新型コロナに限らず「日本のマスコミ」は表現が慎重すぎる
プレジデントオンライン / 2020年4月28日 15時15分
■ハーバードで出合った電子音楽は、まるで砂漠のオアシス
【三宅義和(イーオン社長)】テレビでモーリーさんのことを知った人の中には、ご本業をコメンテーターだと思っている方も多いと思います。もともとは音楽がご専門ですよね。
【モーリー・ロバートソン(国際ジャーナリスト、ミュージシャン)】電子音楽をずっとやっています。
【三宅】いつ電子音楽に出合われたのですか?
【ロバートソン】東大を辞めてハーバードに入り直して2、3年たったときです。向こうの授業はひとことで言えば「スパルタのディベート形式」で、日本での生活が長かった私にとって毎日が苦痛でした。どうしたものかと思っていたとき、たまたま大学の一角に電子音楽を教えるクラスがあったのです。まさに砂漠でオアシスを見つけた気分でした。
【三宅】そのような授業が大学にあるとは!
【ロバートソン】もちろん伝統的な音楽を教えるクラスもたくさんあるのですが、そういった授業をとったところで小さいころから音楽教育を受けている学生が有利になります。でも電子音楽では、そういった経験も知識も一切いりません。電子音楽は電圧の変化で「音を作り出す」ところからはじまる世界なので、そもそも五線譜で表せないのです。音楽の理論よりも電気の知識のほうが役に立つ。とても前衛的な世界でした。
■電子音楽の教室では、お経を音楽として聞かされた
【三宅】そこに、はまったわけですね?
【ロバートソン】はい。日米両国で教育を受けた関係で、一貫して自分の居場所をみつけようと努力してきた生い立ちがあります。電子音楽のように、どのメインストリームにも属さない新しい領域に惹かれたことはその後の人生において大きかったですね。
【三宅】電子音楽のクラスでは、どんな授業をするのですか?
【ロバートソン】たとえば一学期の授業では「まず耳を鍛えよう」ということで、バリ島の民族音楽ガムランや西アフリカの部族の伝統音楽、それに日本のお坊さんの声明(しょうみょう)まで、いろいろな音を聴かされました。こういう音を延々とトランス状態で聴くわけです。すると大半の学生は「なんだこれ。つまらない」と言ってどんどん脱落する。
【三宅】なんとなくわかる気がします(笑)。
【ロバートソン】ほかには、「議論する余地がない」と文句を垂れる学生が多かったですね。「この音楽の意図はなんだ」とか「ベートーベンの曲には結論があるが、これにはない。よってこれは音楽ではない」みたいにやたらと理屈っぽいことを言う。
【三宅】そのとき教授はどう返答されるのですか?
【ロバートソン】「もうこなくていいよ」と(笑)。結局、頭が柔らかくて、これらの音を音楽として認識できる学生しか残りませんでした。私はその先頭を走っていましたが(笑)。
■仕事をする上でのポリシーは「セカンドオピニオン」
【三宅】モーリーさんはその後、ラジオのパーソナリティ、テレビのコメンテーターなど活動の幅を広げられていくわけですが、仕事をする上でのポリシーはおありでしょうか。非常にバランス感覚に長けたコメントをされる印象があるのですが。
【ロバートソン】いつも意識しているのは「セカンドオピニオンを探しに行く」ということで、これは私の意識に染み込んだ考え方です。セカンドオピニオンがあるということは、判断の選択肢が増えるということですよね。その結果、一段高い視点から物事を捉えられるようになり、より冷静な判断ができるようになります。
言い方を変えれば、世間一般で「常識」や「主流」とされているものを無批判に受け入れるな、ということです。報道しかり、世論しかり。額面どおりに受けて止めていると知らないうちにリスクを背負いかねないと思います。
■新型コロナウイルスの報道で思うこと
【三宅】現在、世界中が新型コロナウイルスの話題でもちきり(取材時は2020年2月)ですが、モーリーさんはこの状況をどう見られていますか?
【ロバートソン】各国での報道のされ方や国民の反応をみると、今回はとくに政治レイヤーと科学レイヤーの話が錯綜しすぎていて、余計に混乱を招いている印象を受けます。
たとえば、カンボジアでは首相みずから「こんな病気は寝ていれば治る」といったことを言いはじめて、日本をはじめ各国で寄港を拒否されたクルーズ船を南部のシアヌークビルという港町にあげ、「全員検査したが陰性だった」と発表しました。しかし、そのうちの80代のアメリカ人女性が移動先のマレーシアのクアラルンプールの空港で感染していると言われたのです。
それに対してカンボジア当局は「ちゃんとチェックしたのだからおかしい」と最初は反論するのですが、2回目のチェックをしたところで感染を認めることになります。
では、このときカンボジアの現地メディアはどう報道したかというと、実は報道できなかったのです。何を信じていいのかわからなかったので、結局3日遅れで「当局の発表に懸念の声」という見出しが出ることになりました。
【三宅】そうでしたか。
【ロバートソン】一方で、日本のマスコミは政府の発表を額面どおりに流す傾向が強い。ですから、あたかも日本だけ感染が急拡大しているように見えます。しかし、もしかするとそれは「日本が感染者をちゃんと数えていて発表しているだけ」なのかもしれません。
■各メディアの“傾き”具合を知ってからアクセスする
【三宅】日頃はどのように情報を集めて、整理されるんですか?
【ロバートソン】とにかく世界中の情報源をインターネットでぐるぐる回ります。そのときに大切なことは、各媒体の「傾向」を把握しておくことです。思惑のないメディアなど絶対にないですから、その“傾き”具合を見越したうえで情報に接する。そうすることで自分の中で事象が立体的に見えてきます。
たとえば日本での報道は、今回の新型コロナの件に限らず基本的に慎重です。国民を不安にさせないように控えめな表現を選んだり、一拍遅れで取り上げたりすることが多いですね。私も出演者としてそれがわかっていますから、日本の報道をみて「やたらと慎重だな」と感じたら、アメリカの『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』を見に行く。
彼らは自国の外で起こったニュースのときはやたらと前のめりなので、そこでバランスがとれます。逆に中東の『アルジャジーラ』は日本に関するニュースを強めに報道する傾向があるので、それも参考にすることも多いです。
【三宅】当然、英語が必須ですね。
【ロバートソン】もちろんです。インターネットは世界中につながっているのに「日本語しかできないから日本語の情報源しかアクセスしない」というのは実にもったいない話だと思います。
■国際ニュースに関心の薄い日本人
【三宅】日本人はどうも表面的なところで安心してしまうという印象があります。
【ロバートソン】そうですね。たとえば、先ほどカンボジアの話をしましたが、カンボジアやミャンマーのコロナ感染の状況について日本語で書かれた記事は当初ほとんどありませんでした。「ミャンマー、コロナウイルス」で検索をかけても記事が出てこないのです。ブログレベルの記事は別として、日本の大手メディアはまず取り上げません。
【三宅】なぜですか?
【ロバートソン】日本人が海外事情に興味を示さないからだと思います。「日本人は感染したのか?」「ウイルスは日本に入って来ているのか?」といった話は視聴率が取れるけど、日本の外の世界で起こっていることには関心が薄い。その結果、日本では海外の情報が断片的にしか翻訳されないという状態が長年続いています。
【三宅】たしかにミャンマーのニュースなど、日本にはほとんど入ってきませんね。
【ロバートソン】取材が困難な国ですからなおさらです。ところが『ニューヨークタイムズ』を読むと、「ミャンマーでは感染者は確認されていないが、有名な僧侶が公式アナウンスで『舌の上に胡椒を7粒乗せておけば感染しない』と発言した」という記事が出ています。「同国がそれくらいの科学水準だとすると、すでに感染者は蔓延しているかもしれない」、という含みがある記事です。
【三宅】そのことは日本では報道されない?
【ロバートソン】されません。でも私としては「日本人も知るべきだ」と思うから、スイッチが入って1日2、3回、カンボジアやミャンマー、インドネシア、ラオスあたりの記事やデータを探しにいきます。
そうした報道に接していれば、少し冷静に状況判断ができますよね。「あ、これはもう広がっちゃったな」と心の準備ができるので、「屋形船で感染」と聞いても「まあ、そうだろうね」と言える。しかし、日本語のニュースしか見ていない人は「日本には来ていないと言っていたじゃないか!」とパニックになる。この違いはありますね。
【三宅】非常に貴重なご指摘です。
【ロバートソン】私は「コメンテーター」という仕事の役目は、セカンドオピニオンとなる素材を提供することだと思っています。
たとえば、「中国人の入国を止めるべきか」といった議論をしている人たちがいたら、「カンボジアやインドネシア、ラオス、ミャンマーに渡航した日本人が発症しないまま、すでに感染している可能性が高いので、今さら中国ルートを封鎖する水際作戦は成り立たないのではないか」というセカンドオピニオンを言うようなことです。
もちろんそのままダイレクトに言うと、テレビの現場では煙たがられるので、日本の流儀を尊重しつつ、「日本の水際作戦は一定の効果が見られると思いますが、その水際作戦さえしていない国々があるため、そこが懸念されます」くらいの言い方に抑えますが。
■みんなが使わない参考書で東大に合格
【三宅】モーリーさんが物事を複眼的に捉えるようになったきっかけはあるのでしょうか?
【ロバートソン】アメリカの中高で経験したディベートから学んだものです。自分の支持する仮説がどれだけ正しいと思っても、予期せぬところから撃破されてしまうのがディベートです。それを経験して以来、どれだけ権威のある人物が言うことであっても、「ひとつの仮説に頼ると、その仮説が覆されたときに危険である」と考えるようになりました。
【三宅】なるほど。
【ロバートソン】東大の受験勉強でもセカンドオピニオンを探しにいきました。当時の友人はみな「傾向と対策」という参考書を使っていたので、私はあえて小さな出版社のマイナーな参考書を選んだのです。
【三宅】少し勇気がいりますよね。
【ロバートソン】「傾向と対策」は、問題だけではなく解説部分までも難解で、正直私には向いていないと思っていたのです。問題が解けるようになることが目的なら、解説部分はわかりやすく書いてあってもいいわけですよね。結果的に本番では私が選んだ参考書から問題が多く出題されていました。受験生があまりに「傾向と対策」ばかり勉強するから、出題者の先生がマイナー路線にシフトしたのでしょう。
ゴールに到達するルートがひとつしか見えなかったら、「きっと裏道があるはずだ」と考える。これが私の習慣です。
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イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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1963年生まれ。米ニューヨーク出身。日米を行き来しながら両国の教育を受けて育つ。1981年、東京大学とハーバード大学に現役合格。ハーバード大では電子音楽を専攻。近年は国際ジャーナリストとして、テレビ・ラジオの多くの報道番組や情報番組、インターネットメディアなどに出演するかたわら、ミュージシャン、DJとしてもイベント出演多数。
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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、国際ジャーナリスト、ミュージシャン モーリー・ロバートソン 構成=郷 和貴)
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