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この状況でも「緊急事態の次」の議論を避ける日本人の危険な楽観主義

プレジデントオンライン / 2020年4月14日 11時15分

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言発令から一夜明け、記者団の質問に答える安倍晋三首相(右)=2020年4月8日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

安倍晋三首相は4月7日、東京、大阪、福岡など1都7県に「緊急事態宣言」を発令した。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ措置だが、これが効果を発揮しなかったとき、次にどんな手を打つのか。そのための議論はなされているのか——。

■吉村大阪府知事が非公表の感染予測を公表した訳

3月の3連休を挟んで東京、大阪など大都市に緊張感が走った。“コロナ疲れ”で気が緩んだ隙をつくように、新型コロナウイルスが急拡大しそうな様相を強めたのである。

この時、大阪府と兵庫県は敏感に反応した。吉村洋文大阪府知事と井戸敏三兵庫県知事が、連休中の大阪―神戸間の往来自粛を要請したのである。

吉村知事はそれまで非公表だった国の感染予測をあえて公表し、オーバーシュートの可能性を強調した。

この予測は国の専門家で構成するクラスター対策班がまとめたもの。東京都をはじめ主要な大都市には前から手渡されており、逐次更新されている。そこには早急に手を打たないと、大阪で新型コロナの感染者が指数関数的に拡大するとの予測が記されていた。

吉村知事に歩調を合わせて、兵庫県の井戸知事も動いた。3連休に大阪へ行くことを控えるよう、県民に自粛を要請したのである。

日本ではこの頃から新型コロナの感染が東京、大阪、名古屋、福岡など大都市圏を中心に、急増する気配がみえはじめていた。現に連休明けの3月24日ごろから感染者の数は鋭角的に増えている。

だが小池百合子都知事はこの時、沈黙を守る。東京オリンピック・パラリンピックの延期問題に忙殺され、状況を甘く見ていたのではないか。一部ではそんな邪推もされた。

■初めて「ロックダウン」に言及した小池都知事

連休が明けると、小池知事は一気呵成(かせい)に動き出す。23日の記者会見では、日本の政治家として初めて「ロックダウン」(都市閉鎖)の可能性に言及した。

「専門家の皆さま方からのご指摘で、海外から多くの在留邦人が帰ってこられるという状況がございます。こうした方々を起点とするクラスターが形成されるおそれがあるとのことで、いわゆるオーバーシュートが発生しかねない。そうなりますと、強力な社会的な隔離策をとる以外に、逆に選択肢がなくなるということでございます」

「強力な社会的な隔離策」、言うまでもなく「ロックダウン」のことだ。会見ではさらに「都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど、強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性があります」と強い口調で念を押したのである。

この発言は事前に安倍首相や官邸と調整されたものではなかった。それが宣言発令に微妙な影を落とすことになる。それはともかくとして、この発言が都民にとどまらず国民の多くに大都市・東京でもロックダウンがあるかもしれない、そんな不安を想起させたことは間違いない。

タイミングを合わせるかのように、日本を代表するコメディアンの志村けんさんが新型コロナに感染して帰らぬ人となった。3月29日のことだ。

小池知事のロックダウン発言と「志村けんの死」。この2つが“コロナ疲れ”で緩みはじめていた日本人の意識を、一瞬のうちにピーンと引き締めたのである。

■なぜ安倍首相は決断を先延ばしにしたのか

指数関数的に増えそうな気配を見せはじめた新型コロナの脅威を前に、国民の間では緊張感が一気に高まった。それに合わせるかのように、改定されたばかりの「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(特措法)に注目が集まった。

この法律に基づいて緊急事態宣言を発令すれば、コロナの急激な感染はある程度収まるのではないか。オーバーシュートの懸念にさらされていた国民の間には、ほのかな期待感が膨らんだ。

政府も準備を急ぐ。3月26日午後には、持ち回り閣議を開いて対策本部の設置を決める。同本部は非常事態宣言の発令に向けてさまざまな準備を行うことになっている。

緊急事態宣言を発令する条件は2つある。①国民の生命や健康に著しく重大な被害を与える恐れがある場合、②全国的かつ急速な蔓延により、国民生活と経済に甚大な影響を及ぼす恐れがある場合——の2つだ。

3連休明けには2つの前提条件が整ったように見えた。追い打ちをかけるように日本医師会の釜萢(かまやち)敏専務理事が30日の記者会見で、「専門家の間では、緊急事態宣言はもう発令していただいた方がいいのではないかという意見がほとんど」と催促した。

だが、安倍首相は世論の期待感に理解を示しながらも、この段になってもかたくなに慎重な姿勢を崩そうとはしなかった。政治評論家の田崎史郎氏は政府内部の動きについて、「官僚や取り巻きなど周辺は早急に宣言すべきだという雰囲気だが、官邸の中枢は逆に非常に慎重だ」とテレビでコメントしている。

立憲民主党の枝野幸男代表にいたっては、「出さない理由が私には理解できない。宣言するべきタイミングはもう越えているのではないか」(4日、朝日新聞)と、先送りする首相への批判を口にした。

「必要なら躊躇(ちゅうちょ)なくやる」、これは安倍首相の口癖でもある。その首相は4日の参院決算委員会でも、「現時点で(宣言を)出す状況ではない」との認識を示している。さらに、「宣言が出されたとしても、フランスのような都市の封鎖はできない」と、小池知事の一連の発言を否定するかのような説明をわざわざ付け加えている。

■都知事の発言に隠された大きな問題

首相と都知事の間には、外からみていると明らかに認識の違いがあった。3月23日に小池都知事は「ロックダウンなど、強力な措置をとらざるを得なくなる」と強調した。この発言の真意はなんだったのだろうか。勝手な推測だが知事は一人の政治家として、事態の深刻さを都民に訴えたかったのではないだろうか。

ロックダウン発言の前には、「接待を伴う夜の飲食」の自粛も求めている。オーバーシュートが近づきつつあるという緊張した状況の中で、都民に対して「もっと真剣に対処してほしい」との危機感を煽(あお)ろうとした。

それは政治家に必要な“説得力”の一つだろう。リーダーシップといってもいい。これが仮にある種のパフォーマンスだったとしても、非難される筋合いの発言ではない。

だが、この発言には大きな問題が隠されていた。現在の特措法や法体系のままでは、知事が言う大都市のロックダウンは不可能だということだ。安倍首相の答弁の方が正しいのである。

特措法にはロックダウンという言葉はどこにも書かれていない。この法律によって中国やフランス、イタリアのように、都市を物理的に封鎖することは、どんなに拡大解釈してもでもできない。

特措法は感染防止に向けた具体的な対策を都道府県知事に委ねている。柱になっているのはイベントの開催中止、小中高の休校、店舗や施設の利用や使用の停止などで、主催者や関係者に「要請すること」である。

強制力を伴うものもある。医療施設を増設するにあたって知事は、土地や建物の所有者の同意なしに建設を進めることが可能になる。また、医薬品など必要な物資の保管を命じることもできる。命令に従わないで隠匿したり、売り惜しみしたりした場合には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。

マスクなど必要不可欠な物資を「特定物資」に指定すれば、メーカーや輸入業者、流通業者に「売り渡し」の要請ができる。業者が拒否すれば強制的に収用することも可能だ。

しかし、JRや私鉄、バスといった交通機関を遮断するはできない。それを可能にする条文は特措法のどこにもない。交通機関を止めない限り、緊急事態宣言によって逆に無症状の感染者が高齢者が多い地方に拡散されるといった事態も起こりかねない。

緊急事態宣言を出すことに意味がないわけではない。それなりの効果もあると思う。だが特措法で新型コロナの感染の広がりが防止できるという保証は、どこにもないのである。

■いかにも日本的な“危機対応”

日本で非常事態といえば、大半は地震や洪水による自然災害だ。阪神・淡路大震災をはじめ東日本大震災、熊本地震、各地を襲った集中豪雨など自然災害は頻繁にこの国に襲ってきた。その都度被災地には自衛隊が出動し、ボランティアが集まってきた。

被災地で懸命に人命救助や支援活動を行う自衛隊やボランティアの姿は、日本で繰り返される当たり前の“危機対応”として人々の意識に静かに定着した。被災者に寄り添い、懸命に救援活動を行う自衛隊の憲法上の位置付けなど誰一人問題にしなかった。

だからというわけではないが、日本的な“危機対応”は法律的には常にあいまいで、なんとなくできるものと誰もが思い込んでいる。そんな雰囲気がそのまま新型コロナ危機にも持ち込まれていた。

PCR検査よりクラスターつぶしを重視する感染拡大防止対策。免疫調査に比重をおくこの方式は「日本方式」といってもいいだろう。自粛要請を比較的従順に受け入れる国民性、健康や保健に配慮する生活習慣など、日本人の特性と相まってこの方式は成り立っている。医療体制の崩壊を防ぐ防波堤でもあった。

PCR検査の数が少ないとの批判もあったが、医者や看護婦、緊急医療が可能な病院の数に病床、人工呼吸器やECMO(エクモ=体外式膜型人工肺)といった高度医療機器にこれを扱う人的資源など、医療資源にはすべからく限界がある。そんな中で、初期段階からこれまで日本方式による感染防止策は有効に機能してきた。

だが、罹患者が増えるに従って保健所の負担が増大し、医療体制が逼迫し、感染経路不明の感染者が圧倒的に多くなるにつれて、この方式そのものが破綻しかねない状況になりつつあった。

こんな背景の中で小池知事の「ロックダウン」発言が飛び出した。特措法とロックダウンが混同され、緊急事態宣言の発令を世論が要求するようになる。特措法の改正を議論した国会で、宣言の発令は慎重にと要求していた野党の主張は一体何だったのか。

世論の要求の高まりを受け、医師会や専門家、学識経験者が追い打ちをかける。それをメディアが連日、さも当たり前のように報道する。この間、緊急事態宣言が感染拡大阻止にどう役立つのか、だれも説明できない。宣言すれば事態は改善する、ムードだけが盛り上がる。

こうなれば政府も早期発令に動くしかない。かくして緊急事態宣言はあっという間に感染防止の切り札になったのである。

■次の一手の議論すらない危機意識とは

北海道の鈴木直道知事は法的な権限がないまま、先手を打って任意で緊急事態宣言を行い道民に行動の自粛を呼びかけた。早すぎるのではとのタイミングで行ったこの宣言が、感染抑止に大きな効果を発揮した。これを政治的英断と言うのだろう。

感染拡大を阻止するために韓国は個人情報を犠牲にして、スマホ上で感染者を特定できるシステムを作り上げた。台湾はマスクの流通に国家が直接介入した。中国は国家権力でロックダウンを強行した。フランスやイタリアは法律に基づいて外出禁止命令を出した。個人の権利を強制的に制限し、違反者には罰則まで課している。それでもいまだに感染を押さえ込めないでいる。

日本は国民の命を守るためにどこまでやるのか。いまだにほとんど議論されていない。安倍首相の肝いりで実現した布マスクの全戸配布は、海外メディアに「アベノマスク」と揶揄(やゆ)される始末。日本的な緊急対応策は国際的な嘲笑の的になっている。

穏やかな日本方式で新型コロナとの戦いに勝てれば、それに越したことはない。これで勝てれば日本方式は世界から称賛されるだろう。そうなることを心から望んでいる。

だが、欧米ではコロナとの戦いを最初から「戦争」と位置付けている。それぐらい難しい戦いということだ。米国では膨大な資金を賄うために「戦時国債」の発行が検討されている。

日本方式が打ち破られオーバーシュートが起こった時、いったい誰が責任をとるのか。日本方式を否定しているわけではない。だが、最悪の事態を想定した手だては、緊急事態宣言と並行して検討すべきではないか。

損失補填をともなった店舗の強制閉鎖、マスクの国家配布、交通の遮断、企業活動の制限など、現状ではそれを可能にする法律がない。それ以前に議論すらないのである。宣言を出した安倍首相も小池知事も、今度は歩調を合わせて「ロックダウンはない」と強調している。ひょっとすると、これを聞いた新型コロナウイルスはほくそ笑んでいるかもしれない。

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松崎 秀樹(まつざき・ひでき)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。74年慶大卒、時事通信社入社。東証、日銀、大蔵省など担当。98年経済部次長、解説委員などを経て、09年6月取締役、13年7月からフリージャーナリスト。ブログ「ニュースで未来を読む」運営。著書に共著『誰でもわかる日本版401k』(時事通信)、今年1月には塩田良平のペンネームで初の小説『リングトーン』(新評論、著)を出版。

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(ジャーナリスト 松崎 秀樹)

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