「とにかくカネを貸してくれ」金融機関を悩ませる"底なし沼"の資金需要
プレジデントオンライン / 2020年4月24日 18時15分
■これから「経営破綻」が飛躍的に増える可能性が高い
新型コロナウイルスの感染拡大により、中小企業の資金繰りが急速に行き詰まってきている。
全国各地の商工会議所や信用保証協会の中小企業向け相談窓口には相談件数が殺到。東京商工リサーチの集計では、コロナ関連の経営破綻は4月22日までに全国で81件、31都道府県に広がった。インバウンドの事実上の消滅で影響を受けた宿泊業と飲食業をはじめ地域、規模、業種を問わず幅広い業界に影響が広がってきている。
感染拡大の収束が見えない中、外出自粛や休業要請による売上高の激減で、サービス業を中心に、中小零細企業のみならず、規模の大きい企業も日々の資金繰りに行き詰まり、経営破綻件数が飛躍的に増える可能性が高い。
■「朝から当座の資金繰りに困った人たちがやってくる」
金融庁の調べでは、2月1日~3月19日までの間で、事業者から全国の金融機関にあった資金繰り相談件数は約21万2000件だった。金融庁が実施中のヒアリングの暫定結果で、大手銀行、地方銀行、信金・信組が、事業者の融資条件の変更や猶予に応じた件数を集計した、3月10日から19日までの10日間に限れば5800件、うち4割が地域金融機関だった。
政府の緊急事態宣言が全国に拡大されたことを受け、ますます景況感は悪化し、相談件数と資金需要は急増することは必至だ。ある政府系金融機関の地方支店幹部は言う。「本来なら商店など零細企業は当行の顧客ではない。でも朝から当座の資金繰りに困った人たちがやってくるようになった」。
資金繰りに不安があるのは大企業も同じ。3月末から4月にかけてメガバンクに、資金が必要な際に得られる融資枠(コミットメントライン)を設定する動きが相次いでいる。トヨタ自動車が三井住友銀行と三菱UFJ銀行に計1兆円、リクルートホールディングスはこの2行とみずほ銀行の3メガバンクに計4500億円の融資枠を設定した。
■この資金需要は「めぐみの雨」か「底なし沼」か
邦銀のビジネスモデルは「コロナ禍」が、起きる前までは行き詰まりを見せていた。企業向け融資の規模が縮小し、長引くゼロ金利で投資運用先もない。キャッシュレスが浸透し、AIやネットバンキングの進化もあって、メガバンクはATMや支店を削減して採用人数を絞り始めた。旧来型の企業融資や手数料収入、投資運用益以外の収益源をどこに見出すのか。メガバンクから地域金融機関まで、迫られていたビジネスモデルの転換に手詰まり状態にあったのは共通だ。
そこに降ってわいた「コロナ禍」による資金需要の急増は、金融機関にとっては「慈雨」、つまり「めぐみの雨」なのかもしれない。
だが今、起きている資金需要は、まるで「底なし沼」のようでもある。感染拡大の影響が見えない中、どれほどの資金が必要になるのかは誰にも分からない。資金需要のひっ迫感は、「コロナ禍」を始めとする不測の事態によるものなのか、もともと経営が行き詰まっていた、赤字体質の「ゾンビ企業」が破綻への足を速めたものなのか。
全ての資金需要に応じていたら金融機関本体の経営が危うくなる。「当座の資金繰り需要にはスピーディーな審査で応じなければならない。ただ、その資金需要がコロナの影響か、そうではないのかを短期間で見極められる『目利き力』が金融機関の経営を左右する」(地域金融機関首脳)。
■「天下の悪法」と批判された中小企業金融円滑化法の復活
「目利き力」が問われる金融機関にとって、悩ましいのが「天下の悪法」とかつて批判された「中小企業金融円滑化法」の復活だ。
元本を含めた返済猶予や金利減免など貸付条件変更に、金融機関が柔軟に応じるよう求めた時限立法で、2008年のリーマン・ショック後、当時の亀井静香金融担当相の肝いりで2009年12月に施行された。2013年3月で終了したが、3月6日の麻生太郎財務相兼金融相の談話で復活が盛り込まれた。「モラトリアム法」とも呼ばれ、赤字体質の「『ゾンビ企業』の延命策」など批判されたいわくつきの法律だ。
だが今回は様相がまるで違う。ある地方財務局の幹部は言う。「われわれも金融機関も、今は地域の中小企業の中に入っていく『対話路線』ですから。『円滑化法』も積極的に活用していただきたい」。
実は金融円滑化法は、2013年3月の終了後も事実上は継続していた。運用した金融機関の、金融庁への報告義務が2019年3月末まであったためで、最後の1年間では、貸出条件変更などの申請は75万件、実行率は95%を超えた。
■金融庁の遠藤俊英長官が打ち出す「対話強化」
今回の運用では、金融機関の負担が増した。金融庁は2018年に検査局を、2019年末には金融検査マニュアルをそれぞれ廃止。金融機関に融資先に対する「目利き力」を養ってもらい、融資先との「対話強化」とコンサルタント営業を促す狙いがあった。
その流れから今回は、融資条件の変更や返済猶予後の債務者区分の変更などで、金融機関側の裁量に任される部分が増えた。金融庁への報告は毎月と、3カ月に一度だった前回より増えている。
金融機関と企業の「対話強化」は、金融庁の遠藤俊英長官が一昨年の就任以降、鮮明に打ち出している方針だ。前任の森信親長官が「地方銀行の合併促進」の強硬路線で恐れられたのとは一変。森氏の側近をことごとく配置換えしてまず取り組んだのは、自ら積極的に地方へ出向く「対話路線」だった。
■地方票の足固めをしておきたい菅官房長官の方針と一致
代表例が「ちいきん会」である。全国の金融機関職員と地方公務員、国家公務員ら若手を集め、地域の課題解決に向けてネットワークを築く場を提供しようという狙いで遠藤氏主導で旗揚げされ、2019年3月に東京で第1回を開催した。同年中に3回、開催された「ちいきん会」に遠藤氏は全て出席。同年12月末には広島県福山市で講演を行うなど、歴代長官に比べて地方行脚は際立って多かった。なぜか。
まず遠藤氏は「『地方愛』と『若者愛』が強い」(金融庁幹部)とされる。国際通貨基金(IMF)出向中に住んだ米ワシントンDCの良好な住環境を懐かしみ「子供の教育のため」と軽井沢に自宅を構え、今も片道2時間の新幹線通勤をこなす。故郷・山梨県に似た風景が気に入ったそうで、一時は「信州大の教授になりたい」と漏らしたほどほれ込んでいる。
加えて地方行脚には、「霞が関や永田町における金融庁の存在感が薄いことの裏返しだった」(財務省幹部)との指摘がある。遠藤氏は、政治家や財界筋と腹を割って本音で話せる「大物次官」のタイプではない。これには金融庁が「専門家集団」で、民間出身者が全体の3割ほどを占める「特殊事情」もあったろう。その中での地方行脚は「国政選挙を見据えて、地方票の足固めをしておきたい菅官房長官の方針と一致していた」(金融庁職員)といえる。
■地域金融機関とゾンビ企業が「共倒れ」となる恐れも
遠藤氏の地方行脚は、地域金融機関の経営に不安を覚えている背景もあったはずだ。金融庁は地域金融機関が経営統合を検討する場合、地域における事業の寡占状態を制限する、独占禁止法の適用除外を盛り込んだ特例法案を準備している。
長崎県でふくおかフィナンシャルグループと十八銀行の統合が公正取引委員会との調整で難航したことから、地方金融機関が合併に二の足を踏む可能性を下げる狙いがあるという。図らずも「コロナ禍」による景況感の悪化で今後、活用を検討する金融機関は増えそうだ。
金融円滑化法が最初に施行されたリーマン・ショック当時より、金融機関の経営環境は厳しさを増している。経営体力差は地域のトップ銀行と、それ以外とで格差が広がっており、融資先に対する目利き力も同様だ。金融円滑化法の復活が、より体力が乏しく目利き力のない地域金融機関と、地場のゾンビ企業との「共倒れ」を招くことにならないか。
ある地域金融機関トップは言う。
「金融円滑化法が前回、施行された際は企業を残すことに力を入れた。だが今は企業本体ではなく、企業が持つ技術と雇用をいかに守るかが課題となる。そのためには、資金需要がひっ迫している企業の難局が慢性的ではなく、コロナ禍によるものだと見極める目利き力と、事業承継やM&Aなどに、どれだけわれわれが貢献できるかがカギになる」
地域金融機関のすべてが、その通りにできればよいのだが。
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ジャーナリスト
元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)
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(ジャーナリスト 藤澤 志穂子)
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