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緊急事態宣言でも「ハンコ」を強いる日本企業に欠けている視点

プレジデントオンライン / 2020年5月11日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

■緊急事態の最中、ハンコを押すために出社する

わが国のテレワーク推進に1つの障壁がある。それは、日本企業に根付く“ハンコ文化”だ。組織内の下から上まで、多くの人の合意を確認しながら意思決定を行うことは、日本の伝統文化である。

大手金融機関に勤める知人は、「政府の緊急事態宣言にもかかわらず、書類に確認印(ハンコ)を押すために出社している」と言う。こうした声は多く聞く。ハンコ文化はわが国では当たり前のことなのだが、現在のような緊急事態の発生時にはいかにも時代遅れな文化といえるだろう。しかし、そうした伝統を一気になくすことは難しい。

新型コロナウイルスの感染拡大によって国内外の経済は大きく混乱している。同時に、今後の世界経済をけん引すると期待される新しい取り組みも進んでいる。端的に、世界経済を規定するメガトレンドが出現しつつある。

テレワークはその1つだ。IT業界などでオフィスの賃貸契約を解約するケースが出ている。背景には、固定費の削減に加えテレワークのほうが作業効率が高まるという判断がある。今後はAIを用いた作業の効率化など、さまざまな変化が急速に進むだろう。ハンコ文化などわが国の常識が今後の変化に対応できるか否か、わたしたちは冷静に考えなければならない。

■新しい価値観を取り入れることに心理的な抵抗

テレワーク推進の障壁となっているハンコ文化をどう考えるかによって、今後の企業の事業運営体制、競争力などにはかなりの差が出る可能性がある。

わが国では、多くの企業において顧客との契約書面、社内資料の承認や確認などに印鑑(ハンコ)を押すことが当たり前だ。電子印鑑も使われてはいるが、重要な書類ハードコピーを作成し押印しなければならないと内規で定められているケースは多い。また、市町村に提出する申請書などは勤め先の社印や実印が必要になることも多い。

一説によると、押印を重視する文化は明治期に定着したといわれる。明治政府は欧米のようにサイン(署名)による公的手続きを導入しようとした。しかしこの考えは、識字率の問題や事務の手間といった反対意見により、結果的に公的な手続きには印章が用いられることになった。これは、それ以降のわが国資本主義における意思決定のメカニズムに組み込まれ、デジタル化が進んできた中でも続いている。

ある意味、わが国の社会は新しい価値観を柔軟に取り入れることに心理的な抵抗を持ち続けてきたといえる。それはハンコ文化に限らない。

たとえば、終身雇用制度は戦後の復興期に企業が十分な労働力を確保するために重要な役割をはたした。ただ、高度経済成長を経て1990年代初頭の資産バブル崩壊後、終身雇用制度は企業の成長よりも業績などの足かせとなった側面がある。それでも、多くの企業が終身雇用の発想から脱却しきれていない。

■バブル後の日本は「現状維持」の発想

視点を変えると、わが国は環境の変化に適応することが得意ではないように見える。この問題から資産バブル崩壊後のわが国を考えることは有益だろう。

資産バブルが崩壊した後、わが国では急速な資産価格の下落から景気が低迷した。不良債権問題も深刻化した。景気の低迷を脱却し、潜在成長率(経済の実力)を高めるためには、構造改革と同時に不良債権処理を進め、在来産業から成長期待の高い分野に経営資源が再配分されやすい環境を整備しなければならない。構造改革や不良債権処理は一時的な痛みを経済全体に与えるが、持続的な経済の成長を実現するために欠かせない。

しかし、わが国は雇用の保護を過度に重視してしまった。1997年度まで、すでに需要が飽和していた公共工事を軸に景気対策が打たれた。それは、バブル崩壊後の景気低迷という変化に対応するよりも、変化に背を向けて現状を維持する発想といえる。結果的に、不良債権問題は深刻化した。

1997年には金融システム不安が発生し、大手金融機関の経営破綻が相次いだ。バブル後のわが国の対応は、リーマンショック後に米国が規制緩和や不良債権処理などを迅速に進め、戦後最長の景気回復を実現したことと対照的だ。

■コロナショックで出現したメガトレンドの中身

バブル崩壊後と今日の状況は大きく異なるが、コロナショックによって世界経済は混乱と同時に、大きな変化の局面を迎えている。重要なことは、コロナショックによって今後の世界経済を支えると期待されるメガトレンドが出現しはじめたことだ。それを支える重要な要素の1つは、ネットワーク・テクノロジーだろう。

先述したテレワークは今後の世界経済全体での働き方を規定する大きなファクターとなりはじめている。重要なことはIT先端技術を用いたバーチャルな世界の重要性が高まっているということだ。世界的にオンライン診療が急速に浸透している。大学などの授業も各種アプリケーションを用いたデジタル空間で行うことが常識となりはじめている。

■企業の成長と変化への適応力を支えるもの

企業の最終目標は、株主価値の増大ではなく、長期の存続だ。そのために企業は、新しい価値観や専門知識、技術などを持つ人材を確保し、彼らが創意工夫を発揮してイノベーションを目指す環境を整備する必要がある。それが企業の成長と変化への適応力を支えるだろう。

新型コロナウイルスの感染拡大は、生命の尊さという根本的な価値観を世界全体に再認識させた。そうであるからこそ、多くの国が一時的な経済の落ち込みという犠牲を払ってまで都市・国境を封鎖し、人の移動を遮断している。この考え方は、特効薬やワクチンが開発されていない中で人々を感染から守るために大切だ。

一方、わが国政府の感染対策は遅れ、人々の不安心理は日増しに高まっている。何よりも、政府は徹底して感染の拡大を止めなければならない。検査体制の拡充や医療体制の強化は早急に対応されなければならない問題だ。それが人々の安心感を支えるだろう。

■第2次世界大戦後、今ほど経営者の判断力が問われる状況はない

企業経営者も、従業員とその家族の安全を最優先に考えなければならない。ハンコを押すために出社させるのではなく、デジタル技術を積極的に導入して新しい業務運営体制を早急に確立しなければならない。それが、人々の組織に対する愛着心や士気などを醸成することにもつながるはずだ。第2次世界大戦後の世界経済を振り返ると、今ほど経営者の判断力が問われる状況はないだろう。

コロナショックによって世界経済は非常事態にある。中国では感染が一服しつつあるが、欧米の状況を見ていると先行きは楽観できない。わが国の先行きもかなり見通しづらい。

企業経営者は業務継続を支えるテクノロジーや発想を柔軟に取り入れ、押印がなくとも確実に業務が遂行される体制を確立しなければならない。政府は感染対策を徹底した上で構造改革を進め、企業の新しい取り組みを支えなければならない。

それが、“アフターコロナ”の世界経済をけん引するメガトレンドに対応し、わが国企業と経済の成長の実現を支える要素の1つとなるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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