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鉄道の記念イベントを「密な空間」にしてしまう鉄オタの心理

プレジデントオンライン / 2020年5月3日 11時15分

JR山手線「高輪ゲートウェイ駅」を出発する始発電車を見送る中村多香駅長=2020年3月14日午前4時34分 - 写真=毎日新聞社/アフロ

新型コロナウイルスの影響は、人が密集する鉄道の廃線や車両の引退セレモニーにも及んでいる。なぜ、鉄道イベントに多くの人が集まるのか。鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏は「コレクションに加えて体験重視のファンが増えていることが大きい。彼らが”節目”に集まることで、イベントの混乱を招いてしまっている」と指摘する――。

■密集を避けるため、ラストランを2週間以上前倒し

4月17日、JR北海道の札沼線北海道医療大学―新十津川間(47.6km)が85年の歴史に幕を閉じた。この区間は、経営難に苦しむJR北海道が2016年、単独では維持が困難な線区として公表した10路線13線区のうち、極端に乗客が少なく、バス転換を目指すとされた5路線5線区のうちのひとつ。沿線自治体と協議を重ねた結果、2020年5月7日をもっての廃止が合意されていた。

最終列車の運転計画は新型コロナウイルスの影響で規模縮小、前倒しと二転三転した。当初、5月6日まで通常運行する予定だったが、ラストランに乗客が集中し混雑が発生することを避けるため、5月2日~6日は1つ手前の石狩当別―新十津川間の列車を全車指定席で運行すると発表した。

しかし、4月15日になって、ゴールデンウイーク前の運行に多くの人が詰めかける可能性を考慮し、最終運行日を24日に前倒し。その後、16日に緊急事態宣言が全国に拡大したため、同日夜にさらなる前倒しを決定。翌17日の運行をもって営業を終了した。

JR北海道としては、多くの人が押しかけて、「密」な状況を生み出すことへの恐れが、それほどまでにあったということだろう。

■「最初と最後」の瞬間に集まりたがるファンたち

戦時中でさえも憲兵の目を潜り抜けて鉄道車両を記録、撮影する鉄道愛好家もいたというし、鉄道紀行作家の故・宮脇俊三氏は1942年に開通した関門鉄道トンネルを一目見たいと、戦況が厳しさを増し始めた1944年3月に現地を訪れている。いわば戦時下の乗り鉄である。

だとすれば、新型コロナウイルスのような非常時でも、貴重な記録を収めようと列車を追い続ける人がいるのもおかしくはないかもしれない。鉄道は戦時下であれ、コロナ禍であれ、どのような状況にあっても動かし続けなければならないインフラである。そうであれば当然、鉄道を追う人たちも、どのような危機にあっても動き続けることになる。最初と最後の瞬間は二度とやってこないのだから。

同時代では顰蹙(ひんしゅく)をかうような行動であっても、いつか貴重な記録として評価される日がくるかもしれない。歴史の記録とはそういう側面もあることは否定できず、そうした行為そのものを推奨はできないとしても、断罪するつもりは筆者にはない。

ただ近年、問題になっているのは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために「密」を避けなければならないということ以前に、こうした「イベント」に人が殺到して、しばしば混乱が発生しているからだ。

■「運行に支障が出る」として事前告知なしの引退

最近、鉄道会社の姿勢に変化が見られた事例があった。新型コロナウイルスの騒動が拡大する直前の2月28日、東京メトロのある車両がひっそりと引退した。1988年にデビューした日比谷線「03系」車両が予告なく営業運転を終了したのである。

これ以前、銀座線「01系」や千代田線「6000系」の引退時は、事前発表や車両の装飾、ラストランイベントなどが企画された経緯があるが、今回は何も告知が行われないままの、突然の引退であった。

鉄道情報サイト「鉄道プレスネット」の取材に対し、東京メトロ広報部は「千代田線6000系車両引退時、一部の鉄道ファンが車両やホームに殺到したことによる混乱により、運行に支障や、多くのお客様にご迷惑がかかる事態となったことに鑑み、引退イベント等は見合わせることとした」と説明したという。

日比谷線03系は、2000年3月に中目黒駅構内で5人が死亡する脱線衝突事故を発生させており、そもそも華々しいイベントを避けたかったのではないかという見方もできるが、それを差し引いても、鉄道ファンによって混乱が生じる状況を作りたくなかったというのは本音だろう。

■なぜ鉄道イベントにこんなにも人が集まるのか

背景には鉄道ファンの裾野の広がりと、消費行動の変化があるように思われる。ここ15年でメディアが鉄道趣味を積極的に取り上げるようになり、また有名人も自身が鉄道ファンであることを公言しはじめ、鉄道ファンはすっかり市民権を獲得した。

鉄道ファンが増加することで、ファンの在り方も変化してくる。元々、鉄道趣味は記録としての写真撮影や鉄道模型や乗車券の収集など、「モノ」へのこだわりを見せるアプローチが多かったが、近年は鉄道旅行やイベント参加など「コト(体験)」を重視する層が中心になりつつある。

これを象徴する出来事が、3月14日の高輪ゲートウェイ駅開業であった。朝から冷たい雨が降りしきる中、開業初日の日付が入った乗車券を求める鉄道ファンが大勢集まったのは、コレクションとしての乗車券が欲しいのではなく、開業初日に行ったという体験が欲しいのである。鉄道趣味のアトラクション化とも言うべきだろうか。乗車券の購入を望む人々は最長で300分待ちの大行列となった。

「最初」や「最後」といった「節目」の大舞台は、逃したら二度と味わうことのできない体験である。非日常の体験を求めて集まる人々からすれば、混雑や混乱がある方が盛り上がるのだ。近年、ラストランなどに集結し、駅のホームや車両を占領して騒ぎたてる「葬式鉄」と呼ばれる一部の迷惑な鉄道ファンも、こうした文脈から理解した方が分かりやすいはずだ。

■「東京駅開業100周年Suica」発売時には暴動も

近年は車両基地の公開イベントや沿線ウォーキングイベントなどを見ても、異常な混雑が発生しており、イベント会場内でトラブルが発生したり、近隣住民から苦情が寄せられたりするほどになっている。一部の事業者はフリー参加制から事前応募抽選制に切り替えるなど、来場者の制限に乗り出しているが、今度は何度応募しても当選しないという声が上がるなど、対応に苦慮しているという。

2014年には、JR東日本が東京駅開業100周年記念Suicaを限定1万5000枚で発売したところ、早朝から1万人近い人が並ぶ長蛇の列ができ、大混乱に陥った。発売開始時間を繰り上げて対応するも、さらに多くの人が集まったため、途中で販売を打ち切る騒ぎとなってしまった。これに不満の声が続出し、混乱はエスカレート。半ば暴動のような状態になり、東京駅の模型など展示品が壊される事態になった。

結局、JR東日本は希望者全員が限定Suicaを購入できるようにして、1年間かけて発送した。申し込み枚数はなんと約500万枚にも達したという(最終的な発行枚数は427万枚だった)。皆がそこまでして限定Suicaを欲しがったというわけではない。これが最初から抽選制の発売だったら、ここまでの盛り上がりは見せなかっただろう。東京駅で大行列を作るという体験と、「炎上祭り」への参加で、限定Suicaは二度も消費の対象になってしまったのである。

■これを機に持続できるイベントの在り方を考えるべき

鉄道業界には苦い教訓もある。1960年代後半から1970年代前半にかけて巻き起こった「SLブーム」でも、人が殺到し、次第に収拾がつかなくなっていったのだ。

最終的にこのブームは、1976年に京都―大阪間開業100周年を記念して、動態保存されていたSLを用いた記念列車を運行した際、線路敷地内に侵入した小学生が列車と接触して亡くなるという悲劇的な結末を迎えている。これ以降、SLの動態保存は下火となってしまった。行き過ぎたムーブメントは必ず破綻を迎えるのだ。

幸か不幸か新型コロナウイルスの影響で、多くの人が集まるようなイベントの開催は当面、自粛されるだろう。イベントの開催が再び可能になったとしても、しばらくは「密」を避け、人数をコントロールする方向に進むはずだ。
だとすれば鉄道ファンも鉄道事業者も、ここで一度冷静になって、持続可能な鉄道イベントの在り方を模索する時期なのではないだろうか。

鉄道は公共交通機関である。一般利用者や近隣住民に迷惑をかけてまでイベントを行うのは本末転倒だ。鉄道を盛り上げようにも、ファンの関心が最初と最後という一過性のもので終わってしまっては、意味がない。非日常は、日常が続くからこそ、貴重なのである。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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