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「申請2日後に60万円」だけじゃないドイツのすごい雇用対策

プレジデントオンライン / 2020年4月10日 15時15分

写真=AFP/時事通信フォト

■リーマン以来のマイナス成長となるドイツの路線転換

安倍政権が総額108兆円規模という過去最大の緊急経済対策の実施を発表したように、コロナショックを受けて各国政府は経済対策を矢継ぎ早に整えている。ヒトとモノが動かず世界の景気は腰折れ状態となっており、雇用も急速に悪化している。そのため、各国とも企業の資金繰り支援と雇用・所得対策を経済対策の柱に据えている。

欧州ではイタリアやスペインで新規の感染者数が減少するなど、コロナウイルスの感染拡大がピークアウトしつつあるといった認識が出ている。とはいえ、このまま感染が順調に収束するかは不透明であり、経済への悪影響がすぐに改善するわけでもない。経済が正常化するまで、各国の政府は政策をフル稼働させる必要がある。

実際、欧州経済の中心であるドイツでは、政府の経済諮問委員会(5賢人委員会)が3月末に、今年のドイツのGDPがリーマンショック直後の09年(5.6%減)以来となるマイナス成長(2.8~5.4%減)を余儀なくされるとのレポートを発表した。

こうした厳しい状況を受けてドイツ政府はこれまでの財政均衡路線を転換、7年ぶりとなる新発債の発行を解禁するとともに、総額7500億ユーロ(約90兆円)規模の緊急経済対策を実施すると発表した。企業の資金繰り支援と雇用・所得対策を中心としたものだが、以下では特に注目される雇用維持のための取り組みについて見てみたい。

■残業時間を銀行口座のように貯めておけるシステムがある

ドイツでは労働者が残業をした場合に、その残業時間を銀行口座のように貯めておき、後日休暇などで相殺する「労働時間口座制度」と呼ばれるシステムが普及している。加えて、企業が景気悪化などで操業時間を短縮して従業員の雇用の維持を図る場合、政府が減少した賃金の6割を補償する「操業短縮手当制度」が存在する。

ドイツではリーマンショック直後の不況期でも、この「労働時間口座制度」と「操業短縮手当制度」がうまく組み合わさるかたちで機能し、雇用・所得環境の悪化を軽減することに成功した。まず「労働時間口座制度」のもと、不況期に休業を余儀なくされた従業員は、景気回復後に労働時間を増やすことで、雇用が維持されることになった。

また「操業短縮手当制度」から所得補償がなされることで、人々の所得の減少がある程度は緩和された。今回のコロナショックでもドイツ政府は、これらの制度の適用要件を緩和することで、雇用・所得環境の悪化を軽減しようとしている。たとえば「操業短縮手当制度」は、従業員の10%で労働時間が短縮された場合に適用される運びとなった。

加えて社会保険に関しても、企業に代わってドイツ政府が負担する仕組みが用意されている。これら一連の措置は、2020年末まで継続される予定であるが、場合により延長もあり得る。このような仕組みがコロナショック以前にできあがっていたことが、今回のドイツの手厚い雇用維持政策を可能にしていることはまちがいない事実だ。

■3カ月で最大180万の助成金も

なお零細企業や個人事業主に対しても、3カ月で最大1万5000ユーロ(約180万円)の助成金が出されている。申請して2日で1カ月分に相当する5000ユーロ(約60万円)が振り込まれたという報道もあり、その迅速さが話題になった。また在独の日本人事業者にも60万円が直ちに振り込まれたことが、SNSで好意的に広がった。

確かにこの制度では、ドイツの納税者なら国籍は問われないようだが、相応の所得制限が敷かれているなど、実際は受給のためには一定の要件を満たす必要があることに留意したい。どの国もこうした助成金に対しては、基本的に実情に応じた一定の受給要件を課しており、決して無尽蔵なバラマキが行われているわけでない。

ドイツではこのような雇用維持のための制度が存在するものの、ほかの欧州諸国を見わたすと、そうした制度が導入されている国ばかりではない。たとえばコロナウイルスの感染拡大が深刻なスペインでは、3月の1カ月間だけですでに30万人以上の雇用が非正規労働者を中心に失われており、雇用情勢は急速に悪化している。

■公的債務残高はGDP比で日本の4分の1程度しかない

先の債務危機でも見られた現象だが、ドイツはその成功体験をほかの欧州諸国に押し付けがちである。とはいえ各国の労働市場は、それぞれの歴史に根付いた多様性を持つものであるため、かんたんには変わらない。さらに今のような非常事態では、そうした構造改革、つまり質的なアプローチよりも、失業給付の増額といった量的なアプローチが求められる。

財政均衡路線が一貫していたドイツでは、公的債務残高が2019年末時点でGDPの60%を下回っており、GDP比では日本の4分の1程度である。その信用力は世界的にも非常に高く、国債を発行しようと思えば買い手に困ることはまったくない。また現在はマイナス金利の環境にあるため、政府は国債を発行すれば金利収入を得ることさえあり得る。

これはドイツ経済にとって大きな強みだが、一方で別の意味での制約をドイツは課されている。確かに、ドイツの財政はドイツ国民の納税によって支えられている。しかし同時に、ドイツの経済はEUによって支えられている。こうした点から考えれば、ドイツは必然的に、ほかのEU諸国を支援する責務を持っていることになる。

にもかかわらず、納税者への説明責任を理由に、ドイツ以上の苦境に立っている南欧諸国への支援を渋ることは、やはり問題がある態度と言えるだろう。ドイツはドイツを守るための仕組みの整備が進んでいる分、傷が浅いとするならば、やはり欧州の盟主として他国をサポートする義務があるはずだが、この意識はどうも弱いようだ。

■ドイツの雇用・所得対策のどこを見習うべきなのか

日本でも雇用調整助成金の特例措置が4月1日から実施されるが、これは休業手当などに対する厚生労働省からの補償であり、対象の従業員一人当たりの支給金額が8330円までに定められている。賃金の減少した分の6割(扶養対象の子供がいれば6.7割)を補償するドイツの制度と比べれば、見劣りしてしまう印象がある。

量的なアプローチ、つまり失業給付金を増額させるにしても、日本の財政は火の車だ。借金を借金で返す自転車操業状態にあるため、現金給付を行うにしても厳しい所得制限を設けなければ立ち行かないというのが実情と言える。それに、日銀に国債を買わせるにしても限界がある。一見規模が大きい日本の経済対策がパンチ不足に見えるのは当然だ。

ドイツの雇用・所得対策もまた万全とは言えない。とはいえ、見習うべきところは見習うべきだろう。雇用の流動性は重要だが、それは社会の安定が保たれるセーフティネットがあってこその話だ。それに雇用維持と同時に、まだ労働市場に参加してない若年層を労働市場にどう取り組んでいくかも、合わせて考えていく必要がある。

そう簡単にはいかないわけだが、今回のコロナショックを受けて、有事の際に雇用を維持するための制度作りが官民の垣根を超えて進むことを期待したい。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)

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