麻薬取締官も驚いた、女子中学生が大麻に手を染めた裏事情
プレジデントオンライン / 2020年4月20日 11時15分
■深刻化する日本の「薬物汚染」
——麻薬取締官について、教えてください。
厚生労働省の麻薬取締部(通称マトリ)は、薬物の取り締まりを任務とする国の捜査機関です。麻薬や覚醒剤などの違法薬物の取り締まる専門家集団で、300人ほどの小さな組織です。医療現場で使われる正規麻薬(医薬品)の流通を監視するという行政業務も有しています。
私は、約40年間、マトリとして薬物捜査に携わってきました。採用された当時は、第2次覚醒剤乱用の最盛期と呼ばれ、毎年2万人が検挙されていました。
押収薬物は覚醒剤が中心で、大麻やコカインなど、4、5種類でしたが、現在は合成麻薬や危険ドラッグ、向精神薬などが加わり、40種類を超えています。
今では検挙者が年間1万人台に減少しましたが、犯罪自体が複雑・巧妙化しており「薬物汚染」は深刻化しています。
——今年1月には初めての著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)を出しましたね。
世界の薬物情勢は、非常に危機的な状況にあります。大麻、ヘロインやコカインといった旧来の薬物だけでなく、覚醒剤やNPS(危険ドラッグ)などが急速に蔓延している。全世界の麻薬取引総額は推定50兆円以上の規模に膨れ上がっています。
UNODC(国連薬物犯罪事務所)の報告書によると、全世界の薬物使用者は推定2億4300万人。それも薬物使用者の増加率と世界の人口増加率と同程度と分析されています。単純計算すれば、毎年約243万人が増えていることになります。
■海外では「奇跡の国」と呼ばれるが、事態は深刻
その中で、日本は「奇跡の国」と言われてきました。世界レベルで見ると薬物犯罪や乱用者は極めて少ない水準だからです。しかし、現実には、危険な状況にあります。世界中の薬物犯罪組織が膨大な覚醒剤を送り込んできている。同時に若者を中心に大麻が爆発的に流行。インターネットでも平然と薬物が売買されており事態は深刻です。
今、何が起きているのか。どういう問題があるのか。実は身近に迫っている薬物の問題を多くの方に知ってもらい、関心や問題意識を持っていただきたい。そういった狙いで、まず新潮45(月刊誌)『新潮45』で4回連載し、その後、新潮新書として大幅に書き下ろしを加えました。
そうやって、かなり労して、まとめあげる形で、『マトリ』の刊行にいたったわけです。執筆には必ずしも前向きでありませんでしたが、新潮社の編集担当者の情熱にほだされたというのも事実ですね。
——本を出版して、どんな反応がありましたか。
「日本の薬物犯罪史と麻薬取締官の活動実態が理解できた」「薬物問題に関心を持った」「読んで得する本だ、多くの人が読むべきだ」などうれしい感想をいただいております。
とりわけ、「大義を持って働くということ:あなたは何のために働くのか、その問いを突きつけて、本書は終わる。」という幸脇啓子さん(元・月刊「文藝春秋」編集部次長)の書評には感激してしまいました。全くの素人が書いた本ですが、少しはお役に立てたのかと、思っております。
■日本は「アジア最大の覚醒剤マーケット」
——薬物と言えば、覚醒剤のイメージがあります。
日本でも多種類の薬物が出回っていますが、圧倒的に多いのが「覚醒剤」です。現在、日本は「アジア最大の覚醒剤マーケット」と呼ばれ、海外の薬物犯罪組織がこぞって狙っています。
覚醒剤がこの4年連続1トン以上押収され、2019年は2トンを超えました。この2トンという数字をどう見るかというと、初心者の覚醒剤の不正使用は、大体0.03グラムを使います。2トンは6000万回分ですね。末端価格で1200億円に上ります。
にもかかわらず、末端価格にほとんど影響がない、というのをわれわれ肌で感じています。つまり覚醒剤は波状的に密輸されている。そしてわれわれの想像を超える乱用者が存在しているということです。
——薬物を使っている人はどんな人ですか。
薬物事件の被疑者として、最近では、中央官庁の職員、新聞社、放送局、大手企業の会社員、教職員、芸能人、それに中高校・大学生も相次いで逮捕されました。さらに、何日か前には自衛官も……。忌々(いまいま)しき事態です。
彼らはどう考えても反社勢力とは結びつかない普通の人たちです。それが今相次いで逮捕されている。日本人の薬物に対する危機感が低下しているとの印象を受けますね。
■ネットやSNSで簡単に手に入る現状
——犯罪とは無縁に思える一般の人が、なぜ薬物に手を染めるのでしょうか。
友人や知人、彼氏から勧められるケースが多いですね。多くはやっぱり好奇心なんですけど、勧められて断り切れなかったとか、「まあ、少しはいいんじゃないか」と安直な考えから入り込む場合が目立ちます。仕事や人間関係のストレスから手を染める人もいます。
入り口は、身近なところにあります。例えばツイッター。「拡散していただいた方に1gプレゼント」「キャンペーン中」という販売広告もあるくらいです。
ある若者がそのキャンペーン中に応募して当たる。当たるとうれしくなるんですね、実際にそれを吸ってみる。結構いいものだ、と無自覚にレビューする……。警戒心が低下している表れなのです。
——インターネット、SNSの影響は大きいですね。
ネットは自分の見たい情報だけを見ることができます。それ以外は眼中に入りません。アメリカの一部の州やカナダなど一部の国で大麻が合法化した国があります。
それなりの事情があっての苦肉の策なのですが、それが誤解され、大麻は無害だとか、そういう誤った情報が氾濫している。これが、危機意識や警戒感を低下させる原因になっていると思います。
■未成年の子どもたちにも薬物危機が迫っている
さらに、誰でも薬物販売サイトにたどり着けます。いくつかのキーワードを入れたら、さまざまな販売サイトが出てきますし、あるいは「ダークネット」に入っていけば海外から買うことも可能です。
——簡単に入手が可能、なんですか……。
スマホさえ扱えれば難しいことではありません。例えばツイッターの中にもたくさん販売広告が出ています。それも足がつかないよう、密売人はツイッターから暗号化アプリ「Wickr」とか「Telegram」に誘導していくのです。
2019年3月、京都市内の中学3年の女子中学生が大麻とMDMAを所持していたことが発覚した事件もありました。自宅で暴れていたと報じられていましたが、これにはショックを受けました。沖縄では高校生を含む、未成年者20名以上も検挙され、今年3月には、新潟県で高校生が大麻所持で逮捕されています。
■密売人は手口を巧妙化させている
これらは全部ツイッターで仕入れたことが分かっています。ツイッターが入り口となって、密売人がそこにTelegram IDを書いて、足がつかない方に誘導するんですね。
密売人は、ITの進化に合わせてすごいスピードで進化しています。そういう恐ろしい事実も皆さんに知ってほしいと思います。
自分の子どものスマホに、そんなアプリが入っていたらくれぐれも要注意です。親の知らないところで、子どもたちが薬物を簡単に手にすることができてしまうわけですから。
ただし、啓発活動が強化され、子どもたちの薬物乱用は減ってきています。しかし、それは覚醒剤についての話で、大麻に関しては急増しています。怖いのは、大麻は「ゲートウェイ・ドラッグ」と呼ばれて、大麻から始めて、より毒性や依存性の高い薬物へと流れていく若者が増加しているということです。
■身近なところに「落とし穴」は潜んでいる
——著書では、薬物と無縁の人が知らないうちに事件に巻き込まれるケースが紹介されています。印象的だったのは、恋人気分に浸っている女性に密輸を手伝わせる「ラブコネクション」という手法です。
海外の密輸組織は、さまざまな手法を駆使して日本国内に薬物を運び込もうとしています。「女性の恋心」を利用したケースもありました。
密輸組織のメンバーが、婚活サイトなどで女性と知り合い、言葉巧みに信頼関係を築いていく。恋人気分に浸っている女性に、親切心を利用して、薬物を隠した国際郵便を受け取らせ、国内にいる仲間に回収させるのです。恋愛感情や親切心を利用して、女性が知らないうちに「密輸の片棒」を担がせる手法です。
海外旅行中も注意が必要ですね。渡航先で知り合った人から「この土産、ちょっと日本の友達までを持って行ってくれないか」と頼まれたら、「危ない! 運び屋にされる」とまず疑ってください。海外で逮捕された場合、知らなかったでは、通らないし、済まされないケースもある。中国や東南アジアでは薬物犯罪には死刑制度もありますので、十分に気をつける必要があります。
——昔に比べて外国に行き来する人が増えました。注意点はありますか。
海外に行けば、日本では違法とされている大麻や麻薬性の鎮痛剤などが、一般に使われているという現実があります。旅での開放感から、親しくなった現地の友人に勧められて……。
旅先では気が緩んでしまうのかもしれませんが、そういった安易な考えが、薬物乱用のきっかけになってしまうのです。
■海外進出する企業、ビジネスパーソンも要注意
——日本企業の海外進出、ビジネスパーソンの海外出張、転勤や駐在も多いです。
海外でも薬物が厳しく規制されていることは、誰でも理解していると思います。海外進出する企業、ビジネスパーソンは、当然その国の事情や制度、文化、商慣習、治安情勢などを学んだうえで、出張、転勤、駐在に赴くべきだと思います。
問題は、治安情勢や健康問題の中でこの薬物問題をどれだけ意識しているかということです。前提として、日本国内で薬物問題について十分に学び、その危険性やリスクの大きさをまず知ってから国外に出ていってほしい。
例えば、タイについては、中小・ベンチャー企業も含めて日本から5000社ぐらいの企業が行っていますね。私は「日本では薬物が身近に迫っている」とよく言っています、しかし、タイはそれどころではありません。ヤーバ(錠剤型覚醒剤)やアイス(結晶型覚醒剤)、大麻、ヘロイン、クラトムなどの薬物が、前にも、横にも、後ろにもある。「ナイトバザール」でも簡単に手に入るほどです。
■「逮捕者が出てからでは遅すぎます」
私の知人がタイで起業していまして、1年ぐらいで覚醒剤乱用者が現地の従業員にいたことが分かりました。調べてみると、多数の乱用者が存在。揚げ句の果てには密売も会社の中で行われていたと……。ひどい状態が潜んでいました。
これは昨年の話で、知人から「何とかできないか?」と悲壮な相談を受けました。こういった現地での薬物問題に悩んでいる日本企業は少なくありません。
——逮捕者が出てからでは手遅れですね。
薬物は自分の健康をむしばむばかりか、最悪の場合、家族や職場などをも破壊します。海外は日本よりも薬物が身近にある。ビジネスパーソンの海外赴任や出張時も、その国の薬物事情や関係する法律をしっかり勉強して、理解させなければいけないのです。
企業によっては、コンプライアンス研修の一環として、「薬物研修会」を行っています。しかし、海外進出の前に、こうした研修をすることはまずありませんね。それでは絶対に不十分なのです。逮捕者が出てからでは遅すぎます。
日本企業は薬物犯罪にもっと危機感を持つべきです。徹底的にリスクの大きさを学ばなければいけない。薬物が蔓延すると生産コストも下がりますし、執務環境や労働環境をとても悪化させてしまいます。
社員に薬物問題を理解させ危機意識を持たせることは、「人材育成」の一環だと思っていただきたい。これは優先順位の高い、喫緊の課題だと考えるべきです。
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元関東信越厚生局麻薬取締部部長
1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業。1980年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。薬物犯罪捜査の第一線で活躍し、九州部長等を歴任。2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2018年3月に退官。2013年、2015年に人事院総裁賞受賞。
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(元関東信越厚生局麻薬取締部部長 瀬戸 晴海 構成=菅原雄太(プレジデントオンライン編集部))
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