茂木健一郎「新型コロナウイルスは、時間の動きを早めている」
プレジデントオンライン / 2020年5月24日 11時15分
■今の僕たちに必要なのは「加速主義」だ
新型コロナウイルスの猛威が世界的に続いている。東京オリンピック、パラリンピックは2021年に延期され、安倍晋三首相が「緊急事態宣言」を行った。
業態によっては営業の短縮、休止を余儀なくされるなど、影響が広がっている。
この原稿を書いている時点で、今後がどうなるか見通しにくい。経済だけでなく、社会生活全般にどこまでダメージが及ぶかわからない。
このような状況で一番大切なのは何と言っても一人ひとりの健康と命。優先順位を見極めて、十分な注意を払う必要があるだろう。
一方で、「ピンチ」を「チャンス」に変えるのが人間の脳の強靭さ。100年に1度とも言われるこの危機をきっかけに、少しでも日本が、そして世界が発展する工夫をしたい。
最近、「加速主義」という言葉が注目されている。もともとは、あるシステム、体制の矛盾や問題点を乗り越えて「次」のステージに行くためには、そのやり方を邪魔をせずに突き詰めてしまえばいいという考え方である。
例えば、現在の資本主義の次に来る社会をもたらすためには、資本主義の力学を発展させてしまって、行き着くところまで行けば、その先のやり方が見えてくるし、社会にも受け入れられるだろうと考えるのである。
このような意味での「加速主義」は一部の人にとっては魅力的な考え方かもしれないが、弊害も予想される。何よりも、矛盾や問題を突き詰めてしまうという点において、「ハードランディング」の被害が出ないとも限らない。
そこで、前向きに検討したいのがもうひとつの「加速主義」である。
すなわち、時代の変化や技術の進歩によってやがては来るだろうと予想される社会のあり方を、先取りして実現してしまう。起こるであろうことを積極的に起こしてしまう。そのような、あくまでもポジティブな「加速主義」を考えたいのである。
■これまで気づかなかった在宅勤務のメリット
例えば、今回の事態で、在宅勤務、テレワークが拡大している。会議も、「ズーム」などのアプリ、ネット上のサイトを使って遠隔で済ますということが多くなっている。
従来、働き方の多様化やワークライフバランスという視点から、テレワークのような新しい仕事のあり方は推進が求められてきた。しかし、実際には変化は遅々として進まなかった。
新型コロナウイルスの感染防止という止むに止まれぬ時代の要請で、今まで進まなかった変化が一挙に進んでいる。そのことで、これまで気づかなかった在宅勤務のメリットや、必要な工夫に多くの人が目覚め始めている。
人間の脳は、抽象的な可能性としてはわかっていても、現実のものとして体験しないとなかなか身体性の面で腑に落ちないものである。体で納得しないと、社会に浸透しない。その意味で、今回の危機は、新しい働き方が日本に広まるきっかけになるだろう。
教育においても、休校が続く中、オンライン授業やデジタル教材の共有、先生と生徒、生徒同士の議論や共同作業など、新しい学び方が一気に広がっている。
100年に1度の感染症の危機で、やがては訪れるだろうと言われてきた変化が加速して起こる。このような「加速主義」は歓迎したい。
時間の動きを早めることで、ピンチをチャンスに変える。危機をできるだけ前向きに乗り越えたいものだ。
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脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。『幸せとは、気づくことである』(プレジデント社)など著書多数。
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(脳科学者 茂木 健一郎)
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