「努力しても報われない」と思う人ほど、教養を身につけるべき理由
プレジデントオンライン / 2020年4月24日 15時15分
■『トップの教養』をつくったきっかけ
このたび、『トップの教養』(KADOKAWA)を上梓した。この本ができることとなった、きっかけを話したい。
同社での前著は『並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史』(KADOKAWA)である。私の場合、“重版の打ち上げと次回作の企画会議を兼ねた飲み会”をやるのが常なのだが、そのときに「金をもっているのに教養のないやつらはけしからん」「じゃあ、教養を教えるセミナーをやろう」という話になった。
それが全10回のKADOKAWA教養セミナーである。講義内容は、「古典政治学」「皇室史」「軍事」「地政学」「国際法」「外交とインテリジェンス」「憲法」「宗教」「日本近現代史」「経済」。人の上に立つ人間は、「それぞれの分野でこれくらい知っておかなければ恥ずかしい」という教養を解説するレベルの話をしている。第1期は盛況のうちにほぼ終了し、今年秋口から第2期を開催する。
■教養とは生きる力を得るための武器だ
ただし、知識を詰め込む講座ではない。講座は120分なので、講師が学をひけらかしても仕方がない。たとえば、宗教ではひと通り「神道」「仏教」「ユダヤ教」「キリスト教三大宗派」「イスラム教二大宗派」そのものを網羅するが、あくまで、ひと通りである。リーダーたるもの、なぜ宗教について知らねばならないか。ビジネスパーソンであれ、経営者であれ、宗教について知らないとどうなるか。この講座の内容程度のことを知らないとは、何も知らないに等しいと思い知る。
具体的には、たとえば商売の鉄則で「信者をつくれ!」というものがある。しかし、この手法は悪用すると、インターネットビジネスや霊感商法、ワンクリック詐欺にも使える。仮に自分はそういう手法を使わないと決めても、競争相手が使ってこないとは限らない。もし悪徳商法の手口を知らなければ、自分が汗水流して築き上げた全財産を失うかもしれない。商売で勝てないかもしれない。
教養とは趣味ではなく、生きる力を得るための武器なのである。
■日本人に必要な教養を広めるのが自らの仕事
この教養セミナー全10回を1冊の本にしようと思ったが、1回を1冊の本にすることにした。とはいえ、講座内容を書き起こして本にするのでは意味がない。講座は少人数のゼミ形式なので、私が話した内容を起こしただけでは100ページほどにしかならない。そこで第1回「古典政治学」をベースに、2倍以上を書き足したのが『トップの教養』という書籍である。
私は日本人に必要な教養を広めるのが、自らの仕事であると任じている。くだんの会議で、私は「日本の金持ち」をこそ、やり玉に挙げた。救いようがないのが政治家。日本の政治家に教養がないのを批判するなど、八百屋で魚を売っていないと嘆くようなものだ。選挙と雑用で忙しくて勉強する暇がない人たちなのだから。
そんな政治家に代わって日本を動かしてきたのが官僚である。ところが、その官僚の劣化が著しい。もともと官僚とは、平時に決まりどおりに物事を動かす人たちであり、有事に物事を決める人たちではない。この人たちに胆力や識見を求めても仕方がない。
■“タッキーさん”が私に書かせたかった本
だから、昔は胆力と識見のある財界人が、政治家を使って官僚に言うことを聞かせた。ところがいまは、劣化した官僚の言いなりになっている財界人ばかり。いまの日本で「100億円出すから、日本を救え!」と言えば、それだけで英雄だ。ところが日ごろは保守だの愛国だの救国だのと言っている財界人に限って、何をどうしていいか、わかっていない。
![倉山満『トップの教養』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/9/250/img_79453d495266125f569e0e2a87317e3a1323886.jpg)
などつらつらと企画を考えてつつ、会議を3回ばかり続けたころだろうか。昨年、夭逝された瀧本哲史さんのことをふと思い出した。
タッキーさんこと瀧本さんは生前、投資家、大学教員、そしてベストセラー作家として知られていた。しかし、私にとっては「永遠の3年生」だった。
私が中央大学の弁論部・辞達学会に入った1年生のとき、タッキーさんは第一高東大弁論部の3年生だったのだ。タッキーさんと私のかかわりは『トップの教養』の「おわりに」に当たる「戦い続けた瀧本哲史さんへ」のなかで書いたとおりだが、世間に知られている瀧本さんと、私が知っているタッキーさんのギャップがあまりにすごすぎて、「そのギャップを本にできるのでは?」と考え、執筆を進めていくうちに「タッキーさんは私にこういう本を書かせたかったのかな」と確信したのである。
■弁論部時代のあだ名は「麻布東大」
この原稿を書いていて、いくつか「おわりに」に書かなかった話を思い出した。
タッキーさんの弁論部時代のあだ名は、「麻布東大」だった。議論やゲームの最中、先輩たちは「これだから麻布東大は」を繰り返していた。それに対しタッキーさんは、笑ってやり返すときもあったが、本気で怒るときもあった。あだ名の由来は、言うまでもなく学歴。私立の名門・麻布学園(東京都港区)を経て、現役で東京大学法学部に入ったので、「麻布東大」だ。
後輩たちは「タッキーさんに褒められても、本気なのか、嫌味でバカにされているのかわからない」と噂(うわさ)したものだが、いま思えば、意外と正直でストレートな物言いばかりしていた。たとえば、「先輩、その話18回目の企画倒れですね」とか。
進路は、東大法学部助手に採用。25歳で助教授、30代で教授の地位が約束されている成績最優秀者のコースだ。民法の世界では、我妻栄が戦後の民法をつくったといわれるが、その後継者が内田貴である。タッキーさんは内田貴の後継者として招かれたのだった。
■「君は学会に3%くらい未練が残っているだろう」
ところがタッキーさんは、大学を辞めて、戦略コンサルティング企業のマッキンゼーに行ってしまう。周囲は「何かやらかしたか?」と訝(いぶか)ったものだった。我々からしたらけんかっぱやいタッキーさんのこと、アカデミズムの世界のドロドロに3年で嫌気がさしたか、東大法学部の頭が悪い教授たちに頭を下げるのに飽きたかといったものだが、そうではなかったらしい。
あるとき、「倉山君、君は学会に3%くらい未練が残っているだろう」と指摘された。大学教員の道を捨て、この世界に進む修業をしていたころのことだった。多分、2010年だったと思う。タッキーさんの顔には「ドキッとしただろう」と書いてあったが、「あんなやつら、日本の運命にも社会の動向にも関係ないんだから、意識の中に1%でも残っていたらこの世界で成功できないよ」と早口で続けられた。
そういうことなのか、と当時は意外に思ったものだった。そういえば、内田さんも東大を飛び出されていたことを思い出す。
■ヒーローを育てる「博士」だった
タッキーさんはとても頭のよい人だったので、アカデミズムの世界にさっさと見切りをつけられた。そしていまでいうところの「インフルエンサー」を育てたかったのだと思う。彼の頭のなかは「特撮ヒーロー」で出来上がっていて、そこで自分は「ヒーローを育てる科学者」の位置づけだったのではないか。
私を現在の世界に送り出してくれたのはタッキーさんと経済評論家の上念司先生だが、上念さんが「隊長」、私はさしずめ「新米ヒーロー」といったところだろうか。デビュー前、タッキーさんと上念さんに「倉山満プロデュース会議」を何度もしてもらったが、ほんとうに「科学者」「博士」の役回りだった。
そして、結論はひと言。
いまでも覚えているのが「倉山のキャラ設定は日蓮だ!」と、いきなり決めつけられた。
■今度は自分が世の中に「武器を配りたい」
思いついたときのタッキーさんは、最初に断定的なひと言をいったあと、滔々(とうとう)と理屈を演説する。この場合の「日蓮」とはどういう定義で、歴史上の日蓮とはどのような位置づけで、なぜ「倉山が日蓮にならなければならないのか」をディベートの立論のように延々と立証しはじめる。たぶん、そこで催眠術に自然とかかり、実践できる人が社会で成功できるのだと思った。
タッキーさんのデビュー作は『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)だ。
この場合の武器とは、社会で生きていくために、世の中の理不尽に屈しないために、生き抜くための武器だ。
タッキーさんは弱い人の、努力しても報われない人の味方だった。でなければ、当時ボロボロだった私を引き上げてくれるはずがない。ただし、自分の意思で未来を切り拓く気がない人間は相手にしなかった。だから「武器を配りたい」だったのだ。
もう二度と話ができないとなると、走馬灯のようにいろいろなことを思い出す。
リーマンショックが何のことやらわからなかった私が、なんとかここまでこれた。これから、あのとき以上の悲惨な世の中がやってくる。今度は私が、昔の私のような人たちに、武器を配りたい。
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憲政史家
1973年、香川県生まれ。中央大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。在学中より国士舘大学に勤務、日本国憲法などを講じる。シンクタンク所長などをへて、現在に至る。『並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史』(KADOKAWA)、『ウェストファリア体制』(PHP新書)、『13歳からの「くにまもり」』(扶桑社新書)など、著書多数。
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(憲政史家 倉山 満)
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