1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「現金給付1世帯30万円」108兆円のコロナ経済対策に欠けている視点

プレジデントオンライン / 2020年4月10日 17時15分

経済対策と緊急事態宣言について説明する安倍晋三首相=2020年4月6日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■米国の現金給付と比べても30万円は小さくない金額

安倍政権は4月7日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて緊急経済対策を決定した。収入が減少した世帯に30万円の現金給付する。そのほか、中小企業向けに最大200万円、フリーランスを含む個人事業主に最大100万円の現金給付することを発表した。事業規模は約108兆円と過去最大の経済対策となる。

政府は、1世帯あたり“30万円”の現金給付を行うことでそれなりの政策意図を示したいのだろう。世界的に見ても、わが国の現金給付の金額は小さくはない。米国の現金給付は、一定所得までの就業者に1200ドル(約13万円)、子供がいる世帯では子供1人に500ドル(約5.5万円)である。

ただ、わが国の現金給付策には問題点もある。

まず、感染を抑えるには、飲食店など人が集まる場所の事業者が自主的に営業を自粛するよう動機づけることが重要だ。そのためには、現在議論されている休業補償などの施策が必要である。また、対象の絞り方もわかりにくい点がある。支給対象は個人ではなく世帯を対象としている。手続きもそれなりに煩雑だ。

海外の報道でも、日本政府の対応が賛同を集めているとはいえない面もある。30万円の現金給付は相応の効果があることは確かだが、もう少し簡単明瞭な手続きの方が賛同は得られやすかったかもしれない。ただ、われわれとしても、政府の対策に文句ばかりを言っているわけにはいかない。一人ひとりがコロナウイルスに対する意識を高く持って、感染拡大の阻止を目指すべきだ。

申請は希望者による書類提出、不正受給をどう防ぐのか

当初、政府内では現金給付額を20万円とすることで調整が進んでいたようだ。しかし、国内での感染者が増加する中で、給付額を30万円に引き上げた。政府は30万円という給付額の大きさを示すことで対策への覚悟を示したとみられる。

問題は、現金給付の手続きがやや複雑な点にある。条件の1つには、2~6月のいずれかの月における世帯主の月収減少がある。減収幅にも条件が定められている。主には、住民税が非課税となる水準にまで年収が減少する世帯が給付の対象とされている。条件を満たした場合、2月以降に収入が50%以上減少したケースも対象となるようだ。この点に関しては、今後の政府内の議論を確認する必要がある。

現金給付を受けるためには、希望者自らが申請を行わなければならない。現行の法制度にもとづくと、申請が基準を満たしているかを確認するには、各地方自治体が個人の住民税などの納付状況を確認しなければならない。こうした問題を回避するために、政府は減収を証明する書類を提出することで原則として給付を行う方針だが、不正受給をどう防ぐかなど課題はありそうだ。

政府方針では5月の給付が予定されているが、現金給付にともなう行政の負担などを考えると後ずれする可能性は排除できない。すでに自治体への問い合わせは殺到している。また、わが国の現金給付は個人ではなく世帯を対象としている。世帯間の金融資産保有額などを考慮すると、受給者間の公平感に十分な配慮がなされたとは言いづらい。

一方、米英などの対応は明瞭、迅速だ。英国などでは個人の納税情報をもとに、一定の水準を下回る所得の個人に対して現金が支給される。英国の支給は6月が予定されている。また、4月中に米トランプ政権は社会保障番号をもとに、個人の銀行口座に現金を振り込むことを目指している。個人を対象としたほうが政策の意図はわかりやすく、世論の支持も得やすい。

安心して休業できる「ナッジ」な観点の財源活用を

中国や欧米各国の状況を見ると、人の移動をかなり強く制限しなければ、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることは難しい。わが国でも、飲食店などでのクラスター感染が発生している。また、ワクチンの開発に少なくとも1年程度の時間がかかるとみられる。

4月7日、政府は7都府県を対象に緊急事態宣言を発令した。人と人との接触を8割削減することを目指す。緊急事態宣言が延長される可能性もある。飲食店や観光業界などにとって、かき入れ時である5月の連休に人の移動が制限されることの影響は非常に大きい。当面、わが国経済にはかなりの下押し圧力がかかることは避けられない。

このように考えると、政府が飲食店、ライブハウス、映画館など、人が集まりやすい場を提供する事業者に対して、自主的に安心して営業を縮小、あるいは休業できる環境を提供する意義は大きい。

しかし、わが国の緊急経済対策の内容を見ると、さまざまな事業運営主体ができるだけ安心して営業を自粛するための制度設計が十分になされていないように映る。人が外出できなければ、経済活動は停滞する。重要なことは、人の動線を遮断することによる経済への負の影響をできるだけ抑えることだ。

東京都内では、売り上げの急減から家賃や従業員の給料の支払いが困難になる飲食店などが増えている。営業の自粛が求められている中、事業継続に必要な資金の確保に難航する事業者も少なくはない。そうした事業者に対して休業補償などが実施されることは、人の移動を制限して感染の拡大を抑えると同時に、雇用の維持など経済への影響を軽減することにつながるだろう。

強制的に言うことを聞かせようとすると、どうしても人は反発を覚える。そうではなく政府は、各事業者が社会全体にとって望ましい、より良い状況を目指すための意思決定(選択)を促す環境を整える必要がある。こうした政策運営などの考え方を行動経済学では「ナッジ」と呼ぶ。ナッジとは軽く肘でつつくことを意味する。そうした観点を加え、政府は財源をどう用いるかを考えるべきだ。

世界が日本の現金給付策を厳しく指摘するワケ

海外メディアの報道では、今回のわが国の現金給付策に関して厳しい指摘が散見される。また、人の移動制限が十分ではないとの不安も示されている。人の移動が十分にコントロールされていない状況下、感染の拡大を食い止めることは難しい。その中で財政政策を用いて現金給付などを行っても、需要創出の効果は出づらいだろう。

さらに、わが国の現金給付は世帯を対象としている。一方、欧米では現金給付に加え、雇用維持のための支援、ローンの支払い猶予措置など幅広い対策が迅速かつかなりの規模感で実施されている。支援対象の選定方法や方策を比較すると、金額の大きさで勝負した感が強いわが国の現金給付がどの程度の効果を発揮するか不透明だ。

英国のスナク財務相は、経済対策の実施に関して「誰一人取り残さない」と発言した。そのように為政者には国民一人ひとりに寄り添うようにして政策を運営する姿勢が求められる。言い換えれば、国内の多様な利害を調整しつつ、よりきめ細かに事業者や家計への支援措置を策定しなければならない。

わが国で仮に緊急事態宣言が延長されれば、実体経済と金融市場への影響は深刻化するだろう。事態が厳しさを増すのはこれからと考えるべきだ。影響を可能な限り小さくするためには、より多くの国民が納得し、できるだけ公平感を感じることのできる経済対策の立案が欠かせない。現状の経済対策に関する議論を見ていると、政府は各都道府県の利害をうまく調整できていないようだ。

この深刻な状況で求められるのは政府のリーダーシップ

新型コロナウイルスは、1918年から世界全体に拡大したスペイン風邪に匹敵する可能性がある。一部では2020年後半には米国経済がV字回復を遂げるとの見方もあるが、人の動線が遮断されている中、世界各国の景気はかなりの停滞に陥る恐れがある。

今後、各国の政治・経済・市民生活はより深刻な状況に直面するだろう。政府は、そうしたシナリオを念頭に置いた上で、緊急経済対策の内容が人々の不安を和らげることになるか否かを多角的かつ冷静に考え、より多くの賛同を得なければならない。その意味で、政府のリーダーシップが問われている。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

----------

(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください