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もしも東京のコロナっぽい人がお金を倍払うと言ったら、岩手県民は宿泊をOKするか

プレジデントオンライン / 2020年4月13日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

■感染者ゼロ県の岩手が恐れる「鳥取砂丘事件」

「ベスト8」「神セブン」「六武衆」……。新型コロナウイルスへの感染が新たな県で確認されるたびに、“生き残った”県が注目を集めることになったが、4月9日に島根県、10日に鳥取県が“脱落”。感染未確認はついに岩手県を残すのみとなった。

「火山灰でウイルスが叩き落されている」「蟹がうまいから」「家ごと雪に埋もれているから感染しようがない」「妖怪だ」「出雲大社だ」などなど、なぜその県で感染が確認されていないかについて大喜利の様相を呈していたSNSが、今度は「岩手優勝」と沸き立っている。

しかし、“強豪”たちにとっては、勝ち残ってしまったがゆえのリスクが生まれた。すでに散々報道されているが、「コロナ疎開」問題だ。先週末、鳥取砂丘に押しかけた観光客たちの映像が物議を醸した。すでに緊急事態宣言が現実味を帯びていたにもかかわらず、感染が拡大している大都市から、感染未確認県へ押しかけるとはなにごとか、と。

ついに唯一の感染未確認県となった岩手県だが、観光客が「疎開」する愚行だけは避けるべきだろう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は高齢者の死亡率が高いとされる。岩手県全体の平均年齢は約49歳と全国平均と比べて2.6歳ほど高く、全33のうち7割を超える24市町村で平均年齢が50歳を越える。ちなみに最高は和賀郡西和賀町の約58.7歳で、次点の岩手郡葛巻町の56.8歳を大きく引き離してぶっちぎりの首位だ。そんなところにウイルスを持ち込もうものなら大顰蹙(ひんしゅく)では済まない。

■東京の客が「倍払うから泊まらせてくれ」

ただ、気になる話がある。岩手県内の観光業関係者によれば、すでに先週末、かなりの「疎開」が行われていたというのだ。

「ツアーは軒並み中止になっていますが、ホテル・旅館が個別に対策を講じない限り、観光客は予約サイトを通じてやってきます。そして『COVID-19が本格的に流行して以降、先週末が一番混雑した』施設はひとつやふたつではありません。

コロナ感染が嫌で、絶対に宿泊を拒否したいのなら、そもそも予約サイトには出すべきではないのですが、インバウンドの穴埋めにどうしようも無い状態です。お金のために命を犠牲にはしたくないのですが、どこかでコロナを甘くみているのでしょうね」

別の旅館関係者はこう語る。

「毎年東京から来ていただいているお客様がいらっしゃいましたが、今回はさすがにお断りしようと思ったのです。なので電話をして今年に関しては宿が老朽化して改築するので、と言って断ろうとしました。すると、倍の料金の部屋でもいいので空いてないかと頼まれ、最後にはOKしてしまいました。地元の皆さんは(東京の)足立ナンバーのクルマが駐車場にあることで不安に思う人もいるでしょうし、本当に申し訳ない気持ちです」「発熱している様子だったら、さすがに病院にご連絡したいなとは思うのですが、その場合、当施設が風評被害に遭うことになりそうですね。連絡もせず、お客様には東京へお帰りになっていただき、営業を休止するのが現実的な判断となりそうです」

■「泊まるなら岩手の宿運動」の失態

そのような状況が確認できているのであれば、施設側に受け入れの自粛を求めることはできないのか。

「旅館業法には宿泊拒否に関する規定があるので、簡単にはお客さんを追い返せませんし、行政が自粛を求めて素直に応じるような施設はとっくに自衛策を取っていますよ。2月以降の宿泊客減少、年度末の会議・懇親会・宴会のキャンセルで、施設のほとんどが大打撃を受けています。不謹慎な言い方になりますが、東日本大震災の追悼行事中止も痛かった」

地域によっては大規模な催しができる施設が1、2軒しかないこともザラだ。地域の看板という立場からプライドが高いが、年度末の書き入れ時がパーになったため、精神的なダメージも大きいという。

「『疎開』を防ぐ気力がないほどにひどい財政状況のはず。他人に促されて、即倒産につながる決断をできますかね。しかも、県がちょっとしたヘマをやらかした直後ですよ」

ここで言う「ヘマ」とは、岩手県といわて観光キャンペーン推進協議会が主催する『「泊まるなら岩手の宿運動」~泊まって、食べて地元を元気に応援キャンペーン~』のことだ。4月1日に開始されたこのキャンペーンの趣旨は、県民による内需喚起を促そうというもの。しかし、県民を対象にしていることがわかりにくく、県外からも人を呼び込んでしまうのでは、との指摘が相次いた。結果、サイトの画像に「県民の皆さまへ」というフレーズが急遽(きゅうきょ)付け足された。

■県の失態を免罪符に「稼げるときに稼ぎたい」

直前の3月30日には達増拓也岩手県知事が首都圏と行き来した人に対して「2週間、不要不急の外出自粛」の要請を出したばかり。そのちぐはぐさが県民の不信感を生んだ。

「画像に手を入れるだけという対応も付け焼き刃に思えますが、県のなかでもろもろの調整が機能していないのではないか。業界内ですら、もはや県内の移動も抑制すべき段階なのではという声も聞かれます。

首都圏の同業者たちの悲鳴を聞くにつれ、稼げるうちに稼いでおきたいという気持ちは誰だってあります。今回の県の失態を免罪符のように話す人もいる。いったいどうすればいいのか……」

「疎開」は何も観光客に限らない。ほかの県同様に、大学生の帰省もリスクだが、帰省の場合、観光と違って「見えない疎開」になっているのだという。

「緊急事態宣言の前に感染者が出ていれば帰省は抑制されたかもしれませんが、現時点でどれだけ大学生が帰ってきているか、想像もつきません」と危機感をあらわにするのは、ある自治体職員だ。

■マスクをしていない県民多く……

ほかの県でも帰省先にウイルスを持ち込んだ学生がバッシングを受けているが、岩手は人口密度が北海道についで低く、家屋も3世代同居が当たり前のサイズ感。つまり、やろうと思えば、家のなかで無理なく自主隔離が行える。

「そんな環境なので、学生本人がその場に残る意思があっても、『いいから帰っておいで』と家族に説得されているのではないかと戦々恐々です」

今回のウイルスについてはまだ明らかになっていない部分もある。岐阜市ではエレベーターを介して感染が拡大した疑惑も出ている。

「他県でのバッシングを知っているから、帰省させたことを家族は周りに言わない。十分に気をつけていたとしても、同じ屋根の下、どこかで家族が感染してしまうかもしれません。3世代同居であれば、祖父母は当然高齢なので、それも気がかりです。

また、県下で感染は確認されていないため、県民の防疫意識も決して高いとはいえず、マスクをしていない人を多く見かけます。学生から家族に、家族が職場に、と感染が拡大する恐れもある。最悪なのは、家族が感染を隠そうとしたときでしょう」

■鳥取・島根で感染確認。「正直、最後にはなりたくなかった」

いつ感染者が出てもおかしくない状況にありながら、今まで“生き残った”からこそ危機意識が醸成されてこなかった。この職員に限らず、複雑な心境の自治体関係者は少なくないという。

「今日(10日)、鳥取で感染が確認されたことを聞き、残業していた同僚と顔を見合わせました。不謹慎ですが『最後にはなりたくないよね』と話していたんです。

鳥取・島根・岩手のうち、鳥取は別格ですが、島根も岩手も対応できる医療機関はごくわずか。なのに、県内のあちこちで火種がくすぶっているかもしれない。県民の心構えができあがる前に、同時に火を吹けば最悪です。

現時点で感染者が発覚していないのは幸運に違いありませんが、岩手は“生き残りすぎた”のかもしれません。交流のある都の関係者から話を聞くたびに、COVID-19に対する意識の差を思い知らされます。

そして私たちは最後まで“生き残って”しまった。タイミングも最悪です。この週末、さらに『疎開』がやってくるでしょう。恐怖ですよ、本当に」

職員は最後に「過大な期待だとは思いますが」と続けた。

「県民の危機意識を、今このタイミングで引き上げるべきです。市町村単位では対応に限界があるので、やはり県に動いてもらわないと。愛知県と岐阜県は独自で緊急事態を宣言しました。当然そこまでのことは望みませんが……」

■SNS上の冗談「岩手優勝」に激怒する人

東日本大震災後、震災復興に携わってきたA氏はSNSの投稿に怒りをぶちまけた。

「なにが『岩手優勝』ですか。外出自粛が続く人たちからすると、ちょっとしたおふざけのつもりかもしれませんが、岩手にとってはまた復興のチャンスが潰される危機的状況ですよ」

震災後、東北は「復興特需」に沸いた。しかし、それが地元経済をさらに歪めたとA氏は指摘する。

「補助金によって数多くの事業が生まれましたが、『補助金で回すから稼がなくてもいい』というスタンスで始めたものは淘汰されました。ただ、その影響は根強く残っていて、いいモノやサービスすら残れるかが危うい。経営的視点が欠如した事業によって、『タダで当たり前』という誤謬が植え付けられてしまったからです」

長い時間をかけて、その感覚は正されつつあったが、再び天災が岩手を襲う。昨年の台風19号だ。

「復興という名目で中央からまた金が流れ込む。正常に戻りつつあった感覚がまた狂わされる。そして今度は感染症です。もし外部から観光客がウイルスを持ち込んだとしたら、私は絶対に許せません」

C氏は政府の対応のまずさも指摘する。

「政府は東京しか見ていません。休校は全国一斉である必要が本当にあったんでしょうか。また、地方にウイルスを撒(ま)き散らさないための対処について、どれだけ検討されたんでしょうか。行動を強制的に制限できない日本の事情に合わせて、対策を練る時間はいくらでもあったはずです。

東北で桜が咲くのはこれからです。自粛疲れした都民がふらふら抜け出して岩手にやってくるかもしれない。そんなことはないと信じたいが、最近、週末ごとに期待を裏切られています。悪いのはウイルスです。それはわかっています。しかし、政府に対しても、大都市圏の人々に対しても、どれだけ地方を痛めつければ済むんだと憤りを覚えずにいられません。無自覚なのだから、余計タチが悪い」

(長谷川 勝彦)

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