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全国の救命救急センター長たちが「医療崩壊」という言葉に違和感を持つ理由

プレジデントオンライン / 2020年4月22日 18時15分

感染予防の装備を着用して診察にあたる今明秀医師

■共通する要望は「新型コロナウイルス専門の病院を」

新型コロナウイルス感染者が急増している。それを伝える報道は「医療崩壊」を強く示唆している。院内感染が発生した、PCR検査がなかなか受けられない、薬もワクチンもない……。だが、さまざまな地域の救急現場を密着取材してきた私にとって、ここ最近の報道は「医療崩壊」という言葉を正しく使っていないように感じられた。

そこで今回、全国各地のベテラン救急医に現場の状況を聞き、リアルな声を伝えたいと思って筆をとった。取材が可能であった救急医10人のうち半分は救命救急センター長で、かつ感染者の少ない地方だけでなく都市部の救急医も含まれている。

医療崩壊には明確な定義はないものの、現状では二つの意味に整理できる。

一つは「通常の医療ができなくなること」。救急医療は脳血管疾患やがんの急変、交通事故など“一生に一度”といえる事故や病気が集結する場だ。現在、新型コロナウイルス感染者の急増で、病院によっては突発的に発生する病気や事故へ十分に対応できなくなりつつある。社会が目指すべき地点は、新型コロナウイルスによる死を防ぐだけでなく、その地域全体の死亡率を低下させることである。そう考えれば、通常の救急医療機関と新型コロナウイルスへ対応する医療機関を本来分けるべきである。

取材した救急医10人の中でも、6人が「新型コロナウイルス専門の病院を作ってほしい」と口にした。感染症疑いの患者しか受診しないのであれば、防護服を着用したままでいられる。目の前にコロナウイルスの感染者がいてもきちんと防護服を身にまとえば、かなり感染リスクが抑えられることがわかっている。しかし現状は脱ぎ着しなければいけない。

新型コロナウイルス感染者と通常の救急患者を分ける。それができれば通常の医療が崩壊する恐れはかなり低くなる。ただし、医療機関が少ない地域ではどうしても一カ所の医療機関で担わなければならない。そういった場合でのヒントになる「大阪方式」については記事の後半に触れる。

■日本では毎年10万人以上が「肺炎」で死亡している

もう一つの医療崩壊は、「人工呼吸器やECMO(人工肺)が足りなくなり、助けられる可能性のある命が助からなくなること」だ。たしかに新型コロナウイルスに感染した重症者が増え続ければ、医療資源が足りなくなる可能性がある。だがまだそうした事態には至っていない。

写真=iStock.com/sergeyryzhov
医療用人工呼吸器 - 写真=iStock.com/sergeyryzhov

メディアは連日のように、ただただ右肩上がりに増え続ける「感染者数」と、症状に苦しむ患者の姿ばかりを大々的に報道している。そうした情報に接していれば、不安を抱くのはよくわかる。ただ、新型コロナウイルス感染に対する国民の「不安感」が増幅すると、医療現場を混乱させ、医療崩壊を現実にしてしまう恐れがある。

今は何よりも偏りのない事実を知ることが重要だ。新型コロナウイルスによる国内の死者は現在186人(4月21日時点)。一方、厚生労働省の人口動態統計によれば、日本ではここ数年、年間10万人以上が肺炎によって死亡している。その9割が高齢者である。一日あたりに換算すると、毎日数百人の高齢者が新型コロナウイルス以外の肺炎で命を落としていることになる。

ウイルスに感染し、肺炎を発症して死亡するという過程は「新型コロナウイルス以外でも日常的にあり得る」ことを、大前提として理解してほしい。もしかすると「新型」でなく、冬の風邪の代表格である「旧型」のコロナウイルス感染による肺炎の死亡者数のほうが多い結果になるかもしれないのだ。

■「症状が悪化した時に医療を利用する」という意識が重要

厚生労働省のクラスター対策班の西浦博・北海道大教授は、国内では新型コロナウイルスで最大40万人が亡くなる恐れがあるという試算を公表している。ただ、これは新型コロナウイルスの感染拡大に対し、何も対策をとらない場合の試算だ。この数字だけをみて、恐れすぎてはいけない。

できる予防法を行い、感染が社会的に蔓延しない工夫をしながらも、感染することを必要以上に恐れすぎず(また感染者・回復者を人間的に差別せず)、「回復しない/症状が悪化した時に医療を利用する」という意識が重要だ。

「新型コロナウイルスに感染したかもしれない」と思うような不安があったり、発熱、呼吸器症状が出たら、まずは「かかりつけ医」か「新型コロナコールセンター(0570‐550571)」に相談すること。症状が軽いなら自宅で休養でもOKだ。しかし、かかりつけ医がわからなかったり、または一般診療所で診療を断られたりして、救急車を呼んでしまうような事態が起きている。

私が救急医に投げかけた3つの質問から“救急現場の声”を紹介しよう。現場の状況を知り、冷静な視点で様々な事柄を判断してほしい。

■【救急現場への質問1】前年と比較した救急患者数の増減について

最近、あなたの周囲では救急車のサイレンを聞く機会が以前より少なくなっていないだろうか。

私の自宅近くには24時間体制の二次救急病院(地域の中核病院)があるため、以前はひっきりなしに救急車が出入りする音が聞こえたが、ここしばらくは静かな状況が続いている。

実際に、前年同時期と比較して1~2割、救急患者が減少している傾向にあるという。例えば大阪府の救急車の出動件数だが、2018年3月が4万2449件、2019年3月が4万4519件、そして今年が速報値ではあるが約3万8500件となっており、前年と比較しておよそ6000件減少している。

一つには自粛により「不慮の事故が減少したからではないか」と、堺市立総合医療センター救命救急センター長の中田康城医師から指摘された。

堺市立総合医療センター救命救急センター長の中田康城医師
撮影=笹井恵里子
堺市立総合医療センター救命救急センター長の中田康城医師 - 撮影=笹井恵里子

■「救急患者は通常より減少」している

確かに救急医療に密着取材していると、この不慮の事故がとても多いことがわかる。金曜日の夜であれば酔っぱらいの転倒事故や、急性アルコール中毒、雨の日の夜ならバイク事故、晴れの休日なら登山などお出かけに伴うケガが頻発する。

また日本一救急患者を受け入れている湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師も、「特に夜間は少ない。ウォークイン(患者が自ら歩いて病院を受診すること)でケガなどが受診理由の患者は目に見えて減っている」と話す。

湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師
湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師

さらに中田医師は「不要不急の救急患者も減ったこと」の可能性も理由に挙げる。命に関わるような人以外は、救急医療を緊急で受診するのを控えようと考える人が増えたのかもしれない。

いずれにしても現在、「救急患者は通常より減少」している。

■【救急現場への質問2】今後、救急患者の受け入れが難しくなるか

それなら救急医療はいつもよりスムーズに行われているのか? というと、もちろん違う。特に東京都内では救急搬送を受け入れない病院が増えている。

救急搬送受け入れ拒否、都内3割増 コロナ感染疑い敬遠(朝日新聞デジタル 4月16日)
新型コロナ疑い患者 救急搬送で110か所から受け入れ不能 東京(NHK 4月15日)

上記のようなニュースが流れ、厚生労働省は今月18日付で、救急隊からの受け入れ要請を病院が断らないように求める通知を、都道府県などに出した。

倉敷中央病院救命救急センター主任部長の池上徹則医師は「しかし今後(救急患者の受け入れは)難しくなる」と予想する。

倉敷中央病院救命救急センター主任部長の池上徹則医師
倉敷中央病院救命救急センター主任部長の池上徹則医師

「当地でも“発熱を訴える”患者さんは、二次救急病院で受け入れ難くなっている。加えて、もともと新型コロナウイルスの患者さんを受けている三次救急(救命救急センター)ではそれだけでも逼迫していますので、新たな患者の受け入れが困難になる」

■擬似症を受け入れてくれる病院に発熱患者が集中する恐れ

実は、コロナウイルスかそうでないか、の段階が一番難しい。

「新型コロナウイルスかどうかわからないけれど可能性はある、いわゆる“擬似症”を受け入れる医療機関が最も大変です」と山上医師も答える。

「採血を行っても、画像を撮っても新型コロナウイルスかどうかわからない、PCR検査はすぐに結果が出ないため、とりあえず入院という形をとらないといけませんが、院内感染を考えたらどの病棟でもいいというわけではありません。検討した結果、患者を受け入れられないという結論になる。

写真=iStock.com/Manjurul
PCR検査 - 写真=iStock.com/Manjurul

インフルエンザのように数分、せめて数時間で結果がでるような検査法が登場すれば流れは大きく変わりますが、すぐには期待できませんよね。今後、擬似症を受け入れてくれる病院に発熱患者が集中し、パンクする可能性がある

■大阪では「重症患者をどこが引き取るか」を毎晩やりとり

そんな中、大阪府は何とか回せているという。前出の中田医師が勤務する病院は感染症指定医療機関でもあるため、通常の救急患者と新型コロナウイルス疑いのある患者も同時に受け入れている。

「オフィシャルなものではありませんが、救急医療、集中治療に携わる医師らのメーリングリストがあり、次に重症患者が出たらどこが引き取るか、というやりとりを毎晩行っているんです。対面で会議も行いますよ。感染を防ぐため、夜に窓を開けっ放しの寒い中、十数カ所の病院の代表が集まって『受け入れ体制』を話し合います。こんな危ないことがあった、こう工夫するとうまくいくなどの情報交換もします。

数週間前から重症患者が右肩上がりに増え続けていたのですが、ついに昨日(4月17日)初めて減少に転じまして、僕らの医療体制が追いついたのかもしれない。今は重症者が60人ですが、120人まで受けられる状況になっています」

さらに大阪府では二次救急病院から三次救急などへの転院の際、医師が介入せず、大阪府が仲介に動いている。中田医師が話す「メーリングリスト」を大阪府が活用しているのだ。

それではなぜ東京都では大阪府のように「次はどこの病院が請け負うのか」というような医療機関の“交通整理”ができないのか。

■なぜ東京都の救急医療では「たらいまわし」が頻発するのか

東京都医師会に文書で問い合わせると「現状、その問題は認識しており、東京都・東京消防庁・学識者の方々と検討、調整中でございます」との回答だった。

八戸市立市民病院院長の今明秀医師
八戸市立市民病院院長の今明秀医師

東京都では通常の救急医療でも、救急車の搬送先は選定する救急隊任せ、受け入れる病院任せになっている。今回のような感染症では一層混乱し、たらいまわしが頻発するのは当然の結果だろう。

地方では東京をはじめ大都市でのトライ&エラーを見て学ぼうとしている。救急医療のパイオニアとして数多くの重症患者の命を救ってきた八戸市立市民病院院長の今明秀医師は「地方の感染拡大までまだ時間がある」と落ち着いている。

「その時までに十分対策が立てられます。例えば感染病床確保、軽症対応ホテル、東京都ではじめたPCRセンター設立などを検討します」

 

■「コロナ特区」を作り、医療スタッフを行政命令で総動員する

しかし都心部ではもう時間がない。だからこそ前述したように行政側が適切なゾーンを設定して、医療資源(場所、人、物)を集約させることだ。長年救急の最前線で指揮をとった大淵尚医師(湘南葉山デイケアクリニック)もこう話す。

湘南葉山デイケアクリニックの大淵尚医師
撮影=笹井恵里子
湘南葉山デイケアクリニックの大淵尚医師 - 撮影=笹井恵里子

「名前は悪いですがCOVID‐19(新型コロナウイルス感染症)特区を作り、周囲は軽症、内側にいくほど重症患者を診る円状の医療村にすべての医療スタッフを行政命令で総動員するんです」

中田医師も「行政が指定してくれれば従う」と、決意表明する。

「行政が、各病院に対して新型コロナウイルスに対応しろと言われれば従いますし、それ以外の救急患者を診ろと言われればもちろんそうします」

「受け入れ体制」がこのまま維持できるかどうかは、病院任せにせず、行政が医療に介入できるかどうか、各地域の“行政の腕次第”といえる。

■【救急現場への質問3】これから医療崩壊は起きるのか

今回の取材をまとめると、医療崩壊を防ぐ手立ては三つある。

一つは質問(2)に記した内容と同様で、行政が医療に介入することだ。新型コロナウイルスに特化した病院を決めること、医療従事者への指導が挙げられる。

「新型コロナウイルス感染患者に関わることを必要以上に怖がっている医療者がたくさんいます。すべてが集中治療(人工呼吸器、ECMO、血漿交換など)を要するものではないにも関わらず、新型コロナウイルスかもしれないというだけで自分にはできない、関係ないと距離を置こうとする人がたくさんいる。これらの人にレベルに応じて自分にできることをやってもらうだけで、医療崩壊はかなり食い止められるでしょう」(大淵医師)

二つ目は「各地域の医師会」が新型コロナウイルス関連の診療に取り組むこと。日本医師会をはじめ医師会執行部は中小病院のトップ、つまりは開業医が多く、そのためか当初の動きが悪かった。今医師が「医師会が治療に参加すれば、マンパワーが数倍に増える」と断言する。

「医師会はコロナウイルスによる患者は診ないと言ってきました。開業医は自分への感染リスク、開業医家族への感染リスク、風評被害で売り上げが下がる(患者が来なくなる)などの理由から拒否してきたのです。しかし救急病院、感染症指定病院、保健所のみで戦うことはもはや不可能ですし、コロナウイルスによる感染のほとんどは軽症で医師会、開業医で対応が十分可能」

■「安全」は医師が示せるが、「安心」は自分で生み出すしかない

「東京で起こっている医療を見て、地方では医師会を早く動かすことが鍵だと思いました。まもなく全国の市町村医師会が自主的にPCRセンターや(軽症者が滞在する)ホテルへの看護師提供、医師派遣をするでしょう。それが始まるまで、われわれ地方の救命救急センターが時間稼ぎをします」(今医師)

八戸市立市民病院院長の今明秀医師
八戸市立市民病院院長の今明秀医師

そして医療崩壊を防ぐ三つめの大きな要素は、私たち国民の意識だ。新型コロナウイルスにまつわる医療に“完璧”を求めることが、医療関係者の負担を増す。どれだけ医師が「今のところは症状もないし安全ですよ」と言っても、安心しない患者が多いという。「安全と安心」は別物。“安全”は医師が示せるが、“安心”は自分の心が生み出すしかない

検査をしないと不安でたまらない人に、そもそも「一回の陰性」では陽性を否定できないことを知ってほしい。

「PCR検査の感度(感染者に陽性の結果が出る割合)は、70%程度。30%の人は陽性であっても陰性の結果が出るということです。またこれからどんなに検査精度をあげたとしても、10%くらいは偽陰性がでるでしょう。検査とはそういうものです」(中田医師)

■日本人の真面目さが「感染の犯人探し」という風潮を招く

厚労省の指針により、現在は24時間以上の間隔を置いて2回連続で陰性が出なければ、退院は認められない。中田医師が働く現場でもそれは同じだ。限りある医療資源を注ぎ込むだけの、つまり医療関係者が多大なストレスを感じながら時間をかけて無症状の人にまで検査するメリットはほぼない。また「陰性患者が実は陽性であった」と、あたかも“見逃し”のような報道をするのはナンセンスだろう。

「たとえ陽性であっても、軽症者は自宅待機でいいでしょう」と中田医師は続ける。そうでなければ重症者を助けることができないという。軽症者をホテルのような施設に移す案もあるが、そこまでの移動における周囲への感染が心配だ。微熱や軽い咳程度であれば検査を受けに行くのではなく、自宅で待機。必要あればかかりつけ医に電話で相談という手順を踏みたい。

日本人は真面目で衛生意識が高く、予防に優れている点で、新型コロナウイルスによる致死率が上昇しないと指摘する専門家もいる。しかしその真面目さが「院内感染」に対する厳しい目や、感染者ゼロを目指す風潮につながっているように私には思える。院内感染はコロナウイルス患者への対応が甘くて起きてしまったのではなく、自覚症状のないコロナウイルス患者が病院に“紛れ込んで”起きてしまったケースが大半。犯人探しをするような言動は慎みたい。

そして現在の緊急事態宣言が解除され、再び人々が街へ出ればまた少しずつウイルスは広がっていく。ウイルス撲滅は現状では不可能だ。それならば、いざという時に私たちの命を守ってくれる医療を十分に機能させるため、感染にまつわる不安に執着しないこと。医療崩壊を起こさせないためには、私たち国民が“細く長く”このウイルスに付き合っていく、というような“寛容さ”が求められている。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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