これだけ言われても欧米人がマスク着用を嫌がる社会的事情

プレジデントオンライン / 2020年4月10日 11時15分

マスクを着用して歩く人々。ロンドンの中心、バッキンガム宮殿付近にて=2020年3月15日 - 写真=AFP/時事通信フォト

新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中でマスク姿の人が増えている。しかしトランプ米大統領など、欧米では「マスクはしない」という人が依然として多い。英国在住24年の社会学者・堀井光俊さんは「ようやくマスク姿の英国人を見かけるようになったが、まだ少数派。その背景には欧米の独特の文化がある」という——。

■口と鼻を隠すのを非常に嫌がるイギリス人

新型コロナウイルスの感染が世界各地に広がっています。3月終わりごろから、イギリスでもマスクを着けた人を見かけるようになりました。その数はチラホラといった程度。現時点でも少数派ではありますが、私はその光景に非常に驚いています。

なぜなら、私はイギリスで20年以上生活していますが、公衆の場でイギリス人がマスクを着けているのを一度も目にしたことがなかったからです。

日本で主流の不織布サージカルマスクは見かけることはなく、工業用の防塵(ぼうじん)マスクが主流です。おそらく日曜大工用に購入したものを使いまわしているといった感じ。日本で一般的なマスクに比べとても高価なものです。

大部分のイギリス人は顔の一部、特に口と鼻を隠すのを非常に嫌がります。しかし、どの部分も絶対に隠さないかと言ったら、そうではありません。多くの人がサングラスをかけますので、目を隠すのはオーケーなようです。これは欧米に共通する習慣と言えるでしょう。

■東洋人、マスク、コロナ…いわれなき人種差別の恐れも

私はイギリスにある日本の学校機関系列の英語研修施設で仕事をしています。新型コロナウイルスの問題がイギリスでも大きなニュースになり始めたころ、日本の大学生たちを受け入れましたが、その時、まず「外出時にマスクをしないように」と注意をしました。

当時、東アジア系の留学生が、人種を理由に暴行される事件が発生し大きなニュースになっていたからです。イギリス人が着けないマスクを着けて街を歩けばかなり目立ってしまい、標的になりかねない。マスク姿がヘイトクライム(憎悪犯罪)の誘因になってしまう危惧がありました。

また、学生たちは近隣の小・中学校を訪問する予定もあったため、子供たちが怖がってしまうのを避けるためにもマスクを着けないように呼びかけました。

イギリスの人たちは、マスク姿の日本の学生を見るたびに、それに驚きます。「この学生は何でマスクしているの?」と質問を受けることも度々でした。私からは「これは日本の習慣で……」と説明してきました。マスクを着けるという習慣が全くなかったイギリス人にとって、不思議な光景に見えたことでしょう。

これほどマスクを嫌っていたイギリス人ですが、そんな状況が今、変わり始めています。

■マスク不要論を貫くイギリスのメディア

新型コロナウイルスが中国で問題化した時点から、イギリスのメディアでは、マスク姿の人々の映像がその象徴として扱われています。イギリスの主要メディアは、ほぼ一貫して公衆でのマスク着用は不要であるとの意見を貫いています。

スーパーの行列。店内の人数制限があり、そのため2メートルおきの距離を保って列を作って待っている。(写真提供=堀井光俊教授)
スーパーの行列。店内の人数制限があり、そのため2メートルおきの距離を保って列を作って待っている。(写真提供=堀井光俊教授)

本稿では主に英国放送協会(BBC)の報道に見られる例を簡潔に紹介します。

私の記憶にある限り、少なくともBBCでは1月から新型コロナのニュースが大々的に報じられており、それが常にマスクのイメージとセットになっていました。BBCがマスクについてきちんとした解説を始めたのは3月になってからです。

3月2日にBBCの保健担当編集員ファーガス・ウォルッシュ氏が同局のニュース番組上でマスクに関する解説を行いました(※1)。彼は番組上、一般的なサージカルマスクを手にしながら、これは「効果的ではない」「間違った衛生意識を与える」と強調します。

「効果なし」と断言しておきながら「医療従事者のために残しておくべき」とも加えます。しかし、医療従事者が使うものなのだから予防効果があるはずだという方向には話は進みません。なぜか「だからマスクは必要ない」と結論付けられてしまうのです。

※1 Coronavirus: Do face masks work? And other questions answered

■高機能マスク「Oxybreath Pro」の広告は禁止に

さらに「感染者がつける場合は感染防止効果がある」とした後で、「そもそも感染者は自宅にとどまっているべき」と付け加え、マスク着用の必要性を徹底否定します。

無症状の感染者もいますので、健常者も感染者であり得るという前提ですべての人にマスク着用を奨励する理屈も成り立ちそうですが、なぜか議論はその方向に向かわず、マスクは不要という結論に収束していきます。

こんなニュース解説が放映された翌日、「新型コロナウイルスの流行をマスクで防ぐ」とうたった高機能マスク「Oxybreath Pro」の広告が禁止となりました。

3月4日付のBBCの報道(※2)によると、イギリスの広告基準協議会(ASA)にイングランド公衆衛生庁(PHE)から通告があり、ASAは、広告は当局による感染防止のアドバイスに反しており「誤解を招くもの」という結論を下したそうです。感染予防にマスクが愛用されている国では考えられない広告禁止措置だと思います。

※2 Coronavirus: Face mask ads banned for 'misleading' claims

■感染拡大が続くも、BBCはマスク不要論

イギリス国内でマスクに対する関心が高まっているようで、BBCは再びマスク不要論を啓蒙する動画を3月16日に公表します。今回はロンドン大学衛生・熱帯医学大学院のシュンメイ・ユング氏が登場し、マスクについて解説をしました(※3)

※3 Coronavirus: Do Face Masks Work?

論調はいたって否定的。ユング氏は、多くの人々が「ウイルスから身を守るため」にマスクを着けていることを指摘し、「ウイルスが周りの空気中に浮遊しているわけではない」とそうした考えを否定します。

さらにテロップではWHOのガイドラインを紹介し「感染者以外、ほとんどの人はマスクを着用する必要なし」「また感染者や感染の疑いのある人をケアする人は着けるべき」と主張。無症状の感染者という可能性を考慮すると腑に落ちない感じがしますが、「マスクは不要」との結論に収斂していくのです。

■マスク不要論からじわり変化の兆しが……

3月末からBBCの論調に変化が現れます。これには一部の米国メディアがマスク着用を肯定的に評価しはじめたことが影響していると思います。

例えば3月31日付のシンガポール在住のBBC記者テッサ・ウォンが書いた記事では、日本、中国本土、香港、タイ、台湾では「マスクを着ける方が安全であり、周囲への思いやりだと考えられている」と紹介。「マスクをしましょうと呼びかける国の方が、もしかすると当を得ているのかもしれない」と問いかけ(※4)、マスクの有効性を暗に示唆するものでした。

マスク着用に肯定するだけで、ここまで慎重な言い回しをせざるを得ないところが興味深いと思います。イギリスはとにかくマスクは不要の一点張りで、マスクは一般的に有効とは主張しにくい雰囲気があるのです。

※4 Coronavirus: Why some countries wear face masks and others don't

■米がマスク有効論に方針転換、英政府は不要論を貫く

そんなイギリスのマスク不要論は、よく世界保健機関(WHO)を引用しています。しかし、最近そのWHOに変化の兆しが見られます。4月2日付の記事(※5)でBBC科学担当編集長のデイヴィッド・シュクマンは、最新の研究を基にWHOのマスクに関するアドバイスが変わるかもしれない可能性を報じました。

オーストリアでマスク着用が奨励されていることを挙げて「欧州では珍しかったマスクが、見慣れたものなりつつある」と語り、「WHOの新しいアドバイスの内容によっては、この変化はさらに加速するかもしれない」と結んでいます。

白い張り紙をして閉店してる店(写真提供=堀井光俊教授)
白い張り紙をして閉店してる店(写真提供=堀井光俊教授)

そして実際、公衆でのマスク着用に方針を転換をしたのがアメリカの疾病対策センター(CDC)でした。4月4日付(※6)のBBCの記事によると、前日3日にCDCは新指針を打ち出し、「自分が具合が悪くなくても、他人にCOVID-19をうつす可能性がある」「たとえば食品など必需品を買いに外出する時には、全員が布で顔を覆うように」と報じられました。

欧州に目を戻すと、オーストリアに加え、フランスやドイツ、チェコなどの国々がすでに健常者による公衆でのマスク着用について「不要論」を撤回しています。一方で、イギリス政府はマスク不要を貫いています。

同記事で紹介されているのが、4月3日にあった英政府の記者会見における専門家の最新見解。イングランド副主任医務官ジョナサン・ヴァンタム教授がマスク使用について質問され、「健康な一般市民がマスクをした場合、社会における病気の拡大に影響するという科学的証拠はない」と回答したことが紹介されました。

WHOは依然としてマスクには否定的で、4月6日付でマスクに予防の効果はないとする「暫定指針」(※7)を発表しました。

※5 Coronavirus: Expert panel to assess face mask use by public
※6 Coronavirus: Trump to defy 'voluntary' advice for Americans to wear masks​
※7 Advice on the use of masks in the context of COVID-19

■市民レベルでは徐々にマスク着用が始まっている

マスク不要論に頑固の固執するイギリス。それでも新型コロナの不安が長く続けば続くほど、イギリスのマスク人口が増えていく気がします。

東アジアの一部だけではなく、欧州の一部やアメリカでもマスクを着用する動きが出てくる中で、WHOや自国の政府の方針転換を待たず、自己判断でマスクを求めることも予想されます。

しかし、現時点においてイギリスでは一般に流通していません。政府が方針を転換してマスクの生産と流通を促進しない限り、欲しくとも手に入らない状況が続くでしょう。

手作りマスクへの関心も高まっているようですが、BBCは手作りマスクは正規のマスクとしての性能基準を満たしていないと釘を刺すことを忘れません(※8)。一方、ガーディアン紙は同じく4月4日、「科学的に明快」とうたい、手作りでもバンダナで鼻口を覆うだけでも効果があるとして、積極的に全国民のマスク着用を呼びかけています(※9)

マスクに対するイギリスの世論はここにきて大きな転換期を迎えているのかもしれません。

※8 Coronavirus: Who needs masks or other protective gear?
※9 To help stop coronavirus, everyone should be wearing face masks. The science is clear

■「マスク」を嫌悪する根本原因

アメリカのCDCが4月3日に健常者のマスク着用を勧める新指針を発表した際、ドナルド・トランプ大統領は「自分はやらないと思う」と述べました。その言葉について追及する記者団の質問にも、「ただ自分はやりたくないだけだ」と答えたことが話題になりました。

彼は誰に言われようとマスクが嫌なようです。最近までイギリス人もこうした気持ちを共有していたと思います。先述の通り、イギリス人は顔、特に口と鼻を隠すのがとっても嫌がります。サングラスで目を隠すのはオーケーにもかかわらず……。

身体のどこの部分を隠し、どこを露出させるかはそれぞれの文化の問題です。ある文化で隠すべきものが露出していたり、露出しているべきものが隠れていると、そこに嫌悪感が発生します。ですから、鼻口を露出すべき文化でそれを隠すのは嫌でたまらないのです。服を着ているべき空間で裸になる恥ずかしさと似た羞恥心です。

しかし文化は常に変化するもの。マスクが嫌な欧米文化の変化の可能性を示唆するのがサングラス。サングラスは強い日差しから目を守るものですが、この目を覆うということが面白い心理的作用を及ぼします。

他者から自分の目が見えないことにより、他者の視線から自分が隠れることができるのです。つまり相手から見えないところから自分は相手を見ることができます。これは着用者に安心と自信を与えてくるものなのです。

■新型コロナの恐怖が、マスクへの抵抗感を駆逐し始めている

実はこれはマスクの作用と同じです。マスクを着けると安心するのは、いわばマスクに包まれその後ろに隠れることができるから。飛沫から身を守るという物理的な作用のほかに、自分に向けられる他者の視線も遮ります。

堀井光俊『マスクと日本人』(秀明大学出版)
堀井光俊『マスクと日本人』(秀明大学出版)

自分が相手に見えないのに自分は相手が見えることにより、サングラスと同じような安心感と自信を与えてくれます。日本では、風邪予防や花粉症以外のただ「安心」という目的で着けている人が多いのはそのためです。

サングラスを着けている人を見ると、たまに「こわい」と思うことがありますが、一般的にはファッションアイテムとして定着しています。マスクがいかにサングラスのイメージに近づいていけるかが、イギリスならびに他の欧米各国におけるマスク普及の重要条件になってくると考えます。

イギリスでは新型コロナウイルスに対する強い不安感が、マスクに対する抵抗感を少しずつ打ち崩しています。特に感染したときのリスクが高い人にとっては、自分の身を守りたい気持ちがマスクを着けることへの恥ずかしさを駆逐します。マスクが与えてくれる安心感、心地よさに魅了されるイギリス人も少しずつ増えていくかもしれません。

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堀井 光俊(ほりい・みつとし)
社会学者、秀明大学教授
1977年、埼玉県に生まれる。2000年、英国立ケント大学社会学部を卒業。その後、同大学大学院に進学し、2006年に博士号(Ph.D.)を取得。現在は、イギリスに在住。著書に『The Category of ‘Religion’ in Contemporary Japan: Shūkyō and Temple Buddhism』(Palgrave Macmillan社)のほか、『私たち国際結婚をしました』(グリーン光子氏との共著)、『マスクと日本人』『「少子化」はリスクか』『女性専用車両の社会学』(いずれも秀明大学出版)などがある。

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(社会学者、秀明大学教授 堀井 光俊)

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