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「異常な時こそソフトウェアの出番」コロナと戦うマイクロソフトのミッション

プレジデントオンライン / 2020年4月15日 11時15分

2016年05月26日、インドネシア・ジャカルタで行われたMicrosoft Developer Festivalに登壇したサティア・ナデラCEO - 写真=AA/時事通信フォト

新型コロナウイルスに対してIT企業はなにができるのか。このうちマイクロソフトは、世界中から参照される米ジョンズ・ホプキンス大学の「感染情報マップ」に協力するなど、コロナとの戦いを影から支えている。そのミッションを立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏が解説する――。

※本稿は、田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)の一部を加筆・再編集したものです。

■ジョンズ・ホプキンス大学の感染情報マップにも協力

新型コロナウイルスの感染拡大に対して、米国メガテック企業は各社とも様々な施策や支援を打ち出しています。マイクロソフトもまた、そうした取り組みを積極的に行っている一社です。

3月21日、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、自らが同社の全従業員へ送信したメッセージの全文をSNS上で公開しました。そこでは、同社が取り組む新型コロナウイルス対策が具体的に紹介されています。例えば、ジョンズ・ホプキンス大学による「感染情報マップ(Mapping 2019‐nCoV)」には、GitHubやAzureなどマイクロソフトの技術が活用されており、そのことが紹介されています。

サティア・ナデラCEOのLinkedInページより
サティア・ナデラCEOのLinkedInページより

他にも、リモート医療、リモート学習やテレワーク、情報共有やコラボレーション、AIによるシステムセキュリティ、COVID‐19に関するオープンな研究データセットの提供等など、様々な場面でマイクロソフトのテクノロジーやソリューションがコロナ対策として活躍しています。

■異常な時こそ、ソフトウェアの出番だ

また、ナデラCEOは従業員向けのメッセージの中で、「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くを達成できるようにエンパワーする」というマイクロソフトのミッションを提示し、「プラットフォームやソフトウェアのプロバイダーとしての私たちの役割によって、パートナーのエコシステムをまとめ、あらゆる組織が課題に対処するために求められるデジタル機能を構築できるようにします。この異常な時期に、これまでに作成された最も柔軟なツールであるソフトウェアが、あらゆる業界や世界中で大きな役割を果たすことは明らかです。私たちの責任は、私たちが提供するツールがその仕事に確実に対応できるようにすることです」とコメントしています。

本稿では、こうした新型コロナウイルス対策を積極的に打ち出しているマイクロソフトの特徴や強みについて考察していきたいと思います。

■時価総額で抜きん出ているマイクロソフト

米国の株式市場において、時価総額でアップルと熾烈な争いを繰り広げているのが、マイクロソフトです。2020年4月9日時点で、アップルの時価総額1兆1640億ドル(約126兆7800億円)に対して、マイクロソフトは1兆2560億ドル(約136兆8000億円)となっています。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の他の企業は1兆ドルに到達していませんし、BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)の中で最大の時価総額を誇るアリババでさえ5258億ドルですから、アップルとマイクロソフトの時価総額がいかに抜きん出ているかがわかります。

それを裏付けるかのように、マイクロソフトの直近の決算内容も絶好調でした。2019年6月期の売上高は前年比14%増の1258億ドル(13兆8380億円)となり、営業利益、経常利益、純利益を含めて、いずれも過去最高となっています。特に、純利益については前年比で約2.4倍となる392億ドル(4兆3120億円)になりました。ちなみに、トヨタの2019年3月期の純利益が1兆8829億円です。もちろん、自動車メーカーとIT企業という業種の違いはあるものの、マイクロソフトの高収益ぶりがわかるでしょう。

■スマホ市場はアップルとグーグルが席巻

ただし、マイクロソフトの成長が再加速したのはここ数年の出来事。それまでは、完全に停滞期を迎えていたのです。パソコンの基本ソフト「Windows」で他を寄せ付けないほどの圧倒的なシェアを占め、長らくIT業界の盟主として存在していましたが、ITの「モバイル化」と「クラウド化」という技術革新の波に乗り遅れ、トップの座をGAFA勢に奪われてしまいます。

じつは、マイクロソフトは2000年代初頭には「ウィンドウズモバイル」というモバイル用のOSを開発していました。ところが、「ウィンドウズモバイル」は、「PDA」と呼ばれる携帯情報端末へは搭載が進んだものの、スマートフォンへの対応のほうは遅れてしまっていたのです。2011年、まだ携帯電話市場で首位の座にあったフィンランドの「ノキア」と手を組み、マイクロソフトは「ウィンドウズモバイル」を搭載したスマートフォン「ウィンドウズフォン」の販売を開始しますが、まったく奮いませんでした。なぜなら、時すでに遅し、スマートフォン市場はアップルの「iOS」とグーグルの「アンドロイド」が2大OS(基本ソフト)となり、市場をすでに席巻してしまっていたからです。

その後、当時の最高経営責任者(CEO)だったスティーブ・バルマー氏は、2013年にノキアを約7000億円で買収し、引き続き、真っ向からアップルの「iOS」とグーグルの「アンドロイド」に戦いを挑みます。しかし、戦局を変えることはできず、失敗に終わったノキア買収の責任をとって、辞任することになったのです。

■クラウド事業はビジネスモデルと相性が悪かった

クラウド事業においても、マイクロソフトはアマゾンに先行されてしまいます。アマゾンがAWSをスタートさせたのは、2006年。当時、ストレージやデータベース、ネットワーキング、セキュリティなど、クラウドをベースとしたサービスへのニーズが高まっていたところ、他に競合するサービスもなかったためアマゾンが瞬く間に市場を占有しました。

一方、マイクロソフトが「ウィンドウズ・アジュール」というクラウドサービスを市場に投入したのは、アマゾンに4年ほど遅れた2010年です。マイクロソフトはサービスの提供を始めたものの、当初は積極的にシェアを取ろうという姿勢があまりみられませんでした。なぜかというと、当時のマイクロソフトの主力事業がクラウドサービスと相容れないビジネスモデルだったからです。

■クラウド事業の促進によって、収益の柱が失われる状況

マイクロソフトの収益の柱は、パソコンにOSとしてインストールされる「ウィンドウズ」のライセンス料と、「ウィンドウズ」上で動くアプリケーションソフト「Office」の販売です。「ウィンドウズ」がパソコンの標準ソフトとなり、世界中に広がっていくにつれ、莫大な利益をもたらしました。「ワード」や「エクセル」「パワーポイント」が使える「Office」は、パッケージ商品として販売されてきたソフトです。バージョンやグレードによって価格が変わるものの、1本あたり数万円という値段で販売されます。

一方のクラウド事業は、ネットサービスやソフトを文字どおりクラウド上で提供します。パッケージ化された商品ではありません。仮に、クラウド事業で、「Office」をはじめとするアプリケーションソフトの提供を始めてしまうと、パッケージ商品の存在意義がなくなってしまいます。この点が、「クラウドサービスが以前のマイクロソフトとは相容れないビジネスモデル」であるゆえんなのです。

しかし、個人のネットワーク端末として、スマートフォンがパソコンに取って代わるようになるにつれ、クラウドの重要性はますます高まっていきました。スマートフォンで使うアプリのほとんどが、クラウド上で動くサービスだったためです。

■3代目CEOが経営戦略を180度転換

時代のモバイル化、クラウド化に後れをとってしまったマイクロソフトの危機的状況を打破したのは、スティーブ・バルマー氏の後任として2014年にCEOに就任したサティア・ナデラ氏です。

田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)
田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)

ナデラ氏は、「マイクロソフトは“モバイルファースト”と“クラウドファースト”という世界を見据えた、“生産性とプラットフォーム”カンパニーである」というビジョンを掲げ、あらゆるサービスのモバイル化とクラウド化を推し進めます。中でも象徴的だったのは、「Office」のクラウド版を制作するとともに、「iOS」や「アンドロイド」でも動くようにしたことです。

自社のOS(=プラットフォーム)にこだわり、OSと一緒にソフトを売るという従来の戦略を180度転換し、ライバル会社のOSで看板商品を使えるようにしたのです。また、クラウド版「Office」にサブスクリプションを導入し、月額や年額などを支払えばユーザーが利用できるようにしました。こうした、3代目CEOのナデラ氏による大胆な施策により、マイクロソフトのビジネスモデルは大きく変わります。そして2017年あたりから、ナデラ氏の変革の成果が業績にも徐々に反映されるようになり、最高益の更新へとつながったのです。

■アマゾンを猛追するクラウドサービス「アジュール」

マイクロソフトのクラウド事業は、極めて高い成長を続けています。当初の「ウィンドウズ・アジュール」という名称は、2010年10月に「マイクロソフト・アジュール」と改称され、現在では一般的に「アジュール(Azure)」と呼ばれています。改めて、2019年6月期の売上高をみると、「アジュール」やサーバー事業が属する「クラウド」部門は390億ドル(4兆2900億円)と、全体の31%を占めています。前年比の増加率は21%で、事業部門としてはもっとも高い成長率になっています。

マイクロソフトの売上高ポートフォリオ

さらに、クラウド市場のライバルで、シェアトップのアマゾンのAWSにも迫りつつあります。アナリストの直近の予想では、「アジュール」の売上高について、AWSの5割程度と推定しています。また、2019年秋に行われた米国防総省『共同防衛インフラ事業(JEDI)』の入札において、マイクロソフトがアマゾンに勝って落札したこともニュースになりました。事業規模は、100億ドルに上る受注となる見通しです。マイクロソフトは、すでに米通信大手AT&Tとクラウド事業で提携し、米ウォルマートも顧客にしています。ソニーと共同でゲームのクラウド化を進める計画があるので、グーグルに対抗するとみられています。

クラウド市場はまだ発展の初期段階とされ、成長する余地は十分に残されています。近い将来、市場規模は1兆ドルに達するという試算も出ているほどです。再生したマイクロソフトの成長は、まだ始まったばかりといえそうです。

マイクロソフトVSアマゾン。クラウド業界の覇権争い

■「スマホの次」に来るサービスにも注力している

マイクロソフトは、次世代のコンピューターサービスとされる、「Ambient Computing(アンビエントコンピューティング)」に対する取り組みでも注目されています。これまで、コンピューターによる情報処理は、ハードウェア(製品)の存在が前提でした。パソコンやスマホがあって、それを操作しないと何事も起きません。しかし、「環境の」とか「周辺の」という意味の「アンビエント」コンピューティングでは、特定のハードウェアを使うことが想定されておらず、周辺に存在するさまざまなデバイスが、ユーザーのやりたいことを先回りして認識し、“自動的”に実現していきます。

IoTやスマートスピーカー、クラウド、ウェアラブル・コンピューター、拡張現実(AR)など、さまざまな技術が組み合わさり、さらに進化したものといえます。マイクロソフトは、すでにアンビエントコンピューティング用のデバイスの開発を始めている模様で、スマートフォンに取って代わる可能性を秘める、として大きな期待を集めています。

■「私達のアイデンティティに忠実であり続ける」

以上、事業の変遷などからマイクロソフトの特徴や強みについてまとめてきました。新型コロナウイルスの感染拡大に対して、リモート環境の整備や感染統計情報のタイムリーな共有など、ソフトウェアが役割を発揮するものは多々あるはずです。

冒頭でナデラCEOがマイクロソフトのミッション「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くを達成できるようにエンパワーする」に言及したことを紹介しました。ナデラCEOは、「大きな混乱と不確実性の中で、私たちの目的に基づいて行動し、私たちのアイデンティティに忠実であり続ける能力が最も重要」とも述べています。GAFAをも凌ぐ企業マイクロソフトには、今後も大いに期待したいと思います。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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