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「日本では起きてほしくない」同僚と家族を亡くしたNY看護師の訴え

プレジデントオンライン / 2020年4月15日 15時15分

ニューヨークのマウントサイナイ・ウェスト病院の看護師たち - 写真提供=キヨコ・キム看護師

アメリカの新型コロナウイルス感染による死者数は世界最多だ。その多くを占めるニューヨーク市では医療崩壊の危機に直面している。NY在住ジャーナリストのシェリーめぐみ氏が、市内病院の集中治療室で働く看護師の訴えをリポートする――。

■毎日夜7時に住宅街から拍手が沸き起こる

シャットダウンで自宅避難が続くニューヨーク・マンハッタンの街は昼も夜も閑散としている。

でも毎晩7時になると、立ち並ぶアパートの窓という窓が開き、突然拍手が沸き起こる。ラッパのようなものを吹き鳴らす人、通りかかる車からもクラクションが聞こえる。

この光景は一体なにか。感染者の治療にあたる医療関係者への拍手喝采が2分間、毎晩行われているのだ。毎日多くのニューヨーカーが新型肺炎で亡くなる中、医療崩壊寸前の病院で働く医師や看護師が、命の危険を冒して働く姿は多くの人の心を打った。不安で不便な自宅避難生活も彼らのためになるのなら、と耐えている人は少なくない。

同病院脳外科のICU(集中治療室)で働くキヨコ・キム看護師
同病院のコロナICU(集中治療室)で働くキヨコ・キム看護師(写真提供=キヨコ・キム看護師)

でもこの街で働く看護師、キヨコ・キムはまだその拍手を聞いたことがない。朝7時から夜7時までのシフトが終わっても、すぐに病院を後にできることはまずないからだ。

高級住宅地のアッパー・イースト・サイドにあるマウントサイナイ・ウェスト病院脳外科の集中治療室(ICU)で働くキヨコは、ニューヨークでの看護歴14年、アメリカ人と並んでも見劣りしない長身、忙しいICUできびきびと動きながら、日本語アクセントが残る英語で指示を出し、休憩時には同僚と大きな笑顔でジョークを飛ばす、病棟内の人気者だ。

脳外科だから転倒して頭から血を流している人も運び込まれる、患者が亡くなることももちろんある。しかし、これほどの状況になるとは全く想像もしていなかったという。

■「黒いゴミ袋」をかぶって患者に対応

3月21日。この日はオフだった彼女に病院から知らせが届いた。

「脳外科ICUがCOVID‐19(新型コロナウイルス)患者のICUになります」

ついに来たか。ちょうどニューヨークでは感染者が激増を始め、全面外出禁止が始まった時期だ。そうなる可能性があるとは思っていたが、「私も感染するのかな」と不安な気持ちが頭をもたげたという。

そして出勤した彼女を待っていたのは、思いもよらない現実だった。

緊急救命室(ER)からICUへ次々に重症患者が運び込まれる。ほとんどの重症患者は喉に挿管され人工呼吸器に繋がれている。患者のモニターからはひっきりなしにアラームが鳴る。容態が急変し心肺停止に陥った患者にCPR(心肺蘇生)を施す、それでも亡くなってしまう患者もいる。

「ここは戦地です。水を飲む時間もない」。それがメッセンジャーで彼女から届いた最初のメッセージだった。

そして目を疑ったのは次の1行だ。

「ここにはマスクもガウンもない!」

感染症患者のいるICUだから患者の部屋を出入りするたびに、本来ならマスクもガウンも取り換えなければならない。どちらも看護師や他の患者を感染から守るために不可欠の用具であるにもかかわらず全く足りない。それからは朝出勤するたびに、院内をマスクやガウン、顔につけるシールドなどを探し回る日々が始まったという。

そして数日後、彼女から送られてきた写真に筆者は驚いた。

3人の看護師たちがユニフォームの上に黒いものをまとっている。よく見ると大きなゴミ袋だった。ゴミ袋でもないよりはマシ、世界で最も豊かな都市ニューヨークの大病院がそこまでの状況に追い込まれていたのだ。

黒いごみ袋をかぶっている看護師3人。ニューヨーク・ポスト紙は、「防護服の不足からごみ袋を着用せざるを得ない」と報じた。
黒いごみ袋をかぶっている看護師3人。ニューヨーク・ポスト紙は、「防護服の不足からごみ袋を着用せざるを得ない」と報じた。

■同僚が倒れ、1週間後に亡くなった

そして彼女が恐れていたことがついに起きてしまった。院内感染である。

彼女はある同僚男性から、初めてのコロナ患者を受けもつにあたっての指導を受けていた。ガウンやマスクの装着方法、手洗いなどの注意点を教えてくれたという。

「自分なりに冷静を保っていたのですが、看護師人生で初めてのこと。私なりに緊張していたのでしょう、それに彼は気づいて『俺がついている!』と、最高の笑顔を見せてくれて、『落ち着いたら飲みに行こう』と約束してくれました。彼のおかげで、心は落ち着き“よし!”と気合いを入れました」

彼女の最初のコロナ患者は、彼が自らERから運搬してきてくれた。ところが彼はそれから3日後に倒れ、1週間後に亡くなってしまったのだ。明らかに患者からの感染だった。

「今は泣かないようにするのがやっとです」

彼は皆に愛された看護師だった。亡くなったことだけでも衝撃だったのに、マスクやガウンなどの身を守る用具が足りなかったから感染してしまったのだと誰もが考えたのは無理もない。

■多くの医療関係者が犠牲になっている

その後、ゴミ袋をまとった病院スタッフの写真がソーシャルメディアで話題となり、ニューヨークで初めて看護師の犠牲者が出たこともあって地元メディアの1面に取り上げられた。翌日、会見に臨んだクオモ・ニューヨーク州知事は、記者から「医療用具は本当に足りているのか」と突っ込まれている。

自治体から届いた医療物資
 
企業や団体から届いた医療物資の一部(写真提供=キヨコ・キム看護師) -  

知事は「用具は十分あるから大丈夫」と答え、その翌日には病棟に十分な数のマスクとガウンが届いた。一方、病院側は、今後はもっと現場の声に耳を傾け迅速に動くと約束したという。

この一件で、ニューヨーク市内の各病院が同様に悲惨な状況であることが白日の下にさらされることになった。物資や人工呼吸器の不足が叫ばれ、ビリオネア(億万長者)が専用機を飛ばして中国までマスクを買いに行き、寄付するなどの動きも生まれている。

しかし、深刻な物資不足は全米の病院で今も続いており、多くの医療関係者が感染症の犠牲になっている。オハイオ州やアイオワ州からは感染者の20%が医療関係者であるという数字が届いているほどだ。

■あまりに孤独なコロナ感染患者の死

キヨコの病院でのマスクやガウン不足は改善されたが、今も12時間のシフトで、食事もろくにとれない状態が続いている。

「今日も患者さんが1人亡くなりました。必死にCPRをしても、どんなに頑張っても亡くなってしまう。そういう時は本当に悲しいです」
「その41歳男性の患者さんは発症から数日で亡くなってしまい、家族ともまだ連絡が取れていない。家族は彼が病院に来たことも知らないのです」

コロナ患者の死は孤独だ。病棟での付き添いは一切禁じられていて、死期が迫っているのが分かる時は家族が一人だけ呼ばれ、呼吸器を外して静かに死を待つ。わずかな時間だがそれでもいい方だ。ICUでは人工呼吸器をつけたまま突然亡くなってしまう患者も少なくないという。

「でも」と彼女は言う。

「患者さんは1人じゃないんですよ。家族はいなくても、私たちがいますから」

患者を支え一緒に死に向き合う日々。ところが、そんな彼女に予想もしなかった悲劇が訪れた。

■検査してもらえず、自宅で重症化していく

この頃、キヨコは喉の痛みと体調不良を抱え、オフの日に近くのクリニックに行った。診断は扁桃腺の腫れだったが、自分も感染しているのではないかという心配が頭から離れない。そうなれば1番つらいのは家族だ。仮に陽性であっても、よほどの重症でない限り入院はできず自宅隔離になるだけ。同居の夫は「自分がホテルに行くから」と言ってくれるがそれも申し訳ない。

夫には高齢の両親がいるが、2人とも感染を恐れ息子夫婦とは接触しないようにしていた。

そもそも検査はそう簡単に受けられない。ニューヨーク州ではやっと1日あたり1万5000人の検査態勢になったが、ニューヨーク市内に限っては患者の増加スピードに検査が追いつかず、ひどい咳、高熱、胸の痛みというかなりの重症にならない限りは検査してもらえず、家に帰されたという人が何人もいる。医療関係者でさえ希望して検査が受けられるようになったのはつい最近なのだ。

それに、病院に行けばむしろ感染するリスクが高くなる。だから少しのことでは我慢して病院にかからない人も増えており、そのために命を落とす人も少なくない。

しかし、彼女はまさか義理の父がそうなるとは夢にも思わなかった。

■夫の家族2人に訪れた悲劇

「夫から父の具合が悪いと言われたのですが、意識もしっかりしているしコロナの兆候がないので、病院に言ったら感染すると思い、家にいた方が安心かもとアドバイスしてしまったんです……。コロナのことがなければ『すぐに病院に行って!』と言っていたのですが、後悔です」

義理の父はその後症状が悪化、車で病院に連れて行く途中で亡くなってしまったという。75歳だった。まだまだ現役で自分の会社を仕切っていた義理の父のあっけない死。
感染の疑いもあったが、亡くなってしまった今その死因を知る方法はない。

彼女は自分を責める暇もなかった。今度は義理の兄がコロナに感染し、他の病院のICUに運び込まれ、挿管されたという知らせが入ったのだ。

夫と息子の悲劇に、義理の母はショックと心労で体調を崩してしまった。キヨコも胸や喉が痛い。ついに感染したかと覚悟したが、自宅療養する義理の母に食事を届けたり、休む暇もなく走り回ったりしている間に症状はいつしか消えていたという。「おそらくそれほどのストレスだったのだろう」と彼女は振り返った。

幸い、義理の兄はその後一命をとりとめた。

■感染することより恐ろしいコロナの問題とは

「新型コロナウイルスが恐ろしいのは、実は感染することだけではないのです。ニューヨーク市内の病院はほぼ100%が“コロナ専用病棟”になっていて、多くの問題が起きています」

ニューヨークの病院は現在、緊急を要する以外の手術は中止している。しかしそれだけではないようだ。キヨコが聞いた話では医師はがん患者に対し、免疫が弱っている状態ではコロナに感染する確率が高い。それでもいいなら入院治療する、というような会話が行われているという。

「もし、あなたに高齢でさまざまな疾患を持っている両親がいたら、その人はもちろんコロナに感染する確率は高い。でも、もっと恐ろしいのは感染する以前に、もともとの病気が悪化しても病院に行けなくなるということなんです」

実は、ニューヨークでは救急車内で亡くなる人が激増しているという数字もある。患者が我慢できないほど症状が悪化してから救急車を呼ぶためだと推測されている。その救急システムもパンクし、車内で亡くなった人は病院ではなく検視官の元に直接送られるよう法令が改正されたばかりだ。そして彼らを運ぶ救急隊員の多くも感染している。

「若者だって安心はできない。感染していて知らないうちに祖父母にうつしているかもしれないし、高齢の家族を世話している人がもし感染したら、彼らを助けられる人は誰もいなくなってしまう」

その恐ろしさをキヨコは今骨身に染みている。

■「看護師こそ真のヒーロー」と手紙が

最近、キヨコが働く病棟の看護師らのもとに、ある朝たくさんの封筒が送られてきた。

差出人は地元の子供たち。封筒の表にはメッセージが書かれていた。「患者たちを助けてくれてありがとう」「ウィー・ラブ・ユー」「看護師こそ真のヒーロー」そして「あなたは本当に勇敢です」。

地元の子どもたちから届いた手紙。「あなたたちは本当に勇敢です」と感謝がつづられている
(写真提供=キヨコ・キム看護師)
地元の子どもたちから届いた手紙。「あなたは勇敢です」と感謝がつづられている - (写真提供=キヨコ・キム看護師)

封筒の中にはハンドクリームが入っていたという。1日中手を洗い続ける看護師の手がかさかさにならないようにという思いやりだ。彼らの気持ちがうれしくてたまらなかったと彼女は話す。

同僚も家族も感染し、いつ自分も感染するか分からないコロナ専用ICUで働き続ける彼女。逃げたいという気持ちになったことはないのだろうか?

「そう質問されて、初めて『逃げる』ということが私の選択肢に全くなかったことに気付きました。大変な時には支えてくれる同僚がいます。人手不足で交代の看護師が見つからず居残らなければならない時に、終わるまで待っていて家まで送ってくれる同僚、他の州から応援に駆けつけてくれた看護師。そして影で支えてくれている家族や友人がいるから頑張れるのです」

■仕事の前に“自撮り写真”を撮る理由

「看護師というのは、自分を犠牲にしてでも患者の世話をしたいと思う生き物なのかもしれません」彼女はそんな風に言う。

「仕事をしていて心が満たされたり助けられたりもしますし、患者さんや家族の方に感謝することもたくさんあります」

キヨコは最近、毎朝仕事の前にセルフィー(自撮り写真)を撮ることにしている。戦場に乗り込む前に、今日1日頑張るぞ!という気持ちを込めて。時には気分を上げるために同僚とおどけたポーズで写真を撮ることもある。

もう一つは、いつ自分の身に何が起きてもいいように、記録を残しておく目的もあるという。

そんな彼女は「こういうことが日本で決して起こってほしくない」と語る。

「若ければ重症化しないと思っている方も多いと思いますが、私が担当した1番若い患者さんは19歳でした。幸いにも回復しましたが」
「若い時は私もそうでしたが、自分は感染しない、自分1人くらい出かけても大丈夫だろうと思ってしまうものです。でもそれが他の人の命を危険にさらすことになるのです」
「仕事がなくなって収入が減ることを恐れている人も多いと思いますが、今大切なのは生きること。私たちは毎日命と向き合っています。命を落とせば全てが終わってしまう。でも生きていさえすれば何とかなるものなのです」

ゴーグルにマスク、ジャンプスーツに身を包んだセルフィーを撮り終えた彼女は、今日も水を飲む時間すらない12時間シフト態勢で患者に対応している。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ

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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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