元トヨタマンたちが挑戦中「夢の空飛ぶクルマ」の進捗状況
プレジデントオンライン / 2020年4月17日 15時15分
※本稿は、中村尚樹『ストーリーで理解する 日本一わかりやすいMaaS&CASE』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「空飛ぶ自動車」は本当に贅沢品か?
国連は現在、SDGs(Sustainable Development Goals、エスディージーズ)と呼ばれる持続可能な開発目標を掲げ、貧困や不平等の解消、ジェンダーの平等や教育対策、さらには働きがいやクリーンエネルギー対策など、2030年までに達成すべき17のゴールと169のターゲットを提示している。
国連広報センターは、このSDGsを子どもたちに楽しみながら理解してもらおうと、クイズに答えてコマを進める世界共通のすごろくを作り、ウェブサイトで公開している。その問題のひとつが、興味深い。
(a)自転車
(b)電気バス
(c)空飛ぶ自動車
ゲームの遊び方を見ると、クイズの正解者はもう一度、サイコロを振ることができると書いてある。しかしウェブサイトに、正解は用意されていない。いずれも簡単な質問だからということだろう。
消去法で考えれば、「空飛ぶ自動車」がエネルギーの節約や地球の保護にふさわしくないということになる。
国連は、空飛ぶクルマはエネルギーを浪費する贅沢品と考えているのだろうか。私は必ずしも、そうは思わない。有線電話の整備が遅れた地域でスマートフォンが導入されて便利になったように、道路整備の遅れている地域では、空飛ぶクルマが、道路建設による環境破壊を防ぐ切り札になるかもしれない。
この話題は、2019年10月に開かれた東京モーターショーのシンポジウム「空飛ぶクルマは実現するか」に登壇した大阪府商工労働部産業化戦略センター長の中原淳太に教えられたものだ。というわけで、本稿では空飛ぶクルマを取り上げる。
■ドイツではヘリコプターのような車が実用化へ
空飛ぶクルマ、英語で「Flying Car」は、各国で開発が進んでいて、すでに実用化が間近いプロジェクトも多い。「クルマ」という呼び名がついているが、基本的には小型の航空機であり、地上も走行できるタイプは少ない。
先頭を走っているのは、ドイツのベンチャー、「ボロコプター」だ。形はヘリコプターのように見えるが、回転する大型のブレードは備えておらず、円形に18個の小さなプロペラを配置した「マルチコプター」と呼ばれるタイプだ。
マルチコプターは、それぞれのプロペラの回転数を変えることで制御を可能にしており、ヘリコプターに比べて製造や操縦が容易である。騒音はヘリコプターの7分の1。ボロコプターは2016年に有人飛行に成功し、2020年代前半の実用化を目指している。
中国ではイーハンが有人飛行に成功している。大手航空メーカーではアメリカのボーイングやベル、ヨーロッパではエアバスが、空飛ぶクルマを開発している。ライドシェアのウーバーは、空飛ぶクルマを使ったエアタクシーの実用化を目指している。
日本も負けじと、2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」で、「世界に先駆けた“空飛ぶクルマ”の実現のため、年内を目途に、電動化や自動化などの技術開発、実証を通じた運航管理や耐空証明などのインフラ・制度整備や、“空飛ぶクルマ”に対する社会受容性の向上等の課題について官民で議論する協議会を立ち上げ、ロードマップを策定する」と定められた。
これに従って設けられた官民協議会には、官からは通産省と国土交通省、民からは機体メーカーをはじめ、サービス展開を目指す事業者まで幅広く参加している。
■日本では技術を持ったボランティア集団が登場
協議会では、空飛ぶクルマを次の三点で定義している。
第一に電動化。従来のエンジンに比べて部品点数が少なくなり、製造コストが下がる上、メンテナンスも容易になる。CO2の排出や騒音など、環境に与える負荷も少ない。
第二に自動操縦。人為ミスがなくなって安全性が向上すると同時に、パイロットの人件費が不要となる。空では、人が急に飛び出すことがなく、自動車の自動運転より取り組みやすいという専門家が多い。
第三に垂直離着陸。滑走路のような大型のインフラ整備が不要となる。
この3つの条件は、いずれも運行コストの大幅な引き下げに役に立つ。航空業界ではこうした機体をeVTOL(electric Vertical Take‐Off and Landing Aircraft、イーブイトール)、電動垂直離着陸機と呼んでいる。
2018年12月に協議会が取りまとめたロードマップでは、2023年の事業開始が謳われている。空飛ぶクルマは空想の世界ではなく、現実のものになろうとしている。
日本でもいくつかのグループや会社が、空飛ぶクルマの実用化を目指している。
取り組み方が興味深いのは、有志団体として発足した「CARTIVATOR」(以下、カーティベーター)だ。高度な知識が必要とされる分野で、ボランティアというスタイルが面白い。2018年にはメンバーの一部が会社組織の「SkyDrive」(以下、スカイドライブ)を設立し、実用化を目指している。
■東大、ドローンメーカー、トヨタ、NECも参入
東大発のスタートアップ、「テトラ・アビエーション」は、ひとり乗りの空飛ぶクルマを開発している。
産業用ドローンメーカーの「プロドローン」は、ふたり乗りの「AEROCA(エアロカ)」と、ひとり乗りの「SUKUU(スクウ)」を準備している。
さらにトヨタは2020年1月、空飛ぶクルマの開発を進めるアメリカのベンチャー、「ジョビー・アビエーション」と協業すると発表した。トヨタは、「電動化、新素材、コネクティッドなどの分野において次世代環境車の技術との共通点も多く、eVTOLは自動車事業との相乗効果を活かした新たなモビリティ事業に発展する可能性がある」とコメントしている。
一方、NECは、空飛ぶクルマが実用化される時代に向けて、管制システムの開発を進めている。
ヘリコプターによるオンデマンドサービスを提供する「AirX」は、空飛ぶクルマの実用化を見すえて、空飛ぶタクシー事業を構想している。
■有志団体のカーティベーターを立ち上げたワケ
カーティベーターは、中村翼が代表を務め、その後、福澤知浩が2018年、共同代表に就任した。
まず中村に、まるで空飛ぶクルマを開発するためのペンネームのような「翼」という名前について聞いてみた。
「人気マンガ『キャプテン翼』の主人公ように、明るく元気に育ってほしいという思いを込めてつけた名前だと聞きました」
1983年に「キャプテン翼」がテレビアニメ化されて、日本中にサッカーブームが巻き起こった。中村が生まれたのは、その翌年である。その名前が、いまの仕事に影響を与えたのだろうか。
「大学では流体力学を研究しました。そういう分野では必ず、飛行機の翼が出てきます。名前が興味を持たせたのか、無意識に引き寄せられたのかもしれませんね」
小学生のころから自動車のエンジニアになることを目指し、願いがかなってトヨタに入社した。
「実際にエンジニアになると、ただクルマを作るだけではなく、次の世代に夢を伝えられるような、『ぶっ飛んだことをしたい』という思いが強くなっていきました」
そんなころ、会社の懇親会で出会ったのが、3歳年下の福澤だった。
■「面白いモビリティを作りたい」と100以上のアイデアを集め…
福澤は幼いころ、身の回りの電気機器やおもちゃがなぜ動くのか不思議に思い、『これはきっと魔法だ』と思っていた。やがて小学校の理科の実験で、モーターには動く原理があること、それは多くの人の知恵と思いで生まれたことを知って感動し、それ以降、モノ作りに夢中になった。大学ではロボットを研究し、トヨタに入った。
「身の回りのあらゆるモノを見るたびに、誰のどんな知恵や思いが入っているのだろうかと思いを巡らせます。世界中の人たちがつながっている気がして、じんわりと幸せな気持ちになります」
福澤は中村と話すと、たちまち意気投合した。
「最初は、『面白いモビリティを作りたい』という話でした。ぼくも同じ気持ちを持っていたので、『作ろう、作ろう』と盛り上がったのです」
業務の時間外に仲間を集め、「何か面白いことをやろう」と2012年9月、有志団体「カーティベーター」を結成して議論を始めた。名前は、car(自動車)と、cultivator(開拓者)を掛け合わせて作った造語である。休日にみんなで合宿をして、「人はなぜ、移動するのか」という根源的な問い掛けから考えてみたりもした。やがて「海を潜るクルマ」とか、「部屋ごと移動できるクルマ」とか、100以上のアイデアが集まった。グループ結成から半年を掛けて議論し、翌2013年に選んだテーマが、「空飛ぶクルマ」だった。
■それは、ワクワクする“夢”だから
中村は、空飛ぶクルマを選んだ理由について、「ワクワクする“夢”だから」と言う。「いまはできないことを、できるようにしようというところが、夢だと思っています」と語る。
福澤も、「一番、楽しそうだったからです。まだ見ぬ景色を見たり、地上では行きにくいところに行ったり、飛んでいる過程を楽しんだりしたい」と話す。
映画では、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』をはじめ『アイ、ロボット』や『マイノリティ・リポート』『フィフス・エレメント』『ナイトライダー』など、数々の人気SF映画に登場する「空飛ぶクルマ」は、子どもたちだけでなく大人が見てもカッコいい。空を飛ぶことを歌ったヒット曲で言えば、赤い鳥の「翼をください」、荒井由実の「ひこうき雲」、中島みゆきの「この空を飛べたら」など、数え上げればきりがないほどである。空を飛ぶのは、人類の普遍的な夢であり、憧れなのだ。中村と福澤たちは、その夢の実現に向かって歩き出した。
■エンジニアのほか、投資会社や広告会社からも参戦
その頃、海外ではドローンが様々な用途で使われ始めていた。ドローンは無人航空機の総称だが、一般的には4個から8個程度のプロペラを備えたマルチコプターを指すことが多い。
最新のドローンにはGPSや電子コンパス、加速度センサーが搭載され、自律的に飛行することができる。プロペラが複数あるため、もしひとつが動かなくなっても、ほかのプロペラでカバーするなど、安全対策を強化することも可能だ。
カーティベーターでは、ドローンの大型化をはかる方向で、検討を進めていった。
2014年にはクラウドファンディングで資金を募ると、メディアにも取り上げられ、知名度が上がってきた。その結果、一緒にやりたいという人たちも増えてきた。この年には、5分の1スケールの試作機を開発した。2018年には1分の1という実物大の実験機も製作した。
カーティベーターは活動拠点を、愛知県豊田市と東京都の2カ所に置いた。メンバーは約100人。このうち、6割を占める技術領域担当メンバーは自動車や航空業界のエンジニアやデザイナー、4割の事業領域担当メンバーは投資会社やコンサルタント会社、広告会社や商社などに勤めていて、様々なスキルを持っている。中には自家用のヘリコプターを所有しているメンバーもいる。
あくまでボランティアとしての参加であり、本来業務の終わった平日の夜や週末を利用して、活動を続けている。
■順調に育ち、30人で新会社を設立
会社員として、知的財産の守秘義務や兼業の禁止規定に触れる恐れはないのだろうか。福澤に聞いてみた。
「『所属している会社に関係する技術は使わない』『中で使った技術は外に持ち出さない』という二点について、全員と契約書を交わしています。兼業禁止について、会社によってスタンスの違いはありますが、一般的に兼業は対価を得ることが目的ですから、ボランティアのカーティベーターは兼業には該当しません」
事業の熟度が増してくると、ボランティアだけの体制ではそれ以上の進展が難しくなった。そこで2018年7月、カーティベーターの中から約30人が参加し、株式会社として「スカイドライブ」を立ち上げた。2017年にトヨタを離れて独立していた福澤は、カーティベーターの共同代表を兼務しながら、スカイドライブの社長を務めることになった。
中村も2018年4月にトヨタを離れ、母校の研究員の傍ら、カーティベーターの代表を務めている。
こうして現在は、カーティベーターとスカイドライブが併存し、協力しながら空飛ぶクルマの実現を目指している。
■100キロで空を飛び、地上を60キロで走る
カーティベーター・スカイドライブモデルの、他社と比べたユニークな点は、ふたつある。
ひとつは、サイズがコンパクトということだ。全長と全幅がいずれも3.6メートル、高さが1.1メートルで、世界最小サイズを目指している。コックピットの長さだけみれば、先行するボロコプターとそう変わらないが、ローター部分で測ると9メートル以上あるボロコプターの半分以下に収まる。ということは、駐車場2台分程度のスペースがあれば離着陸できるようになる。
もうひとつは、他社の多くが飛行専用機を開発しているのに対し、「クルマ」の部分にもこだわっていることだ。4モーターのマルチコプターに、三輪自動車を組み合わせる計画だ。空を飛ぶときのスピードは時速100キロ、クルマとしての走行速度は時速60キロが目標である。
「走行して飛びます。そうすると、ドアtoドアで移動できるのです」
確かに、走れたほうが「空飛ぶクルマ」の名にふさわしい。
日本で先行するカーティベーター・スカイドライブには、NECやパナソニック、大日本印刷、トヨタをはじめ、約100社から、資本提携だけでなく、各種技術や活動場所の提供など、様々な支援が寄せられている。それだけ期待が大きいということだ。
2019年12月には、日本初となる空飛ぶクルマの有人飛行試験を、豊田市の屋内飛行試験場で開始した。伝動装置の制御がうまく機能しない場合や緊急着陸など、様々なケースを想定して、安全性の検証や操作性の確認を進めた。そして2020年4月3日、「有人飛行試験における技術検証第一弾が安全に完了した」と発表した。今後は屋外での飛行試験許可を取得する計画だ。
■大手メーカーは「難しいだろう」との見方だが…
日本で航空機を製造している大手メーカーの技術担当者に、カーティベーター・スカイドライブ製の空飛ぶクルマについて、どう評価するか聞いてみた。
「ベンチャーには勢いがあり、空飛ぶクルマの機運を盛り上げるにはいいと思います。しかし、現実的には飛行の安全性を担保しなければなりません。航空機製造の国際認証を取得し、型式証明が発行されるには、ベンチャー企業だけでは難しいだろうと、我々は思っています」
なかなか厳しい言葉だが、それは中村も承知の上である。
「その通りだとは思っています。まずは情報をオープンにして、社会実装するところまでは共に歩む姿勢が重要ではないかと思います」
空飛ぶクルマ開発の事業主体となるスカイドライブでは、2023年の販売開始、2030年の自動運転化を目指している。そこでスカイドライブは2020年4月1日、三菱航空機元副社長の岸信夫をCTO(最高技術責任者)として迎え入れた。岸は三菱重工、三菱航空機で、旅客機などの開発に37年間従事し、この間、先進技術実証機プロジェクトマネージャー、国産初のジェット旅客機MRJ(現SPACEJET)のチーフエンジニアを歴任した航空機開発のエキスパートである。
航空機に必要不可欠な型式証明の取得や安全性の検証、システムインテグレーションなど、岸の持つ専門的な知識や経験が、空飛ぶクルマの実用化に活かされると期待されている。
■タクシーや山間部・離島での活用に期待
空飛ぶクルマが実現したとして、利用のイメージについて、福澤に聞いてみた。
「所有するというよりは、MaaSのイメージで、空飛ぶタクシーとしての利用が最初ではないでしょうか。例えば川や海があるため、道路が直線で結ばれていない二点間で、地上交通なら1時間から2時間かかるところが、空飛ぶクルマなら十数分で行ける場合、需要はあると思います。その場合の料金も、タクシー料金よりは多少高い程度に収まると思います。あるいは観光でも、ロープウェーに乗るような手軽さで楽しめるのではないでしょうか」
都会だけでなく、交通が不便な山間地などでも需要はありそうだ。日本は島国だから、離島と本土とを結ぶ移動でも活躍しそうだ。より手軽なドクターヘリとして、あるいは地上の交通が寸断された災害復旧時の対策にも役立つだろう。
利便性と経済性を兼ね備えたエアモビリティが、MaaSの新たな選択肢としてスマートフォンのアプリ画面に登場する日も、そう遠くはないと思えてきた。
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ジャーナリスト
1960年生まれ。NHK記者として原爆被爆者や医療問題などを取材、岡山放送局デスクを最後に独立。
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(ジャーナリスト 中村 尚樹)
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