「40歳で最年長」新卒でサイバーエージェントに入った広告マンのいま
プレジデントオンライン / 2020年5月2日 11時15分
■執行役員は自分より年下の「40歳営業社員」
インターネット広告事業で国内最大手のサイバーエージェントは、東京・渋谷に本拠地を構えている。
東急東横線が地下化され、新たに渋谷ヒカリエ、渋谷スクランブルスクエアという高層ビルが立ち、渋谷駅の南西部を占める桜丘地区との一体化を目指した大規模な再開発が進められている渋谷駅周辺は、しばらく訪れないと自分がどこにいるのかわからなくなってしまうほど、目まぐるしく変化し続けている。
サイバーエージェント(以下CAと略)のインターネット広告事業本部営業局における最年長、最長歴社員である神永慎吾(40歳)は、そんな生き馬の目を抜くような渋谷界隈で働いている割には、いきり立ったところをまったく感じさせない風貌をしている。
アシメというのかミディアムというのか、ボサッとした髪型にグレーのパーカーを着込んだ姿は、動物に例えればコアラのイメージ。所属するインターネット広告事業本部の2人の執行役員の年齢が30歳と37歳と聞くと、内心は穏やかではないだろうと邪推したくなるが、悠揚迫らぬ態度とでも言えばいいのか、神永の語り口はあくまでも淡々としていて、激したり、卑屈になったりするところがまったくない。
一方で、入社以来17年間、一度も異動することなく営業局で仕事をし続けてきた神永を取り巻く環境は、まさに渋谷的な激変を遂げてきたと言っていい。
■早稲田卒が300人の小さな会社を選んだワケ
1979年生まれの神永が早稲田大学を卒業し、CAに入社したのは2003年。98年創業のCAが新卒の採用を始めたのは02年のことだから、新卒採用2期生ということになる。
現在のCAの社員数は連結で5000人強だが、03年当時の社員数はわずか300人。神永の同期入社は34人に過ぎなかった。一流大学卒の神永は、なぜ、こんなに小さな会社を選んだのだろうか。
「僕が入社した頃のCAは、学生の間ではまだまだ認知度が低かったですね。社長の藤田(晋)さんが、最年少でマザーズ上場を果たした経営者としてマスコミで取り上げられていたぐらいでした」
神永自身、CAに関する事前知識をそれほど持ってはいなかった。にもかかわらずCAを選んだのは、“下地”があったからだ。
「学生時代に、知人が立ち上げたベンチャー企業の手伝いをしていたんです。いまで言うeラーニング的なものを形にしようとしていた会社でした」
一度ベンチャーの空気を吸ってしまった神永は、もはや“日本的な大企業”で働く気持ちにはなれなかったようだ。その気分の核にあったのは、何だろうか。
「入社何年で係長、係長を何年やったら課長というようなスピード感に乗るよりも、自分次第で昇進の時間を圧縮でき、早くから裁量権を持てる会社で働きたかったのです。いずれ起業したいという気持ちも持っていました」
■「猛烈営業マン」社長の意外な素顔
CAが創業以来、初の黒字を計上したのが04年、藤田晋が『渋谷ではたらく社長の告白』(アメーバブックス)を出版するのが05年のことである。
「僕が入社した03年のCAは、まぎれもなく“どベンチャー”でしたね」
神永ら新入社員は、全員がインターネット広告事業本部に配属された。現在はメディア事業、ゲーム事業、投資育成事業などさまざまな事業を展開しているCAだが、当時はインターネット広告事業しかなかったからだ。
神永は藤田直属の局に配属されることになった。人材派遣業のインテリジェンスに勤めていた時代、毎日始発で出勤していた逸話を持つ藤田には“猛烈営業マン”のイメージがあったが……。
「藤田さんは初めて会ったときから、物腰の柔らかい温和なイメージでした。いまでも基本、社員には優しいと思います」
かく言う神永も、“どベンチャー”の修羅場を生き抜いてきた割には、物腰が柔らかく温和なイメージである。
最長歴社員としての意地や焦りは、まだ見えない。
■同期の3分の2以上が退職するなか……
神永は現在、インターネット広告事業本部営業局の局長(局は50以上ある)と、エグゼクティブディレクターを兼務している。局長は数名の部下を率いる管理職であり、エグゼクティブディレクターは個別のクライアントを自ら担当する“現場の役職”の最高位だ。エグゼクティブディレクターは営業局全体の2%しか存在しないというから、この肩書を持つことはトップ営業マンの証でもある。
CAの組織には柔軟性があって、管理職になったら現場に出ないわけではなく、「肩書に関係なくその仕事をこなす能力がある人が、その仕事をやる」のが原則。現場で仕事をするからといって、給与が下がることもない。
ちなみに、神永の同期34人中、CAに残っているのは10人で、全社員に占める40歳以上の割合は約16%。社長の藤田の口癖は「偉いやつほど働く」であり、役員が最もハードに働くカルチャーが定着している。
辞めていった同期の中には、自分で起業したり、他業界の有名企業へ転職した人間も多くいる。40歳を過ぎて現場の担当者として仕事をするのは、しんどくはないだろうか。
「インターネット広告の世界は、仕事に必要な知識も情報もどんどん変化していきます。私が入社した当時は、完パケ(完全パッケージの略)を入稿してそれが配信されるだけでしたが、いまは管理画面でユーザーの反応を見ながら、配信された広告のパフォーマンスが最大化するように運用するのが当たり前の時代になっています」
■部下だろうと「教えて」とお願いしに行く
だから、勉強をし続けなければならない?
「社内外のマーケットで先頭集団に居続けようと思ったら、サボれませんね。知識と情報の更新を少しでも怠ると、お客様にも後輩社員にも置いていかれます。でも、僕はそれを面白いと思うタイプだし、若手には絶対に負けない領域を持っているので、特に危機感はないんです」
たとえば、若くて優秀な後輩社員と一緒にクライアントとの打ち合わせに行った際、後輩社員が自分の知らない領域に関する知識をクライアントに披露したとする。
筆者がイメージする“日本的大企業”の上司ならば、オレより目立ちやがってと苦々しく思うか、あるいは、この若手はよく勉強しているから次回も同行させようと思うかもしれない。だが、神永はそのいずれでもない。
「自分の知らない領域に詳しい社員がいたら、部下だろうと年下だろうと、『さっきの話よく知らないから教えて』ってお願いしに行きますね。知らないことに関しては謙虚でいたいし、そこで偉そうにしてしまうと浦島太郎になっちゃうんで……」
神永は「謙虚」という言葉を使ったが、神永の社内ヒアリング、謙虚などという生易しいものではないようだ。新入社員時代から神永の薫陶を受けてきた井本駿一(29歳)は、こう証言する。
■社内トップクラスのプレゼン能力の秘密
「僕がお客様の前で神永さんの知らない領域に関する知識を披露すると、後になって神永さん、『井本が言ったあれって、どういうこと』って必ず掘ってきます。いや、掘ってくるというより、『教えてくれよ』って本気で盗みにきますね。これは、相手が年下だろうと先輩だろうと同じです。神永さんは研究者タイプなんで、興味津々で深掘りしていく人。きっとそれが楽しいんだと思います」
どうやら神永は、先頭集団に居続けるために必死で勉強をしているというよりも、知識や情報を収集してわが物とすること自体が好きな人間らしい。神永が言う。
「優秀な若手と一緒に仕事をすると僕の足りない部分を補完してくれますが、僕は隣に若手がいなくても70~80%は自分の言葉でしゃべれるようにしたいと常々意識しています。隣に若手がいないと打ち合わせもできないという人間には、なりたくないんです」
あくまでも井本の私見だが、神永はCAで1位か2位を争うプレゼン能力の持ち主だという。神永のプレゼンに説得力があるのだとすれば、それは彼が本当に理解していることしか口にしないからではないだろうか。
知識も情報もインプットするだけは血肉化しない。他者に対してアウトプットできたとき初めて、自家薬籠中のものとなる。その作業を怠らず、しかも楽しみながらやり続ける……。
CAの最長歴営業マン神永慎吾が先頭集団を走り続けていられる秘密は、ここにあるのかもしれない。
■目標が達成できない新人に対し……
前出の井本は、新入社員時代に神永の下で仕事をしながら、ある意味で、ビジネスマン人生の方向性を決定づけるような経験をしていた。
学生時代からCAでアルバイトをしていた井本は、初めてCAで仕事をする同期生よりも、当然仕事ができるはずだと自信満々で入社してきた。
「僕は新人として広告事業本部の神永さんがトップにいる局に配属されたのですが、当時の『神永局』には優秀な人材が集まっていて、僕も局の先輩たちと同じように活躍できるものだと思っていました。ところが入社して10カ月神永局にいて、目標数字を達成できた月が1、2回しかなかった。同期の中には表彰されたり、昇進までするやつもいて、正直、自信を喪失してしまったのです」
広告事業本部では月末に数字を〆て、最終日に「お疲れ会」をやるのが恒例になっていた。井本は何度目かのお疲れ会の二次会で、神永に詰め寄った。
「当時の僕の気持ちとしては、いっそ神永さんに怒られた方が楽でした。でも、神永さんは『井本、今月も未達だったな』って言うだけで怒ってもくれません。いたたまれなくなって、自分は局に必要とされてないんじゃないですかって、直接訴えたんです」
■「同期でトップになったとして何の意味がある?」
すると神永は、予想もしていなかった言葉を口にした。
「お前が言ってる同期の達成とか昇格なんて、小さな話だよ。仮にお前が同期でトップになったとして、それがいったいマーケットの中で何の意味があるんだ? 大切なのはお前が100%、120%の力を出し切ったかどうかだ。その結果お前が成長できたのなら、たとえ数字は未達でも局にとってはプラスだ」
そして、こう付け加えた。
「俺は要領が悪いから、やっぱり入社1年目は辛かった。でも、俺たちは人生を豊かにするためにこの会社に入ったんだから、数字が未達だからって自分はダメな人間だとか、価値のない人間だとか思うんじゃないぞ」
井本は神永の言葉を聞いて、自分が抱いていた劣等感がまったくムダな感情だったことを悟ったという。
「会社にはいろいろな上司がいますが、営業部門ですから数字が未達だったら怒るのが普通です。神永さんみたいなことを言う人は、ほとんどいませんね」
井本はこの日を境に、毎月の数字に一喜一憂することなく、自身の1年後、2年後の成長に目を向ける気持ちになれたという。その成果か否か、2年目の終わりには同期の中でもトップクラスのスピードで中間管理職への昇進を果たすことになったのである。
■ゴールは人を動かすことであって怒ることじゃない
神永は「怒る」ことに関して、一家言を持っていた。
「この年になってカーネギーの『人を動かす』(D・カーネギー著 創元社刊)を再読してみると、得るものがたくさんあります。カーネギーが一貫して言っているのは、ゴールから視線をぶらすなということです。怒って人が動くなら怒ればいいけれど、ゴールは人を動かすことであって怒ること自体ではないだろうと……」
社長の藤田晋にも通じる神永の物腰の柔らかさ、温和さは、他者との比較から来る劣等感や自己卑下といったムダな感情は、抱かないし抱かせないという、合理性から来るのかもしれない。
不合理な目に山ほど遭ってきた筆者の世代から見ると、それは理想的な上司と部下の関係に思えるが、一方で、人間、合理性だけで本当に動くのか? という疑義がないわけではない。
■トップ営業マンが思う「豊かな人生」とは
少々大げさな言い方をすれば、神永の人生哲学の底流には「仕事は人生を豊かにするためにある」という信念があるようだった。それを、日常の仕事の中で実践していることは、井本が証言してくれたと言っていい。では、神永が考える「豊かな人生」とは、具体的にどのようなものなのだろう。
「休日は昼から夜まで、妻とふたりでずっとだらだら飲んでますね(笑)」
神永は吉祥寺にある3LDKのマンションに、同じくCAに勤める妻と2匹のチワワとともに暮らしている。神永も妻も読書家であり、神永はビジネス書の他に小説やノンフィクションも読む。妻は“このミス系”(このミステリーがすごい!)が好きで、いまは米澤穂信にハマっている。
結婚して10年。毎年1回はハワイ旅行をすると決めている。なかなか2人のスケジュールが合わないが、ここ5年はなんとか行けている。
「ハワイに行っても結局飲んでますね。プールサイドやホテルの部屋で飲みながら、本を読みます。やってることは吉祥寺にいるときと変わりません(笑)」
■「いまは起業したいとはまったく思いません」
神永はCAに入社した当時、いずれは起業したいという夢を抱いていたはずだ。その夢はどうなったのだろうか?
「いまは起業したいとはまったく思いません。挫折したわけではなくて、成長産業に身を置いて、会社を伸ばしていく仕事をやらせてもらってきて、いまの仕事が面白くなってしまったんです。この先も、どこまで会社を大きくできるかチャレンジしていきたいですね。
独立して個人でやる人もいるけれど、僕は会社のアセットを使ってひとりではできない大きな仕事をやって、会社の成長に影響を与えられる人間でい続けたいんです」
「自己実現」という言葉に囚われていた筆者の世代には、「ひとりでやっている」人間に一目置く空気があった。しかし、一回り以上年下の神永の言葉からは、そうした指向は感じられない。神永が人生において最も価値を置いているものとは、いったい何だろうか。
「対自分ではなく、対組織ということを常に考えますね。自分がどうなりたいかではなく、組織がもっとうまく回る仕組みや、成果の出る仕組みを作れないかと。大切なのは金とか社内のポジションではなくて、能力です。対組織の中で自分がどんなアウトプットを出せる能力を持っているかをいつも考えています」
人生最高の思い出は?
「結婚式の最後に新郎挨拶をしたとき、スピーチをしながら、自分は本当に周囲の人に恵まれていると思いました。両親にも妻にも友人にも、会社の同僚にもクライアントにも。2匹のチワワさえ、奇跡的な偶然が重なって一緒に暮らしている。そう思ったら、泣くつもりはなかったんですが、涙があふれてしまいました」
自身の能力を客観的に測定しつつ、能力の向上を怠らない。オレがオレがではなく、組織が最高のパフォーマンスを上げるためにどのような貢献ができるかを常に意識する。貢献ができなくなったら、肩書に恋々とすることなく静かに組織を去っていく……。
■神永に“熱”はあるのだろうか?
神永に“熱”はあるのだろうか?
「僕は成長産業に身を置いてきましたけれど、日本経済全般を見れば、疲弊しているのはたしかだと思います。日本をよくしようと本気で考えている人たちの足元にも及ばないとは思いますが、それを考える人間ではいたいと思います。だから、業界に関係のないニュースにも目を通すようにしているんです。
日本経済を回復させるために、ITやインターネットを使った日本発の新しいサービスが出てきてもいいと思うし、出なければおかしいと思います。GAFAとか、みんなアメリカ発だったりするんで……」
国産IT企業の一員ならではの使命感かもしれないが、だとすれば、その使命感にスイッチを入れるのはいったい何だろうか。神永が愛する周囲の人たちの、不確実な未来だろうか。
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ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)
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