神戸→上海で"ホテル隔離"を体験した中国人が驚く「中国と日本の違い」
プレジデントオンライン / 2020年4月15日 11時15分
■春節で一時帰国したら、中国に戻れなくなった
武漢では約2カ月半に渡る封鎖が解除されたが、日本ではまだ中国の感染状況の終息を疑問視する声が絶えない。そんな中、あえて中国に入国し、14日間の隔離生活を送った男性がいる。日本生まれ、日本育ちの華僑3世、金鋭氏だ。日中両国をよく知る金氏の目を通して、日本には伝わってこない中国の隔離対策の実態と、日中の温度差が見えてくる。
「皆さん、こんばんは!」
3月29日夜、金鋭氏がフェイスブック上に隔離生活を紹介する動画を投稿した。数分間の短い動画だが、隔離されている上海のホテルの室内や彼の表情もはっきり見える。この日から隔離最終日の4月11日まで、金氏は連日動画を撮り続け、室内の環境や隔離中に考えたことなどを話した。金氏はフェイスブックの設定を「公開」にしているため、友人だけでなく「中国の本当の隔離状況を知りたい」という国内外の人々から、大きな反響があったという。
金氏は神戸で生まれ育ったが、1996年から上海を拠点に人材ビジネスに従事。現在はフリーランスで現地の日系企業、中国企業などにコンサルティングを行い、カメラマンとしても活躍している。そんな金氏は1月20日、春節休みを日本で過ごそうと家族とともに帰国した。だが、武漢を中心に新型コロナウイルスの感染が拡大し、中国に戻りたくても戻れなくなってしまった。
■空港自体がまるで広い検疫場のよう
以来、神戸で帰国の機会をうかがっていたが、状況は刻一刻と変化。3月末の時点で、中国のビザを持っていても外国人は入国禁止。しかし、中国人(中国籍保有者)はPCR検査と14日間の隔離を条件に帰国できることが判明した。急きょ航空券を手配し、単身で飛行機に飛び乗った。エコノミーの搭乗率は3~4割ほどで、搭乗客の多くは防護服やビニールコートなどを着て完全防備。緊張感と張り詰めた空気が漂っていたという。
金氏は緊迫した上海の浦東国際空港の様子をこう語る。
「飛行機を降りると、防護服を着た係官に多数のブースがある場所へと誘導されました。各ブースでは機内で記入した『中国出入境健康申請カード』を基に『2週間以内に誰に会ったか』などのヒアリング。係官の対応は親切でしたが、ウイルスを徹底的に排除するのだという気迫を感じました。空港の外に出ると、壁が一面、黒いもので覆われていて何も見えない状態。フロアでは常に消毒を撒(ま)く係官がいて、空港自体がまるで広い検疫場のような感じでした」
それから自宅がある地区ごとに設置された待機所でパスポートと航空券を預け、集中隔離に同意する旨の書類にサイン。そこで2時間待たされた後、バスで隔離施設(ホテル)へ。ホテルでは個人情報をQRコードでスキャンされ、部屋番号を渡された。ホテル全体が隔離施設になっているが、エレベーターは感染防止のためにシートで覆われていて使用できず、外階段を使って部屋がある6階まで上がったという。
■食事は1日3回、デリバリー禁止で清掃もなし
翌朝から本格的に隔離生活がスタート。食事は朝7時、昼11時、夕方5時の3回、部屋の入り口までお弁当が運ばれる。検温は1日2回。防護服を着た係官は室内に入らず、ドアノブも絶対触らない。フロントへの電話は通じるので、水は頼めば持ってきてくれるが、外部からのフードデリバリーは禁止。タオルは交換してくれるが、シーツ交換はなく、掃除もなし。
費用は食事代込みで1泊200元(約3000円)、個人負担だ。むろん、検温以外の人と接することは一切できない。ビジネスホテル程度の広さしかない狭い一室に閉じ込められ、廊下にも一歩たりとも出られない状況は、想像以上に過酷で孤独だ。
金氏の動画を視聴していると、毎日少しずつ様子が変わっていくのが分かる。最初のうちは緊張が表情にも出ていたが、フェイスブックを見ている人々からの激励もあり、隔離生活も後半にしたがって、元気になっていったように見えた。
ところで、そもそもなぜ、彼は隔離が厳しい中国にわざわざ帰国しようと思ったのか。ひとつは、まず生活と仕事の拠点が上海にあることだ。「今帰らなければずっと帰れないかもしれないと思った」と本人は言う。そして、中国の隔離の実態がどのようなものなのか、自分自身が体験し、それを多くの人々に伝えたいと思ったという。
事実、金氏は出発前に中国の隔離情報をできるかぎり調べてみたそうだが、自宅以外の場所で隔離されている人の情報はほとんど入手することができなかった。自分が「中国の今」を発信することは、日本など海外に住む人にとっても貴重だと考えた。
■金氏が最もモヤモヤしていたのは…
しかし、それだけではない。日本に滞在していた約2カ月、金氏が最もモヤモヤしていたのは、未知のウイルスに対する日本と中国の温度差、そして情報の受け止め方の違いに違和感を覚えたことだ。それが日に日に増大していったことが大きい。
「日本にいるとメディアの影響力がとても強く、中国について非常にネガティブな情報が多いため、そうした『日本の空気』に流されてしまいがちです。自分にとっても、中国に帰ることは高いハードルとなっていました。もしかしたら、怖いところに閉じ込められるのではないか、とか。
でも、実際はまったく異なりました。何よりも自分の体験と動画がその証拠です。中国のテレビやネットでは常にリアルタイムで感染者に関する情報を流していますし、空港での徹底的な水際対策にも中国政府の『何が何でも封じ込めるんだ』という強い覚悟と気概を感じました」(金氏)
私自身も、この数週間、中国の友人たちに電話で取材して感じていたことだが、中国の人々は、私たちが日本のニュースで見ている以上に、自分たちの生活をすべて犠牲にして、真剣にこのウイルスと向き合い、戦ってきたということ。そして、彼らが今、最も強く感じているのは「ここまでがんばった結果、自分たちは新型コロナウイルスに勝った」「困難を克服した」という自信や達成感のようなものだ。
■厳しい都市封鎖と外出制限が効果を発揮した
日本では、自らに迫りくる危機はさておき、中国の終息モードを疑惑の目で見ている人がかなり多いと思う。解放された武漢の人々の喜びように対しても「まだ無症状患者が多いのに、今、人々が町に繰り出したら怖い、危ないじゃないか」「中国政府は嘘(うそ)をついているんでしょう?」と思っているだろうが、少なくとも、私の知る中国人からは「自分も政府もよくがんばったと思う」「政府の対応は正しかった」「ここまで徹底的な対策をとるのはやむを得なかった」という声が非常に大きく、武漢の喜びは全国民の喜びとなっている。
それは1月末から行われてきた武漢の厳しい都市封鎖をはじめ、全国各地で行われている検温やマスク着用の徹底、外出制限、空港での水際対策が、現状では高い効果を発揮している、と彼らが実感しているからだ(現在では外出制限はなくなり、地方へ行く交通網も問題ないが、出勤先などでの検温やマスク着用は徹底されている)。それが、彼らが自信を持つ根拠にもなっている。
■日本のトップに強い危機感は感じられない
日本をはじめ海外では、中国政府による「初動の遅れ」や「情報の隠蔽」「感染者や死亡者のデータ改ざん」問題について糾弾する声が絶えない。確かにそういう声は当然あるだろうし、その通りだが、中国人はそのような海外から自国への非難を承知しつつ、「でも、海外のほうこそ、中国や中国人をバカにして、最初はこの問題と真剣に向き合おうとしなかったんじゃないか」と思い、不満に感じている。
そう思っているのは海外に住む中国人も同様だ。だから、たとえ14日間の厳しい隔離が待っていると分かっていても、自ら望んで帰国する人は今も増え続けている。
しかし、日本では、私が見たところ、政府のトップに強い危機感はあまり感じられず、ウイルスの怖さがいまだに分かっていないような言動をとる人も少なくない。マスクの着用が徹底されていないだけでなく、
それどころか、外出自粛でストレスが多いからか、あるいはもともと根底にあるからか、中国や中国人への偏見や差別はますます増大している、と個人的に感じている。特にネット上での誹謗中傷は激しい。好き嫌いはともかくとして、中国人の本音を日本人が知ることは大事だと考えている私の元にも、匿名で誹謗中傷が投げかけられてくる。
■「まずは実態を正確に知ることが何よりも大事」
金氏は「誰もが自分のことしか考えられなくなり、情報や経験をシェアせず、お互いに歩み寄れなくなってきているのは、とても残念なことだと思います。今は国家や体制を越えて、この未曾有の難局に立ち向かわなければならない大事なとき。それなのに、お互いに他国や他人を批判ばかりするのはなぜなんだろう、と思ってしまいます」と語る。
マスクの贈り合いなど、一部では温かい交流もあるものの、目に見えないウイルスに対して、日中間の溝は埋まらないどころか、むしろ溝は広がってしまったかのように見える。だが、金氏は「まずは実態を正確に知ることが何よりも大事」だと強調する。メディアの情報だけを鵜呑(うの)みにせず、何が正しいのかを知るための判断材料を、自ら得ようと努力することが必要だと私も思う。
14日間の隔離を終えて、上海市内の自宅に戻った金氏は、最後にこう語ってくれた。
「日本と中国。いま双方に埋めがたいギャップがあることは確かです。でも、これを埋めるためには、お互いの違いを知り、それを認めて、理解し合うこと——。これしかないと思っています」
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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