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「ウイルス目線で考える」新型コロナがSARSより爆発的に拡大した理由

プレジデントオンライン / 2020年4月16日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mammuth

世界各地に広がる新型コロナウイルスのゲノム情報により、中国・アジア、アメリカ、欧州ではウイルスの遺伝子配列が異なり、3つのタイプに分かれることがわかってきた。世界に拡散するにつれウイルスは変異し続けている。わずか2カ月の出来事だ──。

■現代社会はウイルスの拡散と増殖に最適な環境

2019年12月下旬、中国・武漢で未知のウイルスに罹った患者が現れた。2019-nCoV(通称、新型コロナウイルス)と名付けられたこのウイルスは、今年1月26日には2000人以上に感染していた。

感染力はそれほど強くないだろうと油断した人類の隙をついて、それから2カ月でウイルスは世界中で180万を超す人に感染し、11万以上の人命を奪った(4月13日現在)。宿主である人が世界中を行き交うグローバル化した現代世界は、ウイルスの拡散と増殖にとって最適な環境だったのである。

すべての生き物には、ばらつき、つまり変異がある。あなたの知り合いを思い浮かべてほしい。みな姿かたちや性格が違う。動物や植物においても、個体によって行動や花を咲かせる季節に違いがあるようにウイルスにも変異がある。

野生のコウモリは、発症はしないが何種類ものコロナウイルスを体に宿している。ウイルスは世代から世代への期間が短く、絶えず変異しつづけている。変異したウイルスの多くは、これまでにもウシやラクダといった新たなホストに感染して生き残る範囲を広げてきたことがわかっている。

なかでも2002年に中国で発見され、カナダや米国で死者を出したSARSコロナウイルス(重症急性呼吸器症候群)は、ジャコウネコを介して人に感染し分布が広がった。2012年に中東で発見されサウジアラビアを中心に欧州まで広がったMERSコロナウイルス(中東呼吸器症候群)はラクダを介して人に感染し分布範囲を広げた。

■強く咳をさせる変異体ほどより多く生き残れる

幸いこのふたつのコロナウイルスが侵入しなかった日本は、新型コロナウイルスに対する危機感が当初、薄かった可能性がある。

新型コロナウイルスの遺伝子を調べると、やはりコウモリに由来することがわかった。とてもよく似た遺伝子配列を持つコロナウイルスがセンザンコウ(外見はアルマジロに似る)で見つかっている。この動物が関与して人に感染した可能性がある。

繰り返すが、ウイルスは絶えず変異している。他の種類の生物にホスト(宿主)を乗り換えやすい性質を持った変異体のみが、新しい感染経路を通じて増殖できる。

感染した人に激しく咳をさせることのできる変異を持ったウイルスは、結果として自分の遺伝子をたくさん拡散させることができ、世界に自分の子孫を多く残すはずだ。人に咳をさせるのは、ウイルス自体が他のホストに自分を感染させるべく人の行動を操作したためである。結果として強く咳をさせる変異体ほどより多く生き残れる

■進化的に有利なウイルスの生存戦略

このようなウイルスの拡散と増殖の仕組みは、なにも新しい生物学の話ではない。ダーウィンが進化の仕組みとして考えた「自然選択」で説明することができる。

コロナウイルスの性質には変異があり、その変異が遺伝によって世代を経て受け継がれ、うまく生き延びることができるものとそうでないものがいる。生き延びるものが選択された結果、世の中に広くはびこるという仕組みだ。

ウイルスの目線で考えると、結果として生き延びることのできた性質をもつウイルスが広がりつつあるのが現状である。

新型に似たSARSはこれほどまでには広く自分の子孫を残せず、突如、終息した。では、なぜ新型コロナウイルスはここまで一気に世界中に分布を広げ、増殖することができたのか? 新型コロナウイルスがSARSと大きく異なる点のひとつは、体内での感染様式の仕組みだ。

SARSは熱や咳の症状が見られた罹患者のみがウイルスを拡散する能力を持つ。これはSARSウイルスが肺でのみ増えるという性質を持つことに依る。

ところが新型コロナウイルスには、軽症や無症状の患者も多いことがわかってきた。コロナウイルスは肺のほかに、咽頭でも増殖するのだ。これが新型コロナウイルスに無発病感染者や、発症前の保菌者にも感染力を持たせるこのウイルスの性質である。このように性質が変異した新型コロナウイルスは、当然、瞬く間に人から人へと感染できたのだ。

すでに新型コロナウイルスにも世界でいくつかのタイプのあることが遺伝子調査で明らかにされている。世界に拡大しつつある新型ウイルスにさらなる変異が起きつつあると予想できる。

※編集部註:初出時、新型コロナウイルスの調査について「DNA」と表記していましたが、正しくは「遺伝子」でした。訂正します。(4月21日21時40分追記)

■ウイルスの行きつく先

発症前の感染者や無症状の患者から、ウイルスの拡散を食い止めるためには、感染症の専門家が提案している「人と人の接触を減らす」しかない。「3つの密」を減らすことである。

ウイルスからみれば、感染した人が触る物により強く、そしてより長いあいだ付着する能力、感染者により強い咳を誘発させる能力を持つ変異体が、自らの遺伝子を存続させるのに有利なのは明らかである。

ウイルスの性質を変化させるのは突然変異である。生物が増殖する過程で生じる突然変異は、ランダムに生じる。感染力をより低める変異も、新たな感染ルートを持つようになる変異も、同じような割合で生じているのだ。生物は目的をもって変異するわけではなく、偶然に変異が起こり、生じた変異のなかから、その時の環境に適したものが生き延びて、増殖する。それが生物の宿命である。

そのためウイルスがどんな変異を持とうとも、ウイルス自体を広げないことが大事である。肺炎で亡くなられた方とその遺族の方々には無念と追悼の意しかないが、ウイルスにとってみれば、亡くなった方が物理的に誰にも接触せずに埋葬されるならば、ウイルスも消滅するしかないのである。

だがコロナは無症状の患者にも一定の感染能力を持たせる性質を備えているため、3密と呼ばれる限られた条件でどんどん感染できる。ところがウイルスも集団感染(クラスター)の連鎖をひとつひとつ追いかけられて、感染した人を隔離されるとクラスターの発生した施設のなかでは生き延びるかもしれないが、クラスター以外の人に感染できない。

グローブ着用者はコロナウイルスを止めるためのメッセージを持っています
写真=iStock.com/superoke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/superoke

ウイルス目線で考えると、彼らが生き延びることができるには、次々と感染するホストがなくてはならない。感染ルートを断ち切るためにソーシャル・ディスタンス(社会的距離)、つまりウイルスが新たな行き先を断つことが必要ある。

■ホモ・サピエンスのコミュニケーション能力を利用した増殖戦略

社会的距離を徹底すれば、コロナは感染、つまりさらなる増殖ができなくなり、感染したホストのなかで消失するだろう。

人という生き物が進化の過程で、コミュニケーションを発達させることで繁栄することができた点は、ウイルスの初期感染を拡大させた理由だ。

僕たちの祖先が狩りをする際に、複数の人間が合図をして、大きな獲物を得ることができたグループのほうが、より生き延びやすかったと言われている。その特徴をよく持っていた種がホモ・サピエンスである。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも、より大きな集団で狩りをすることが得意であったため、現代人の遺伝子の多くを占めるようになったと考えられている。

祖先が獲得したコミュニケーションを持つという性質が、今回のウイルスと戦うときにはあだとなった。おそらく適度なコミュニケーションが保てないと調子がおかしくなる人はかなりの割合で存在するはずだ。

だが狩猟の必要性のない僕たち現代人には、ネットコミュニケーションがある。保存食と進んだ医療もある。流通と医療をいかに崩壊させないかが、ウイルスの防波堤になる。テレワーク、オンライン会議、オンライン飲み会が可能な現代は、増殖を果たしたいウイルスにとっては脅威でもあるだろう。

しかし最新のモデル研究では、広範囲での社会的距離戦略を採用することがウイルスの抑え込みには格段に有効であると示されている。僕たちの行動変容の範囲も再考する必要はないのだろうか。

■新たな拡散ルートを探り始めたウイルス

新型コロナウイルスの感染経路は、飛沫と接触が主であることがわかってきた。2メートル以上離れた人には感染の確率がほぼない。

だが、このウイルスが多くの感染者を経由して人から人へと感染する過程で、より強い感染手段を進化させる可能性はゼロではない。だらだらと封鎖に向けた対策を続けることは、ウイルスに突然変異の機会を多く与えることになりかねない。

ウイルスにしてみれば、完全封鎖がもっとも行き場を失うのは明らかである。ロックダウンがもっとも功を奏するのは、人間にとって有害な突然変異を作る余裕をウイルスに与えないことである。だが経済と法律が強制的な封鎖を行えないなら、自主的にウイルスの行き場を封じ込めることができるはずだ。これが今の日本の状況である。

最近、動物園のトラや猫への新型コロナウイルスの感染が確認された。ウイルスにとっては新たな感染ルートを得たことになる。生存戦略に有利な性質を新たに獲得する可能性があり、猫から人への感染にも注意を払う必要がある。

■見通せない先とかすかな希望

このまま感染者数が指数関数的に増えれば、ぼくたちはもっと多くの大切な人を失うことになるだろう。これは人類とウイルスとの生存をかけた熾烈な闘いである。変異スピードでは人間はウイルスにかなわない。ウイルスの世代交代の速度はとても速く、ウイルスの変異には追いつけない。

ペスト、出血熱、エイズなど、歴史を振り返れば、人類の繁栄の歴史は病原体との闘いであった。しかし、人類が完敗した疫病はない。

戦いはこれからだ。たとえ社会的距離をとってウイルスの感染を抑えたとしても、グローバル経済の現代では、どこから敵の第2波、第3波が襲ってくるかわからない。すでに中国はその対策に入っている。

ワクチンや治療薬の開発は急務であるが、進化生物学的に考えれば、新型コロナウイルスの生存戦略を解き明かし、敵の弱点を探ることもこの災難を凌ぐために大事だと考える。この瞬間もウイルスはさらなる変異を続けている。

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宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学大学院環境生命科学研究科教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)などがある。

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(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授 宮竹 貴久 筆者写真 撮影=下城英悟)

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