未だ届かぬアベノマスク…東京・新大久保では怒濤の叩き売りが始まっていた
プレジデントオンライン / 2020年5月11日 11時15分
■なぜか新大久保に大量のマスクが…
新型コロナウイルスの影響で、マスクの需要は爆発的に高まった。全国の薬局で品薄状態が常態化し、入荷しても売り切れてしまうほど、安定供給には程遠い日々が続く。そんな状況を見かねてなのか、安倍晋三総理大臣は1世帯あたり2枚のマスクを配布することを決めた。そのマスクが未だ届いていない家庭も多く、厚生労働省のホームページによれば、東京以外の46道府県のマスクの配布状況について「準備中」となっている。そもそも2枚だけもらっても、心細い。一方で異業種であるシャープ、トヨタ、日清紡HD、ヘリオスTH、DMMなどが次々とマスクの生産に参入し、全国マスク工業会によると店舗への入荷も増えているという。
そんな中、東京都新宿区の大久保通りには、マスクが売られている。それも大量にだ。一体どこからマスクを仕入れているのだろうか。筆者は東京のコリアタウン・新大久保に行き、マスクを売っている人たちに話を聞いてきた。
■タピオカ屋も韓流ショップもマスク屋に転身
4月27日月曜日の夕方。若い女性や外国人で普段はにぎわっている大久保通りが、今日は寂しいくらい歩きやすい。はやりのグルメや韓国コスメ、韓流グッズなど、観光地としても名高い新大久保の売りはいくらでもあるはずだが、今は何よりもマスクが目玉商品だ。薬局はもちろんのこと、コスメショップ、韓流ショップ、韓国料理店、スーパー、タピオカ店まで、店頭にマスクがおかれている。見渡す限り“マスク屋”で、大久保通りは“マスク通り”と化していた。
韓国コスメショップで山積みになったマスクをまじまじと眺めていると、店員の韓国人とみられる女性に声をかけられた。「お姉さんのマスク、ちょっと薄いよ。買っていきなよ」とオススメされたのは、ウイルス99%カットと明記された1箱50枚入り3800円のマスク。
「一番売れているのはコレよ。今日は段ボール3箱分もまとめ買いした人がいたね。会社で使うって。自分で試して質を確かめてから、たくさん買うみたい」
■マスク、実はもうあまり売れなくなった
これだけ全国的にマスクの品薄状態が続いているのだ。売れ行きはさぞ伸びているのだろう。と思いきや、実はそうでもないという声が聞こえてきた。
「今日の売れ行きは良くないよ。置いてある在庫の10%も売れてない。土日も暇だった。24日の金曜までは売れてたんだけど」
別の店のバングラデシュ人の男性は、ため息混じりにそう教えてくれた。その店はカバンなどを取り扱っているらしいが、店頭にはズラリとマスクの箱が並んでおり、ぱっと見「マスク屋」だ。バングラデシュ人の男性はもともと渋谷のお好み焼き屋さんで働いていたそうだが、コロナの影響で店が休業し、失業してしまった。そこで“カバン屋”を経営する兄に相談して、この店を手伝うことになったという。
「ここは貸店舗なので、一日3万円の家賃を払っている。ただ人通りもほとんどなくて何も売れない。赤字だよ。3カ月前に貸店舗を予約した時は、こんなことになると思ってなかったよ。マスクは、何か売れる商品を入れなきゃと思って、社長が急遽(きゅうきょ)中国から入手したんだ。でも、マスクを売り始めたお店が増えてきて、お客さんが少なくなってきた」
■抱き合わせに値下げと必死…
貸店舗の期間は残り2日。マスク需要にすがりつくも、在庫が残ってしまう事態に直面していた。とある韓流ショップでも「23日の木曜までは、256個も売れてたのに、今日は4つしか売れていない」と、マスクの売上数の記録を見ながらその差に落胆していた。
大久保通りを一周してみると、供給過多の予兆さえ感じる。需要のピークは過ぎたのだろうか。どの店も購入個数に制限はなく、なかにはフェイスパックのプレゼント付きとアピールする店や、1箱3600円から3000円に値下げをしている店があった。だが、マスク販売はもはや商売のためだけはないようだ。
店の入り口に「マスクあります」と手書きの張り紙を掲示する韓国料理店。いわく2日前からマスク販売を始めた。だが、店員の韓国人の男性は「これで利益を出そうとしているわけじゃないよ。欲しい人がいるから販売している」と話す。
■コスメショップ「マスクの利益はほぼないです」
とある韓国コスメショップ店では天井近くまでマスクを積み上げ、人目をひいている。しかし責任者である日本人男性も「利益はほぼない」と話す。
「みんなマスクがなくて困っているじゃない? 仕入先から『1箱4500円にして店頭で売っていいよ』って言われたんだけど、3500円にしている。利益は1個あたり100円か200円くらいで、ほぼないよ。気持ちとしてはもっと安くしたいくらい。でも安すぎると転売されるかもしれないから。今はネットで3200円くらいみたいだし、相場を調べて値段決めているよ」
コスメショップの男性は、マスクを手に取りながら入荷までの苦労を語ってくれた。
「中国製なんだけど、検査証もついてるからね。本当は日本製を入荷したかったけど、選べる立場じゃなかった。2月から探してはいたんだけど、全然手に入らなくてね。何十年も付き合っている問屋にお願いしたら、最低注文700万円からって言われちゃってさ。さすがにキツイから頭下げて交渉して、もうちょっと注文数を減らしてもらって、やっと入荷したんだ」
■医療関係者も買いにきている
コスメショップの男性によれば、「商売よりも世のため人のため」にマスクを販売している。とはいえ、店はギリギリの経営状況のようだ。
「今月の売り上げは前年から9割落ちたよ。ある程度は覚悟できていたけどこの状態が、6月以降も続いたら、店を続けられる自信ない。一度休業しようと思ったけども、お客さんが顔を出してくれたのに、店が閉まっていたら、もう来てくれなくなるでしょ。コロナが収束したら『新大久保でマスク買ったから』ってまた遊びに来てほしいね」
実際に、他県の人や医療関係者がマスクを求めて店に訪れているという。マスクが手に入らない人にとっては、新大久保は貴重な入手場所になっている。
ただ、新大久保というエリアは複雑だ。とある店舗で店長に取材を断られた時に、同店でアルバイトをしている韓国人男性がポロッと口にした言葉が、印象に残っている。
■なかなか売っていることを宣伝できない事情
「店長は新大久保にマスクが多いって知られたくないと思っているんですよ。韓国人が転売しているって日本人に勘違いされたら嫌だから」
たしかに、マスク転売による買い占め行動などは社会的に問題となり、政府も対応に乗り出している。そしてマスクの転売ヤーたちを非難する声が日本中にあふれている。輸入元など聞かせてくれた新大久保のひとたちは問屋から仕入れている人しかいなかったが、マスクを売ることが差別や偏見の火種になりかねないと恐れる韓国人店主や店員の気持ちは、インターネット上にあふれるヘイトスピーチを見ていれば理解できる。
この取材から、マスク不足よりも根深い、日本の問題を突きつけられた気がした。
(フリーライター ツマミ 具依)
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