コロナ対応で「中国らしい監視」に手を貸すテンセントの知られざる強み
プレジデントオンライン / 2020年4月14日 11時15分
※本稿は、田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)の一部を加筆・再編集したものです。
■対コロナで活躍した「中国らしいテクノロジー」
新型コロナウイルスの感染拡大が世界各国で依然深刻な状況にある中で、4月8日、中国湖北省武漢市の「都市封鎖」が77日ぶりに解除されました。
新型コロナウイルスに対して中国政府が透明かつ迅速な初期対応をとらなかったことについては、米国などから厳しい批判が集まっています。中国政府もまだ十分な説明責任を果たしていません。
しかし、新型コロナウイルス対策へのテクノロジーの利活用という点では、中国の対応は特筆すべきものがありました。大胆な隔離政策では「中国らしい」、人々を監視するテクノロジーが活躍しました。
特に、人々の感染リスクの判断や管理には、アプリを通じて収集された位置情報や移動履歴、家族関係といった個人データが使用されています。また、アリババや平安保険など中国のテクノロジー企業は、コロナショックを、AI診断システムやスマート画像読取りシステムなど最先端デジタルテクノロジーの社会実装への絶好の機会とも捉えています。
■特設サイト「COVID‐19と戦う」の開設で存在感
そして、中国でアリババとの熾烈な競争を繰り広げるテンセントもまた、最先端テクノロジーを使って新型コロナウイルス対策を積極的に進めています。テンセントは、中国政府の国家プロジェクト「次世代人工知能(AI)の開放・革新プラットフォーム」で、「医療画像」の分野を委託されています。この「AI×医療」で存在感を増すテンセントの知見を結集して開設されたのが、新型コロナウイルス対策の特設サイト「COVID‐19と戦う」です。
![新型コロナウイルス対策の特設サイト「COVID‐19と戦う」より](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/670/img_cbb8cecaaca760767da7a2b51689ff87306733.jpg)
このサイトでは、「COVID-19の拡大と戦うためにテクノロジーの力を活用する」とのスローガンが掲げられ、テンセントがもつAI、クラウドなどのテクノロジーやソリューションを利活用した対策が用意されています。テクノロジーの利活用、医療情報や医療サービスの提供、遠隔ソリューションの提供、およびテンセントが関わるCOVID-19関連ファンドの紹介という4つのカテゴリーに分かれています。
テクノロジーの利活用としては、COVID-19のセルフトリアージ(緊急度の自己判定)を支援するオープンソースツールや情報共有アプリ「COVID-19ミニプログラム」などが提供されています。医療サービスでは、「ウィードクター(WeDoctor)」による無料のオンライン健康診断や心療内科カウンセリング、AIによる新型コロナウイルスの症状のセルフチェッカーなど、テンセントならではの強みを活かしたメニューが取り揃えられています。また、遠隔ソリューションでは、「ウィーチャット(WeChat)ワーク」を使った学習や仕事でのリモート環境の構築支援も行っています。
他にも、テンセントクラウドによるコラボレーションツールの無償提供、「COVID‐19 グローバルハッカソン」の発起、1億ドルファンドの立ち上げなど、様々な新型コロナウイルス対策を実行に移しています。
本稿では、そうしたテンセントの取り組みの背景にある、同社の強みや特徴、その根底にあるミッションなどについて考察していきたいと思います。
■かつては「アジア最大の時価総額」を誇っていた
中国のメガテック企業BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)の中で、日本人にもっとも馴染みのない企業がテンセントかもしれません。アリババやバイドゥは、メインの事業の中に企業名を冠したサービスを持っていますし、ファーウェイも株式市場に上場してはいないものの、同社製のスマートフォンやタブレットは日本で人気があります。
日本での知名度こそ低いものの、じつは、テンセントはかつてアジア最大の時価総額を誇っていた企業でした。テンセントが株式を香港市場に上場したのは2004年6月です。以降、右肩上がりで株価が上昇し、2016年9月には、ついに当時アジアでトップの座にあった中国の携帯電話通信事業者「チャイナ・モバイル」の時価総額を超えます。その額は、なんと約26兆6000億円。ちなみに、当時の日本のトップだったトヨタ自動車が約21兆円です。
■アリババとツートップを極めるも「暴落」
その後、米国市場に上場していたアリババが時価総額でテンセントと肩を並べると、両者の間で激しい覇権争いを繰り広げながら、アジア企業の“ツートップ”として快走します。そして、2017年11月、テンセントはフェイスブックを上回り、世界ランク5位にまで上り詰めます。ところが2018年に入ると、テンセントとアリババの株価は軟調に転じてしまいます。特にテンセントは、いったん「暴落」ともいえる状態に突入してしまいました。2019年に入ってアリババの株価は持ち直したものの、テンセントはいまだ苦戦を強いられている状況です。
![テンセントの株価推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/d/400/img_6d2ac384c41e9a652e3d2522dd38fdaa225723.jpg)
■オンライン上のコミュニケーションツールで創業
テンセントの創業は、1998年11月です。当初のメイン事業は、オンライン上の「インスタント・メッセンジャー」でした。インスタント・メッセンジャーとは、電子メールよりも気軽にメッセージのやりとりができるコミュニケーションツールで、2000年代前半頃に流行したサービスです。知り合いにメッセージを送ると、相手のパソコン上に通知され、リアルタイムにメッセージの送受信ができます。現在、一般的に「チャット」と呼ばれる機能を持った、さきがけのサービスといえます。
テンセントが創業した頃には、すでに「Yahoo!メッセンジャー」やマイクロソフトの「MSNメッセンジャー」などがありました。中国国内では、テンセントの「テンセントQQ」(以下、「QQ」)が最初に商用化されており、無償公開もされました。その後、テンセントは2005年に「QZone」というサービスを開始します。いわゆるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)で、写真や動画、テキストなどを知人・友人と共有できる機能を備えています。ただし、独立したサービスではなく、QQのプラットフォーム上に設定されていました。2004年に始まった、フェイスブックや日本の「mixi(ミクシィ)」よりも、少し後の時期になります。
■LINEとほぼ同時期に「ウィーチャット」をリリース
そして2011年1月、ついに「ウィーチャット(WeChat)」がスタートします。基本的にスマートフォンでチャットとSNSを使えるようにしたアプリで、ほぼ同時期にリリースされた日本の「LINE」にかなり近いサービスです。
こうしてみると、テンセントは、オンラインのコミュニケーションサービスを世界の時流に遅れることなく、タイミングよく展開していることがわかります。2018年12月末時点で、「QQ」のユーザー数(MAU/月間アクティブユーザー数)は、8億710万人に上ります。中国の総人口は約14億人なので、「QQ」がほぼ国内でしか使われていないことを考慮すると、中国人の60%近くが「QQ」を使っていることになります(ただし、ここ数年のユーザー数では頭打ちになっています)。
![テンセントVSフェイスブック。コミュニケーション・アプリの覇権争い](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/3/400/img_632e109bacf67c1fd354507eac0c0f22239804.jpg)
また、WeChatは、200の国と地域をカバーしているとされ、MAUは10億976万人となっています。この数字は、サービス内容および機能が近い「フェイスブックメッセンジャー」の全世界でのMAU約13億人を下回るものの、「LINE」の主要4カ国(日本・台湾・タイ・インドネシア)の1億6400万人を大きく上回っています。したがって、テンセントはアジア地域のコミュニケーション・プラットフォームを握っている企業といっていいでしょう。
■売上高の3分の1を占めるゲーム事業
では、一体テンセントはどんな事業で収益を上げているのでしょうか? テンセントの直近の決算をみてみましょう。2018年12月期の通期の売上高は、447億ドル(4兆9170億円)です。売上高の内訳は、次の3つの部門に分かれています。
②「広告」83億ドル(9130億円)
③「その他」112億ドル(1兆2320億円)
売上高がいちばん大きい①「デジタルコンテンツ」とは、基本的に「QQ」や「WeChat」のユーザー向けに提供するオンラインゲームや動画、音楽、書籍、ニュースなどのコンテンツのことです。それにユーザーが課金をすることで売上となります。この付加価値サービスにはさらに2つの項目があり、1つは、「PC/スマートフォンゲーム」事業で149億ドル(1兆6390億円)、2つ目が「SNS」事業で103億ドル(1兆1330億円)です。
![テンセントの売上高ポートフォリオ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/b/400/img_6bd1baa23c8f3038305637e99ee9d475159788.jpg)
つまり、テンセントの売上高でもっとも大きいのがPC/スマートフォンゲーム事業であり、全体の3分の1を占めていることがわかります。したがって、テンセントのビジネスモデルは、インスタント・メッセンジャーなどのコミュニケーション・アプリで集客をし、オンラインゲームで収益を上げる構造になっているといえます。
■世界中の大ヒットゲームを「移植」してユーザーを拡大
テンセントのゲーム事業への取り組みは、早期から行われていました。2003年には、オンラインゲームに参入しています。当初から、テンセントはゲームを無料でダウンロードできるようにし、ゲームで使用できるアイテムなどを購入するときに課金してもらう、というモデルを採用していました。すでに「QQ」によって膨大なユーザーを獲得していたため、「一部のユーザーに少額の課金を繰り返ししてもらう」という仕組みで大きな収益を上げられたのです。
また、テンセントは、ゲーム以外にもさまざまな有料サービスを提供し、その料金を支払う仕組みとして、プリペイドカードを発行しました。プリペイドカードを幅広く流通させることで、ユーザーにとって課金をしやすくさせたのです。そして2009年、テンセントは中国国内のゲーム市場においてシェアトップに立ちます。
その後、テンセントはさまざまなゲームをリリースしていくと同時に、ゲームの“移植”にも積極的に取り組みます。米国のライアットゲームズの「リーグ・オブ・レジェンド」や、スウェーデンのスーパーセルの「クラッシュ・オブ・クラン」といった、すでに世界中で人気を呼んでいるゲームを自社のプラットフォーム上でプレイできるようにし、多くのユーザーを呼び込みました。2015年には、満を持して投入したオリジナルゲーム「Honor of Kings」が大ヒットします。1億件を超えるダウンロード数を記録し、中国国内で社会現象になったほどです。
■中国政府の規制強化で企業戦略を変更
テンセントのビジネスモデルの中核に位置するのがゲーム事業であることは間違いありません。ただし、テンセントの企業としての戦略は、ここ数年で変化しつつあります。その背景にあるのが、中国政府のゲーム事業に対する規制の強化です。
テンセントの「Honor of Kings」が、社会現象になるほどのヒットを記録するまではよかったのですが、そうした状況に中国政府が危機感を抱いたのです。2017年、共産党中央機関紙「人民日報」において、中国政府は「テンセントは有為な若者たちを中毒に陥れる社会悪をつくっている」というコメントを出しました。実際、中国政府は2018年3~12月の期間、発売されるゲームの審査を停止し、その間、新作ゲームがリリースされることはありませんでした。これがテンセントの収益にも影を落とし、最近の株価が冴えない大きな要因となっていたのです。中国政府の規制強化によって、ここ数年のテンセントの売上高に占めるゲーム事業の比率は減少傾向にあり、直近の2019年7~9月期では、ゲーム事業の売上高比率は29%にまで低下しています。
ゲーム事業に代わって伸びているのが、売上高の内訳③「その他」に含まれている、「WeChat Pay(ウィーチャットペイ)」に代表される金融サービスと、企業向けのクラウドサービスです。この2つを合わせた売上高は28%に達しており、もはやゲーム事業と肩を並べる水準になっています。
■ミッションが「個人」から「社会」へ
テンセントは、2019年に新しいミッションを掲げました。それが、「使う人に価値を与え、社会を良くするための技術(Value for Users, Tech for Good)」です。
従来のテンセントのミッションは、「インターネットの付加価値サービスによって生活のクオリティを向上させる」でした。新旧のミッションを比べると、旧ミッションは「生活のクオリティの向上」と“個人”に重心が置かれていましたが、新しいミッションでは「社会を良くする」となっており、“社会”に対するスタンスを明確にしています。
このようなテンセントのミッションの変更の背景には、中国政府のゲーム事業への規制強化があるのは当然ですが、テンセント自体の変化も影響していると想定されます。テンセントは、「QQ」「WeChat」といったコミュニケーション・プラットフォームを軸に、ゲームだけでなくさまざまな事業を展開してきました。ここ数年、売上高の伸びが著しい金融サービスやクラウドがその筆頭です。そうしたサービス以外にも、以前から注力していたAIを活用した医療サービスや自動運転、小売業で成果が表れてきています。いずれも「社会を良くする」事業であることは間違いありません。
■小売業にも進出し、アリババと激突
特に、小売業では、「BtoC」のEコマースとして中国2位の「京東商城」の筆頭株主となり、さらに、中国大手スーパーマーケットチェーンの「コンフイ」にも出資し、オンラインおよびリアル店舗と一体となったグループを形成しています。そして、コンフイは、アリババの「フーマー・フレッシュ」とほぼ同じ業態の、「チャオジーウージョン」というオンラインとオフラインを融合させた新店舗、つまり「OMO(Online Merges with Offline」の展開を開始しています。「チャオジーウージョン」と「フーマー・フレッシュ」の違いは、支払いに使うのがアリペイではなくウィーチャットペイくらいといわれるほど、2つの店舗はそっくりですが、その分、競争は激しくなっています。
![テンセントVSアリババ。中国におけるOMOの覇権争い](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/400/img_c4ce2d84363c5ce5a13e6794dbbae5f3209170.jpg)
2013年のスタート以来、スマホ決済サービスのウィーチャットペイは、急速にユーザーを獲得しています。アリペイの後発ではあるものの、モバイル決済のシェアでは、足元でほぼ肩を並べるところまで成長しています。テンセントは、ウィーチャットペイを入口として、銀行や証券といった金融サービス事業にも進出しています。小売業でアリババの牙城を脅かすような存在になれば、テンセントが株式の時価総額で再びアリババを逆転することも可能でしょう。
■「AI×医療」で新型コロナウイルスに対峙
以上、歴史や売上構成をひも解きながら、テンセントの特徴についてまとめてきました。
![田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/f/200/img_4f6ac2309a652dd231e3492066988c78204729.jpg)
ここで、もし「テンセントは何の会社か?」と問われるなら、最も適切な答えは「コミュニケーション・プラットフォームを握っている会社」ということになるでしょう。テンセントの事業領域は、SNSを起点にしながらも非常に幅広いものとなっています。ゲームやデジタルコンテンツ、金融サービス、クラウド、OMOなど多岐に及び、SNSで強固な基盤を築くことに特化して広告で稼ぐというビジネスモデルのフェイスブックとは実に対照的です。
そして、テンセントが戦略的に強化してきているのが、冒頭に述べた「AI×医療」です。2017年8月、テンセントは顔認識などのAI技術を結集した「AI医学画像連合実験室」を設立しました。この実験室は、たとえば、食道ガンの早期スクリーニング臨床実験の仕組みを整えています。従来、医療画像の所見は、医師の技量と経験に頼らざるを得なかった面がありますが、そこにAIを導入し、精度を高めようというわけです。
この他にも、テンセントは医療サービス分野に積極的に進出しており、オンラインでの診察番号の取得や診察料金の支払い、診察時間の通知、病院内のルート案内などの機能を実用化しています。今後、医療画像の知見データの蓄積が進めば、過去の診断データや、病院および医者のネットワークを活用して、新しい医療サービスの開発が加速していくでしょう。
テンセントは「コミュニケーション・プラットフォームを握っている会社」として、「AI×医療」やコロナ対策をその中に取り込み、まさに社会実装を完了しています。
「中国式デジタル資本主義」には賛否あり、筆者としては価値観的にそれを首肯するのは困難ですが、少なくとも私たちには、テンセントをはじめとする中国メガテック企業や中国の動向を注視していくことがさらに求められてくるはずです。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)
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