「オンライン授業だけでは不十分」現役教師が声を挙げるワケ
プレジデントオンライン / 2020年5月14日 11時15分
■全ての高校で始まった授業のリアルタイム配信
文部科学省が4月21日に公表した調査結果によると、同時双方向型のオンライン指導をしている学校は、全国で5%程度に留まっています。オンライン授業の推進を阻む要因は、大きく分けて2つあると考えています。
第一に、オンライン授業が現時点では、年間に行うべき「授業時数」として認定されていないことです。文科省は要件を満たせば、オンラインによる学びの成果を評価に加えることができるとしますが、オンライン授業を配信しただけで正式な授業を行ったとみなせるわけではないということです。
第二に、オンライン授業を実施する環境が十分でないことです。学校側のWi-Fi環境等もそうですが、児童生徒の側にも、自宅で授業を受けるための通信設備や端末が必要です。授業を受ける環境が整っていない家庭への支援が見通せないと、公教育としてオンライン授業を進めることは難しいでしょう。
こうした課題はあるものの、休校が続く中、子どもに十分な学びを提供できていない状況は、誰もが認識しています。目下、9月入学や分散登校といった議論も行われていますが、それで全てが解決するわけでもありません。児童生徒も保護者も不安が膨らんでいると思いますし、私たち教師にとっても、なにもできない現状は歯がゆいのです。
そんな中、私が勤める岐阜県では、全ての高校でリアルタイムのオンライン授業の配信をはじめました。
■オンライン授業の実施に踏み切ったことは英断だった
新学期が始まってすぐの4月10日、文科省は休校中の学習指導に関する通知を出しており、その中で、各家庭のスマートフォンやパソコン、タブレットの端末を学習に活用することを提案しています。この通知の影響があったものと想像していますが、その直後に岐阜県は県下の公立高校の生徒に、家庭のICT環境についてメールでアンケートを行いました。
その結果、生徒の95~98%がオンライン授業を受講できる環境が整っていることが分かりました。これを受け、県は全高校でオンライン授業を実施することを決め、数日後には導入のための準備が各学校で始まりました。準備が整った学校から、4月20日以降に配信を開始するというスピードで、文科省の通知から10日、生徒の受講環境が確認できてからほぼ一週間で授業を開始したことになります。平時から考えると極めてスピーディーな動きです。
上述の通り、このオンライン授業は正規の授業時数にはカウントできず、配信したことだけをもって授業の代替とすることはできません。こうした制度上の難しさがあるにもかかわらず、岐阜県が学習支援という位置づけで、早急にオンライン授業の実施に踏み切ったことは、英断だったと思います。
現在、受講環境の整っていない生徒には、DVDで映像を届けるといった対応を行うことになっていますが、県議員がブログで公開した県の計画によると、Wi-Fi環境のない生徒へのルーター機能付きタブレットの貸し出しも検討されているようです。これが、小中学校にまで広げられるかどうか、そのために家庭のICT環境への支援をどの程度早期に進められるかなどが課題でしょう。
■初日は回線がパンクした学校も多かった
すでに各学校のホームページで取り組みが公開されていますが、オンライン授業は県のビデオ会議システムを使い、通常の50分授業とは異なり、1コマ20~50分間の授業を配信しています。当面の運用としては、クラス単位ではなく、学年全生徒が同じ授業を受けることになっています。英数国理社の5教科に加え、音楽や体育、家庭科などの教科も対象です。授業内容は各教員に委ねられていますが、私の場合、すでに配布してある自宅学習課題を補足説明していくような形で進めています。課題は復習だけではなく、4月以降に学ぶはずだった内容についても出しているからです。
これまでは、設備の問題があり、
実際にはじめてみると、初日は回線がパンクした学校も多かったようです。配信中に「ログインできない」「視聴がうまくいかない」という電話が頻繁にかかってくるなど、トラブルも続出。専門スタッフがいない中、どの学校も模索しながらやっている状況なので、問い合わせにもなかなか適切に対応できません。
とはいえ、2日目以降は回線も安定し始めました。生徒側も、初回はログインや設定でつまずくことが多かったのですが、徐々に慣れて、すぐに接続できるようになりました。なんとなく苦手意識を持っていた教員も、久しぶりに授業ができたことの喜びのほうが大きく、一度の経験で心理的なハードルはグッと下がったようです。
■「先生、画面が見えませーん」の声はうれしそう
生徒側の反応をみると、NHKの教育番組やYouTubeの講義動画などと違い、見知った学校の先生が画面に登場することに喜びを感じてくれたようです。クラスメイトと一緒に受けられる楽しさもあり、意欲的に参加してくれました。
印象的だったのが、授業の最初に配信状態を確認するために「ちゃんと画面見えてる? 見えない子は今だけ、声を出してみて」と聞いたら、「先生、画面が見えませーん」という、やけにうれしそうな返事が返ってきたことです。その声の響きに私もなんだかうれしくなってしまいました。
生徒は、新学期が始まっても新しいクラスメイトや教師に会えず、電話やメールで学校とやりとりを行う程度でした。そんな中で一カ月分の課題を出され、自律的に学ぶことを求められても、難しいことは分かります。オンライン授業で学校の先生、友だちと定期的に学ぶ時間を共有できることは、学習へのモチベーションを高め、つながりを実感できるという、大きな意義があるように思います。
■どれだけ真面目に取り組んでいるのか把握できない
始めてから見えてきた課題も数多くあります。
例えば、生徒―教師の双方向的な学びを行うことが、思った以上に困難なことです。少人数ならまだしも、通常の倍以上の生徒を一度に教えるとなると、生徒たちとの双方向のやり取りは難しいのが現状です。何人もが同時に話し始めると収拾がつきませんし、生徒全員が画像を出すと授業が見づらくなってしまいます。今後は、チャット機能をうまく活用して主体的な参加を促したり、できるだけ人数を減らして双方向の学びができるようにしていくなどの改善も必要でしょう。
また、ほとんどの生徒が参加してくれているように思いますが、全員というのは難しいです。結局のところ参加を強制することはできず、参加したいと思っても受け手側の回線の不具合によってログインできなかったということもありえます。さらに言うと、ログインはしていても、どれだけ真面目に取り組んでいるのか、教師側から把握できないのが現状です。
「情報担当」という一部の教員に負担が集中し、しばしば深夜まで対応に追われる状態になってしまうことも、早急に改善が必要です。そもそも教員は教科指導の専門家であって、高度なICTスキルを求められても限界があるのです。
こうしたさまざまな実情を勘案すると、私達教師も、生徒や保護者も、「オンライン授業を始めれば全て解決する」というような、過度な期待は禁物でしょう。現時点でできるのは「自宅学習課題の補完」程度のものであり、緊急事態の中で「ベストではないがベターな選択肢」として、捉えておくのが妥当だと思います。
■オンライン授業は、不十分でも、有力な選択肢
私はこれまで、教師が極めて多忙な状況に置かれてきたこと、そしてそれがさらに悪化しかねない「1年単位の変形労働時間制」が公立学校に導入されそうなことについて発信を行ってきました。詳しくは私も寄稿した『迷走する教員の働き方改革』(岩波ブックレット)を参照いただきたいのですが、こうした発信を行ってきた背景には、「教師が必ずしも担う必要のない業務を減らし、その代わりに教科指導を中心とした本務に注力し、教育公務員としての務めを果たしたい」との思いがあります。
最近は学びの場が多様化してきているとは言え、あらゆる子どもに少しでも質の高い学びを保障することが教育公務員の使命だと考えています。その一番大切な授業を、子どもに全く提供できていない現状に、私は率直に言って強い危機感を抱いています。
皮肉なことに、大半の教師は休校の影響を受け、一時的に多忙化が解消されました。しかし、こうした現状に安堵するだけでなく、生徒の学力保障のために少しでも今何ができるのかを真剣に考えないといけません。私は、オンライン授業は、不十分でも、生徒の学びを補う有力な選択肢と考えています。仮に環境が整っていないならば、教師が国や自治体に向けて要望を行うなどの動きがあってもいいと思います。
■身近な教師だから、教えられることがある
世の中には、教育番組もあれば、YouTube上にわかりやすい講義動画も存在しています。そういった、すでにある良質な映像授業は十分に活用すべきですが、それだけで学んでいける子どもは少ないのです。子どもと直接関係を持つ身近な教師だからこそできる、教育的支援があると考えています。
こうした理由で、私は現場の教師から「早く子どもと触れ合いたい」「授業をやらせてほしい」という声が高まってほしいと思います。休校が続いて学校の機能が果たせていない現在、これ以上何もできないからと諦めるばかりであれば、それこそ公教育の存在意義や責任が問われかねず、YouTubeのカリスマ講師がいればそれでいいのではと言われても仕方ないでしょう。しかし公教育は、その授業を受けられる環境があり、 適応できる一部の子どもだけでなく、あらゆる子どもたちの学びを支え、教育格差の是正や市民の育成を果たすという使命を帯びているのです。自学自習につまずき、学習支援を必要とする生徒に対して何ができるのか、というところからこの問題を考えたいと思います。
子どもの学力保障の観点からも、公教育の意義が問われる事態であるという観点からも、例え不完全でベストではない試みであっても、教師が教育の維持に挑戦する姿を見せたいと思います。それこそが、教育者にとっての新型コロナウイルスとの闘いだと思うのです。
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岐阜県高等学校教員
2016年8月より教育現場の情報発信を続け、国会や文部科学省への署名提出、国会への参考人陳述等を行う。共著に『迷走する教員の働き方改革』(岩波書店)、『教師のブラック残業』(学陽書房)がある。
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(岐阜県高等学校教員 斉藤 ひでみ)
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