「マスクがない」ごみ清掃芸人が痛感するコロナ禍の副作用
プレジデントオンライン / 2020年4月4日 11時15分
■ごみを回収しないわけにはいかない
新型コロナウイルスが流行しても、僕らごみ清掃員は働き方を変えることはできない。
多くの企業が感染拡大を防ぐために在宅勤務などに切り替えているが、ごみ清掃員にはそのような働き方は不可能だ。
公の仕事は、現場に身を置いて初めて仕事になる。警察官や消防士は、人手が薄くなればそのまま世の中が乱れることを意味するだろう。したがってコロナウイルスがはやる前と同じ状態を保っておかなければならない。
ごみ清掃員とて、同じことだ。コロナウイルスがはやっているからといって、ごみを回収しないわけにはいかない。
仮に2週間、ごみ清掃がストップすればどうなるか。街はごみであふれ、衛生面でも防犯面でもたいへんな混乱が起きるはずだ。
■マスクが会社から配布されなくなった
コロナウイルスがごみ清掃員に与える最大の影響は「マスク不足」だ。一緒に働く収集車の運転手が嘆いていた。
「俺たちは朝一の仕事だから、朝からマスク買いに薬屋さんに並ぶわけにもいかねぇもんな。夕方に仕事終わってから行ったって、手に入ることなんてねぇんだよな」
ごみ清掃の仕事にとってマスクは必需品だ。ほこりを避けるだけでなく、老人ホームから出るおむつのごみには感染症の不安があるし、繁華街のごみにはどんな物が入っているかわからないので、できるだけマスクを着用する。
ましてや、連日報道され続けているコロナウイルスの脅威を知りながら、不特定多数のごみを回収する業務となればなおさらだ。回収中、破けるごみ袋は少なくない。飛び出したごみから使用済みのマスクがむき出しになっていれば、よからぬ菌が付着していないだろうかと不安になる。
嘆いていた運転手の家のマスクはもうすぐ底をつくという。以前は希望者には会社からマスクを渡していたが、この騒ぎでマスクの入手が困難になり、配布できないようになった。
ごみ清掃会社は点呼を受ける際、熱を測ることを義務付け、対処している。現時点ではコロナウイルスにかかった清掃員はまだいない。
■ごみ清掃員が危惧する食品ロスの悪化
3月25日、オーバーシュートを防ぐために東京都が週末の外出自粛を要請する発表をおこなった。その翌日にはスーパーでの食料品の買い占めが起きた。勤め人の多くが仕事終わりに食料を買いに行って、ほとんどが売り切れ状態で驚いていたと聞く。ごみ清掃員の仲間たちも、夕食の買い出しに行った頃には、スーパーの棚には何もない状態であった。
この状況で、われわれごみ清掃員がこれから起きるのではないかと恐れていることがある。食品ロスだ。
買い占めたはいいが食べきれなかったといって、まだまだ食べられるものがごみとして捨てられるのではないか。コロナ以前からの話ではあるが、食べられるものを平然と捨てる人たちが世の中には大勢いる。
蓄えたものの、騒ぎがおさまれば家にあるのが邪魔に思えてきて、手つかずの状態で数多くの食べ物が捨てられる可能性は低くない。手のつけられていないボンレスハム、お中元で送られてきたであろうメロン、新米が出たあとの古米、大量の未開封のレトルトカレーなどをごみとして回収してきた筆者にとっては、考え過ぎだとは思えない。
■普段から年間643万トンの食品ロスが出ている
コロナウイルス感染拡大により歓楽街の客足が遠ざかっていることから、事業系のごみは減っているが、その代わり家庭ごみが増えている。ただでさえ普段より多い家庭ごみの中に、まだ食べられる食料がごみとして捨てられると収集不可能な程の量になる。コロナウイルス以前でも日本の食品ロスは年間643万トンで、世界でも上位に入る食品ロス大国である。
このような現状に終止符を打つため法律が制定されたばかりだが、普通に生活しているだけで、643万トンもの食品ロスを排出するのだから、この騒ぎによりため込んだ食べ物が各家庭できちんと消費されなければ、もっと増えるのではないかと危惧している。集積所に出されれば、ごみを回収すること自体が仕事なので、われわれは何も言わず回収する。だが、まだまだ食べられる食べ物に胸を痛める清掃員は珍しくない。
■一度に大量に出されるごみほど嫌なものはない
コロナウイルスの流行でごみ回収に起きた変化といえば、ペットボトルと弁当箱が増えたことだ。
ペットボトルごみが例年最も増えるのは夏場だ。それがいま、夏直前の量になっている。弁当の空き容器もあきらかに増えた。家にいる人の数がコロナウイルス以前に比べて増えていることを、こんなところで目の当たりにしている。ちなみにレモンサワーの空き缶も増えたような気がするが、これははやりだからなのか、それとも自粛で外食を控えた結果、自宅で飲むことが増えたせいなのかどうかは判別できない。
それともうひとつ、増えているものがある。「断捨離」の結果と思われるごみだ。
もともと3月は引っ越しシーズンなので、例年まとめて出されるごみが多い。さらに今年は、家にいる時間が長いのを良いきっかけにしたのか、一軒の家から大量のごみが出る。あまり知られていないが、本来ならば規定で一回に出してもよいごみの量は3〜4袋である。それ以上になる場合には清掃事務所に電話をしなければならない。
とにかくごみ清掃員にとって、一度に大量に出されるごみほど嫌なものはない。
その点からいうと、古紙回収に関しては助かったことがあった。だいたい毎年、終業式が終わってから次の新学期が始まるまでの間に使い終わった教科書、ノート、プリントが古紙回収に出される。引っ越しシーズンのピークに出される『週刊少年ジャンプ』や、新たな入居者が捨てる大量のダンボールなどと一緒になって、われわれを悩ませるのだが、今年は3月の頭に学校が休校になった影響で、いつもより1カ月程度早く出されていた。
■不慣れなドライバーの増加を路上で感じる
もうひとつ、意外なところに出ている影響としては、道がいつもより混んでいるということが挙げられる。
満員電車を避けるためだろうか、幹線道路が普段より混んでいるのだ。「なんで今日、混んでいるんだ?」という日が続いて、気付くまで少し時間がかかった。後方に気を配らないで車線変更する車や、普段はスムーズに流れる道で躊躇(ちゅうちょ)している車を見掛けることが増えた。日頃は運転しない、不慣れなドライバーが路上に出てきているのだろう。
自転車通勤もコロナ以前より増えている。これもまた満員電車を避けてのことだろう。車輪を見るとおろしたてだとわかる。これを機に、自転車通勤に切り替えた人が増えたのかもしれない。
それはいいが、交通ルールのマナーの悪い自転車利用者が増え、ごみ収集車の運転手を辟易(へきえき)させている。イヤホンをしていてこちらの接近に気付かない人や、車道と歩道を都合よく使って急に飛び出してくる人がいるので、ひやりとする場面が増えた。逆走をしてくる自転車もいる。減速しなければ危険に及ぶこともあるので、運転手は神経を消耗する。
■ごみ清掃の仕事は生活者の態度に左右される
コロナウイルスは生活にさまざまな影響を与えているが、われわれごみ清掃員は生活者の節度に左右される。無理して買った備蓄品は責任をもって最後まで食べきることが大切だと思うし、日頃乗りなれていないドライバーや自転車通勤の人も常識のある運転が求められる。
非日常が与える生活に人々もまた普段と違う行動を取れば、混乱が生まれ、さらなる非日常が訪れる。そうならないためにも自分の取った行動が、他者にどのような影響を与えるかを考えることが節度だと思う。見えないものに対して思いやりを持つことが、ほかの誰かの手を必要以上にわずらわせないことにつながり、今置かれている現状に対抗できる武器になるのではないか、とごみ収集の現場で考えている。
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お笑い芸人
1976年、東京都生まれ。1998年に西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。「THE MANZAI」2012,14年認定漫才師。14年、『かごめかごめ』(双葉社)で小説家デビューを果たしている。〈https://twitter.com/takizawa0914〉
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(お笑い芸人 滝沢 秀一)
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