ノ門ヒルズ駅の名称は、虎ノ門ヒルズの玄関口として「看板に偽りなし」であった。
しかし、高輪ゲートウェイには示すべき街の名前が存在しない。結果的に突飛な名前が前面に押し出され、矢面に立たされることになった。新しい街の玄関口として作られる駅にもかかわらず、その街の名称が決定していない段階で看板を作るのは困難である。
■結局、オリンピックに振り回されただけ
なぜこのような、ちぐはぐな事態になってしまったのだろうか。最大の要因は、まちびらきをする予定の2024年ではなく、それより4年も早い2020年に駅を開業させたからだと言えるだろう。JR東日本は2014年の発表で、その理由として「2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会にあわせた暫定開業を予定しています」としている。
先般、延期が決定した2020年東京オリンピックでは、高輪ゲートウェイ駅前にパブリックビューイング会場「東京2020ライブサイト」が設置される予定だった。JR東日本としては、オリンピックに合わせて駅を大々的に売り出すタイミングを狙ったものと思われるが、結果的に利用者とのすれ違いを生んでしまったとすれば皮肉である。
オリンピックは2021年7月に延期が決まったが、工事の進捗により、駅前に同様のスペースを設けることはできないだろう。結局、オリンピックに振り回されただけとなれば、悲惨としか言いようがない。
■新エリアの名前は「高輪ゲートウェイ街」?
もっとも駅名騒動から1年以上が経過し、コロナウイルス禍の真っただ中にあっては、全ては過去の話である。最初は違和感があったとしても、繰り返し聞いているうちに馴染んでしまったという人も少なくないだろう。
しかしJR東日本にとって、駅周辺で行われる再開発が成功を収めるかどうか、これからが本当の勝負である。しかもJR東日本による都市開発が知られていないということは、現在進行形の課題だ。
ここで懸念されるのが、新たな街の名称を巡る動きである。2019年4月からJR東日本は、2024年のまちびらきに向けて新しい文化・ビジネスをつくるための仕組み作りとして「TokyoYard PROJECT(東京ヤードプロジェクト)」と称した活動を行っている。再開発コンセプトである「グローバルゲートウェイ品川」「高輪ゲートウェイ」に次ぐ、新たな用語が出てきたことで、新しい街のブランディングはますますややこしくなってきた。
筆者は、新たな街の名前は素直に「高輪ゲートウェイ」になるものだと考えていたが、どうもこの問題は一筋縄ではいかなさそうだ。この決定次第では、高輪ゲートウェイという駅名の妥当性を巡る議論が再燃する可能性も否定できないだろう。
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鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)
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