なぜ昭和おじさんたちは、緊急事態宣言でも"不要不急の出社"をしてしまうのか
プレジデントオンライン / 2020年4月14日 9時15分
■心理学的には珍しいことではない
緊急事態宣言が出されているのですから、「不要不急の出社は避ける」というのが、ごく普通の判断のように思えます。けれども、なぜか律儀に出社するおじさんは後を絶ちません。いや、おじさんだけでなく、だれでもそういうところがあるのです。これはいったいどうしてなのでしょう。
実のところ、心理学的にいうと、これは別に珍しいことでも何でもありません。自然災害のときを考えてみるとわかりやすいですね。大雨警報が出されようが、避難勧告が出されようが、人間というのは、「まあ、自分だけは大丈夫だろう」「今回も、何とかなるだろう」と甘い判断をするものだからです。
人間は、リスクに関して非常に鈍感なところがあります。ちょっとしたことに対して、いちいち過敏に反応し、怯えていると神経がすり減ってしまいますから、人間の心は鈍感であるように作られているのです。ですから、だれでもリスクの判断は甘いのです。自然災害時に逃げ遅れるのもそのためですし、緊急事態宣言が出されようが、普段と変わらずに出社してしまうのも、そのためです。
私たちは、自分に都合のいい考えを好むものです。新型コロナウイルスへの感染者がいくら増えていても、「それでも自分は感染しない」と考えます。自分だけは特別だと、非現実的な楽観性を持っているのが普通です。
■「自分は大丈夫現象」を確認した心理学の研究
オーストラリアにあるディーキン大学の心理学者ロン・ゴールドは、「他の人は感染するかもしれないけど、自分は大丈夫だよ」と判断してしまう傾向が私たちにはあることを確認しています。
例えば、
「これから6年以内にあなたが解雇される見込みは?」
「6年以内に平均的な人が解雇される見込みは?」
「これから5年以内にあなたが麻薬常習者になる見込みは?」
「5年以内に平均的な人が麻薬常習者になる見込みは?」
「これから4年以内にあなたがエイズウィルスに感染する見込みは?」
「平均的な人が感染する見込みは?」
などと質問すると、すべての場合において、「平均的な人はそうなるかもしれないけど、自分は大丈夫」という非常に非現実的な判断をしていることが明らかになりました。
根拠など何もなくとも、私たちは漠然と「自分は平気」だと思い込みやすいのです。
■男性のほうがリスクを過小評価しがち
また基本的に男性のほうが「リスクを小さく」判断することもわかっています。そのため、男性のほうがさまざまな依存症になりやすいのです。「自分だけはギャンブル中毒にならない」「アルコール中毒にならない」と思い込んでいるため、予防策をとらないからです。
もちろん、「なるべく外出するのをよそう」と考える人もいます。そういう人は、いろいろなメディアを使って、できるだけたくさんの情報を集めようとしている人です。たくさんのニュースに接することによって危機意識を高めているので、「自分だけは例外ともいっていられないな」と判断し、外出を控えるのですね。
あまりニュースを見ていない人がふらふらと街に出かけてしまうのは、危機意識がないため。普段と変わりない日常が続いていると感じているので、まさか自分が感染するとは思いもよらないのでしょう。
ですから、おじさんに出社を思いとどまらせるには、とにかくコロナウイルスが危険であるという情報を認識してもらうしかありません。危険であるという情報に接すれば接するほど、「なるほど、これは私もヤバいかもしれない……」と考えてくれるはずです。
■責任感が強すぎるおじさんたち
もうひとつ、おじさんが不要不急の出社をしてしまうのは、単純に「責任感が強いから」という理由も考えられます。
日本人ビジネスマンは、とにかく責任感が強いので、仕事を簡単に放り出せないのです。かつて中東の情勢が緊迫し、すわ戦争かということで欧米のビジネスマンはさっさと逃げ出してしまったのに、日本人のビジネスマンだけは現地で普段通りに仕事をしていた、ということがありました。戦争になろうが何が起きようが、仕事を放りだすわけにはいかない。責任感の強いおじさんは、そういう思考をとるわけです。
お医者さんからうつ病だと診断されているのに、それでも出社しようとするおじさんも、やはり責任感が強いのです。自分の仕事を放りだして、自宅で休むことなどできないのです。そういうおじさんは、世の中がコロナウィルスの拡大で騒然としていようが、自分の仕事はやらなければならない、と考えるでしょう。なにしろ、戦争が起きそうなときでさえ外国から逃げ出さなかったくらいですから、コロナウイルス程度で怯えるわけがないのです。
■「こんな時こそ出社せねば」と考えてしまう
責任感の強いおじさんは、「仕事を休む」ことが、「仕事をサボる」ように感じてしまいます。コロナに感染しないためには出社しないのが一番だとわかってはいるものの、そうはいっても出社しないと仕事をサボっているように感じて、罪悪感すら覚えてしまうのです。そんな罪悪感を覚えるくらいなら、いっそのこと出社してしまったほうが気がラク、ということもあるでしょう。特に、年配者になるほどそういう思考をとりやすいと考えられます。
若い人なら、「会社のために自分の生命を賭けるなんて、まっぴらごめん」と考えるでしょうから、「出社しない」という判断も簡単にできます。ムリに出社してコロナに感染するなんて、とんでもないと考えるはずです。出社しないことのハードルがそもそも低いのです。
その点、年配者はそういう判断はしません。コロナの影響で会社の業績が悪化していたら、なおさら忠誠心も、責任感も強いおじさんは、「こんなときだからこそ、出社しなければ!」と考えるのです。
年配のおじさんにとって会社と自分は一蓮托生ですから、沈みかかる船だからといって逃げ出すよりは、一緒に海に沈むことを選択しがちです。そんなメンタリティがあることもあって、「不要不急の出社」をするのだと心理学的には分析できます。
こうしたタイプのおじさんにはリスク情報を伝えるとともに、他社の対応事例など客観的な情報を伝えていくことが大切です。
Gold, R. S. 2008 Confidence in judgments of comparative, own, and average person’s risk. Psychological Reports ,103, 591‐594.
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心理学者
立正大学客員教授。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。『世界最先端の研究が教えるもっとすごい心理学』(総合法令)など、心理学を応用したビジネススキルに関する著書多数。
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(心理学者 内藤 誼人 写真=iStock.com)
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