「勝ち続けるには段取りが9割」バックギャモン世界王者の確信
プレジデントオンライン / 2020年4月21日 15時15分
※本稿は、矢澤亜希子『運を加速させる習慣』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■勝負に「流れ」など存在しない
テレビで野球やサッカーの試合を見ていると、実況や解説のなかで「流れ」という言葉がよく出てきます。誰かのエラーやミスによって試合の流れが変わったとか、途中から交代した選手の活躍で流れを引き寄せたなどといわれると、たしかに試合展開の潮目が変わったように感じられる瞬間があって、それまで劣勢だったチームが逆転したり、勝利を目前にしていたチームに信じられないようなミスが続いたりします。
でも、実際のところ、試合展開に流れなどあるのでしょうか。勝利の女神が、どちらか一方から運を移し替えるようなことが、本当にあるのでしょうか。
「流れ」という言葉をどのような概念でとらえるかにもよりますが、身もふたもないことをいうと、私は勝負において流れなど存在しないと思っています。流れとはとても曖昧で便利な言葉なので、わからないことを流れで片づけしまいたくなる気持ちには共感できます。しかし、ものごとには大なり小なり原因があります。
突然起こった思いがけない出来事のように感じても、実は小さな積み重ねがあります。流れのように感じられても、それは自分が作り出した幻想で、流れで片づけているうちは目の前にある運にも気づかず、ましてや運をつかむことなどできない、と私は考えています。
■起死回生の一手が局面を悪化させる
バックギャモンの試合でも、駒の動かし方にミスはなかったはずなのに、サイコロの目がよくないことが続いて、気がつけばだんだん劣勢に追い込まれていた、というケースがあります。自分では最善を尽くしているはずなのに、それでも不利な局面になっていった。それは流れが悪いからだと考え、とりあえず納得したとします。
![矢澤亜希子『運を加速させる習慣』(日本実業出版社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/200/img_aa81b8f2d816a231682cae766a5c8beb237243.jpg)
そうすると、どこか勝負どころで起死回生の手を打って、試合の流れを変えようなどと考えるわけですが、そういう企みはたいてい失敗します。起死回生の一手とは、言葉を換えれば冒険的な手のことですから、そこに無理が生じて、ますます局面を悪くしてしまうことが少なくないのです。
もし、自分にとって望ましくない展開が続いたら、まずやるべきことは自分が打ってきた手が本当に最善手だったかを冷静に検証することです。最善だと思っていたのは勘違いで、どこかに判断ミスがあったのかもしれません。
また、検証してもミスが見つからなかったら、そのまま最善手を打ち続ける努力をすべきです。バックギャモンだけでなく、私たちの日常生活においても、自分には何の落ち度もないのに事態がよくない方向へ向かうことはあるものです。そういう場合は、慌てたりせずじっと辛抱して、とにかくベストを尽くすことを続ける。流れが悪いと思い込んで気持ちが沈んだり、事態を打開しようとしたりして無理をすると、ますます敗色が濃くなるだけです。
■勝者にミスがないという考えは大間違い
では次に、試合後の反省方法についてお話します。
試合に負けたとき、私は解析ソフトを使って棋譜を分析し、敗因について考えています。勝ったときにも同様に棋譜を検証します。それは、結果的には勝っていても、その内容が100パーセント正しかったとはかぎらないからです。
バックギャモンにおいてほとんどのミスは、局面に対する理解が不足していることによって起こるといっていいでしょう。プレーヤー間の実力の差とは、この理解力の差と表現してもいいくらいで、実力が伯仲するトップレベルのプレーヤー同士の対戦では、そのわずかな差が勝敗を分けることになります。
■「たまたま」ではなく正解を選べるようにする
そういったミスは、負けた側に目立つことが多いのですが、だからといって勝者側にミスがないということにはなりません。だからこそ、勝者にも棋譜の検証が必要になります。そこで振り返っておかないと自分のミスに気づかず、正しいと思い込んでしまうおそれがあるからです。正しいと思い込んで長期間続けたことを修正するのは簡単ではありません。
また、複雑な局面において、たまたま正解を選んだから勝ったものの、いくつかの選択肢に迷った場合などもあるでしょう。迷うということは、その局面を理解できていないということです。再び似た局面が現われた場合、理解できていなければまた迷い、そのときの気分や状況次第で、今度は正解を選べないかもしれません。
私は、勝った試合にも悪い勝ち方があって、負けた試合にもいい負け方があると思っています。負けた試合にもかかわらず内容がよかったといえるのは、最後までミスらしいミスもなく、最善を尽くして敗れるような場合です。もちろん、プロプレーヤーである以上、結果がすべてではあるのですが、存分に実力を発揮しても、対戦相手がさらにその上をいってしまったら、潔く白旗を掲げるしかありません。当然、悔しさは感じますが、そういう試合は負けても胸を張れるものです。
■トレーニングは「長所を伸ばす」より「短所を補う」
いわゆるスパルタ式の教育が非難を浴びるようになってから、人材育成の主流は「短所を矯正する」ことから「長所を伸ばす」ことに変わってきました。権威や恐怖によって相手を従わせるのではなく、相手の長所を見出して褒める。そうすることで、相手の長所がさらに拡大して短所を覆い隠したり、長所の拡大に引っ張られたりするように短所も改善する、という考え方なのでしょう。
だからといって、直せる短所を放置したり必要な改善をしなくていいと考えたりするのは間違いです。
私の場合、バックギャモンはほぼ独学で身につけたため、コーチなどの指導を受けたことはありませんでした。したがって、自分の能力をどう伸ばすかも自己診断にもとづいて方針を立ててきたのですが、長所を伸ばすより、なるべく短所を補うような意識で研究を重ねてきました。
■短所を長所に変えて死角を減らす
バックギャモンをはじめたころは、私にも苦手な局面がいくつもありました。その自覚した局面については、どういう方針で駒を動かせばいいのか、考え方が間違っていないか確認しながら、何百回と同じ局面を繰り返しながら、答えを探していきました。私にとってはそれを積み重ねることが、トレーニングといえます。
トレーニングを重ねるうち、やがてその局面においてはどういうふうに駒を動かせばいいのかというコンセプトがわかってきます。すると、それまで苦手だったはずの局面が、得意な局面に変わる。そうして短所を長所に変えていくことによって、少しでも死角を減らすというのが、私のトレーニング方針でした。
■トレーニングの賜物で苦手な局面が得意に
トレーニングには膨大な時間がかかります。限られた時間のなかで実力を向上させるには、なるべく伸びしろの大きい部分を集中的にトレーニングしたほうが効率的です。ただし、取り組んでいるジャンルやかけられる時間にもよりますが、長所がある程度確立されたならば、それをさらに伸ばすより、短所を補うトレーニングに優先的に取り組むほうがより成果を得られることもあるのです。
振り返ってみると、今私が得意とする局面のなかには、もともと苦手だったものがいくつかあります。このようなトレーニングの積み重ねによって、短所が長所に転じ、大きな伸びしろを活かすことができるのです。
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プロバックギャモンプレイヤー
1980生まれ。明治学院大学卒業。日本人3人目の世界チャンピオン。国内、海外のトーナメントを転戦し、数多くの優勝を果たす。2014、2018年の世界選手権のメイン種目で優勝し、日本人初、国籍を問わず女性初となる2度の世界チャンピオンになった。
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(プロバックギャモンプレイヤー 矢澤 亜希子)
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