「共産党幹部は愛人が47人いる」スクープを連発する中国版文春砲の正体
プレジデントオンライン / 2020年4月9日 11時15分
※本稿は、宮崎紀秀『習近平vs.中国人』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■中国でネット流出した性行為の隠し撮り映像
2012年11月、習近平が中国共産党のトップである総書記に新たに選出された。ちょうどその頃──。ある中年男の性行為を隠し撮りした映像が、中国のインターネットに流れた。
カメラのレンズは、ベッドに仰向けに横たわる女性の頭の右、枕元から左後方の天井に向けて設置してあったのだろう。髪の生え際が後退し、顎に贅肉をたるませた男が女性にのしかかり、せっせとピストン運動を繰り返す腰の動きまで、はっきり映っている。
その男の首には、下から伸びた女性の白く細い腕、だらしなくゆるんだ胴には、肉付きの良い太ももが、艶めかしく絡みついている。横たわる女性の顔は見えないが、男の動きに応じて首を持ち上げた時に、豊かな長い髪が映った。
一方、男の顔は、ほぼ女性の視線と同じ位置から仰ぎ見るカメラがばっちり捉えていた。恍惚の表情を浮かべ、果てて女性の上に倒れ込むまでである。その後には、欲望を満足させた男が、身を起こし自ら陰部を紙で拭う様子まではっきり映っていた。
男の名は、雷政富。重慶市の区の1つ、人口73万人を抱える北碚区で、共産党委員会の書記を務めていた。
この区で党のトップである。相手は、ある企業家があてがったとされる女性だった。この暴露をきっかけに紀律検査委員会は、雷の身辺調査に乗り出し、雷は収賄の疑いで立件された。
■「雷政富」はエロ腐敗官僚の代名詞に
映像の流出から半年と少しが過ぎた2013年6月19日。重慶市の第一中級人民法院(日本の地方裁判所に相当)は早朝から熱気に包まれた。雷政富(54歳)の初公判だったからだ。
重慶は、北京や上海と並ぶ直轄市で大都会だが、その気候から中国の「4大かまど」と称される都市の1つ。つまり暑い。その名に恥じず、朝から気温はじりじりと上がり、シャツがあっという間に汗で肌に張り付いた。
衝撃映像が暴露されたため国内の関心は高い。法廷に入る雷被告の姿を狙おうとする中国メディアのカメラマンたちも皆汗だくだ。辛い現場では、みな同志である。「どっちから来るか分かるか?」などと言葉を交わしながら、時間を潰した。
午前8時40分過ぎ。短くサイレンを鳴らした車両が突然、ガラス張りの巨大な法院の建物の一角に現れた。私も小型ビデオを片手に、中国人のカメラマン集団と一緒に猛ダッシュをかけたが、車は一瞬で敷地の中に消えてしまった。
朝からの待ち伏せが徒労に終わり、息切れだけが残った。そこに法院の警備員が「撮れなかったのか?」と薄ら笑いを浮かべたので、頭に血がのぼり、更に余計な汗が吹き出した。
現場では、雷はメディアの目から守られたが、恐らく宣伝部は事件の影響の大きさを考慮したのだろう。ほどなく国営の中国中央テレビなどが法廷内の様子を報じ、雷の姿は全国民に晒された。
判決は316万元余り(約5100万円)の収賄容疑で、懲役13年の実刑。頭一つ大きい司法警察官2人に挟まれ、肩を落として証人台に立つ雷の姿は、好色で貪欲な官僚の成れの果てとして国民に深く記憶され、「雷政富」はエロ腐敗官僚の代名詞となった。
■実家の部屋は、拍子抜けするほど簡素
重慶の中心部から車で2時間以上走ると、畑が美しい曲線を描く山村に辿(たど)り着いた。雷の実家は、父親も生前その村で書記を務めたという名家。他の家より立派なコンクリート造りの4階建てだった。
母親はあいにく不在だった。困りあぐねた私に気づいた村人が、母親は町に出ていると教えてくれた。そればかりか、町に人をやり、遠来の客が来ていると伝えてくれるという。雷の故郷は、日本の田舎を彷彿とさせる素朴な農村だった。
しばらくし、細く小さなおばあちゃんが家に戻ってきた。古希をゆうに超えている。こちらが取材で来た事情を知るなり、声をあげて泣き始めた。
「息子が、女性と関係を持ったなんて決して信じられない。小さい時から乱れることのない、正直な子だったのに」
母親は、しわだらけの細い手で涙を拭うと、息子は罠にはめられたに違いないと訴えた。
雷が休暇で帰って来る時に使っていたという寝室があった。継ぎを当てたシーツの掛かったベッドと地味なクローゼットのみが置かれていた。
好色で貪欲な官僚というには拍子抜けするほど簡素な部屋だった。母親が泣きながら語った言葉に、少しだけ説得力が加わる気がした。
「官僚にならなかったら、こんなことは起きなかったでしょう」
色落ちした古い写真を出してきてくれた。この家を背に親戚が集まって収まっていた。「正直で真面目」な息子だった頃の雷も、つましく微笑んでいた。その頃は、本人さえまさかエロ官僚として中国全土に名を馳せるとは思ってもいなかっただろう。
■中国版「文春砲」、官僚の不正を暴くネットメディア
雷元書記の転落のきっかけとなったセックスビデオ。それは北京市内にあるマンションの一室から発信された。そこは朱瑞峰さん(44歳)の自宅兼事務所である。
朱さんは官僚の不正を暴くインターネットメディア「人民監督網」を2006年に立ち上げた。私が朱さんを訪ねたのは2013年10月。その時までに80人以上の腐敗や不正を暴いて来たという。
![朱瑞峰さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/7/670/img_b767e83fbfb59aa762e18808e68a2e5f514464.gif)
紺のスーツとネクタイ姿で、情熱的に話しながらも柔和な笑みを絶やさない。百戦錬磨のジャーナリストというよりは、誠実なセールスマンといった印象だ。
12畳はあろうかという書斎が、朱さんの城だ。
窓を背にどっしりとしたデスクがL字型に配置され、その上には電話やファックス、本人が常用するラップトップコンピューター以外に、液晶モニターが2つ載っていた。ネットを武器に腐敗を暴く拠点と呼ぶにふさわしい部屋だった。
壁際の本棚には、案件ごとに資料のボックスが整然と並んでいて、彼の几帳面な性格を物語っている。別の壁に掛かる中国全土の地図は彼のカバーエリアそのものだ。
朱さんは中国のマックレイカーなどと称され、欧米メディアの取材も度々受けてきた。マックレイカーとは米国で調査報道によってスキャンダルを暴くジャーナリストに与えられる称号だ。
■「私たちは記者として事実を報道するだけです」
例のセックスビデオは、元々、雷元書記と利害関係を持つ者が、彼を揺する材料として撮影したとみられる。そのビデオを朱さんが暴露した結果、雷は失脚したわけだが、そもそも雷が恐喝の被害者だった可能性もある。
その点に良心の呵責のようなものは感じないのか。同じ生業の者として、実はそこが一番聞きたいところだった。朱さんの答えは明快だった。
「(失脚は)当然の結果です。私たちは記者として事実を報道するだけです。処分するかどうかは紀律委員会や政府が決めることですから」
中国では、当局に都合の悪い事実を報じるには危険を伴う。朱さんも、脅迫や暴力を受けた経験がある。だから玄関には監視カメラを設置し、当局から盗聴されるのを避けるために複数の携帯電話を使っている。
腐敗告発の場である「人民監督網」のホームページが、封鎖されるのを逃れるために、IPアドレスは絶えず変更しているという。
「インターネットは中国で党や政府がコントロールしきれない空間です。だからインターネットを通じて事実と真相を明かすことができます。人々に報道の自由、言論の自由を与えることができるのです」
■朱さんに同行、狙いは40人以上の愛人を囲う元局長
翌年2月、江西省の南昌市に向かう朱さんに同行した。標的は、上海鉄道局の龍京元局長。2011年、40人が死亡した高速鉄道の衝突脱線事故で、当局が列車を埋めて証拠隠滅を図ろうとしたお粗末な顛末は、当時、日本でも大きく報じられた。
龍はその事故で局長職を解任されたが、朱さんによれば、今も党籍を残しているという。その龍に、妻子がありながら複数の女性と愛人関係を持っている疑いが持ち上がったのだ。事実ならば、共産党の紀律違反にあたる。
「提供された電話番号と身分証だけで48人の愛人がいる。確認を取ってみたい」
朱さんの手元には、龍が携帯電話に保存していたという女性の写真があった。年齢はおそらく20代前半。小悪魔的な色気を放つ女性である。上半身裸で白い乳房をさらし、挑発的な視線をレンズに向けている。自分の指で性器を広げて写した写真もあった。
朱さんは、南昌の空港に到着すると、情報提供者に会うため、市内のホテルに直接向かった。情報提供者は龍と極めて近い関係にあった女性だった。
龍の権力を期待して頼みごとをしたのだが、蔑(ないがし)ろにされたため、腹いせに龍の放蕩ぶりを暴こうとしたというのが告発の動機のようだ。
情報提供者の女性は、先の若い女性とは別の女性の写真を示した。
「この女が彼との間に女の子を産んだと聞きました。他の女は、男の子を産んだそうです。西安にも彼と子供を作った人がいると聞いています」
■腐敗や不正の情報が次々と寄せられるように
インフラの建設を伴う鉄道局の局長となれば、相当なコネや力を持つ。朱さんは、愛人関係よりも、龍が在任中、不正な資金を得ていた可能性について興味を持っているようだった。
――複数の愛人とされる女性たちは、龍元局長から、経済的な恩恵を得ていましたか?
「当然でしょ。もし良いことが無かったら、つき合うはずがない」
しかし、情報提供者の女性も、龍が複数の女を囲えるほどの経済力をどのような手段で得ていたかについては、「分からない」と述べるだけであった。
その4日後、朱さんは「人民監督網」で、「鉄道局の局長が47人の愛人を囲っている」とぶちまけた。愛人とされる例の若い女性の裸の写真も、ぼかしをかけた上で掲載した。
その後も、「龍京元局長が節度のない放蕩ぶりで多くの女性に子供を産ませている」「愛人リストを暴露」などと続けて告発弾を放った。
朱さんのこうした業績は、中国国内でも広く知られるようになり、それに伴い、腐敗や不正に関する様々な情報が寄せられようになったという。「人民監督網」には、今も、官僚と愛人たちの秘め事を捉えた証拠がアップされ続けている。
■危機感を募らせる習近平
習近平は、中国共産党のトップとして表舞台に登場した時から、人々の党に対する信頼の低下に危機感を滲ませていた。
![宮崎紀秀『習近平vs.中国人』(新潮社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/b/200/img_5ba48484d130d78c1b180e7752c34c30249260.gif)
2012年11月15日、習は、新総書記として初めての記者会見に臨んだ。海外メディアも詰めかけ、世界の注目を浴びる中で、習は自らの執政の大きな特徴となる反腐敗への決意を示した。
「党内には早急な解決が待たれる多くの問題が存在している。特に一部党員幹部の中にある、汚職・腐敗、大衆からの遊離、形式主義、官僚主義などの問題は、必ずや気力を振り絞って、解決しなければならない」
中国の庶民と話して驚くのは、共産党を悪く言う人がとても多いという事実である。国の幹部や官僚が私腹を肥やしているのに、自分たち庶民の生活は苦しいという愚痴は、天気の話題と同じくらい気軽に交わされる感覚である。
権力者が腐敗しているという認識は、世間話レベルで言うならば、タブーではなく常識である。
----------
1970(昭和45)年東京都生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、日本テレビに入社。報道局社会部、外報部の記者を経て、2004年から2009年までNNN中国総局に勤務(2007年より中国総局長)。2010年に日本テレビを退社。2013年よりNNN中国総局特約記者。
----------
(宮崎 紀秀)
外部リンク
この記事に関連するニュース
ランキング
-
1投資信託「以外」のほったらかし投資の選択肢とは 年利10%ならおよそ「7年で資産が倍」になる
東洋経済オンライン / 2024年7月21日 9時0分
-
2コメが品薄、価格が高騰 米穀店や飲食店直撃「ここまでとは」
産経ニュース / 2024年7月21日 17時41分
-
3サーティワン、大幅増益 「よくばりフェス」や出店増が奏功
ITmedia ビジネスオンライン / 2024年7月19日 18時48分
-
4ウィンドウズ障害、便乗したフィッシング詐欺のリスク高まる…復旧名目に偽メール・偽ホームページ
読売新聞 / 2024年7月22日 0時0分
-
5物言う投資家エリオット、スタバ株を大量取得=関係筋
ロイター / 2024年7月20日 5時59分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)