テレワークで急増中「紙資料ゼロ」の職場に共通する危険な兆候
プレジデントオンライン / 2020年4月28日 15時15分
※本稿は、浅田すぐる『説明0秒! 一発OK! 驚異の「紙1枚!」プレゼン』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■職場から消えつつある「資料」の存在意義
私は社会人教育の専門家として、ビジネスコミュニケーションをおもなテーマに企業研修や講演活動を行っています。ここ5年ほどで感じるのは「働き方改革」の大号令のもと、ワークスタイルの多様化が進み、「会議」や「資料」のあり方も変わってきたということです。
その中身は、3つのキーワードであらわされます。
1つめは「コミュニケーションの一層のデジタル化」です。たとえば、受講者さんからこんな話を聞く機会が増えてきています。
「正直、今年はほとんどパソコンで資料を作りませんでした」
「最後にプリンターで資料を打ち出したのはいつだろうという感じです」
「全社員にタブレットが支給されて以降、資料をタブレット上で見ながら会議することが日常になりました」
要するに、「資料を作ること自体が減ってきている」、あるいは「そもそもまったく作らなくなった」というビジネスパーソンが増えているということです。
また、たとえ資料を作ったとしても、それをプリンターで出力しない。代わりに、各個人のパソコンやタブレット端末のディスプレイに資料を表示し、全員がそれを見ることで打ち合せを済ませてしまう。そんなケースが、職場によっては日常化しつつあるのです。
■「チャットで仕事をすれば十分」という考え
2つめのキーワードは、「ビジネスチャットの普及」です。
2019年末に、さまざまな業界のビジネスパーソンが集まる法人向けセミナーに登壇する機会がありました。その際、「ビジネスチャットを使って仕事をしている人はいますか?」とアンケートをとってみたところ、約4割の参加者から手が上がりました。
読者によっては「まだ4割なの?」と感じる人もいるかもしれませんが、私が法人案件で定点観測的にアンケートをとり続けているなかで感覚として言えることは、ここ3年ほどで普及のスピードが上がってきたということです。あと数年もすれば5割を超え、そこから8割超まではあっという間でしょう。
チャットの普及によって、ビジネスパーソンの中には次のように考える人たちがでてきました。
「資料作成やメールの作成は、昔からとにかく堅苦しくて面倒だった。そんなことをしている時間があったら、さっさとチャットで相談し、ラフなコミュニケーションを重ねながら仕事をしていった方がよっぽど効率的だ。これからはチャットベースで仕事をすれば十分だ」
チャットが普及したことも、資料が減ることを後押ししているのです。
■デジタル完結で失われる力
3つめは「テレワークの拡大」です。
「テレ=離れて、ワーク=働く」。すなわち、在宅勤務やフリーアドレス、日本各地、世界各地……。さまざまな時間や場所、勤務形態の人たちが、ネットを介してビジネスコミュニケーションを行う。こうしたワークスタイルが、これから当たり前になっていきます。
テレワークの拡大も、やはり「たとえ1枚であっても、資料を作るなんてもう面倒だ」という話につながります。
たとえば以前、在宅勤務をしている受講者さんと話す機会があったのですが、家にそもそもプリンターがないと聞いて驚いたことがあります。
職場との打合せは、すべてZoom(ズーム)というオンライン会議システムで行っているという話でした。遠隔の場合、資料を作ってお互いにプリントアウトし、それを手元で見ながら話そうという動機は、どうしても弱くなりがちです。
結果、資料自体をそもそも作らなくなってしまった。それで半年間続けてみたが、特に困ることもなかったので、プリンター自体をメルカリに出品して手放してしまったというのです。
以上を煎じ詰めれば、「デジタル完結」でビジネスコミュニケーションを行う人、あるいは行うことがこれからの時代に相応しい働き方だと感じる人が増えてきているということです。今後、コロナ・ショックによってこの流れはますます加速するでしょう。
私は、この「デジタル完結」「資料ゼロ」という環境が、ビジネスパーソンから「考え抜く力」を奪っているのではないかと考えています。なぜなら、私自身が、資料を繰り返し作ることによって「考え抜く力」を身に付けたからです。
■「紙1枚」の制約が考える力を鍛える
私はサラリーマン時代、トヨタ自動車(以下、トヨタ)で毎日のように「紙1枚」資料を作成し、それをプレゼンしながら仕事を進めていました。
当時のトヨタには、仕事におけるあらゆるコミュニケーションについて、「紙1枚」を携えて実施する企業文化がありました。
企画書、報告書、分析資料、スケジュール確認、キャリア面談など、とにかく手ぶらではコミュニケーションを行わない。何かしら手元に紙がある状態で、提案や報告・連絡・相談をする。
明文化されたルールとして決まっていたわけではありませんが、7万人の社員の大半が、このようなワークスタイルを基本動作にしていました。
資料を「紙1枚」にまとめていく。こう書いてしまえばシンプルですが、慣れるまでは本当に大変でした。しかし、自分の考えを「紙1枚」に収めなければならないという「制約」のおかげで、私は自然と、ものごとの「本質」を見極めようとする習慣を身に付けることができました。
考えをまとめてみては書き直し、また再度考えて、より適切な言葉は何かと探究してみる。そうやって考えが研ぎ澄まされていけばいくほど、一つひとつの文は短くなり、資料の枚数も減っていきました。
■トヨタの「紙1枚資料」3つの特徴
ここで、トヨタの「紙1枚」資料の例を見てもらいましょう。次の図をご覧ください。
![トヨタで作成していた「紙1枚」資料の例](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/b/600/img_3bf2fa991e47e0bfacc8f74dfe72aabc451842.jpg)
軽く眺めただけだと、他のビジネス文書と同じように見えるかもしれません。いったい何がポイントなのかというと、特徴は次の3点に集約されます。
2.「枠=フレーム」で囲われていること
3.「テーマ」が各枠の上部に記載されていること
3つの特徴はどのように機能しているのでしょうか。
1.「紙1枚」にまとまっていること
「紙1枚」に収めなければならないという制約があることによって、あれもこれもと情報を詰め込むことはできなくなります。その結果、資料を作りながら、次のような問いが自然と浮かんでくるようになってくるのです。
「煎じ詰めると、今回自分が言いたいことは何なんだ?」
「突きつめていくと、主たる原因はどこにあるんだ?」
「結局のところ、実現に向けた最大の障壁は何だと言えばいい?」
「紙1枚」という制約があるからこそ、トヨタで働く人たちは、日々「考え抜く」ということが当たり前の日常になっているわけです。
2.「枠=フレーム」で囲われていること
理由は、「紙1枚」と同じで、枠もまた「制約」として機能します。結果、なんとかして枠の中に収めようとする過程で、先ほどあげたような「考え抜くこと」ができるわけです。
また、枠の「心理的効果」についても言及しておきましょう。人間には「空白を嫌う」、あるいは「空っぽの状態になると何かしら埋めたくなる」性質があります。
そのため、あらかじめ資料上にブランクの枠をいくつか作っておくだけで、「なんとかして埋めたいな、何を書いたらいいのだろう?」という問いが、条件反射的に立ちあがってくるのです。
そういう意味では、「枠=フレーム」の存在は、実は「紙1枚」以上に、トヨタの資料作成の本質的機能を担っていると言えるかもしれません。
頭の中だけで、あれこれ考えるのか。それとも枠を見ながら、「ここに何を入れたらいいのだろう?」と考えるのか。研修登壇の際、「どちらが考えをまとめやすいですか?」とアンケートをとったりするのですが、毎回ほぼ全員が後者の方が取り組みやすいと手を上げてくれます。
3.「テーマ」が各枠の上部に記載されていること
「テーマ」を書くことの意味はやはり、「制約」として機能するから。各枠の上にテーマを記載しておけば、当然ながらテーマと関係のない話を枠の中に書くことはできません。そのため、内容の取捨選択をする必要がでてきますし、そのプロセスを通じて、ここでも「考え抜くこと」が可能になってくるわけです。
■正しいデジタル化の姿とは
「考え抜く力」を身に付けていないビジネスパーソンが、「デジタル完結」の働き方を実践したらいったいどうなってしまうのか。数年前から職場でビジネスチャットを使っている管理職の受講者さんから、象徴的な話をしてもらったことがあります。
「ビジネスチャットのせいで、コミュニケーションの質が下がりました。
部下はたいした考えもなく、すぐにチャットで話しかけて報告・連絡・相談をしてきます。数年前から、社外で働くことが広くOKになってしまったので、どこにいてもチャットで捕まえられてしまい逃げ場がありません。
せめてもう少し、自分なりに考えてから話しかけてほしいです。何が言いたいのかさっぱりわからない、というより部下本人もわかっていないということが多く、あれこれ確認していたらあっという間に時間が経ってしまいます。業務効率化になんてまったくなってないですよ」
ビジネスチャットを「考え抜いて仕事をする習慣」をもたない社員が使うから、「チャットをしていたら1日が終わってしまった」などという働き方になってしまうのです。自分では深く考える習慣がないため、スマホで検索でもするような感覚で、すぐに「外に答え」を求め、周りに相談してしまうのです。
■その職場には、考え抜いて仕事をできる人がどの程度いるか
気軽に相談できること自体は強みですし、こういう時代ですから、たしかに情報自体はいくらでもあふれています。
![浅田すぐる『説明0秒! 一発OK! 驚異の「紙1枚!」プレゼン』(日本実業出版社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/200/img_cbc3b28588c5e128fe2743ba3d2c2f41180042.jpg)
ただ、「考え抜いて仕事をする習慣」のあるビジネスパーソンなら、そもそも不用意に周りに聞いたりしません。相談する時の言葉の数や、その頻度も最小限です。周囲で働く人たちの貴重な時間を過剰に奪ってしまう、なんてことはありませんから、これが働き方改革が目指す正しいデジタル化の姿と言えます。
本質は、「考え抜く力」の有無なのです。
あなたの職場には「考え抜いて仕事をすることができる」人がどの程度いるでしょうか? 「デジタル完結」を推進してしまって問題ないでしょうか?
コロナ対応の時流によって、「デジタル化=善」と盲目的に信じている人ほど、今回のような観点から思考を深めていく必要があるのではないでしょうか。
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「1枚」ワークス 社長/作家・社会人教育の専門家
愛知県名古屋市出身。トヨタ自動車入社後、海外営業部門に従事。同社の「紙1枚」仕事術を修得・実践。米国勤務などを経験したのち、6年目で同社のグローバル企業ウェブサイト管理業務を担当。企業サイトランキングで全業界を通じ日本一を獲得する。その後、グロービスへの転職を経て、2012年に独立。現在は、社会人教育の世界で、企業研修・講演等を多数実施。累計受講者数は10,000名以上。著書に『トヨタで学んだ「紙1枚!」にまとめる技術』(サンマーク出版)など。著者累計は41万部超。
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(「1枚」ワークス 社長/作家・社会人教育の専門家 浅田 すぐる)
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