1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

起業家の登竜門「イスラエル式エリート養成プログラム」の7つの力

プレジデントオンライン / 2020年4月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ahmed Zaggoudi

イスラエルには、「タルピオット」というテクノロジーリーダーの養成プログラムがある。毎年成績優秀な高校生50人が選抜され、軍、大学、企業が共同で英才教育を施すものだ。このプログラムからは多くの起業家が生まれている。一体何を学ぶのか——。

※本稿は、石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■ミサイル迎撃システムからサイバーセキュリティまで

1973年、シリアとエジプトがイスラエルを攻撃し、ヨム・キプール(大贖罪日)戦争(第四次中東戦争)が勃発した。1948年の建国時から断続的に続いていたそれまでの戦争では、すべてイスラエルがアラブ側に勝利していたが、ヨム・キプール戦争ではアラブ側の奇襲を許し、緒戦の3日間でイスラエル国防軍は大打撃を受けた。その後の反撃で最終的に勝利したものの、不敗を誇っていたイスラエル国防軍の威信は大きく損なわれた。

これをきっかけに1979年に創設されたのが、「タルピオット」というテクノロジーリーダーの育成プログラムだ。毎年成績優秀な高校生の中から50人を選抜し、卒業後にイスラエル国防軍、ヘブライ大学、産業界が共同で「英才教育」を施す。

高い成功率を誇るミサイル迎撃システム「アイアンドーム」、弾道弾迎撃ミサイル「アロー」などは、タルピオット出身者が開発に関わったといわれている。このほかにもドローンや自動運転技術、サイバーセキュリティ技術など幅広い分野で、先進的な発明に貢献していると見られている。

■実は多くの起業家を生み出している

さらにタルピオットは、多くの起業家を輩出している。例えば、ファイアウォールを生み出したサイバーセキュリティ大手、チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ創業者のマリウス・ナハト氏。2015年にマイクロソフトに買収されたクラウドセキュリティ企業のアダロムを起業し、2019年12月までマイクロソフト・イスラエルR&Dセンター部門長を務めていたアサフ・ラパポート氏などがいる。

タルピオットのプログラムは、もちろん起業家を輩出するために構成されたものではない。しかし、課題を見つけて解決法を生み出すクリエイティブ思考、現場の声に耳を傾ける顧客視点、協力して迅速に成果を上げるためのチームワーク、失敗を恐れず困難に挑戦する前向きさと粘り強さなど、起業家として成功する上で必須の資質を身につけるためのさまざまなヒントが隠されている。ここではその秘密を、タルピオット卒業生のトメル・シュスマン氏とともに見ていきたい。

シュスマン氏は2012年にタルピオットを卒業、4年間物理学者として防衛省で従軍した後、2年間タルピオットのチーフ・インストラクター兼副司令官を務めた。2018年にはタルピオットの卒業生2人とともに、AIやセンサー技術を活用したヘルスケアスタートアップを起業している。

■約4分の1が脱落するハードなプログラム

プログラム中は、50人全員がヘブライ大学近くにある基地で生活する。ネゲブ砂漠の行軍やパラシュート降下などのハードな軍事訓練を受けながら、ヘブライ大学の授業を受け、数学と物理の学位を取得する。3分の1ほどはこの2つに加え、コンピューターサイエンスの学位も取得する。夏休みなどは全くなく、大学が休みの間は終日軍事訓練などが行われる。

タルピオットのメンバーには通常の学生の1.5倍もの単位が要求される上、並行して軍の訓練も受けなくてはならない。イスラエル軍の歴史や国家の安全保障についても学ぶほか、陸海空の現場で実際に戦車や戦闘機などに乗るなどしながらさまざまな部隊を回り、軍隊内の組織を超えたネットワークや課題解決能力を養う。プログラムは非常に厳しく、約4分の1が途中でドロップアウトするという。

約3年間(40カ月)のプログラムを経た卒業生は、それぞれのスキルや適性、希望などに応じて、イスラエル国防軍のさまざまな部隊に配属される。そして最低6年間従軍し、タルピオットで磨き上げた力を現場で発揮することになる。

■「静脈を見つけるための仕組みを考えよ」

タルピオットのグループプロジェクトでは、例えば4、5人のグループに対し、「戦場で負傷者が出た場合、静脈を見つけるのが非常に困難な場合がある。静脈を見つけるための仕組みを考えよ」といった課題が与えられる。

「メンバーは現場の状況を想像し、どのような仕組みならうまくいくかを考えて、与えられた予算と期間内に解決策を完成させる。こうして、プロジェクトマネジメント、チームワーク、時間や予算の管理、クリエイティブ思考などを学んでいく」(シュスマン氏)

軍事訓練は、パラシュート部隊の落下傘降下訓練などのほか、戦車の操縦や火器の取り扱い、重装備での行軍訓練など、ほかの新人兵士と同様の訓練を受ける。さらに、陸軍、空軍、海軍など国防軍のさまざまな組織・部隊を訪れてそれぞれ数日~数週間を過ごし、現場ではどのような課題があるのか、テクノロジーがどのように活用されているかなどを肌で吸収していく。

■おのずと起業家精神を学び取っていく

パーソナルトレーニングを重視しているのもタルピオットの特徴だ。

タルピオットメンバーは毎週、担当教官と面談を行う。「担当教官は質問を投げかけながら一人ひとりの強み、弱みを本人に洗い出させ、さらに目標を設定させる。それは『やるべきことを時間内に終え、徹夜しないようにしてしっかり睡眠を取る』などの、時間管理・健康管理のこともあるし、『クラスで積極的に発言する』『チームプレイヤーとしての力を強化する』といったことの場合もある」という。「目標が設定されれば、それに対して具体的にどのような対策をするかも考え、以降の面談ではその進捗を確認しながら、一人ひとりに合ったトレーニングを進めていく」(シュスマン氏)。

タルピオットでは「起業家精神」を教えるわけではない。しかし、課題を見つけて実行可能な解決策を考え出す力、組織の中でも外でもイノベーションを生む力、現場の声に耳を傾ける顧客視点、協力し、迅速に成果を上げるチームワーク、失敗を恐れず困難に挑戦する前向きさ、粘り強く任務を遂行する精神力と時間管理能力、仲間意識やネットワークなどを身につけることを重視している。そして、これらはそのまま「起業家精神」に置き換えられる。シュスマン氏は「ここで身につけた力は、私自身の起業にも、非常に役立っている」と話す。

■タルピオットで身につく7つの力

次に、タルピオットで身につけられる、起業家としても役立つ7つの力について、一つひとつ見ていこう。

1.課題を見つけ、解決法を生み出すクリエイティブ思考

課題の見つけ方を教えるのは簡単なことではない。真の課題を見つけることこそが解決法の一部となっていることも多い。タルピオットでは、プログラムすべてを、自分の力で課題を見つけるトレーニングとしてとらえている。

「例えば、1年目のメンバーの多くは、『プログラムがきつすぎる』『やることが多すぎる』などの不平や不満を表明する。その場合は、『本当にプログラムそのものに問題があるのか。もしそうであれば、どこに課題があるのかを明確にしよう』と、さらに考えることを促し、解決策も考えさせる」とシュスマン氏は話す。

「クリエイティブ思考」と軍隊組織は、一見相容れない印象を受ける。「軍隊では上官の指示は絶対であり、部下は言われた通りに行動するよう訓練されるのではないか」と想像するだろう。しかしシュスマン氏は「クリエイティブに考えることと、軍隊のヒエラルキーは全く矛盾しない」と言い切る。

上官は部下に命令するが、それは「◯◯を解決せよ」などの課題、テーマであり、具体的にどのような方法を取ってそれを実現するかは、部下に任されることが多い。教官の役割は、メンバーが課題を正しく見極め、解決方法を見つけるために組織インフラをどう活用すべきかをガイドし、サポートすることだという。

2.組織の中でも外でもイノベーションを生む力

アイデアレベルで素晴らしいものを考え出したとしても、実行力を伴わなければイノベーションを生むことはできない。頭の中にあるアイデアを実現するためには、ヒト、モノ、カネなどのリソースが必要となるし、特にイスラエル国防軍のように大きな組織であれば、組織のダイナミズムも知る必要がある。

誰にどのような手順を踏んで提案すれば早く実現できるのか、リソースを調達するにはどうすればいいのか、そこを理解しなければ、組織の中でも外でもイノベーションを生むことはできない。

タルピオットのメンバーたちは、国防軍内のさまざまな部隊を訪れて現場の兵士たちと対話し、部隊の司令官、政府高官や企業のCEO、大学教授らともディスカッションを行う。組織のダイナミズムを学びながら、現場で課題を見つけ出す力をつけ、異なる視点で物事をとらえる訓練を行うという。

■3.現場の声に耳を傾ける「顧客視点」

徴兵制が支えるイスラエル国防軍において、「現場の声」とはすなわち、自分たちの仲間であり、家族や親戚の声でもある。幼なじみや学校の同級生が、どこかの部隊で従軍しているだろうし、親や親戚、近所の大人も、どこかで予備役に就いているかもしれない。現場の課題を解決することは、こうした仲間や家族たちの命を守ることに直結する。自然に「顧客視点」に基づいた課題の発見や解決策作りに励むことになる。

プログラムの中でももちろん、現場の声に耳を傾けることは重視される。イスラエル国防軍内のさまざまな部隊を訪問し、現場で集めた情報の中から課題を探るという活動もその一端だ。そこで拾い上げた課題に対して解決策を見つけ、実行すれば、それは、現場の声から生まれたアイデアを現場に還元することになる。「顧客」の課題が解決され、メリットを享受することになる。

■何度でも失敗できる「健康的な完璧主義」をめざす

4.協力し、迅速に成果を上げるチームワーク

チームワークは、タルピオットの選考段階から重視されている。選考過程にはグループワークもある。プログラムすべてにわたり、チームワークを学ぶことに重きが置かれている。

シュスマン氏によると、タルピオットでは、①どんな分野についても速く学習できる、②迅速に判断し、プロジェクトの方向性を決めることができる、③属するチームがその決定に納得して従うリーダーシップを持つ、という力を持った人材の育成に努めているという。

②と③については、チームワークに関わる力であることは自明だが、実は①の「学び方」についてもチームワークが重要だ。

速く学ぶためには、個人での学びと、チームとしての学びを組み合わせる必要があるからだ。個人で得た学びを、グループプロジェクトで応用し、形にして実行する。自分が学んだこと、ほかのメンバーが学んだことが合わさってまた新しいアイデアが生まれることもある。個人の学びとグループでの学びを組み合わせることで、より速く、効果的に学ぶことができるのだ。

5.失敗を恐れず困難に挑戦する前向きさ

イスラエルは、日本に比べれば格段に失敗に寛容だ。それでも、高校まではおそらく、誰にも負けたことがないほど優秀だった若者が集まるタルピオットでは、「失敗に対する正しい態度を教えることは、重要な柱の一つ」(シュスマン氏)だと言う。

例えば大学の授業ではわざと、とてもこなしきれないほどのレベルや量の課題を出すことがあるという。優秀な若者ほど、完璧でない課題を提出することには抵抗を持つ。しかし、戦場では必ずしも、答えを出すのに必要な情報や時間がふんだんにあるわけではない。「特にタルピオットはトレーニングプログラムなので、完璧でなくてもいいし、失敗してもかまわない。チャレンジし、うまくいかなかった場合にその失敗からどう学べばよいかを、この期間中に学んで身につけてほしい」とシュスマン氏は語る。

「タルピオットのメンバーは、完璧主義な人が多い。しかしタルピオットでは『完璧主義』を『失敗することができる能力』も含むと定義している。完璧にできなかったからといって、思考停止に陥るのではなく、『完璧にできなかったのはなぜだろう? それを学び、次は完璧を目指そう』と、何度も挑戦できる、『健康的な完璧主義』であることが必要だ」とも話す。

■卒業生のネットワークはとても強い

6.粘り強く任務を遂行する精神力

「粘り強く任務を遂行する精神力」は、一つは前項の「失敗を恐れず困難に挑戦する前向きさ」から生まれている。失敗を恐れず困難に挑戦することができるからこそ、粘り強さが生まれるからだ。さらにこうした粘り強さは、「責任感」とも言い換えることができる。

タルピオットで培われる責任感は、「自分たちが上げる成果は、イスラエル国防軍の現場に還元され、自分たちの仲間や家族、国のためになっている」という信念にも源がある。

タルピオットのメンバーには、日本企業であれば考えられないほどの責任が与えられる。国防軍のさまざまな部署・部隊の機密情報に触れることができ、現場の兵士から司令官レベルまで、幅広い人と議論しながら、課題を見つけて解決策を作り上げる。「メンバーたちは確かに年が若いが、いくら若くても大人として扱えば、大人として行動するようになる」とシュスマン氏が話す通り、教官らも、困ったときにはサポートするが、基本的にすべて本人たちに任せ、自分たちに答えを探させる。

7.仲間意識、ネットワーク

多感な若い時代(概ね18歳から21歳)に、こうした密度の濃い経験をともにすることで、同期のタルピオットメンバーの間には強い連帯感が生まれる。プログラム終了後の6年以上の従軍中には、それぞれ国防軍内の異なる組織に配属されるが、卒業生同士のつながりは大きな力になる。同期の卒業生同士は連絡を取り合い、精神的なサポートはもちろん、困ったことがあったときにアイデアや情報を求め合うことが多いという。

卒業生全体のネットワークも強い。直接面識がなくても、同じタルピオット卒業生であれば電話やメール1本で助け合えるほどだという。仲間同士で起業することも多く、シュスマン氏もタルピオットの仲間とともにスタートアップを起業している。

■「育てたい人材」を明確にイメージしている

石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)
石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)

タルピオットのプログラムの中で行われている教育は、どれも目新しいものはない。お題目としては、日本の教育制度や企業の研修・育成プログラムなどでも掲げられてきたものばかりだ。しかし、これほど徹底して身につけさせてこられたかについては、疑問が残る。

タルピオットのおもしろさは、厳選された少人数を、大学や産業界が協力しながら軍隊の中でトレーニングするところにある。軍隊の教育であるにも関わらず、自分で考えることを徹底的に求め、クリエイティブなアイデアを生み出す、多様な人材を輩出している。

イスラエルは徴兵制があるため、広く国民全体からエリートを選び抜き、教育を施すことができるという特殊要因はある。しかし、国が、「どんな力を身につけた人材を育てたいか」というビジョンを描き、試行錯誤をしながらもこうしたプログラムで実現しようとしている姿は、日本にも参考になるのではないだろうか。

----------

石倉 洋子(いしくら・ようこ)
一橋大学名誉教授
バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院経営学博士(DBA)修了。1985年からマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルティングに従事した後、1992年青山学院大学国際政治経済学部教授、2000年一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、11年慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。資生堂、積水化学社外取締役、世界経済フォーラムのNetwork of Expertsのメンバー。「グローバル・アジェンダ・ゼミナール」「SINCA-Sharing Innovative & Creative Action」など、世界の課題を英語で議論する「場」の実験を継続中。専門は、経営戦略、競争力、グローバル人材。

----------

----------

ナアマ・ルベンチック コンサルタント
1992年イスラエル生まれ。高校を卒業後、3年間イスラエル国防軍のトップ情報収集部門の「8200部隊」という部署で勤務。国防軍では、情報収集コースのインストラクターに選ばれる。退役後テルアビブ大学で経済及び東アジア研究を行い、2016年に卒業。在学中、コンサルティング会社のGTM戦略部門でマーケターと戦略アソシエイトとして働いた。16年~18年の間在イスラエル日本大使館に勤め、18年に文科省の奨学金で京都大学大学院経済学研究科に留学。19年からイスラエルに戻りフリーのコンサルタントとして活躍する。

----------

----------

トメル・シュスマン タルピオット・プログラム元チーフインストラクター兼副司令官
テルアビブ大学物理学修士。2012年度タルピオット・プログラム最優秀士官賞受賞。イスラエル国防軍シニア・リサーチャー兼プロジェクト・マネージャーを経て、18年7月までタルピオット・プログラムチーフインストラクター兼副司令官としてプログラムを統括。現在ヘルスケア分析関連スタートアップ企業を設立中。

----------

(一橋大学名誉教授 石倉 洋子、コンサルタント ナアマ・ルベンチック、タルピオット・プログラム元チーフインストラクター兼副司令官 トメル・シュスマン)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください