あのジョブズがどんな時にも守り続けたたった1つのルール
プレジデントオンライン / 2020年5月4日 11時15分
※本稿は、河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■アップルは「アンダードッグ」だった
今でこそメインストリームとなったアップルですが、アップルはずっと「アンダードッグ」でした。「アンダードッグ(underdog)」は、カリフォルニア州・クパチーノ本社のスタッフとのミーティングでよく耳にした言葉で、雑誌やウェブでも、アップルを語るときによく使われていました。
アンダードッグを辞書やウェブで引くと「負け犬」と出てくるのですが、実際にアップルでの会話や記事で使われるニュアンスには、否定的なひびきよりも、むしろポジティブな意味合いがありました。アンダードッグが英語圏のニュースで見出しに使われるのは、期待されていなかった選手が予想に反して試合を勝ち進んだというシチュエーションで多いようです。
でも、アップルで耳にしたアンダードッグが持つ意味合いはもっと深いものがありました。たしかにアンダードッグは、状況としては「負け犬」の境遇に甘んじているのですが、自身は信念を持って突き進もうという気概を持っているのです。成績としては黒星が目立ち、負け越していても、それにめげることはありません。
■「アンダードッグ」の周りには応援者がいる
アンダードッグのもう1つの特徴は、その隠れた強さに着目し、その才能を信じて応援する人たちが周りにいること。これがこの言葉を耳にしたときに、私が感じ取った意味合いでした。
苦境に喘ぐアップルをメディアが激しく責める状況であっても、地道に開発を続けるデベロッパや、製品やテクノロジーを使い続けるユーザグループの人たちと接するときに、栄誉あるタイトルではありませんが、アンダードッグという呼び名が頭に浮かび、希望をつないでくれていました。そしてスティーブ・ジョブズが戻ってきて、アップルが勢いを取り戻す兆しが見えたときに、このイメージが自分の中で鮮明に確認できたことを今でも覚えています。
■ディスラプターが巨人を倒す
欧米では、アンダードッグの例として、旧約聖書に登場するダビデを引き合いに出すことが多いようです。聖書には馴染みはなくても、ミケランジェロのダビデ像は美術の教科書などで見た人も多いことでしょう。
ペリシテ軍と戦い、劣勢のイスラエル軍にあって羊飼いの少年ダビデは、身の丈が3メートルもあるペリシテ軍の最強の軍人ゴリアテと一騎打ちすることになります。サウル王が自分の鎧と剣をつけるようダビデに促すのですが、ダビデは慣れていないからと辞退。羊飼いが狼を追い払ったり撃退したりするために使う布製の投石器と川で拾った石で戦いを挑み、一発でゴリアテを倒します。
業界の巨人が立ちはだかる状況で、アップルが劣勢からなかなか脱することができないのをやきもきしながら見ていたデベロッパやユーザは、スティーブが戻ってきたとき、アンダードッグが石を投げるときが来たと熱狂的に迎えました。一方で、本当にアップルが戦えるのかと、同じ軍勢にいながら不安を抱える(最初の私のような)人間もいたし、アップルが息を吹き返すというのは想像だにできないという客観的で合理的な見方もありました。
今になって当時の状況を振り返ると、アップルをアンダードッグと呼ぶのは当を得ていたと思います。このアンダードッグの要素は、ディスラプターに重要な資質となると常々思うのです。
■熱狂的な“サポーター”が支えてくれた
ディスラプションは、必ず抵抗勢力からの圧力を受け、敵を作り出します。現状(維持)を破壊し、それまでの既得権を壊す局面が生まれるからです。変革をドライブするときに、必ずつぶそうとする力が作用し、反発を受けます。勝ち目のない戦いだったりするのですが、それを支えるのは熱狂的なサポーターなのです。
アップルの場合はデベロッパであり、ユーザでした。特にメインストリームのプレイヤーでないディスラプターが成功するには、数は少ないとしてもロイヤルなサポーターの支えがあって、その力を融合することは絶対条件と言えます。Think differentは、目の輝きを失って「負け犬」と化していた人たち(アップル自身を含め)への、投石器を構える力を取り戻して立ち上がるように促すエールでした。
■チームの原動力はオブセッション
ディスラプションの海を分けて進んだスティーブは、職場で激情に駆られることが時々ありました。彼のリーダーシップには皆が全幅の信頼を置いてはいましたが、信頼と愛着は必ずしも共存しないのが、スティーブと仕事をした人たちに共通した認識でした。
実際、私にもスティーブや彼のチームとはもうやっていけないと感じることが何度かありました。でも結局は、私を含めた誰もが彼の一途な熱情にほだされて、世界を変えられるのは彼しかいないことを悟るのです。セッティングしたメディア取材をドタキャンしたり、何の説明もせずプレゼンを途中でやめさせたりと、その瞬間は理不尽に思える一連の出来事は、大局を見ると実に合理的で、人類を前進させることにつながる重要なステップの一つ一つであると思えるようになるから本当に不思議です。
1つ確かなのは、メンツを気にしたり保身に走ったりする人間というのは人を裏切りますが、スティーブにはそれはありませんでした。彼が厳しい姿勢を見せるのはすべて、最高のものを作りたいというオブセッションがなせる業なのです。
マーケティングを担ったWWマーコムチームのメンバーや広告代理店のスタッフも同じでした。仕事で衝突することはありましたが、欺いたり裏切ったりするような人間はいませんでした。同じオブセッションを抱くようになると、これほど強力なチームはほかにはありません。
広告代理店側からスティーブのチームに参画して、長年スティーブと一緒に仕事をしたケン・シーガルも、けっこうひどい言葉を浴びせられ、何度か心が折れそうな経験をしました。しかし、ケンは何度も提案を足蹴にされながらも、最終的にはスティーブの承認をとりつけました。それは、ケンの人を包み込むおだやかな性格もありますが、自分の心の整理が上手にできる柔軟な思考を培い、自分の領域で最高のものを作るというクリエイティブのプロとしてのコミットメントとオブセッションがあったからにほかなりません。
■仲間は何ものにも代えがたい人生の財産
ディスラプションには修羅場がつきものです。私は何社かで勤め、それぞれに業績の浮き沈みがあり、難しい時期も経験しました。一番長く勤めたのはアップルで、そして日本マクドナルドになりますが、特にこの2社での経験は厳しいものがありました。アップルの場合は1997年に倒産寸前となり、日本マクドナルドは2015年に創業以来最大の赤字を計上しました。できるならば試練は避けたいものですが、一方で困難な状況に置かれることで得られる、素晴らしい感謝すべきこともあります。
それは、自分が心から信頼でき、生涯の友となる人を見つけられる点です。自分が修羅場を共に過ごして発見した素晴らしい人たちは、次のような特性を持っています。
・仲間の弱いところを補って助けてくれる。
・見返りを求めずに、人のために尽くす。
・不退転の覚悟で、難局の打開に取り組む。
危機に遭遇したときに、その人の本当の姿を見ることができます。追い詰められたときに、どう反応し、考え、行動するのか。地位や経験に関係なく、その人が何に価値を置くのかをはっきりと見ることができます。試練に直面すると皆が不安になり、恐れを抱きます。
■馬が合わない人でも信頼する仲間になれる
自分自身も危機の只中にいるとき、「仲間」をどうサポートすべきかに目を向けて、まずは自分よりもほかを優先して考えてくれる人がいます。一緒に、恐れ、苦しみ、もがきながらも、力を合わせて難局を乗り切ったときに分かち合う喜びと達成感は格別ですが、そういう状況で見いだした信頼できる「仲間」は、何ものにも代えがたい人生の財産となります。
一方で保身に走る人や、自分の益となることをすべてに優先する人もはっきりと見えます。人間ですから自分を守る気持ちがあって当然です。事実、私自身、何を優先すべきか判断する際に、やはり自分を守ることを考えています。当然、理屈に合うのは自分を優先させるという選択です。しかし後になって振り返ると、理屈に合わないほうを選択したことが自分の成長と喜びに結びついたとわかるものが多いように思います。
そしてもう1つ大事なことがあります。信頼する仲間は、必ずしも自分と馬が合う人とは限りません。感情的に対立する人でも、実際に喧嘩をした人でも、かけがえのない友人とすることができます。一緒にいると心穏やかでない人がいて、意見が合わず激論を戦わすことがあるかもしれません。でも、その人の思いを掘り下げると真剣に取り組んでいることが見え、共有できるものが必ず見えてきます。見えたものが「保身」や「メンツ」でなければ、その人もかけがえのない友人となる可能性がある人です。
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同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
マーコムシナジー源 代表取締役。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパン、すかいらーく、サン・マイクロシステムズ、モービル石油等に勤務。アップルで“Think different”を掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に勤しんできた。
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(同志社大学大学院ビジネス研究科 教授 河南 順一)
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