「突然の4割減便」を裏方で支える航空マンが、いま心の支えにしていること
プレジデントオンライン / 2020年4月4日 11時15分
■500人強の客室乗務員を管理する「スケジューラー」
「移動しないこと」が世界共通のモラルとなった。新型コロナウイルスの感染を食い止めるためだ。
このため航空会社は減便や運休を強いられている。一時帰休となった社員も多いが、反対にこの状況で猛烈に忙しくなる職種がある。スケジューラーと呼ばれる人たちだ。
スケジューラーは、月単位で客室乗務員の勤務予定を管理し、運休や遅延など日々突発的に起こる運航計画の変更に即して客室乗務員の割り振りを調整する。
石田斎夫(35)は、スカイマークで500人強の客室乗務員を管理するスケジューラーだ。スカイマークは昨年11月に始まったサイパン便(成田―サイパン)以外は全て国内線だったため、新型コロナウイルスの影響で運休や減便が始まったのは3月中旬からだ。
■2015年1月の「経営破綻」に似ている状況だが…
減便が増えるとともに、石田をはじめ10人のスケジューラーの仕事は忙しさを増した。スカイマークの客室乗務員は同じ機体で同じルートを往復しているわけではない。神戸から羽田、羽田から新千歳など、3都市以上を移動しながら数日かけて乗務することもある。
一度ベース地を離陸すると、最長で3泊4日の勤務になる。そのため、1便運休すれば、複雑なパズルのピースを合わせるような調整が始まるのだ。
運休がどれくらい増えるか。いつまでこの状況が続くのか。先行きは見通せない状況にあるが、5年前、2015年1月にスカイマークが経営破綻したときにも石田は同じ部署で多忙を極めた。
だが、今回は思いが違うという。それには、今年元旦の「臨時便」のスケジュールを調整した経験が関わっている。
■「2020年元旦に神戸から羽田に向けて臨時便を出せないか」
打診があったのは、2019年12月24日(火)の午後だった。
2020年元旦に神戸から羽田に向けて臨時便を出せないか、という話が降りてきた。Jリーグのヴィッセル神戸が、週末の12月21日(土)に天皇杯の準決勝で勝ち、元旦に東京の新国立競技場で行われる決勝戦に出る。これを受けての臨時便だ。
ヴィッセル神戸のオフィシャルスポンサーであるスカイマークが保有するヴィッセルジェットを飛ばそうというのだ。だが、客室乗務員のフライトスケジュールは前月の25日に確定して通知することになっている。
臨時便の打診を受けた24日(火)は、500人の客室乗務員について8割程度のスケジュールを組み終わり、微調整に入った段階だった。年始にかかるため、特に元旦の勤務者の顔ぶれは確定させていた。
「でも、調整ができないわけではありません」
突然降ってきた話をどう受け止めたのか、石田が話してくれた。
■「元旦に神戸から東京まで応援に行く人がどれだけいるのか」
「天候不順による運休、あるいは遅延によるスケジュールの見直しなど、僕らは日々思わぬ変更に対応しながら調整をしていますので、元旦の調整ができないわけではありません。実際、15分ほどで3つほど、こうすればできるな、という案が浮かびました。ただ……」
石田は言いよどんだ。石田は2つの違和感を覚えたという。
「元旦の便が177席も売れるのか、というのが最初に思ったことです。いくら決勝戦だからって、元旦にわざわざ飛行機に乗って神戸から東京まで応援に行く人がどれだけいるんだろう、と思いました」
そしてもうひとつの違和感、それは臨時便のきっかけが会長である佐山展生のツイッターだったことだ。佐山のツイッターのフォロワーは2万5000人。11月、ヴィッセル神戸ファンのフォロワーが「天皇杯の決勝に進むことになったら、スカイマークに臨時便出してほしい」とツイートした。
そして6週間後の12月21日(土)、ヴィッセル神戸は清水エスパルスを3対1で下し、元旦の決勝戦出場が決まった。ひらめいた佐山が、毎週定例の経営戦略会議で臨時便の運航を提案したのは、翌週12月24日(火)。
元旦まで1週間しかない。「売れるのか」「人員は確保できるのか」と経営会議では反対意見が大半を占めた。案は保留のまま、各部門への打診と検討が始まった。石田が打診を受けたのはこの日の午後。社内ではまだ「検討」の段階だった。
■「ツイッターなんかで、決めていいの?」
「ツイッターなんかで、決めていいの? という反発めいた思いは、正直、ありました」
同様の疑問は、他に何人もの社員からも聞かれた。
「だけど、できません、とは言いたくない。どうせならちゃんとやって恩を返したい、という気持ちが、反発を少し上回っていたんだと思います」
一方、社内の反応に首をかしげた佐山は、その日の夜、ツイッターでアンケートを募った。すると4910人が投票。そのうち90%が「行きたい(乗りたい)」と答えた。結果に意を強くした佐山は、社内調整を行い、12月25日(水)に実施を決めた。
石田の言う「恩返し」は、2015年1月の経営破綻にさかのぼる。
■破綻から半年後も「みんなでいい会社にしよう」と訴えていた
そのときも石田はスカイマークのスケジューラーとして勤務していた。1月28日、経営破綻が明らかになると、気が遠くなるほど忙しくなった。運休が決まるたびに、客室乗務員にスケジュールの変更をメールで伝え、宿泊先のホテルやタクシー会社に事情説明と詫びの電話をかける。謝りの言葉を繰り返し、見えない相手に向かって頭を下げた。会社がこの先どうなるのか。給料は支払われるのか。多忙のなかで不安だった。
破綻直後、佐山が率いる投資ファンド・インテグラルがスカイマークの再建に名乗りを上げた。佐山はスカイマークの社員に向けて、「リストラはしない」と明言したが、石田が心から信頼するようになるまでは時間がかかった。
破綻から半年ほどのことだ。佐山は全国の支店を回り、社員から直接質問を受けるミーティングを繰り返していた。そこに石田も参加する機会が巡ってきた。
「時間がたっても、佐山さんが同じ熱量で、みんなでいい会社にしよう、リストラはしない、など、同じ内容のことを訴えているのを見て、この人を信じてみようと思えたんです」
■スカイマークは全部門がひとつの会社の中にある
航空会社を運営するには、専門性の高い仕事をいくつも組み合わせなければならない。それはパイロットや客室乗務員、旅客スタッフのように乗客の目に触れる仕事だけではない。石田のようなスケジューラー、機体の整備、発着を支えるランプなど、部門は多岐にわたる。
スカイマークの特徴のひとつは、全ての部門がひとつの会社の中にあることだ。他社のような子会社はもっていない。社内が連携を深めた結果、定時運航率で国内1位を獲得したのは2017年、破綻から2年後のことだ。
佐山は2500人の社員に向けて、毎週月曜の定例メールで「ダントツの1位を目指そう」というメッセージを発信しつづけてきた。破綻前、スカイマークは「遅れ」と「欠航」で有名だったが、現在、定時運航率は国内1位はもちろんのこと、世界でも3位となった。
そして今回降って湧いた元旦の臨時便。疑問や違和感はありながらも、スカイマークのありようを変えた佐山への「恩」を返したいと石田は思った。
■「ありがとう」と言われたような気持ちがした
結果は予想を超えていた。12月27日(金)午前11時に発売されると、臨時便は、天皇杯の観戦チケット付きの往復券100枚が2分で完売、残る77席も15分で売り切れた。
元旦9時、神戸空港から「5511(ゴーゴーイレブン)」という特別コード便で飛び立った177人の搭乗客は、全員が熱心なヴィッセル神戸ファンだった。見送りのスカイマーク社員たちに「ありがとう」「勝ってくるからね」と口々に話した。
石田は当日の様子をあとで聞いたとき、こう思ったという。
「日頃、お客さまと接することのない部署ですが、ファンの方々の様子を聞いて、ありがとう、と言われたような気持ちがしました。お客さまがスカイマークのファンになってくれたことが実感できました。やりきることができてよかったと心から思いました」
3カ月後の現在、石田は新型コロナウイルスの影響による運休や減便に伴い、忙しい毎日を送っている。減便の状況について佐山はツイッターに「2月の搭乗率が80.6%、3月が54.3%で、ここのところ40%台に低下してきたので、残念ながら、4月は約4割減便になります」(4月1日のツイート)と書いている。こんなことになるとは、元旦には予想もしなかった。先の見通しが立たないなかで、刻々と変わる運航予定に対応している。これは5年前とよく似ている。
だが、当時と現在では大きな違いがある。それは「ファン」の存在だ。
■「今は必要とされるエアラインだと自信を持って言える」
「破綻前にもスカイマークを支持するお客さまはいらっしゃいましたが、米子―神戸や東京―名古屋など、他社便が飛んでいないコアな路線の顧客の方々でした。でも、今は、スカイマークのファンの年齢層が広がり、分厚くなっていると感じます」
「例えば」と石田は続けた。
「今回ヴィッセル便で顧客の存在を確かに感じられたことや、新千歳空港でのメッセージボードがツイッターで話題になったこと。今はスカイマークは必要とされるエアラインだと自信を持って言えます。運航の再開を待ってくださるお客さまが確かにいると思える。だから目の前のことを一つひとつやっていくだけです」
そしてこうつけ加えた。
「過去の遺産が思わぬところで生きているんです」
減便や運休が増えたことで、コールセンターの人手が不足しがちになっている。そのことを聞いて、客室乗務員のなかから「コールセンターを手伝いたい」という申し出がいくつもあったという。破綻前、スカイマークでは客室乗務員はカウンターや電話対応もするように決められていた。そのため、破綻前から勤続する客室乗務員には電話対応業務のスキルがある。
「破綻を乗り越えた社員には、好きなこの会社と一緒になんとか生き残ろうという気持ちが強いんだと思います。そのうえ、お客さまのために飛ばす喜びを実感できたのでもっと強くなれた。日々、飛ばし続けていること、それがお客さまのためになっているんだと思います」
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ノンフィクションライター
1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009~2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BillionBeats」運営。近著に『真夜中の陽だまりールポ・夜間保育園』(文藝春秋)。
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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)
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