ジョブズが繰り返した「テクノロジーとは自転車と同じだ」という言葉の真意
プレジデントオンライン / 2020年5月2日 11時15分
※本稿は、河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■自転車の荷台にMacをくくりつけた初期の広告
創業時のアップルのビジョンは次の一文になります。
「Changing the world, one person at a time.(世界を変える、1人ずつ)」
アップルが創造する製品で人の能力を拡大し、それが周りに伝播して、世界が変わっていくのです。巨大な一瞬の衝撃波によってすべてを破壊し、世の中が一気に様変わりするというものではありません。
もう1つ、この理念をわかりやすく表現したのが「Wheels for the mind(知的自転車)」です。知的自転車はMacintoshの初期の広告やカタログのイラストに登場し、荷台にMacintoshをくくりつけて疾走する姿に描かれています。
自転車は人がペダルを漕ぐことで人間の力を増幅し、目的地に早く快適に移動することを可能にします。スティーブ・ジョブズにとってテクノロジーは、まさにこの自転車のようなものでした。テクノロジーは人間にとって代わるものではなく、人の創造性や能力を引き出し、増幅し、作りたいものや成し遂げたいことをより早く快適に実現するためのツールなのです。
そしてこの考え方こそがアップルのDNAであり、それは時価総額が1兆ドルを超えるような企業となっても変わっていません。
■テクノロジーは人間の能力を増幅する
スティーブは1995年に行われたインタビューの中で、この自転車のアナロジー(類比)の由来を語っています。それは子供のときに読んだ「サイエンティフィック・アメリカン」誌の記事にあります。その記事では動物の移動効率を比較して、1キロメートルの移動にかかる消費カロリーをクマ・チンパンジー・アライグマ・鳥・魚・人間で計測したところ、コンドルの効率が最も優れているが、そのコンドルでさえ自転車に乗った人間の移動効率には勝てないとありました。
それを読んだスティーブに、人間が道具(テクノロジー)を手に入れると、人間の生来の能力を劇的に増幅できるというインスピレーションが降りたのです。しかし、彼が復帰したときのアップルは長年にわたる迷走の結果、市場からも、アナリストからも、デベロッパからも、投資家からも、そして一部の社員からも見放されていました。
そこでスティーブは、原点に立ち返ってアップルがどういう企業なのかを改めて社内外に知らしめることが必要だと考えました。
■取り戻したビジョンが再び軸足になった
アップルの失われたアイデンティティと理念を再び世の中に示したのが、Think differentブランドキャンペーンです。さまざまな分野で世界を変える人たちのための道具を提供するのがアップルの使命であると高らかに宣言したのです。
![河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/2/200/img_b269aaa558e9a08e62770517fe887623221257.jpg)
真の破壊的イノベーションは、やみくもに破壊をすることではありません。混沌に覚醒の光が射すと、散乱した破片にも1本の筋が刺し貫かれ、高みに引き上げられるのです。
リーダーは組織の中で、ややもすると失われてしまう視野と方向性をしっかりととらえ、大局的な見地と優先度でビジョンを大胆に遂行することが求められます。しかし同時に、原点に立ち返り、確固とした軸足に立たなければ、ディスラプションを生き抜くことはできません。
アップルが取り戻し、再び軸足となった「テクノロジーは人間の能力を増幅するツールである」というビジョンは、アップルが開発するソフトウェアとハードウェアに確実に反映されています。
■万人が使いこなすために必要なもの
まだ言葉も話せない2歳の子供にiPadを渡せば、自らYouTubeを立ち上げ、自分の見たい動画を探して再生します。お絵描きがしたくなったらアプリを立ち上げ、筆や色を自分で変えながら創作を楽しむことができます。そして、それはアップル製品の強みである「直感的なユーザインタフェイス」が、他製品とは比べものにならないほど洗練され、こだわり抜かれているからこそ実現するのです。
そもそもアップルは、創業時からハードウェアとOSの両方を自社で開発している非常に稀有な企業です。その両立は決して容易ではありませんが、万人が使いこなすことができる「知的自転車」を実現するためには、ハードとソフトの両方が高い次元にある必要があるのです。
■オブセッションは支持者と敵を生み出す
アップル製品の優位性はハードウェアとソフトウェアが一体となって提供されるユーザエクスペリエンスにあり、そのエクスペリエンスのデザインに対する徹底したこだわりが随所に見られます。ところが、こだわりを越えてオブセッションが人を駆り立てる状況になると、いろいろとやっかいなことが出てきます。オブセッションは熱狂的な支持者を作る一方、あちこちに混乱と軋轢を生じ、ひいては多くの「敵(ヘイター)」も生み出すからです。
たとえば、MacOSが9になる前のバージョンでは、ゴミ箱にファイルを捨てるとゴミ箱のアイコンがぽっこり膨らむようになっていました。そういった機能的には意味のない「遊び」がOSに組み込まれると、「Macintoshは無駄の多いおもちゃだ」と拒否反応を示すビジネスユーザが増えました。
性能面でも、(コンピューティングリソースをGUIそのものに使うために)Macintosh はウィンドウズマシンより処理が遅いというベンチマークテストの結果が、メディアやユーザの間でも喧伝されるようになりました。その結果、アップルとアップルユーザに対してあからさまな嫌悪を示し、敵視する人たちが少なくありませんでした。
■クラシック音楽界にも似たような状況があった
こういった状況はビジネス界に限らず、ほかの世界でも見受けられます。感性が大きな要素を占める芸術の分野においては顕著でしょう。クラシック音楽界でも多くのディスラプションが起きました。
斬新な作曲技法で20世紀音楽への扉を開いたクロード・ドビュッシーは、そのいい例と言えます。彼は「耳に心地よい音楽」のビジョンを持っていました。ベートーベンやワーグナーに代表されるドイツの重厚な交響曲が主流であったところに、従来の禁則を破ってさまざまな音楽様式を融合し、まったく新しいリズムの音楽を創り上げました。大きな影響を残したドビュッシーですが、一時期はその功績も虚しくさまざまな心ない批判にさらされ、隠遁生活を余儀なくされたのです。
音楽界の最前線で戦ったドビュッシーは、西洋音楽からジャズ、ミニマルミュージックやポップス、プログレッシブ・ロックまで幅広く多様な音楽に影響を与えました。イーゴリ・ストラヴィンスキー、ジョージ・ガーシュイン、スティーブ・ライヒから、デューク・エリントン、マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、そしてピンク・フロイド、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマーにも影響を与えています。
■BABYMETALによる強烈なディスラプション
音楽界でのイノベーションを見ると、欧米での展開が目立ち、残念ながら日本発のものはなかなかありません。しかし、近年イノベーションとオブセッションの関係性を色濃く反映する、興味深い現象が注目されます。BABYMETALとそれをとりまくコミュニティです。そのインパクトは大きく、これまで日本人には見られなかった世界標準の強烈なディスラプションを起こしているのです。
BABYMETALは、2010年に「アイドルとメタルの融合」をコンセプトに日本人の3人の10代の女性で構成されるヘヴィメタルのダンスユニットとして結成されました。バックバンドに「神バンド」が加わり、2014年にヨーロッパ・北アメリカ・日本を巡るワールドツアーを開始しています。
ヘヴィメタルは、ギターの歪んだ音やドラムのテンポの速さが強調された演奏や、反社会的なものを含めた暗い攻撃的なテーマと歌詞の楽曲で、特有のファンを獲得してきました。その重々しい暗鬱な世界に、女性たちの清々しい突き抜けた歌唱と流麗ながら渾身のエネルギーをこめたダンスで、進むべき光に満ちた未来を指し示すのです。破壊的イノベーションです。
■力ずくではなく影響力を拡大していく
その音楽は従来のコンセプトやジャンルの壁を破壊することから、とりわけ欧米の「伝統的」なヘヴィメタル愛好家からは強い反感を買い、拒絶され、攻撃される始末でした。しかし、BABYMETALのプロデューサーやグループメンバーおよび振付師や作曲者は臆することなく、オブセッションに身を任せ、欧米やアジアのさまざまな国の音楽を精力的に融合しています。そして着実に反対者を擁護者に変転しています。2019年に発表したアルバムは、その音楽性の高さでアメリカ「ビルボード」のアルバム総合チャートで13位にランクインし、1963年に坂本九が記録したランクを56年ぶりに更新し、イギリスでもトップ10にランク付けされているのです。
Think different、ドビュッシー、BABYMETALなどに見る破壊的ディスラプションには、衝撃こそ大きいものの、「破壊」からイメージする、抵抗勢力や反対者を力ずくで抑え込んだり排除したりするような脅威による支配、悲壮感や恐怖、強迫観念といったものはありません。抵抗者を和らげ、さらには反対者を擁護者に、そして提唱者へと転換して影響力を拡大します。
「この組み合わせはありえない」と拒絶するマインドを、オブセッションは「こんな素晴らしい世界が生まれるのだ」という新しいパラダイムに導き、ディスラプションをイノベーションへと昇華する原動力となります。
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同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
マーコムシナジー源 代表取締役。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパン、すかいらーく、サン・マイクロシステムズ、モービル石油等に勤務。アップルで“Think different”を掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に勤しんできた。
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(同志社大学大学院ビジネス研究科 教授 河南 順一)
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