多くの不利益は無視、日本で「選択制夫婦別姓」が認められない本当の理由
プレジデントオンライン / 2020年4月15日 11時15分
■保守派にとって「家族」は聖域
近年、選択的夫婦別姓制度が関心を集めています。これは、結婚した2人が自分の姓をどうするか選べるようにする制度で、実現すれば、現在の「2人とも夫の姓を名乗る」「2人とも妻の姓を名乗る」に加えて、「2人とも結婚前の姓を名乗り続ける」という第三の選択肢が生まれます。
つまり、苗字を統一してもいいし別々のままでもいいよという制度なのですが、反対派の中にはこれを誤解している人も少なくありません。ニュースなどではしばしば「夫婦別姓」と縮めて報じられるため、導入されたら苗字を別々にしなければならないと思い込んでいる場合があるのです。
こうした誤解からくる反対も、選択的夫婦別姓がなかなか実現しない理由のひとつです。しかし、最大の理由はやはり「政治」でしょう。家族のあり方に関する制度の可否は、その時々の政権の価値観に左右されがちです。そして政権が保守派の場合、最も守りたい“譲れない聖域”が家族そのものなのです。
現在の安倍政権は、家族については従来の制度を守り抜きたいはずです。そこを譲ってしまうと、保守派の有権者から成る支持母体をごっそり失いかねません。たとえ政治家の一人ひとりは選択的夫婦別姓に賛成でも、うかつにそうとは言えない事情があるのです。
■夫婦同姓の始まりは差別的なイエ制度
では、選択的夫婦別姓への反対意見にはどんなものがあるのでしょうか。よく見かけるのが「夫婦同姓は日本の伝統だから守るべき」という意見です。しかし、日本に夫婦同姓が導入されたのは1898年、明治時代の民法改正によってです。約120年前なので、伝統というには少し新しすぎるように思います。
それ以前の日本は夫婦別姓でした。もともと庶民には姓のない人も多かったのですが、1875年に姓を名乗ることが義務化されてからは夫婦別姓に。その状態が20年ほど続いたのち、1898年の改正で夫婦同姓が義務化されたのです。
この時は、結婚したら女性が男性の家の一員になると明確化したかったのか、女性は男性の姓を名乗ることと決められていました(婿養子の場合は、男性が女性の姓を名乗る)。これが日本の「イエ(家)制度」の始まりです。
「イエ制度」はいろいろ男性優位のものでした。たとえば夫が家庭の外でつくった子ども(婚外子)を、妻の同意を得ずに世帯の一員にすることさえできました。なんて差別的な制度だと思った方もいるのではないでしょうか。
まさにその通りで、この制度は差別的だという理由で1947年に廃止。夫婦は、同姓ならどちらの姓を名乗ってもいいことになりました。つまり、今と同じ夫婦同姓のあり方は、始まってからまだ70年ちょっとしか経っていないのです。
■「別姓だと家族の一体感が薄まる」は本当か
次に聞かれるのが「夫婦別姓だと家族が一体的でなくなる」という意見です。私には、それは姓ではなく相性や性格の問題だとしか思えません。離婚が増えるという声もありますが、姓の不一致が原因で離婚するような夫婦なら、さっさと離婚したほうが幸せだと思います。保守派の意見はこの点で矛盾していて、緊密な家族関係の重要さを説きながら、そのような関係が姓くらいで失われるものだと考えているのです。
「夫婦が別姓だと子どもが困る」という意見もあります。しかし、家族社会学の研究者として言えば、そうしたエビデンスはありません。海外には家族の姓がバラバラな国も多いですし、姓を気にせず名前だけで呼び合う国もたくさんあります。
日本はまだ姓で呼んだり呼ばれたりする機会が多く、姓がアイデンティティのひとつにもなっています。その点で改姓する側にやりにくさが出てくるかもしれませんが、夫婦別姓が選べるようになれば、良い意味で“姓を大事にしすぎる文化”は薄まっていくでしょう。そして、薄まっても別に困らないと思います。
■多くの女性が姓の変更で不便さを実感
私には、選択的夫婦別姓の導入にデメリットがあるとは思えません。反対意見にはどれも説得力が感じられず、なぜそんなに嫌なのか、いまだに理解しきれない部分もあります。でも彼らは、日本社会の存続は「一体感のある家族」あってこそと本気で思っています。
そうした考えの人は夫婦同姓を選べばいいわけで、私はそれを否定するつもりも、別姓を押しつけるつもりもありません。繰り返しになりますが、夫婦別姓は「選択的」です。この制度では、同姓がいい人は同姓を、別姓がいい人は別姓を選ぶことができます。どちらか一方の考えを押しつけることなく、各自が好きな生き方を選べる──これがベストな方法ではないでしょうか。
選択的夫婦別姓についての議論はもう熟しています。専門家の意見も出尽くしていて、これ以上、導入を前進させる新たな視点は出てこないように思います。後は、世論が「選択的夫婦別姓賛成」に大きく傾くのを待つしかなさそうです。
■「家族の一体感守るため多少の不便は甘受せよ」という考え
日本では今も、結婚すると女性が男性の姓に変えることがほとんどです。各機関に名義変更の届出をするのはかなり手間がかかりますから、面倒な思いをした女性も多いのではないでしょうか。「姓が変わると取引先の混乱を招くかもしれない」と考えて、職場では通称(旧姓)を使う人も少なくないようです。
夫婦別姓が認められない限り、今後も通称使用は拡大していきそうですが、これはこれで社内でのルール整備など面倒を伴うもの。それならいっそ別姓を選べるようにしてしまえばいいのにと私は思います。
別姓を選べないことに伴う不便は他にもたくさんあるはずです。しかし、保守派である現政権の考え方は「家族を守るため多少の不便は甘受せよ」です。これを変えるには有権者の判断に頼るしかありません。
今、日本の家族のあり方は大きく変化しつつあります。時代に合わない古い制度は、積極的に変えていく必要があります。近い将来、選択的夫婦別姓制度が導入されて、誰もが自分らしい道を選べる社会になるよう願っています。
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立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。
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(立命館大学教授 筒井 淳也 写真=iStock.com)
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