中国人はなぜ明快な指示なしに自発的に他国批判を行うか
プレジデントオンライン / 2020年4月25日 11時15分
■神秘性を排し、中国人から見た中国の行動原理
米中貿易戦争が始まってから世界では様々な言説を目にしてきたが、その中で痛感したのは中国が相変わらず神秘的で不可思議な存在として認識されていることだった。
著者は、中国の民族性や神秘性に関する紋切り型な決め打ちを排して、むしろ中国人から見た中国の行動原理を理解しようとする。そして、一見ちぐはぐにも見える彼らの行動を鮮やかに説明する。
本書によれば、中国の行動原理を読み解くうえで手掛かりとなるのは、帝国としての歴史に基づく自己正当化能力に加えて、特異な権力闘争の考え方、そこに影響を与えている中国の家族制度由来の「親と子」の関係性、そして植民地主義に晒された近代史からくる被害者意識である。
国際政治では、権力政治を中心に物事を捉える思想として現実主義という言葉が使われる。国家は権力を追求し、合理的に振る舞うという考え方だ。ただし、国の規模が違う中国について、通常の国家のように単一の行動主体という前提を置けるかというと、はなはだ心もとない。
本書は、中国は人々が権力を政府に委ねてまとまりのある国家を築くにあたって、いまだ不断の努力が必要な国だと指摘する。言い換えれば、中国では権力者が権力維持に腐心し続けなければならない。
独裁政権は、民主的政権よりもむしろ体制の安全の保持に力を傾けなければいけないという部分はある。しかし、権威主義体制ならばみな同じだとも言えず、中国の一見一貫していない行動原理は、それだけでは説明できない。
■父親が絶大な権力を持ち、息子たちは平等に扱われる
カギとなるのは、フランスの人類学者エマニュエル・トッド氏の研究で示された家族制度の類型だ。中国では家長である父親が絶大な権力を持ち、息子たちは平等に扱われる。日本のように組織立った階層構造ではなく、常に家長との個人的な関係がモノを言う。息子たちは絶えず家長の機嫌を窺い、忖度する必要が生じる。息子たち相互の関係性はむしろ相互不介入に近い。
従って、そのようなシステムに危機が訪れるのは、革命のように息子たちが手を取り合って父親を倒すときか、それとも家長が弱体化したときである、ということになる。
こうした論理を使い、著者は家長の寵愛を争う息子たちである党、軍、国のラインに位置付けられる各機関や、地方政府などの個別アクターが取る行動、その結果としての中国の政策を説明する。
なぜ弱い家長(胡錦濤政権、当時)のもとで尖閣諸島周辺海域での海警の活動が活発化したのか。中国人はなぜ明快な指示なしに自発的にデモや他国批判などの行動に出るのか――著者は現代中国の地方政府や企業の置かれた過熱する自由競争の環境と、彼らが受ける抑圧の双方を説明する。なかなかの技だ。最後、あとがきに微笑まされた。
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国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。県立湘南高校、東京大学卒業。同大大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。著書『21世紀の戦争と平和 徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』、『政治を選ぶ力』(橋下徹氏との共著)ほか多数。
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(国際政治学者 三浦 瑠麗)
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