よかれと思った"0歳児からの早期教育"でむしろ欠落する力
プレジデントオンライン / 2020年4月17日 11時15分
※本稿は、榎本博明『伸びる子どもは○○がすごい』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■親の不安を煽る早期教育の業者たち
早期教育全盛の時代である。多くの子どもたちが、学習塾や何らかの習い事に通っている。すでに小学校に入る前から、週に3日も4日も塾や習い事に通う子も珍しくない。
わが子のしつけや教育について真剣に考える親の中には、こんなに幼い頃から学習塾に通わせたり習い事に通わせたりしてよいものだろうか、もっと自由に遊ぶ時間をもたせるべきなのではないかと疑問を抱く人もいるはずだ。実際、そのような相談を受けることもある。
だが、周囲の子どもたちが学習塾や習い事に通っているのをみると、後れをとったら大変だと不安になり、心の中に疑問を抱えつつも通わせてしまう。
子どもビジネスを標榜する業者の側も、あの手この手を使って世の親たちを早期教育に駆り立てようとする。わが子を早期教育に通わせて良かったといった体験談を発信したり、だれもが通わせているように匂わす記事を発信したりする。そうした情報が溢れているため、よほどの信念をもっていない限り、早期教育を拒否することはできない。
さらには、心理学者や教育学者、脳科学者などの話を引き合いに出し、早いうちから知的刺激を与えておかないと取り返しがつかないことになるといった感じに不安を煽る。
■教育心理学者に推薦させる業者も
私が子育てをしていた頃も、子どもビジネス業者からその手のチラシが入ったり、ダイレクトメールが来たりした。
「あなたのお子さんの教育はすでに0歳から始まっています」
などといって、0歳児からの早期教育を売り込むダイレクトメールが来たこともあった。それがとくに印象に残っているのは、推薦者として、私と同業である教育心理学者の名前が記されていたからかもしれない。
もし私が同業者でなかったら、多少の焦りを感じたに違いない。それほど巧妙な戦略が取られている。だが、私は教育心理学者としてその手の情報に精通していたため、「こんな宣伝に名前を貸して小遣い稼ぎをしてるんだなあ」と思う程度で、焦って早期教育に走ることはなかった。そして、子どもたちを伸び伸びと遊ばせていた。
わが子の友だちも学習塾やいろんな習い事に通っている子が多かったため、曜日によって遊ぶ相手が違ったりしていた。私も仕事柄土日だけでなく平日も時間の自由がきくことが多かったため、子どもたちをしょっちゅう街や自然の中に連れ出し、一緒に遊んだものだった。そんなとき、わが子について幼稚園の園長先生から、
「いつも元気に遊び回っていて、うちの園で一番子どもらしい子どもです」
と言われ、とても嬉しく思った記憶がある。
■早期教育は確かに効果があるが…
では、早期教育には、はたして効果があるのだろうか。そこのところが気になるという人も多いはずだ。
勉強でも、芸術系やスポーツ系の習い事でも、それぞれに工夫された教材なりプログラムなりに基づいており、熱意ある講師や指導者によって行われるのであろうから、よほどいかがわしいものは別として、効果がないわけがない。
学習塾を例にあげると、早期教育で文字を教えられた子は、周りの子が絵本の文字が読めないため大人に読んでもらっているのに、自分で読めるようになったりする。早期教育で計算を教えられた子は、周りの子が計算などできないのに、足し算や引き算ができたりする。
英会話塾にしても、簡単な単語や言い回しを教えられれば、周りの子が英語など聞いてもわからないのに、しゃべったりするようになる。
そのような意味では、早期教育には効果があると言わざるを得ない。では、そうした早期の学習をさせるべきなのかというと、けっしてそういうわけではない。
ここで慎重に考えなければならないのは、早期教育の意義である。効果があるということと意義があるということは違う。まったく別次元の話である。そこのところを混同しないようにしたい。
■周りより早くできることに「意義」はあるのか
たとえば、みんながまだ字が読めないときに、わが子が字が読めるようになったとして、それにどれだけの意義があるのだろうか。小学校に行くようになれば、だれもが読めるようになるのである。
みんながまだ計算など習わないときに、計算を習ったわが子が足し算や引き算ができるようになったとして、それにどれだけの意義があるのだろうか。小学校に行くようになれば、だれもがそのくらいの計算はできるようになるのである。
みんながまだ英語など何もわからないときに、英会話塾に通うわが子が「ハロー」「サンキュー」「マイ・ネイム・イズ・だれだれ」などと言うようになったとして、それにどれだけの意義があるのだろうか。いずれそのくらいの言い回しはだれもができるようになるのである。
■自由に過ごすことで心のたくましさが育つ
みんなができないことができて得意な気持ちになるということはあるだろう。でも、いずれ追いつかれてしまうのである。みんなに追いつかれ、やがてとくに素質のある子や勉強熱心な子に追い抜かれていくとき、周囲の友だちが自由に遊び回っている時期に塾にばかり通っていたことを、心の中でどう受け入れたらよいのだろうか。
さらには、幼い頃に友だちと思う存分遊び回ることなく、自分の興味のままに動く経験も乏しいことによって、人間関係力が身につかなかったり、自己コントロール力や自発性が育たなかったりするということもある。
逆に、早期教育に通わせられることもなく、自由なときを過ごしていたために、小学校入学時には学力的に平均より遅れていた子が、いろんな勉強に触れて興味をもち、好きな科目ができ、進んでいた友だちに追いついていったりしたら、さぞ勢いがつくに違いない。
伸び伸びと遊び、友だちと積極的にかかわり、やりたいことを思う存分してきた子には、溢れるような生命力がある。友だちづきあいに支えられて楽しく過ごすことができるだろうし、必要に迫られたときには頑張る力、多少の困難には耐えられる心のたくましさが育っているはずである。
■授業は子どもの発達に合わせて組まれている
小学校に上がってから躓かないためにはスタートが肝心だとか、小学校に入ってからやることを先取りしてやっておけば自信がもてて後がスムーズに行くなどと言われたりする。それにも一理ある。
教室に座っていても、先生の言うことや板書内容がまったく理解できず、友だちが発言する内容も理解できないというのでは、学校生活への適応は難しい。
だが、学校の授業は子どもの発達に合わせてプログラムされているので、いきなりそのような事態に陥ることは、まずあり得ない。
はじめての場や慣れない場では過度に緊張する子、できないことがあるとすぐに自信をなくしてしまう子、しっかり準備ができていないと落ち着かずパニックになってしまう子などの場合は、親が適応のための手助けをすることも必要だろう。
たとえば、少しずつ先取りして予習をさせるのもよいかもしれない。一度読んだり説明を受けたりしたことなら、教室での先生の説明は比較的スムーズに頭に入ってくるだろうし、予習してあるということによって未知な状況に対する過度の緊張からも解放されるだろう。
■学習塾通いで意欲はむしろ下がった
だが、自分の力の及ばないこと、準備が間に合わなくて十分力を発揮することができないこと、自分の思い通りにいかないこと、そんなことは生きていれば何度も経験するものである。どんな子どもも、成長の途上で、そうした苦い経験を積み重ねていくことになる。それでも前向きに生きていかねばならない。
![榎本博明『伸びる子どもは○○がすごい』(日経プレミアシリーズ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/200/img_2485c096b1d353d1ba9c22d7937712c2246203.jpg)
そこで大事なのは、そうした挫折状況を何とか耐え抜く精神力、多少苦手なことでもできる限り頑張ってみる意欲、できないことをくよくよ気にするより気分転換してできることに全力を傾けられる楽観性、好きなことや興味のあることに我を忘れて没頭する集中力などを身につけておくことである。
すなわち、自分の生きる道を力強く切り開いていける自発性や忍耐力こそが、ほんとうになくてはならない能力であり、幼いうちから培っておきたい能力なのである。
自分から知りたい、わかりたい、できるようになりたいと思うより前から、わけもわからずに知識を与えられ、スキルを教えられ、覚えさせられる。そのような形の早期教育は、学ぶ意欲の向上に結びつくとは考えられない。大切なのは、知りたい、わかりたい、できるようになりたいと思う心、そう思ったときに自ら積極的に調べたり学んだりする意欲である。
子どもたちの学習塾通いが一般化することによって勉強への意欲が高まっているかと言えば、まったくそんなことはない。むしろ逆である。生徒や学生の学習意欲の欠如が指摘され、学業成績の低下も指摘されている。
こうしてみると、早いうちから勉強をさせることのメリットはあまりないと言ってよいだろう。
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心理学博士
МP人間科学研究所代表。1955年、東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)など著書多数。
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(心理学博士 榎本 博明)
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