「新型コロナは幕下級…」これから来る"横綱ウイルス"の出現に備えろ
プレジデントオンライン / 2020年4月10日 17時15分
■医学コミュニティで共有されている認識とは
神戸港沖の人工島、ポートアイランドに2年前に設立された神戸アイセンター。そこで現在、難治性の目の疾患を、iPS細胞を培養した細胞シートによって根治させる研究と普及に取り組むのが医療系ベンチャーのビジョンケアだ。昨年、理化学研究所から同社の代表取締役に転じた高橋氏は「周囲の医学コミュニティでおおよそ共有されている認識をお話ししたい」と切り出した。
「私は感染症を専門とする研究者ではありませんが、眼科でもウイルス性の重症結膜炎が院内感染することがあり、病棟責任者時代には感染予防には多大な注意を払いましたので、新型コロナのパンデミックにも大きな関心を持ち、情報収集を続けています。その観点から見ると、これまでの日本のコロナ対策は、専門家会議を中心に医療的な面では現段階のベストを尽くしてきたと感じます」
各国のコロナ対策において何より重要なのは、患者数の増加によって人工心肺をはじめとする医療機器の数が不足し、医師や看護師の治療が及ばなくなる医療崩壊を起こさないことだと高橋氏は語る。実際、増え続ける患者に医療が対応できなくなったイタリアでは4月1日現在で1万2418人、スペインでは8189人もの感染者が亡くなり、遺体が病院の廊下にしばらく放置されるという事態まで起こった。それに比べて日本は、3月31日時点で感染者1887人に対し重症者59人、死亡者56人と低い数値にとどまっており、医療崩壊を免れている。
■人口当たり世界最多のCTやMRIが重症化を防ぐ?
なぜ日本では死者や重症者が増えないのか。
「日本が欧米と比較して重症化、死亡者が少ない原因はまだ解明されていません。欧米諸国のような挨拶時のハグやキス、握手の習慣がないこと、手洗いの重要性が早期に衆知されたこと、マスクをつけることが習慣化されていたことなど、様々な要因が取り沙汰されています。また最近では疫学的な研究から、日本型のBCGワクチン接種が新型コロナの重症化に歯止めをかける効果があるのではないか、という意見が出ており、それもあり得ると考えています」
高橋氏が「もう一つの可能性」として指摘するのは、日本では医療機関におけるCT、MRIの普及率が世界的に見ても突出して高いことだ。
「新型コロナ感染の確定診断を下すには、今のところ患者の鼻咽頭粘液などにウイルスの遺伝子が含まれているかを見る、PCR検査をするしかありません。しかしPCR検査は確定までにPCR部分だけで数時間を要し、患者数が少ない間は効率が悪く医療資源の浪費になります。また、検査希望者が病院に殺到すれば、医療崩壊を引き起こす懸念があります。それに比べて肺の断層画像を撮るCTやMRI検査はその場で重症化する前の肺炎の兆候を見つけることができます。新型コロナを含む肺炎患者を早期に発見していることが、日本の重症者、死亡者の抑制につながっていることは確かです」
■専門家会議の医療対策、東京以外はうまくいっている
医療崩壊を防ぐためには、感染者が増加するスピードをできるだけ遅らせ、流行のピークをなだらかにすることが非常に重要だ。その点で、専門家会議の意見をもとに2月23日に厚生労働省が発表した「新型コロナウイルス対策の目的(基本的な考え方)」の図は、専門知識を持たない一般国民にも一目で理解しやすく、「感染防止のためのリスクコミュニケーションとして良かった」と高橋氏は評価する。
もっとも、「政府と専門家会議との連携がうまくいかなかった」と見られる事例もある。2月27日に安倍首相が発表し3月2日から実施された小中高校の一斉休校措置である。
「当時の新型コロナは高齢者および高血圧、糖尿病などの既往症を持っている患者が重症化しやすいこと、それに対して子供の感染率、重症化率はともに低いことがわかっていました。全国の中でもいち早く感染者の数が増加した北海道ですでに一斉休校措置がとられていましたが、その結果、ある病院で看護師さんの約2割が勤務できないという事態になりました。医療崩壊を防ぐという観点から言えば、それらの手当てのない『あの時点での』休校は十分な専門家の意見を聞いた上での判断ではなかったと思います。しかし感染症対策では『やった対策を正解にする』ことが重要です。その意味で、専門家会議の医療対策は東京を除いて状況をうまくコントロールしていると感じます」
■なぜ「小物ウイルス」対策が過激化するのか
新型コロナウイルスについては「インフルエンザなどの『横綱』に比べれば小物であり、『幕下』クラスに過ぎない」と断言する研究者がいる。沖縄在住のウイルス学者で、インフルエンザ研究の第一人者として知られる根路銘国昭・生物資源研究所所長である。
根路銘氏はさらに「新型コロナというが、あれはSARSウイルスの変異体で、まったくの新型ではない。世界各国や社会の反応は過剰反応であり、心理的な『コロナ病』の弊害が大きい」との見解を明らかにしている。また、実業家の堀江貴文氏も「インターネットとスマホの普及がもたらした史上初めてのインフォデミック(情報のパンデミック)だ」と指摘するなど、社会の過剰反応ぶりを憂える声も広がっている。
高橋氏もそうした声には同意できる部分が多いと述べ、次のように補足した。
「確かに日本で流行している新型コロナは、致死率が数十%のエボラ出血熱や、毎年のように変異して国内で数千人の死者を出すインフルエンザのような横綱に比べれば、幕下クラスのウイルスです。ただ、死亡率が高い欧州の新型コロナウイルスは変異によって大関クラスになっている可能性があるので、楽観はできません」
■全国一律の対応は、バランスを欠いたやり方だ
もう一つ、高橋氏が「同意できる」というのは、国や社会の反応が過剰ではないかということだ。
中国はもとより、感染拡大が続く欧州諸国や米国では法律に基づく都市封鎖が行われ、日本でも政府の要請による一斉休校や大規模イベントなどの自粛が全国的に広がっている。こうした社会の「過剰反応」をもたらしたのは何なのか。
高橋氏によれば、それは「リスクに対する考え方」。
「私たち医療者は病気と医療行為に関して、常にリスクとベネフィットについてそれぞれどのぐらいの大きさ(縦軸)のものがどのぐらいの頻度(横軸)であるかをマトリクス図のようにして考える習慣が身についています。新型コロナでいえば、これまでは、若い世代に限れば重症化するリスクは低かったし、インフルエンザに比べると感染力も弱かった。それに対して都市封鎖など副作用の強い強烈な措置や全国一律の対応をとるのは、バランスを欠いたやり方です。一方で、欧米のように指数関数的に増加する気配が見られる地域ならば検査も必要だし、都市封鎖の弊害よりも人命のリスクが大きく、踏み切るほうがいい。医療者なら共有しているそうした考え方を一般にも広めようという努力が、私たちに足りなかったのかもしれません」
■これは、より深刻なパンデミックの予行演習
ウイルス学者・根路銘氏の見立てによれば「幕下クラス」であるはずの新型コロナウイルスが人類社会にもたらしている大規模な災厄。高橋氏はこれを、やがて起こりうる、より深刻なパンデミックの予行演習ととらえるべきだと訴える。
「根路銘先生は『5億年前に誕生したさまざまな種類のウイルスが今も微細な生物の中に隠れていて、これからも次々に人類を襲うだろう』と予言されています。医療が発達した現代でも強毒性のウイルスが蔓延すれば、国の人口の何割かの命が失われる可能性は十分にあります。そのときに備えて、私たちの社会は十分な対策を練っておく必要があります」
日本では間もなく抗体検査(血液検査)が臨床化される見込みとされ、それによって新型コロナの抗体保有者が顕在化すれば感染の真の広がりや集団免疫の獲得状況が明らかになる。また、米国をはじめ各国でワクチンの研究開発も急ピッチで進んでおり、早ければ1年~1年半で実用化されるという。東京オリンピックが開幕する来年7月までには社会が正常化していることを望みたい。
医師・医学博士。1986年、京都大学医学部卒業。92年、同大学院博士課程(視覚病態学)修了。同付属病院助教授、理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクト・プロジェクトリーダーなどを経て、2019年からビジョンケア代表取締役。他に京都大学iPS細胞研究所アドバイザーなど多数の役職を兼ねる。
(ライター 大越 裕)
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