コロナ対応に見る、ダイバーシティなき集団が有事にものすごく弱い理由
プレジデントオンライン / 2020年4月10日 17時15分
■他国に比べれば、日本のコロナ対応は及第点
【牛窪】新型コロナの対応では、首相はもちろん、各自治体首長のリーダーシップにも注目が集まっています。私はいちおう「経営管理学(MBA)」修士なので、大学院の授業でも経営者のリーダーシップ論を数多く学びました。今回感じたことはいくつかあるのですが、政府の対応について、中野先生はどのようにご覧になりますか?
【中野】他国と比較すれば、日本は「健闘している」という評価になるでしょうね。
3月中旬の状況で言えば、検査には検出力に限界がある、ワクチンや特効薬もまだ開発されていない、人工呼吸器があり重篤な患者さんを収容できる病床数も限られている、という中では、幅広く検査をして感染者を検出しようとするのではなく、「重篤になった患者をどれだけ早く救えるか」に焦点を当てるという方向に舵を切ったのは悪くない判断だったと思います。
ただ、初動でクルーズ船の問題が起こり、船内の動線設計を失敗したのは残念でした。日本政府の意思決定に混乱があったことを、世界に知らせる結果になってしまいましたから。
しかしながら、まだ堤防は決壊していません。ここで言う「堤防」は、重篤な患者さんを収容できる病床数。経済をある程度、犠牲にすることにはなってしまいますが、医療崩壊を招かないためにも、政府に任せきりにするのではなく、人と人との接触をできるだけ減らすソーシャルディスタンシング(社会距離拡大戦略)を各自が徹底していくしかないのではないかと思います。
■リーダーは、天才でないほうがいい
【牛窪】経営学における有名なリーダーシップ論に、「PM理論」があります。Pは「目標達成(Performance)」、Mは「集団維持(Maintenance)」の能力・行動の意。本来は、PもMも両方優れた上司、すなわち業績も人間性も兼ね備えた人が「理想の上司」なのですが、現実にはなかなかそういう人はいません。
政治家で言うと、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、「P」には強そうですが、「彼になら付いていきたい!」と、人間性で魅了して集団を惹きつける(「M」)タイプではないかもしれない。その場合、下の人たちから「一方的だ」と反感や不満が生まれやすいんですよね。これを力で抑え込むのか、側近がフォローするのかなど思案するのが、組織力なんですが……、リーダーシップについては、どのように思われますか?
【中野】私は、リーダーは天才でないほうがいいと思うんです。それよりも、いかに天才たちを含めた有能な部下を引き入れられるかに尽きるのではないかと。
『水滸伝』という古典の名作がありますよね。この中で、梁山泊に集まる豪傑たちは、それぞれに傑出した強みを持っています。しかし、それに対して、首領である宋江(そうこう)は、いいところがよくわからないんですよ。でも宋江は、ほかの人のいいところを見いだし、評価できる能力を持っている。ほかの豪傑たちは、自分の強みで戦うのですが、宋江は人の強みで戦うんです。そして、それをきちんと評価できる。だから、リーダーとして尊敬され、その地位にいられるのでしょう。
リーダーの器というのは、そういうものだと思います。国の規模が大きくなればなるほど、リーダーとしてそういう資質が必要になってくると思います。
■リーダーの役割は最高の環境をつくること
【牛窪】そのお話で思い出しました! 先日亡くなった元GE(ゼネラル・エレクトリック社)会長のジャック・ウェルチの名言の一つに、“The team with the best players wins.”(最高の選手がいるチームこそが勝つ)があります。
彼は「選択と集中」を掲げ、大規模なリストラを敢行したことでも有名で、ブラックなイメージもあります。でも実は、優れたリーダーの条件を「社員やチーム全体をコーチングし、やる気を起こさせること」だと訴え続けていました。
【中野】さすが、経験値のある方の言葉は重みが違いますね。
【牛窪】やはり、プレーヤーが最高の力を発揮できる環境をつくれることが、いいリーダーの資質だと思うんです。前々回、「コロナ危機による不安な思考スパイラルを断ち切る小ワザとは」でも少しお話ししましたが、経営学ではこうした支援型のリーダーシップを、従業員に奉仕するという意味で「サーバント(使用人)リーダーシップ」と呼んでいます。
■卑弥呼は傾聴で戦乱を治めた
【牛窪】昔ながらのリーダーシップは「支配型」で、集団を統率するために“上から目線”で命令します。一時的に見れば、その方が浸透は早い。日本よりも先に新型コロナの感染が広がっていた中国では、こうした支配型で統制する傾向が強く、権力も個人情報もトップに集中しているので、素早く行動制限ができました。
一方、サーバントリーダーシップでポイントになるのは、部下や組織全体のコミュニケーション、そして傾聴力です。例えば失敗したときも、「ダメじゃないか」と叱責するのではなく、「なぜ失敗したと思う?」と傾聴して原因を探る。一定の時間はかかりますが、この能力は「女性リーダー」の強みとも言われ、長い目で見ればそのほうが下の人たちが育つとされています。
【中野】これは非常に興味深いですね。また古代史の話になっちゃうんですが(笑)、弥生時代の日本に、たくさんの王がいて争いを繰り広げた「倭国大乱」という戦乱の時期がありました。遺跡からは、おそらく戦の犠牲になった人々のものと思われる、不自然に割れたり穴が開いたりしている人骨がたくさん出ています。しかしそこで、卑弥呼が女王として立ち、戦乱がようやく治まったといいます。
必ずしもジェンダーで「支配型」「傾聴型」が決まるわけではないですが、卑弥呼は巫女でしたから、あたかも神の声のように民の声を聴いていたのかもしれないですね。みんなの言いたいことをよく汲んで政治をした……と考えれば、傾聴型のリーダーこそが乱世を治めたということになり、仮説としては面白いのかなと思います。
【牛窪】一方で今回は、時間的余裕がなかった。私たち国民も、自分たちの声を政策に取り入れてほしい半面、短時間でビシッと具体策を提示する強いリーダーを求めていた部分もある。その両面で理想的だったのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相ではないでしょうか。
■ダイバーシティ欠如が露呈した一斉休校
【牛窪】傾聴型の特徴は、多様な意見を取り入れて意思決定につなげることでもあります。しかし残念ながら日本の政府は、圧倒的にダイバーシティの側面が弱いですよね。日本は例年、ジェンダー・ギャップ指数(世界の男女格差指数)が100位より下ですが、政治・経済・教育・健康の4分野で、最も男女格差が大きいのは「政治」です。
【中野】現代の日本で意思決定権を持っている方は年配の男性であることがほとんどですよね。こうした「おじさま」がすべて悪いとは思いませんが、同じ属性の方ばかりのところで意思決定がされてしまう時に露呈してしまう弱点があり、それが、想像力に乏しくなってしまうということではないかと思います。一斉休校を呼びかけた際には賛否両論で、不満の声も聞かれましたね。
政策には「共感性」「想像力」が必要だと多くの人が指摘しているようなのですが、やはり均質性の高い集団が意思決定しているところには限界を感じます。政権にいる多くの男性は、「子どもに関することは、すべて奥さんに任せておけば、自分の知らないところで何とかしてくれる」という無意識の思考の型をお持ちだったのではないでしょうか。
【牛窪】2月末、政府が全国の小中学校に「臨時休校」を要請したこと自体、私は必ずしも悪い施策ではなかったと思います。少なくともあの瞬間、大人たちにも「行動変容しないとヤバいのかな」との空気が漂いましたから。
ただ、あまりに急で、多様な意見を聞かないまま進めてしまったことから、批判が高まったのでしょう。普段から、共働き女性の声にもっと耳を傾けていれば、学童保育や給食、ひとり親世帯をどうするかなど、課題となるポイントがすぐに浮かんだはずです。私の会社でも、要請が出る2週間ほど前から、「もし休校になったら、学童どうしよう」など、女性スタッフたちが声をあげていました。
この点、台湾のリーダーシップは非常に評価されていますよね。開校の9日前に中央感染症指揮センターが、春節休み開けの学校始業日を2週間延期すると発表。延期期間中、親や祖父母に仕事上の休暇を認めることも、同時に告知されました。開校までに全教育機関に対し、十分なマスクやアルコール消毒液も配布されたと言います。
■「いつお化けが出てくるかわからない」恐怖
【牛窪】もう一つ、政府が見直すべきポイントは「情報発信」の順序やタイミングでしょう。マーケティングでは「お化け屋敷理論」がよく引き合いに出されますが、初期の段階では、いつどんな情報が出てくるか、会見の当日まで分からなかった。この状態だと、国民は「いつどこから、また怖いお化けが出てくることか」と、常にヒヤヒヤしなければなりません。まさにお化け屋敷を歩くのと同様、相当なストレスがかかったはずです。
でも途中から、「明日会見します」などと明かすようになった。これはいいことですよね。お化けのタイミングを予測できますから。
問題はお化けから救ってくれる「ヒーロー」の登場順、すなわち情報発信の順序と、「安心感(気分)」の醸成。ここはまだ改善の余地アリです。
例えば、安倍首相は4月2日、「1世帯あたりマスク2枚配布」を発表しましたが、本来なら3日に発表した「30万円給付」を、先に発表すべきだった。行動経済学的に、人間は最初に与えられた情報を基準に、次の情報を評価しやすいからです。
また、7日に緊急事態宣言の会見を行なった際は、東日本大震災の例を出すなど、国民に「感情」で団結を訴えました。でも、気分の良いときは物事の良い面が見えやすく気分の悪いときは物事の悪い面が見えやすくなる「気分一致効果」から考えると、国民が不安を感じているときに「感情」で団結を訴えても、あまり響かない。行動経済学では、感情より「気分」のほうが長く持続するとされるので、まずは不安を解消し安心感という気分を与えるところから始めないと、同じメッセージでも「非快感」と評価されてしまいます。ここは、もったいなかったと思います。
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マーケティングライター
マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学/MBA)。2020年4月より、立教大学大学院・客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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(マーケティングライター 牛窪 恵、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子 構成=大井 明子)
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