高年収なのに不幸の謎「コロナ後の一番幸せな暮らし方&働き方とは」
プレジデントオンライン / 2020年4月14日 6時15分
■リソースが少なくても生きていける力
【牛窪】先日、弊社が行ったマーケティング調査(定量調査)では、「年収ベースが低いエリアほど、ヨコの連帯が強い」という傾向が見てとれました。例えば、実家の近くに住んでいて親としょっちゅう行き来する。あるいは、昔から住む地元に家を買い、困ったことがあると「ジモ友」同士で助け合う。マーケティングアナリストの原田曜平さんが提唱した「マイルドヤンキー」とも重なります。今回、トイレットペーパーやマスクが手に入りにくくなっても、「うちの分、あげようか?」と融通し合う様子が見られました。
【中野】自分が利用できるリソースと、周りの人とのつながりの強さには、密接な関係がありますよね。「つながりが強い人ほど、自分の持つリソースが少なくても生きていける」は、いわばなぜ人間が集団を形成するかという疑問に答え得る根本原理ですから、当然のことですよね。自分に不足したリソースを、集団内の他の誰かに依存できる、というのがコミュニケーション力ということでしょう。「つながり」というのは人類が生き延びてくるために必要だった資産なんでしょう。
■高収入なのに幸せになれない人
【牛窪】一方、同じ調査で、エリア別に「幸福度」も見たのですが、その高低は年収の高低との間に、必ずしも相関が見られませんでした。大手企業との調査で守秘義務があり、詳しくは申し上げられないのですが……、例えば妻や夫の年収がそこそこ高い地域でも、公務員が多かったり、風紀が厳しそうだったりするエリアでは、共働き女性の幸福度が低く出たんです。
![脳科学者の中野信子さんとマーケティングライターの牛窪恵さん。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/0/300/img_a00da3f46952bf058f190838f9e1b3b7121817.jpg)
ある郊外のおしゃれエリアでは、通勤時間が平均1時間程度で多忙なのに、それでも「家事時間を減らしたくない」とする割合が高かった。その地域では「こうあらねば」という概念が強く、女性も自分を追い込んでしまっているのかな、という印象を受けました。
【中野】心理学でいうところの「規範意識が高い」ということでしょうか。それに加えて、何でも一人でできるようになりなさい、と子どもの頃からトレーニングされてきて、そのとおりに振る舞い、誰にもリソースを借りることを頼れないでいるのではないか、という見立てもできますね。
■家で過ごす時間が増え「コロナ離婚」も?
【牛窪】今回、一斉休校とテレワークの推進、そして緊急事態宣言による行動自粛要請で、家族のあり方にも変化が起きるのではないかと思います。
妻自身はもちろん、夫も子どもも外に出られなければ当然、自宅で家族が一緒に過ごす時間が増える。その結果、「仲良し夫婦が増える」と見る専門家もいますが、取材してみると多くは違います。食卓は夫が仕事場として独占し、妻が部屋の片隅で仕事の電話をしようとすると「昼ごはんは?」と夫や子どもが茶々を入れてくる。平日も朝昼晩、3食作らなくてはならなくなり、体力も気力もヘトヘト。「もう、コロナ離婚したい!」と洩らす女性が少なくないのです(笑)。
実際に中国では、新型コロナの感染が落ち着いた3月に、離婚手続きの予約が殺到したそうですよ。
【中野】そうでしょうね。自分と向き合うことにすら慣れていない人がいきなり、身近な人と24時間向き合わなきゃならないとなったら……(笑)。
【牛窪】しかも今回は外にも出にくいですから。みなさんイライラが溜まっているようです。
でも実は、コロナショックが起きる前から、政府はテレワークを推進していました。東京五輪の開会式が予定されていた今年7月24日を「テレワーク・デイ」と定義し、普及率を3割超に拡大する目標を掲げていたんです。
最大の理由は「2025年問題」。人口ボリュームの団塊世代が全員、75歳以上になる頃には、自宅で親を看られる体制を整えないと、働く男女(子世代)の「介護離職」が急増してしまう。それまでに、何としてもテレワーク人口を増やしたかった。そう考えると、新型コロナによるテレワーク急増は、その予行演習の契機ととらえることもできます。
例えば、家の中を「ここは妻の仕事スペース、ここは夫のパソコンエリアなど、間仕切りでエリア分けしたほうがいいかな」や、「平日のランチは、家族一斉には取らず時間差をつけて、各自それぞれで用意して食べないと大変だね」といった具合。いろいろ考えて試行錯誤してみる機会ととらえるといいと思います。
また、日本は総務省の調査でもこの20年間、共働き女性の家事時間がほとんど減っておらず、「ワンオペ」とも言われます。でもテレワークなら、夫も今まで以上に家事負担ができるはず。あるいは平日の日中、妻が家事に奔走する姿を見れば、「多少余分にお金を払ってでも、アウトソーシングしようか」という気になるのでは? とも。
アフターコロナの際には、夫婦両者の時間的資源配分(家事分担)をどう変えるか、じっくり話し合ってもいいですね。
■一斉休校後、教育はどう変わるか
【中野】一斉休校で、ITを使った教育「EdTech(エドテック)」に注目が集まりました。日本はeラーニングではむしろ後進国という扱いでしょう。もっと進めるべきだと思っていたので、今はいいチャンスなのではないかと思います。
【牛窪】日本では「ICT教育」と言われることが多いですね。確かに、ちょうど今年4月から、日本でも小中学校で「デジタル教育」が本格的に始まり、政府も力を入れようとしていました。ママたちのプログラミング教育への関心も、急伸していました。
その最中に襲った、コロナショック。日本は中国や欧米各国に比べ、まだPCやタブレット、Wi-Fi接続が十分でない家庭も多い。子を持つ世帯でも、2割程度はIT環境が不十分だと言われます。そんな中、今回の一斉休校の影響で、教育が均しく受けられなくなってしまうのは、そのまま日本社会の弱さを露呈しているようで悔しいですよね。
![脳科学者の中野信子さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/1/250/img_41f49133a86b6bdd7203abc35c485045261818.jpg)
【中野】もちろん、みんなで同じ場所に集まることには、コミュニケーションのひな型を学べるという意味もあります。ただ、eラーニング化でできることは、ただのデジタル化だけではなく、もっと積極的なプラスの面もあるんです。これを今の学校がなぜできないのか。本当はやる気になればクリアできるもののはずなんですが……。それをせずに、学生にだけ「新しい挑戦を」とか「自分の壁を破ろう」とか言ってもあまり響かないのではないでしょうか。
日本は天然資源が少なく、人を軸にした「教育立国」として生き延びる以外には活路が見いだしにくい国であるにもかかわらず、そこに割かれるリソースが極めて少ないという問題がずっとありました。これをきっかけに変わってほしいと思いますね。
■教育論を語る人に「インテリ」が多い問題点
【中野】一方で、学校の先生を含め、教育論を語る人たちが、結構「インテリ」ばかりというところには、ちょっと問題があると思うんです。つまり、「勉強とは楽しいもの」「子どもたちは、その楽しささえわかれば自分からやるものだ」と思っていて、eラーニングをその観点で作ってしまうところがある。
でも、教育というのは二層あって、まずは文字を読めるようになる、書けるようになる、基礎的な計算ができるようになるための「基礎体力」が必要です。これが欠けていると、そもそも問題文を理解できなかったり、先生の言っていることすらまともに受け取ることができなかったりします。まずは基礎的な理解のための知力をつけてあげることが必要です。
「学ぶ喜び」というのは、この基礎体力という土台の上に建つものです。この基礎の部分をどうつけるかについてはなおざりのままで、「学ぶことは楽しいよ」と言っても砂の上に城を築くようなものになってしまいます。この基礎体力の部分を、eラーニングでどうサポートできるのかを考えていかなくてはなりません。
【牛窪】リクルートグループが運営するオンライン学習サービス「スタディサプリ」は、取材するとそのあたりにも力を入れている様子が分かります。また、受講する高校生や大学生に話を聞いても、「塾や学校の授業中は、基礎的な不明点でも『スルー』しちゃうけど、スタディサプリならそこまで自由に戻れるからいい」と言います。
私が「なぜ授業中は、質問しないの?」と聞くと、「だって、自分だけのために授業を止めたら、みんなに迷惑がかかるから」「恥ずかしいから」だと。つまり、「腕立て伏せはできるけど、腹筋はできない」子が、周りを気にせず自分のペースで「腹筋を鍛える」段階に戻って学習できるのが、大きなメリットなんですね。
■変わる「先生」の役割
【中野】それは本当にそうですね。そして、学び方が変わると先生の役割も変わるでしょうね。
大学院に行っているときにも感じたのですが、学生のほうが先生よりも、その分野についてよく知っていたりするんです。小中学校でも、そういうことは既に起きている領域もありますし、さらに頻繁に起こるようになると思います。ゲーム開発をしている子どももいますから、子どものほうが先生よりもプログラミングができたりします。
20世紀までの教育は、「先生が持つ知識を子どもに教える」という形でしたが、それが成立しなくなるでしょう。eラーニングが進めば、知識はデジタルツールが教えてくれるようになりますしね。すると先生の役割が変わり、知識そのものを教えるよりも、学びをどう設計するとよいか、どう問いを立てるのか、学び方を教えるチューターの役割が求められるようになると思います。そうした形にいち早く適応できた学校が、これからは伸びると思います。
■飛び級も可能になる
【牛窪】学びなおしができるだけでなく、「飛び級」もできるのが、eラーニングのいいところでもありますよね。例えば、先の「スタディサプリ」の(不明点に戻る)話は「逆もまた真なり」で、中野先生のように学術優秀な子たちは、高校2年生でも既に高3のカリキュラムに進み、スイスイ問題をこなしていました(笑)。
いまや小学生であっても数学が得意な子たちは、動画で大学生レベルの授業をのぞき見しています。「因数分解を学ぶのは中学生から」と決めつける時代ではなくなりました。
【中野】一人ひとりに合った「オーダーメイド教育」ができますよね。
日本だけの問題ではありませんが、平均的な子どもに合わせた教育をすると、突出してできる子が犠牲になるという問題が指摘されています。それでアメリカでは、(特別に才能のある子ども向けの)ギフテッド教育に光が当たりました。日本の場合は「ギフテッドの子どもを飛び級させたとしても、結局その子はそこで周囲となじめなくなる問題が発生するから、我慢させて周りの人と一緒に進級させたほうがいい」という考え方で、一様に教育されてしまいます。仕組みの問題で才能の芽を伸ばせない。
これは日本の残念なところだと思います。前回(コロナ対応に見る、ダイバーシティなき集団が有事にものすごく弱い理由)、『水滸伝』の宋江(そうこう)を引き合いに出して、「いろんな人の強みを見つけ出し、それを活かすことができるのが良いリーダーではないか」という話をしましたが、広い意味では教育でも同様かもしれません。多様な子どもたちの力を引き出し、活かすことができる教育システムが必要ですね。
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マーケティングライター
マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学/MBA)。2020年4月より、立教大学大学院・客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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(マーケティングライター 牛窪 恵、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子 構成=大井明子)
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